54.空色の手帳
「元の世界…混乱させたまま、ここへ逃げてきちゃったから。一度戻って騒ぎをおさめないと、前に進めない」
わたしはデイジーの目を見て、そう言った。
「大丈夫なの?またこっちに戻って来れるの?また会えるの?」
「…たぶん」
不安げな彼女に笑いかけると、その目がキュッとつり上がる。
「たぶんじゃダメ!…リアン、本当に大丈夫なの?」
「レヴィ様がアリスを信じていらっしゃいました。もちろん、私も」
尋ねられたリアンは静かなトーンで言った。
「つまり、私たちも信じるべきですね」
オーウェンさんがデイジーの肩にポン、と手を置いた。
「いつ出発するの?」
「明日です」
「あんたたちがここに来てから、いろんな事が多すぎて…何が何だか。見送ってばっかりじゃない?」
デイジーは涙をこらえるようにうつむき、鼻をすすった。
「すべて解決して戻った時には、ゆっくり過ごせるよ、きっと」
わたしが言うと、コクリと小さく頷く。
長い耳がふわりと揺れた。
翌日、相変わらずの美しい笑顔と共にクリフさんが迎えにやってきた。
「おはようございます。こちらが用意した旅行手帳になります」
クリフさんは空色の表紙の小さな手帳をわたしとリアンに手渡した。
「『道』を通る際にこの手帳を使います。実際に後で説明しますね」
わたしたちは頷き、それをポケットにしまった。
「リアン、これ持って行って」
デイジーはお菓子の詰め合わせの袋をリアンに差し出す。
「アンタなら使い方わかるでしょ」
「デイジー、これ…」
「もしもの時よ」
彼女は強い眼差しで短く告げると
「2人とも、また後でね」
にっこり微笑んだ。
「いつでも大歓迎ですから」
オーウェンさんも両手を広げてくれる。
「はい、行ってきます!」
わたしも元気よく答えた。
なんだか笑顔を見せてないと涙が出てきそう。
「では、参りましょうか」
再びクリフさんの魔法によって、わたしたちは光に包まれた。
「アリス嬢はレヴィ様と血縁関係にあったのですね」
何もない空間の先頭を歩くクリフさんは、首だけで振り返ると微笑む。
「そう…みたいですね」
わたしはなんて答えたらいいのかわからずに、曖昧に返す。
「魔法の力をコントロールできれば、この世界を統べる者になれるかも知れませんね」
「そんなそんな!そんなこと、考えられません!」
冗談だとわかっていても、そんな大それた事なんて考えられない。
「その際は私を右腕に指名して下さいね。No.2が好きなのです」
わたしの動揺をよそにチャーミングに片目をつぶり、再び前を向いて歩き出す。
うーん。
「つかみどころのない方ですねぇ」
リアンがこっそりささやいてくるけど、リアンだって充分つかみどころがないけど…。
心の中でつぶやいておく。
「さあ、つきますよ」
次の瞬間、わたしたちは森の中に降り立った。
「お〜い、アリス、リアン!」
そこにはドム爺さんの姿。
「アリス!見送りにきたよ!」
そして、なぜかカレブ。
カレブには昨日会えてないのに。
「どうしてカレブ、ここがわかったの?」
「カラスの情報網を舐めないでくれる?」
尋ねるとなぜか得意げだ。
「本当によう、お偉いさんたちは人使いが荒くて。結局ほぼ徹夜仕事になったぜ」
首にかけたタオルで汗を拭き、ドム爺さんが嘆く。
「それでも完璧な仕上がりだと報告が入りましたよ。さすがですね」
クリフさんがそう言っても、ドム爺さんはフン、と鼻を鳴らしただけだった。
「さて、ここに球体があります」
クリフさんが指をさした空中には透明な球体が浮かんでいた。
球体の中には空色の光が、形をゆっくりと変えながら舞っている。




