60.睨み合いは続く
口髭の男は屈辱に耐えているような表情で、血走った目をギョロリと向けている。
わたしが目をそらせずにいると、場違いなほど明るい声でリアンが口を開いた。
「そぉんな怖い顔でこちらのお嬢さんを睨むのはお角違いですよ。貴方が食べたお菓子を彼女にあげたのは私なんですから」
そして一歩前に出ると、うやうやしく右手を斜めに下ろし、優雅にお辞儀をする。
「親愛なる《運命の女神》、ダイアナさま。私はしがないお菓子屋、リアン・アンダーソンと申します。領主さまのお嬢様が食べたお菓子は間違いなく、当店で販売したものでございます」
ダイアナさまは肘掛けに頬杖をつき、片眉を上げた。
「まさか本当に病気が治るとは私も思っていなく、このような大騒ぎになるとは考えもつきませんでした。
決してダイアナさまにご迷惑をかけるつもりはなかったのです」
リアンの声はよく通る。
緊張で張り詰めた空間が一気に華やかになるほどだ。
「つまり」
ダイアナさまは白い指を唇にあてた。
それは薔薇色に染められている。
「奇跡を起こせる、魔法のお菓子だというわけね?」
ゆっくりと、言葉を噛みしめるように確認する。
「まさしくその通りでございます」
リアンは微笑みを絶やさない。
「貴方にはその魔法のお菓子を作れる能力があるというの?アンダーソンさん?」
「いえいえ」
鋭い視線も柔らかくかわす。
「私はしがないお菓子屋。なんの力もございません。魔法のお菓子は仕入れたものなのです。私も半信半疑だったのですよ」
「その病気を治したお菓子はまだ手元に残っているの?」
「いいえ。領主さまのお嬢様が食べた分しかございません」
「そう。お菓子はどこで仕入れたの?」
「それが、ある日店に年老いた女性が現れて、置いていったんです。不思議な話ですが」
リアンはサラッと嘘をついた。
「そんなこと、ありえるかしら?」
「ダイアナさまのような不思議な力を持った人が他にいてもおかしくないのでは?」
棘を含むダイアナさまの声色に、穏やかながらキッパリと返答するリアン。
「…もしそれが本当なら、その年老いた女を全力で探さないといけないわねぇ」
「なぜですか?」
ダイアナさまの言葉に、わたしは思わずカッとなって声を上げた。
「わたしたちを執拗に探したことで街の人たちは精神的に疲れていました。それが嫌でここに来たのに!今度はお婆さんたちを追い回す気ですか?大体探してどうする気なんですか?それが《運命の女神》の仕事なんですか!?」
「口を慎め、小娘!」
口髭の男が怒鳴った。
「《運命の女神》は支配者や権力者なんかじゃない。困った人の為にその力を使うべきじゃないですか?
街の人たちに怖がられてどうするんですか!」
お母さんやレヴィさま…《女神》の血を持つ人たちが冒涜されたような気がして、無性に腹が立った。
この力は…そういう為のものなんかじゃない…!
「はぁ〜」
ダイアナ(さま、なんてつけて呼ぶのやめた)は、大げさにため息をついた。
「やっぱり、貴女はライラの娘かもしれないわね。人を苛立たせるお説教をするところが似てるわ」
「…母に似てるところがあって、光栄です」
わたしは怒りを抑えながら、皮肉で返す。




