32.届いた発注品
わたしは夜空にきらめく星を見上げていた。
この世界は太陽も星もあるけど、月はない。
ここが異世界なんだと実感させられる。
あの後、オーウェンさんとブルーノさん、ドム爺さんにカレブの話をした。
最初は疑わしいと反対されたけど、次の日にカレブも交えて話し合いをし、結局その案に乗ることになった。
わたしがじっとしてられない事もあったんだけど…。
そしてオーウェンさんが急ピッチで話を進めてくれて、今はホテルの屋上で、クルートの到着を待っている。
塔を撮影した自家用クルート。
それを貸してもらえる事になったのだ。
「緊張した顔してるなぁ、アリス」
隣でカレブが言う。
「当然でしょ」
わたしは即座に言い返す。
「お前がお嬢ちゃんを騙すような事があったら、焼き鳥にしてやるからな。力を封印されてたって、腕力は健在だからよ」
ブルーノさんが吸っていた煙草をカレブに押しつける真似をする。
「やめてくださいよ、旦那ぁ!そもそも、なんで旦那がいるんですか?」
「見送りに来たっていいだろ」
カレブは情けない声をあげて、ブルーノさんから距離を置いた。
「夜にクルートがホテルに来て、コウモリが変に思いませんか?」
そんな2人に構わず、わたしは不安をオーウェンさんに尋ねる。
「大丈夫ですよ。マイヤーズさんは時折こうして、うちにやってくる事があります」
マイヤーズさんは宝石商のお金持ちなんだそうだ。
きっとここにはわたしたちの世界とは違う、様々な宝石が存在するのだろう。
「そういえば、オーウェンさん。この間、発注しているものがあるって言ってましたね?」
「ええ、そうなんです。かなり無理を言ってお願いしてたんですけど…」
オーウェンさんは懐中時計に目をやり、
「もうそろそろ、到着してもおかしくないですね。今回のリアンさん奪還には必要なものです」
今度は屋上へ通じるドアへと目をやる。
「先にクルートが着いたらどうするんだろ?奪還に必要なものが届かなかったら困るよ」
「おや。ちゃんと奪還の成功を考えてくれてるんだな」
わたしに小声でささやくカレブに、ドム爺さんが冷やかす。
「…地獄耳なジイサン」
「それも聞こえてるぞ」
緊張が続いてるわたしも、2人のやりとりに小さく微笑んだ。
バタン!!
その時、屋上のドアが勢いよく開いた。
「はぁ…はぁ…」
肩で大きく呼吸してるその人に…
「マイスイートハート!」
オーウェンさんが呼びかけた。
「デイジー…!」
「ゲッ、気の強い兎娘…」
白く長い耳。
相変わらずの胸元が大きく開いた、ミニのワンピース。
久しぶりに見た彼女の姿に、わたしはハッとし、カレブはくぐもった声を上げた。
「ほんとに…無茶させるよね…!あたし、ほとんど寝ないで作業したんだけど」
呼吸をなんとか落ち着かせると、デイジーはヒールをコツコツいわせながら、オーウェンさんに近づいた。
「デイジー、君ならやってくれると思ってたよ。君は天才菓子魔法士だ」
「なによ、そのおだて方は」
オーウェンさんを睨みつけると、デイジーはわたしを真っ直ぐに見た。
どんな顔をして、何を言ったらいいのかわからず、わたしは立ち尽くす。
「あたしはね!本当は嫌だったの!でもオーウェンが毎日!毎日!しつこいから!」
デイジーは大きな声で叫ぶ。
「素直じゃないな」
「本当に」
隣でドム爺さんとカレブがささやき合ってる。
オーウェンさんはニコニコしていて、ブルーノさんは煙草を吸いながら様子を眺めている。
「何よ。なんなのよ」
デイジーは彼らを順番に睨みつけると。
「アリス、今から持って来たお菓子の使い方を説明するから覚えてよね。色々用意したから」
「う、うん」
ピンクのポーチを取り出し、わたしに向かって軽く振る。
わたしはデイジーに近寄った。
「…無事に帰ってきてよね」
風にかき消されそうな小さな声で、デイジーはポツリと言った。




