29.塔の内部
「話してくれる気になったのか?」
ドム爺さんの目が愉快そうに輝いた。
「まあな。爺さんとあの夜、一緒に呑んだ時は楽しかったし。いろんな『道』の話を聞けてさ。それに強面の野郎じゃなくて、こんなお嬢ちゃんの依頼なら、知ってることくらい話すよ」
「ありがとうございます…!」
「役に立つかわかんねぇけど」
わたしがお礼を言うと、ブルーノさんは再び頭をかく。
「えぇと、オレは盗みを働いてた」
そして、いきなりの告白をする。
「元々、俺は『速さ』の能力があったんだ。素早く移動できる、素早く手を動かせる。持久力は全然だが、瞬発力なら負けない。こんな力かあったら、真面目に働くより盗みをやった方がいいだろ?」
わたしたち3人は何も答えない。
「あれ、そうじゃねぇの?とにかく、金持ちのお屋敷に忍びこんで、金目のものを頂いてたわけだ。ハワード社の鏡なんてのも、高く売れたぜ?壁にかかってるやつをパパッと…」
ブルーノさんが応接室の鏡を指差すと、オーウェンさんが目を細める。
「そんな怖い顔すんなよ、社長。今のオレにはそんな事は出来ない。その力は封印されちまったんだからな」
笑いながらブルーノさんは続ける。
「ある日、コウモリに追いつめられて捕まった。速さには自信があったんだけどな…コナーって知ってるか?あいつが用意周到な野郎でさ。逃げられなかった」
自信たっぷりなコナーの表情が浮かんで、苦い記憶が胸の中に広がった。
「わたしが助けたい人もコナーに捕まりました」
「それは気の毒に。あいつの厄介さは良くわかる」
ブルーノさんは軽く頷き、
「そして気づいたら塔に連れて来られてた。塔の外側は魔法の結界で覆われてるらしいが、中は魔法に満ちた監獄…じゃなくてシンプルなものだった。鉄格子がある小さな部屋がいくつもあって、そこに古臭い鍵がついている。昼間は看守が見張ってるんだろうが、朝の点呼やメシの時に姿を見かける程度だったな。夜はコウモリどもが配置されてるようだった」
「コナーもそこに?」
「いいや。コナーは狩りに出かけるのが好きだからな。塔の見張りなんてやらないよ」
わたしはオーウェンさんとドム爺さんに目をやった。
「どう思います?」
「もっとガチガチに警備されてるもんかと思ったが…」
ドム爺さんはテーブルに頬杖をつく。
「多分、凶悪犯は塔の上の方で、ガチガチに警備されてるんだと思うぜ。オレたちみたいな小物とは扱いが違うんだろ。くだらない盗っ人は力を封印したら、後は放っておけばいい」
自虐的に笑うブルーノさん。
「…リアンは凶悪犯扱いなんでしょうか」
誰に尋ねるという感じでもなく、わたしの唇から言葉が漏れた。
異世界からの侵入者は塔のどこに、どんな風に扱われてるんだろう…
「もう少し情報を集めなくてはいけないでしょうね。
発注してるものが出来るのに時間もかかる…」
発注してるもの?
オーウェンさんの言葉に聞き返す隙もなく、彼は続ける。
「ブルーノさん、ありがとうございました。お礼といってはなんですが、食事とお酒を用意します。ドム爺さんもどうぞ」
「やったぜ。そうこなくちゃ」
ブルーノさんは舌をペロリとさせた。
「あの、ありがとうございました」
わたしも慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「オレに力が戻ってたら、手を貸してやれたんだが…お嬢ちゃんの大事な人、無事に取り返せたらいいな」
鋭い瞳の奥は優しかった。
そして、ブルーノさんたちがお酒を楽しんでる頃、わたしはゴミ袋を抱えて裏口へ出た。
明日の朝、ゴミ収集車が来るのを忘れてた。
裏の大きなシルバーのゴミ箱にまとめて捨てておかなくては。
「あぁ、やっと会えた!」
頭上から高い声がする。
「俺のこと、覚えてるかな?」
見上げると一羽のカラスの姿があった。




