56.負ける気がしない
あたりを見回してみると、この景色…なんだか見覚えがある。
「ここ、わたしの家の近くです」
言い終わるや否や、わたしは走り出していた。
「アリス、意外に足速いんですねぇ」
そんなことを言ってるけど、リアンとは足の長さが全然違う。
軽々とわたしの後をついてくる。
傾斜のある道を上っていくと、見覚えのある小さな家。
そこの庭先で洗濯物を取り込んでいるのは…
「お父さん!」
わたしが大きな声で呼ぶと、父は目を見開いて固まった。
そして、すぐさま大きな笑顔になった。
「アリス!無事で良かった、心配したんだぞ!」
駆け寄ると、わたしの髪や頬を両手で乱暴に撫で回した。
「ご、ごめんなさ…」
「街はあれ以来ずっと監視されてて、ピリピリしている。お菓子屋の他に少女も探してると聞いていて…お前が連れて行かれたのかと」
そこで、父は初めてリアンに気づいたように、きょとんとしながら彼を見つめた。
「私、リアン・アンダーソンと申します。その…噂のお菓子屋でして」
リアンが頭をかきながら、言いにくそうに自己紹介をする。
「お嬢さんを巻き込んだカタチになってしまって…」
「違うの、そうじゃないの、お父さん!」
わたしはあわてて話を遮り、話し出した。
リアンの魔法のお菓子は異世界のものだったこと。
わたしはその世界に連れてってもらって、いろんな人に親切にしてもらったこと。
異世界をおさめる魔法使いと会い、その血を引く女性がこの地に降り立ち、やがて《運命の女神》として受け継がれていった話を聞いたこと。
さすが《運命の女神》と駆け落ちしただけあって、異世界の存在に特に驚くことなく、耳を傾けてくれている。
「お母さんのルーツがわかったの。そして、わたしもまだ完璧じゃないんだけど、力が覚醒したんだよ」
「…そうか」
黙ってきいていた父はポツリと呟いた。
「やっぱり覚醒してしまったか…。ライラはとても苦労したから、アリスには普通の女の子として幸せに過ごして欲しかったんだけど…」
「どうしてそんなこと言うの?わたしは力があろうとなかろうと、ずっと幸せだよ?今までだって、これからだって」
悲しげにうつむく父の腕をつかんで揺さぶると、わたしを静かに見つめる。
「…なんだか、アリスはちょっと会わない間に大人になったな」
そして、優しく微笑んだ。
「異世界でもお嬢さんは人気者でした。いろんな人が彼女の味方になり、力を貸してくれました。私もひたむきなところに支えられ、とても助けられました」
「そうでしたか…」
リアンが温かい言葉をくれて、父も照れくさそうにしている。
でも次の瞬間、わたしをもう一度じっと見つめた。
「アリス。次は何をしようとしてるんだい?下唇をぎゅっと噛むのは、お前が緊張してる時の癖だ」
…ほんとだ。
無意識に唇を噛んでいたわたしは、パッと口を開ける。
「お父さん、わたしはダイアナさまに会ってくる。会って、話をしてくる。そうしないとこの騒動はおさまらないし、街の人たちも居心地悪く暮らさなきゃいけない」
「もちろん、私も参ります」
わたしは強い決意を口にし、リアンもそれに続いた。
「きっとそういうことだろうと思ったが…」
父はわたしたちの顔を交互に見て、眉間にシワをよせた。
「大丈夫なんだろうか…?2人がひどい目にあったりしないだろうか…?」
「お嬢さんだけはそんなことがないよう、私がそばでお守り…」
「大丈夫!」
リアンが嬉しいことを言ってくれてる最中だけど、わたしは明るく答えた。
「わたし負けないもの。負ける気がしない!」




