36.侵入
「アリス、大丈夫?」
わたしの横を飛びながら、カレブが心配そうに言う。
ガムを噛みながら、とりあえずコクコクと頷く。
早く強く噛んだり、優しくゆっくり噛んだり。
頼りなげに飛びながら、カレブに従って下降していく。
コツを掴み始めたら余裕が出てきて、夜風の心地よさも感じられるようになってきた。
首を少し捻って、連発する照明弾を眺めたり、離れていくクルートを確認することも出来た。
「あの木の下だよ」
地上が近づいてきて、カレブが先に進む。
わたしはその大きな木を目印にふんわり、ふんわりを意識してガムを噛んでいく。
こんなに注意深く集中してガムを食べたのは初めてだ。
ゴール!
あと地面まで数センチというところで噛むのを止めると、スタッと着地することが出来た。
「はぁ〜顎が疲れた」
わたしはホッとしながらガムを包み紙に出すとポシェットに入れる。
「お疲れ。でもこれからが本番だよ。玄関近くへと移動しよう」
カレブはそう言うとすぐに、地面をピョンピョン飛んで移動していく。
間近で見る塔は凄い圧迫感があって、足が竦みそうになる。
それを見上げるのをやめて、わたしも足を忍ばせてカレブの後を追う。
幸いにも花火の大きな音がして、足音を上手く隠してくれた。
「アリスはここにいて。ほら、門番が見えるだろう?」
入り口近くの大きな木の下に着くと、カレブがささやいた。
開いた黒い重厚な扉の前に、大きな槍を持った男性とカラスが一羽、談笑している。
「俺が彼らと話して、扉から引き離す。アリスは忍び込んで左。階段を下りる。わかった?」
「わかった。わかったけど…」
マダムやカレブと別れて、ここで本当に1人になる。急に心細さが湧き上がってきた。
「そんな顔しないで。オニイサンを助けるんだろ?」
「…うん」
「頑張って、アリス」
カレブは最後に力強く言うと、門番の所へ飛んでいった。
「おお〜い!久しぶり!」
「お前、カレブ!?」
「久しぶりだなぁ!」
カレブが声をかけると、門番とカラスは驚いたようだった。
花火の音の合間に声が聞こえてくる。
「塔の担当になったって聞いて、暇してるんじゃないかと思って遊びに来たよ!」
「暇だよ、暇。ただ立ってるだけなんだから。なんにも起こりゃしないよ」
「コウモリのやつらは?そろそろ交代の時間なんだろ?」
「あいつらは時間ぴったりになんて来ないよ。オレたちを舐めてるからさぁ。悠々と遅れてきやがるんだ」
門番の男性は伸びをしながら愚痴をこぼし、カレブより小柄なカラスは不満をまくし立てる。
「そいつは頭にくるなぁ。それにしても今日は凄い花火だろ?宝石商のマイヤーズの旦那が上げてるらしいんだ」
「凄い派手だなあ」
「でも綺麗だ」
「だけどここからだとよく見えないだろ。あっちが凄く良く見えるんだ。一緒に行こう!」
…来た。
カレブがチャンスを作ろうとしてくれてる。
「でもここを離れるわけには…」
「ピーター、ずっと暇してたんだろ?ちょっとくらい大丈夫だよ。今まで何も起こってないし、これからだって起こらない。ただ立ってるだけで時間が過ぎる。息抜きしようよ!」
カレブは男性を急かしたあと、カラスの方を向く。
「どうせコウモリたちもダラダラしながら来るんだろ?それ待ってサービス残業なんて良くないよ!行こう、トッティ!」
「…それもそうだなぁ。じゃあ、ちょっとサボるか」
1人と一羽はカレブに賛同し、門からどんどん離れると木々の間に入っていく。
カレブ、ありがとう。
今のうちに!
感謝の気持ちと不安を抱え、わたしは扉から塔の中へ入っていった。




