57.中央都市
父は一瞬の沈黙の後、吹き出した。
「お前はほんとに…」
そう言って、困ったような顔をしてリアンに向き直った。
「私はこの子の母である《運命の女神》と駆け落ち…しましてね。病弱でしたが、とても芯の強い女性でした。屋敷を出ることについて、何度もそれで良いのか、大丈夫なのかと尋ねる私に『自分は絶対にそうしたいのだ』と強い眼差しで答えてくれました。その時のことを…今思い出しました」
「素敵な女性だったのでしょうね。アリスさんを見ていたらわかります」
リアンはわたしを見て目を細めた。
う…お世辞、お世辞。
平常心、平常心。
「ね、心配しないでね。わたし、大丈夫だから」
わたしがお父さんの腕をギュッとつかむと、
「心配はするよ」
眉間にシワをよせた後、
「…でも、応援もするよ」
微笑みに変わった。
「ありがとう!」
わたしは思わずその場で飛び跳ねる。
「リアンさん、娘を頼みます。負ける気がしない娘ですが」
「はい。むしろ頼りになりますね」
2人はなんだか変なやりとりをしてる。
そして、わたしとリアンは《女神》のいる中央の都市を目指した。
田舎で長閑な南の街から、汽車を乗り継いで3時間程。
車窓から眺める景色はどんどん都会的なものに変わり、背の高い建物が増えていく。
「中央は初めてなんでしたっけ」
向かいで腕を組み、眠っていたはずのリアンに話しかけられ、わたしは驚いた。
「起きてたんですか?」
「目を閉じていただけで、寝てないですよ」
そう言って微笑まれても、それが本当かはわからない。
それは聞き流して、質問に答える。
「初めてです」
「熱心に景色を見てましたけど、やはり都会は刺激的ですか」
「今までだったらそうかも知れません。でもあの世界の魔法の街を知ってしまったら、普通の街に感じます」
「そうですね。空にクルートも飛んでない」
わたしは青い空に目をやり、クルートに乗ったことを思い出した。
…マダム、元気かな。
美しく凛としたマダムを思い返していたら、急に皆んなが恋しくなった。
「わたし、ホームシックになりそうです」
鼻の奥がツン、としてあわててうつむく。
「すぐみんなに会えますよ」
リアンの優しい声が耳に響くけど、顔が見れずにうつむいたままで頷いた。
汽車から降りると、まだ体が揺れてるように感じた。
長い3時間の旅もとりあえずは終わりだ。
リアンもわたしも大きな伸びをして体をほぐす。
出発した駅はこじんまりとした古い木でできたものだったけど、ここは立派な石造り。
とても広くて天井も高い。
沢山の人が忙しなく行き交っていた。
「もう夕方ですね。早く《運命の女神》の屋敷に…」
「あら!観光の方?」
リアンが腕時計に目をやった時、隣にいた年配のご婦人グループが声をかけてきた。
「あたしたち西から来たんだけど、《運命の女神》の屋敷も見物してきたのよ。もちろん外からだけど」
「駅の展望室の双眼鏡から見えるわよ。バラのある庭園も見事なの」
「それは素敵な情報をありがとうございます」
早口で教えてくれるご婦人たちにリアンがお礼を言うと、手を振りながら去っていった。
「展望室、行ってみますか」
「はい」
階段で屋上に作られた展望室に向かうと、ガラス張りになっていて、街が一望できた。
緑が少なく、灰色の建物が密集してるのがよくわかる。
「あぁ、きっとあの辺りですね」
リアンが指差す方向になんだか白い建物が肉眼でも見える。
備えつけられている双眼鏡を除くと、真っ白な壁のお屋敷に瞳を模った金色の紋章が見えた。




