35.突入
やがて、街の灯りがどんどん小さくなっていた。
目指すのは海の中にある小さな島。
確実に塔に向かっている証拠なのに、灯りが遠ざかるのは寂しいというか…少し不安になる。
そんな気持ちを紛らわすため、窓の外を眺めてるカレブに声をかける。
「そういえば夜なのに大丈夫なの?鳥って暗いところ見えにくいんでしょう?」
「あのさあ、それはアリスの世界の鳥の話でしょ。オレはちゃんと見えるよ。一緒にしないでくれる?アリスの世界の鳥もこうやって喋る?喋らないよね?」
「…ごめん」
なんだか倍になって返ってきた。
マダム・グレースは手首にしている華奢な鎖の腕時計に目をやる。
「そろそろかしらね」
小さく呟くと、スッと人差し指で指し示した。
「街の方から花火が上がるわ。一応、2人が出会った記念日に私へ贈る花火ということにしてある。実際は今日ではないのだけれど。でも贈り物はいつ貰ってももいいものよね」
マダムは楽しそうに微笑む。
そして五分後だろうか。
街の方角から光が立ち上り、大輪の花を咲かせた。
ドオオン!
ビリビリ震えるような大きな音。
「皆は空に気を取られ、この大きな音が小さな音を隠してくれるでしょう」
次々に色とりどりの花火が夜空を彩り、わたしもカレブも夢中で窓に顔を近づける。
「たっぷり1時間は打ち上げてもらうのよ。…お二人さん、そちらばかり見てないで、逆の窓も見てちょうだい」
マダムに言われて、わたしたちは慌てて逆方向を向く。
「…塔だ」
目に飛び込んできたものをそのまま口にする。
闇の中でぬうっと建っていて、不気味な塔がそこにあった。
小窓から小さな灯りは漏れているものの、全体は薄暗くぼんやりしている。
花火とはまるで正反対の暗いオーラを纏っていた。
「塔の入り口の逆側にクルートを回すわ。なんでも着陸しなくても良いと聞いたけど?」
「そうなんです。カレブは飛べるし、わたしもちょっと魔法のお菓子の力を借ります」
…そう。上空からこの島に突入するのだ。
デイジーからもらったお菓子その1を使うわけだけど.
緊張するなぁ。
「これを持って行って」
マダムは突然、ネックレスを外すとわたしの手に握らせた。
「逃げ道を作りたい時などにこれを投げるのよ。自慢じゃないけど、高価な宝石だって一目でわかるから、大抵の人はこれに食いつく。その隙に逃げるの」
「えっ、そんな、頂けません」
わたしは押し返そうとするけど、マダムは両手で優しく包み込む。
「私が貴女と2人で冒険に出たとする。追っ手がきたら、私は迷わずネックレスを投げて囮に使う。そして逃げるの。私だったら絶対そうするわ。…そんな冒険、してみたかったの。良く空想したのよ」
「…そういうことでしたら」
わたしはマダムの気持ちと共に、ネックレスを受け取った。
わたしは1人じゃない。沢山の人達と一緒に頑張るんだ。
クルートは灯りを消し、慎重に塔の裏側の茂みへ進む。
「この辺りがいいかな」
カレブが口を開いた。
「アリスはまず隠れてて。オレが門番を引きつけてる間に中に入って、左側の廊下を進む。そこに地下への階段があるよ。そこには柱が沢山あるから、隠れながら進んで。わかった?」
「わかった。左側ね」
わたしはポシェットから板状の黄緑色のガムを取り出す。
それを噛むと、ライムの様な爽やかな味がした。
デイジーに言われた通り、沢山素早く噛んでみる。
すると体がふわりと浮き上がり、あっという間にクルートの天井にぶつかった。
そして今度はゆっくり噛んでみると、ふわりと下降する。
「まあ凄い!面白そう!」
マダムがわたしの様子を見て、目を輝かせる。
「マダム、色々ありがとうございました」
床に降り立ったわたしは改めてお礼を言う。
「気をつけてね。今度は地上でゆっくりお茶をしましょう」
「はい、喜んで」
クルートの扉が開かれた。
下は真っ暗で良く見えないから、昼間より怖くないかも知れない。
真っ先にカレブが飛び出す。
わたしは振り返ってマダムを見た。
マダムはゆっくり頷く。
ガムを噛みながら、思い切って夜空へ踏み出す。
勇気を出して突入するんだ!




