49.気まずい道中
「さぁ、こっちへ来て」
クリフさんに手招きされ、コナーは重たい足取りでこちらへ近づく。
「コナー。この2人をレヴィ様の所へ案内してくれないかな?」
「…お言葉ですが」
コナーは黒縁眼鏡を押し上げ、
「私はレヴィ様の所への行き方は心得ておりますが、まだ一度も行ったことはありません。もっと適任な案内役がいるかと思います」
「うん、うん。それで?」
クリフさんは笑顔で相槌を打つ。
「私は仕事が山積みです。この後すぐに街に戻らねばなりません」
「うん。まだあるだろう?」
美しい笑みを浮かべながら、苦々しい顔をしたコナーを促す。
彼は言い澱み、わたしたちに一瞬視線を走らせた後、再び上司の顔を見た。
「…この者たちと私には因縁があります。案内役を引き受けたいとは思いません」
「なるほど、最もだな。そうだろう」
ある意味、憎っくき敵同士だったわたしたち。
クリフさんも同意する。
が、その後すぐに意外な一言を放った。
「そうだと思った。だからだよ。面白いかなぁ、と思って」
「チッ」
すぐさま舌打ちで応戦するコナー。
「こ、こら、コナー!クリフ様になんて失礼な」
隣にいる魔法士が顔を引きつらせた。
「いくら目をかけてもらってるといっても、コウモリの分際で…」
「いいんだよ、ルーカス」
目を釣り上げた魔法士とツンとそっぽを向くコウモリの間に、優しく割り込むクリフさん。
「コナー、これは命令だからね。じゃあ、そういうことで。では」
クリフさんはわたしたちに軽く頭を下げると、魔法士を連れて去っていった。
…なんていうか、クリフさんのイメージが…思ってたのと違う…。
「くそジジイ」
ん?なんて?
コナーが小さな声で毒を吐き捨てたようだ。
そして、ふぅっと息を吐くと、眼鏡を押し上げる。
「皆、あの人の彫刻のような顔に騙されてますけど、中身は性悪です。面白ければなんでも良いと思ってるんです」
遠ざかるクリフさんの背中を見ながら、コナーは冷たい声で言った。
「まあまあ。とりあえず今までのことはなかったことにして、道案内をお願いします」
片手をふりふりと動かしながら、リアンはにっこりと微笑んだ。
コナーは真顔で彼を見上げながら、
「私は貴方やクリフ様みたいな笑顔でゴリ押しするタイプは嫌いなんですよ」
と答えた。
「それは失礼しました」
まあ、そんなことで動じるリアンではない。
コナーはそのまま、サッと先頭を歩き出した。
「こちらへどうぞ」
それにしても、本当に広い建物だ。
彼についていきながら、辺りをキョロキョロと伺う。
廊下は広く、進む先は見えない。
あちこちに扉があり、階段があり、迷路のようだ。
そしてどこも磨き上げられたようにピカピカだ。
ところどころにある鏡はハワード社のものだろうか…。
すれ違うローブ姿の魔法士たちは、わたしたちを見て驚きの色を浮かべてた。
そうだよね、明らかに浮いている。
コナーは銀色の扉の前で立ち止まると、その横のパネルに触れた。
パネルは一瞬青い光を放ち、扉がスッと開いた。
中は6人くらい入ればいっぱいになってしまうような、狭い空間だった。
「どうぞ」
コナーは一言だけ告げると中に入り、腕を組んで背中を預ける。
わたしたちも続けて、その白い空間に入った。
扉が閉まると小さな音がして、どうやらこの空間はわたしたちを上へと運んでることがわかった。
しばらく重たい沈黙が続く。
「あの…」
耐えかねてわたしは声を出した。
「お忙しいところ、案内ありがとうございます」
コナーの存在が怖くて仕方なかったけど、彼だって上司に従って、こうやってしたくない仕事をしてる訳だし…。
そんな事を思いながら、お礼を言ってみた。
コナーは意外そうに眉を動かした。
「…礼儀をわきまえているんですね」
「アリスは育ちが良いんです」
皮肉っぽく響かせた彼に、なぜかリアンが得意げに答える。
コナーはフン、と鼻を鳴らした。
「貴女には特別な力があるそうですね」
「あるだけです。上手く使えないんで」
冷たい眼差しに愛想笑いで返す。
ふと、コナーの眼差しが変わった。
「貴女、瞳の色、ずっと薄紫でした?」
「あ、こないだ会ったときは、青になってたかも知れません」
「青」
コナーはそう呟いたあと、ふふっと笑った。
笑顔を見たのは初めてだろうか?
笑うとずっと幼く見える。
「レヴィ様もクリフ様も気にするわけだ」
「どういうことですか?」
独り言のようなその発言に、わたしとリアンは同時に
食いついた。
コナーは首を軽く振ると、黙ってしまった。
再び3人を沈黙が包む。




