6.不思議な世界へ
「はい!手伝います!手伝わせて下さい!」
店主の提案に激しく頷いた。
即答ののち、
「あっ、お父さんのことどうしよう。心配させちゃう」
不安が口に出た。
「時間がありませんので、これを使いましょう」
店主は黒いジャケットの懐から、赤い丸玉を取り出した。
「フーセンガムです。噛んでください」
もちろん、普通のガムじゃないんだろうけど、わたしは言われた通りに口に入れ、良く噛んだ。
ストロベリー味だ。
「そしてぷぅーっと膨らませて下さい。出来ますか?」
ガムに舌を絡ませ、唇を尖らせ、ゆっくり息を吐く。
「はい、止めて!」
「!」
ある程度膨らんだところでストップがかかった。
「そのまま、お父様へ送るメッセージを強く思い描いて下さい。その文章が手紙になります」
不思議なお菓子に驚いてる余裕はない。
わたしは気持ちを落ち着けるように努めながら、目をギュッと閉じた。
(お父さん、少しの間、アルバイトに行ってきます。急にごめんなさい。でも心配しないで。アリスより!!)
強く念じた瞬間、フーセンガムは口から離れ、空へと昇っていく。
「これでいいの?大丈夫?」
「バッチリです」
心配になって店主の顔を見やると、笑顔が返ってきた。
「この後ガムはメッセージカードに変化し、思い描いた文章が記載され相手に届きます」
「そうなんだ…」
「では行きましょうか」
店主は傍に置いていた、茶色の大きめのスーツケースを地面に横たえた。
そして金色の金具を二箇所、パチン、パチンと外し、蓋を開けた。
中には黒い布が畳まれて入っていた。
店主がそれを取り出すと、スーツケースの底ではなく、もの凄く意外なモノが目に飛び込んできた。
「か、階段…?」
スーツケースの中は薄暗く、地下へと続いていくような階段があったのだ。
スーツケースが地下の入り口??
さっき地面に置いたスーツケースが?
わたしはスーツケースの中と店主の顔を交互に見比べる。
「これ、羽織っていてください」
スーツケースから取り出した黒い布の正体はケープだった。
店主が身につけると背中くらいまでを覆うサイズなんだろうけど、わたしが羽織るとマントのようになった。
「行きますよ」
店主はスーツケースに足を滑り込ませると、トントンと五段程下っていく。
長身の彼の姿がどんどん小さくなる。
そして立ちつくしているわたしを見上げる形になり、
「アリスさん。急がないと」
「は、はい!」
そうだ。
固まってる場合じゃない。
勇気を振り絞ってスーツケースの中へ、一歩を踏み出した。
階段を下り、店主を追いかける。
靴に触れる感触は石のような硬さ。
夢じゃなくて現実だ…。
人が1人歩けるぐらいの狭い通路。
見上げると長方形の入り口から空が見えた。
そのままどんどん下っていくと、その空は見えなくなり、薄暗い壁に囲まれた空間になった。
ひたすら階段は続き、空気もひんやりとしてきたため、借りたケープがありがたい。
「…お菓子屋さん」
足音だけが響く状態に耐えかねて、わたしは口を開いた。
声が壁に吸い込まれていくような、変わった響き方をする。
「なんでしょう」
前を歩いている店主は振り向かずに優しく返事をした。
まるで小さい子供と話してるかのように。
「今度会ったら、不思議な世界の話をしてくれるって言いましたよね」
「はい」
「教えてください」
店主はふふっと笑ったようだった。
背中が少し揺れる。
「不思議な世界の話をするどころか、不思議な世界へお連れするカタチになっちゃいましたねぇ」