3.魔法のお菓子
扉の向こうの部屋は縦に細長く、天井から床まで左右に棚があった。
そして木のハシゴが1つ立てかけてある。
棚には瓶が並んでいて、空のものもあれば、中身が入ってるものもあった。
店内のお菓子の瓶にはリボンがついていたり、カラフルなラベルがついていたが、これらは味気のない白のラベルに銀色の蓋だ。
「余命わずかな娘さんにお渡ししたのはこちらですよ」
背の高い店主は、わたしが背伸びをしても届かないような棚から空っぽの瓶を手に取る。
そして差し出してきた。
『病が治るポップコーン(キャラメル味)』
受け取った瓶のラベルにはそう書いてあった。
「ポップコーン…?」
「良く効いたみたいですねぇ」
戸惑うわたしの手から瓶を取り戻すと、店主は再び棚に戻した。
「気まぐれでお客様にお出ししましたけど、これらは私のコレクションなのです」
わたしの視線の高さの棚には、
『涙が出てくるキャンディ(ソーダ味)』
『笑いが止まらなくなるキャンディ(レモン味)』
『スキップしたくなるキャンディ(チョコミント味)』
そんなラベルがついた瓶がある。
「あの…これってみんな…本当に?」
頭がクラクラしてきた。
「それでは、1つお試しになってみません?」
店主は『涙が出てくるキャンディ(ソーダ味)』の瓶から水色の丸いキャンディを取り出すと、わたしの唇に近づけた。
混乱した頭の中、わたしはキャンディを受け入れ、口の中にいれた。
舌で転がすとシュワシュワとした味がして、
そして。
「…!」
次の瞬間、胸がきゅうっと締め付けられた。
胸の中が切なくて苦しくなり、涙が瞳から溢れおちる。
「こっ、これ…!」
鼻の奥がツンとして、次から次へと涙が頬を濡らしていく。
手の甲で拭っても止まらない。
泣き止もうとしても感情のコントロールができない。
まるで小さな子供だった時のように。
なんだか泣き止まないのが悲しくて泣いてる気もしてきた。
「涙には浄化作用があり、心を癒す効果もあるそうなんですよ。泣いた後には気分スッキリ。意外と良い商品です。大人はなかなか泣きたくても泣けませんからね」
わたしはしゃくり上げながら、店主を睨みつける。
「おっと、お嬢さん。キャンディを歯でガリガリ砕いてください。効果が早く切れますよ」
言われた通り、急いでキャンディに歯をたてる。
キャンディが小さくなるにしたがって、気持ちも落ち着いてきた。
それと同時にこのお菓子の魔法の力を理解した。
「それで…」
鼻声でわたしは口を開いた。
「このお菓子を作った方は…どちらに?」
「近くにはいません。本当は凄く遠い場所にいる。
でもドア1枚先の様な場所でもあります」
「…なぞなぞですか?」
「いいえ、真実ですよ」
心外だと言わんばかりに店主は首を振る。
「例えば本棚の隙間。紅茶が注がれたティーカップ。タンスの中。そんな場所が不思議な世界と繋がっています。このお菓子を作ったのはそちらの世界の住人なのです」
「不思議な世界の住人って、それって…」
「おっと」
店主はわたしの質問を遮って、懐から懐中時計を取り出した。
「もうこんなに遅い時間なのですね。不思議な世界の話は今度またお会いした時にお話ししましょう」
そうだった、家に帰らなくては。
ここにいると時間の感覚がわからなくなる。
店主は小さな透明の袋に『涙が出てくるキャンディ』を入れるとわたしに差し出した。
「どうぞ。お土産です」
「…わたしはもう充分泣きましたけど」
「あなたはね。これが必要になる人がいるかも知れない」
わたしは店主の笑顔を何秒か見つめた後、結局受け取って、身につけていた白いエプロンのポケットにしまった。
「…ありがとうございます。営業時間外なのに色々お話し下さって」
「いえいえ。お帰りの際には気をつけて、お嬢さん」
「わたしはアリスといいます」
「アリス。素敵な名前ですね」
そうしてわたしはお菓子屋を後にした。