27.できたてホヤホヤの魔法
そして、オーウェンさんが差し出した手の平には、銀色の丸いコンパクトが乗っていた。
花の彫刻が施されており、小さなラインストーンもついている。
「綺麗ですね」
受け取ってみると、縁に小さな突起があった。
それを軽く押すとコンパクトは開き、中には鏡がついていた。
戸惑っているわたし自身と目が合う。
「脱出の際にこのコンパクトを使ってもらおうと思います」
「これを…ですか?こんな小さな鏡でどうやってですか?」
自分の顔の全部も映らないのに、この中へ入る…なんて無理だろう。
「例えば、ガラス窓。溜まった水たまり。鏡がわりに自分が映るものにこのコンパクトを向けてもらうと、そこを通り抜けて、こちら側に戻ることができます」
「えっ?」
オーウェンさんはサラッと言ったけど、それって物凄いことだ。
わたしはコンパクトをまじまじと見つめる。
「勿論、鏡があればそれが1番ですが、何か自分が映るものがあればそれを活用して逃げることができます」
「塔にある脱出を防ぐ結界の中でも使えるんですか?」
「これは世界で1つだけの、できたてホヤホヤの魔法です。通常、魔法結界は今まであった魔法を防ぐ為に作られてるんですよ。なんて言ったらいいのか…新しい魔法を防ぐには解析みたいなものが必要なんです」
「これはまだ誰も知らない魔法なんですね」
こんな小さくて可愛いコンパクトが大きな魔法の力を秘めてる。
「オーウェンさんって、本当に凄い人なんですね…」
わたしは改めてそう思った。
大きな身体と立派な爪で鏡たちに魔法を込めて…
特別な鏡魔法士として一目置かれてるのが良くわかる。
ホテルの経営者としても成功を収めているし、一流の人なんだ。
見た目は大きな熊さんだけど…。
「いやいや、まだ勉強中の身です」
オーウェンさんは謙遜し、
「そのコンパクトは常に携帯して下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
わたしはお礼を言って、白いエプロンにしまう。
「次に救出についてです」
「はい」
教師と生徒のように、説明は続く。
「先ほど、塔の外観を見てもらいましたが、救出には内部がどうなってるかが重要になってくると思います」
「そうですよね…」
中がどうなってるのか。
見張りはいるのか。
リアン…ちゃんとご飯を食べたり眠ったりしてるんだろうか。
「そこで…」
オーウェンさんが言いかけたその時、上着の内側から電子音が鳴った。
「失礼」
携帯電話を取り出し、わたしに軽く背を向ける。
「はい。…うん、そうか…わかった。待っていてもらってくれ」
電話を切ると、
「ちょうど良かった。ドム爺さんが情報を持ってやってきてくれた様です」
「情報?」
「塔の内部を知るには、塔の内部にいた人に話を聞くのが一番です」
「というと。一度捕まって、その後釈放された方…ですよね!」
それだったら塔のことがわかるかも知れない!
リアンに会える日が近づいた気がして、わたしの気持ちは高揚した。
「ドム爺さんは顔が広いですからね。知り合いのツテでその方にも接触できた様です」
「そうなんですね!」
「アリスさん、嬉しそうなところ悪いんですけど」
オーウェンさんは苦笑する。
「その方はリアンさんとは違って、『きちんとした』犯罪者として、塔にいたんですよ。素直に情報をくれたかどうか、ちょっと心配なんです」
きちんとした犯罪者。
その響きはいささか不思議なものだったけれど、
わたしの気を引き締める力はあった。




