53.繋いだ手と手
「では、元の世界への手配についてはクリフを向かわせます」
レヴィ様と別れる時間になり、彼女は優雅に立ち上がった。
「レヴィ様はいつもこちらで暮らしてるのですか?」
リアンが尋ねると小さく首を振る。
「一応、来賓を持てなすためのきちんとしたお屋敷もあるのですが…。長閑で静かな場所が好きで、たまにここに来ているのです」
「もしかして、こちらは魔法で作った場所なんですか?」
辺りを見回しながら、今度はわたしが尋ねる。
「はい。『道』をつくるのと似た方法なのですよ」
…凄い。
どこまでも広がって見える空と大地、風。
揺れる花や草木。
これが魔法で出来てるなんて。
「そして…我々はどうやってまずここから戻れば?」
リアンも不思議顔だ。
「それはこちらに」
レヴィ様はまるでカーテンを開くように、何もない空間に手をかけ、ひらりと動かした。
するとそこには鏡…!
「ね?」
目を丸くするわたしたちにまるで少女のように微笑む。
「またお会いできるのを楽しみにしてますよ」
「ありがとうございます」
わたしたちは順番にレヴィ様と握手をした。
透き通るような白い肌に華奢な指先をしている。
「自信を持つことです。背筋をしゃんと伸ばして、顔を上げて。前を見るのです」
「はい」
わたしの目を見て、そう言ってくれた。
背筋を伸ばして、顔を上げて、前を見る。
心の中でそう繰り返して、頷いた。
鏡をくぐり抜けると、あの絵が飾られた部屋に戻ってこれた。
そして、そのタイミングがわかっていたかのように扉が開く。
顔を覗かせたのはクリフさんだった。
「お話はレヴィ様から伺いました」
え?
いつの間に?
「色々用意を致しまして、明日また、ハワードホテルの方へお迎えに参ります」
クリフさんは涼しい顔をして続ける。
「よろしくお願いします」
リアンが頭を下げたのを見て、驚いて固まっていたわたしも慌てて頭をさげる。
相変わらずの美しい笑顔を見せたクリフさんは、つつっとわたしに近づくと唇を耳元に寄せて来た。
「リアン氏は大変興味深い人物です。アリス嬢、恋愛相手に選ぶと苦労するかもしれませんね」
「えっ?」
聞き返すと、クリフさんはさっと離れて杖を掲げた。
「何事も退屈しなさそうな方を選ぶといいですよ。私はそうしてきました」
そう言い終わるやいなや、杖の先を床に軽く打ちつける。
わたしとリアンの足元からピンクの光が立ち上り、あっという間に包み込まれた。
体がぐるん、と回転し、次の瞬間には硬い床に体が打ちつけられた。
目の前には天井だ。
…なんだか、クリフさんという人がわかってきた気がする。
コナーの苦々しい顔も思い浮かんだ。
「アリス、大丈夫ですか?」
「は、はい!」
リアンに顔を覗き込まれて、上体を起こす。
ここは…ハワードホテルの廊下?
「アリス!」
「リアンさん!」
そこへ、バタバタとデイジーとオーウェンさんが駆け寄ってきた。
「帰ってきたんですね!大丈夫ですか?」
「レヴィ様に会ったの?どんな人?ドム爺はさっき『道』を作る仕事が正式に入って、魔法士に連れてかれたんだけどさぁ」
デイジーは喋り続けながら、わたしの手を引っ張って立ち上がらせた。
「…アリスは、レヴィ様の血を受け継ぐ存在でした」
「えぇっ!?」
リアンが静かに切り出すと、デイジーとオーウェンさんが大きな声を上げた。
「そして、我々は一度元の世界に帰り、騒ぎをおさめてこようと思っています」
「…え?どういうこと?」
わたしの手を握るデイジーの力がぎゅっと強くなり、その赤い瞳は揺れている。




