31.考える時間
わたしは理解するのに時間がかかった。
「塔の…地下?」
そして、ようやくそれだけの言葉を絞り出せた。
「ブルーノの旦那がどこまで知ってて、どこまで話してくれたかな?塔は高ければ高いほど、凶悪な犯罪者が収容される。例えば殺人とかだね。ただ殺人事件なんてこの世界では滅多に起こらない」
カレブはその場で軽くステップを踏み、
「ブルーノの旦那みたいな窃盗犯は中間から下の階層くらいだね。で、オニイサンたちみたいな異世界からの侵入者。彼らは普通の犯罪者とはちょっと違う。いわゆる民間の旅行者、招かれざる客。地下の小部屋に閉じ込められているのさ」
「小部屋…」
「小部屋といってもホテルの部屋みたいな素敵な感じじゃない。ちゃんと鉄格子があって、鍵がかかってる。これからどんな処遇になるかは、俺にはまだわからない」
鉄格子の向こう側で座っているリアンを思い浮かべる。
長身の体を曲げて、静かに微笑みを浮かべてるんだろうか?
「きっと殺人犯のいる部屋はガチガチに魔法障壁があるんだろうけど、それ以外の塔の内部は、シンプルでレトロな感じの場所だ。君が侵入する際、俺が見張りを引きつけてもいい。君はオニイサンを連れて逃げ、しばらくハワード氏のホテルで身を隠すんだ。『道』の結界がしばらくしたら解けるだろうから、その隙に元の世界へ帰ればいい」
「ちょっと、ちょっと待って」
早口でまくしたてるカレブにストップをかける。
「『道』の結界がしばらくしたら解けるってどうしてわかるの?無期限じゃないの?」
「どうしてって…」
カレブはわたしの質問に呆れたような声を出す。
「魔法は生身の体で使うんだ。機械のスイッチをポチッと押して使ってるんじゃない。その人の精神状態や集中力も影響するほど、繊細なものなんだ。いくら、優れた魔法使いでも永遠に使いっぱなしなんて無理だね。レヴィ様本人でも、そのお付きの魔法使いでも、『道』を長くは封印できない」
長くは封印できない…とりあえず異世界からの侵入者を閉じ込め、捕まえ、対応していく…。
つまり…。
「時間がないっていうこと?」
浮かんだ嫌な予感にまかせて言うと、カレブは頷く。
「そういうこと。向こうも『道』を封鎖してる間に侵入者の対応を決定してしまいたい。記憶を消して強制送還にしたりだとか…」
「そんな…そんなの、困るよ…」
わたしだったらこの世界の事、忘れたくない。
ここで出会った人たちの事も…リアンの事も。
そして、リアンにもわたしを覚えていて欲しい。
わたしの事…忘れて欲しくなんかない。
心臓を鷲掴みされたような痛みが走る。
わたしは痛みを振り払うように、隣のカラスを見つめた。
「カレブを信用して良いか、考える時間もないってことかな?」
「そこは考え込まずに信用して大丈夫だよ。それだけは保証する」
カレブは自信たっぷりに答える。
「力を貸してくれる?」
「もちろん。その為に来たんだよ」
わたしはカレブと別れ、オーウェンさんの部屋へと向かった。
燃えるような気持ちと、失敗できない思い。
震えそうな自分と、強い決意。
そんなものが混じり合って、ゴチャゴチャになるけど。
前へ、前へ。
リアンの近くへ。
そう自分に言い聞かせる。




