33.出発
「これで説明は終わり。わかった?」
「う、うん」
渡された魔法のお菓子の使い方をデイジーから一通り説明された。
彼女が早口な事もあり、わたしが緊張してることもあり…ちゃんと頭に入ってるか心配だけど。
わたしはそのポーチにオーウェンさんからもらったコンパクトもいれ、斜めがけをしている小さなポシェットにしまった。
「ところで」
デイジーはわたしの横のカレブをジロリと睨んだ。
「何よ、このカラスは?」
カレブはわたしの体の後ろへ隠れる。
「カレブ。道案内をしてくれるの」
「カラスがぁ?信用出来るの?」
デイジーはわたしの後ろに回りこみ、カレブは目をそらして距離を取っていく。
「デイジーの店のお菓子、好きらしいよ?」
「ふぅん」
とりあえずフォローしてみるけど、疑わしそうな視線は変わらない。
「…気の強いオンナは苦手なんだよなぁ」
「なんか言った?」
カレブが首を振るとデイジーが即座に反応する。
その時、クルートがこちらに近づいてきた。
自家用だけあって、街で見かけたものよりはずっと小さいけど。
卵を横に倒したような楕円形の白いボディ。
表面はつるつるしてる感じで、全体的に柔らかく発光している。
ほとんど音はせず、猫のように静かにこちらへやって来た。
屋上にギリギリまで接近すると、小さなドアが開き、銀色の階段がゆっくりと伸びてくる。
そして、中から1人の女性が姿を現した。
「マダム!」
オーウェンさんが驚きの声を上げる。
マダムと呼ばれたそのご婦人。
スラリとした細身の体に白いブラウス、黒いタイトスカート、黒のハイヒール。
胸元に深いブルーの宝石がついたネックレス。
黒髪はまとめられ、耳にはネックレスと同じ石をつかった大振りなピアス。
白い肌に映える赤い口紅。
顔の皺さえ品良く見えるような、凛とした雰囲気の美しい女性だった。
「久しぶりね、オーウェン」
「マダム、どうしてここに…?」
「主人と貴方が何か面白そうなことを計画してる様だったので、参加してみたくなったのよ。女だって冒険したいんだから。ねぇ?」
マダムはわたしの顔を見て、優しく微笑む。
「この後、主人は私へのプレゼントとして、花火を上げる。それで沢山の目を誤魔化し、塔へ侵入する。面白そうね」
「は、はい…」
オーウェンさんは頭をポリポリかいて、居心地悪そうにしている。
「主人は運転手だけつけた、空っぽのクルートを貸すつもりだったみたいね?でも私は上空から花火を見たかったのよ。無理を言って乗り込んでみたの」
「流石、マダム・グレース・マイヤーズ。このお方に隠れてコソコソするのは無理ってもんだ」
ドム爺さんは笑ってオーウェンさんの足を叩く。
「主人が隠し事が下手なだけよ」
マダム・グレースはチャーミングにウインクして、
「塔までは結構な距離があるわ。女同士でおしゃべりしながら向かいましょう。さぁ」
わたしに促すと、先に階段を上っていく。
「はい!」
わたしは返事をすると皆んなを見つめた。
「気をつけて。待ってますよ」
「色々ありがとうございます。我が儘ばかり言って」
オーウェンさんがいなければ、本当に何も出来なかった。
「お前さんならやれる。勇気があるからな」
「ドム爺さん…ありがとうございます」
ドム爺さんにそう言ってもらうと、本当に勇気が湧いてくる。
「お嬢ちゃん、頑張れよ。カレブ、わかってんだろうなぁ」
ブルーノさんに凄まれて、カレブはサッサと階段を上っていく。
…全く。
「アリス!」
デイジーに腕を引っ張られて、抱き寄せられた。
豊満な胸に顔が埋まり、窒息しないように気をつける。
「デイジー…」
「気をつけて。絶対戻ってきて。リアンの馬鹿の事もお願い」
「…大丈夫。デイジーの魔法のお菓子もあるし。このお菓子の凄さは、わたし知ってるから」
階段を上り、いま一度屋上のみんなを見渡す。
みんなは手を振ってくれる。
わたしも手を振り返し、唇をギュッと噛み締めた。
さあ、行こう。




