22.再会、再開
「こういった感じで逃走するのは、重大な問題ですよ」
コナーは子供を諭すように優しい口調。
「鏡は?」
「まだだ」
リアンの短い質問に、鏡に手を押し当てドム爺さんが答える。
「この場所から強い魔法反応を感じたんですよ。いくら寝ぼけ眼の私でもそれくらいはわかる」
見透かしているようにコナーは続けた。
「出てきてはくれませんかね?」
わたしたちは黙ったまま、天井を見上げる。
思わず息も止めてしまいそうだ。
「このまま隠れんぼを続けます?私はいいですよ。その内、夜がくる。夜は私たちの味方だ」
「夜までには鏡、完成しそうじゃない?」
デイジーが不安げにささやく。
「わからんよ」
ドム爺さんは静かに首を振る。
「そうは言っても、早く片付けてひと眠りしたいのが本当の所です。さっきも言いましたけど」
コナーはひときわ明るい声を出す。
「だから出来るだけ早くしてくれると助かります。そうでないと…」
ガシャン!ガタガタッ!
上でガラスが割れる音や大きな物が倒れる音がする。
そしてそれはピタリと止まり。
「お店が滅茶苦茶になってしまいますよ?こちらのマスターにも異世界の侵入者を匿っているのか、少しお話を聞かせて貰わなくてはならない」
「トート…」
ドム爺さんが心配そうな声を上げ、
「脅すつもり…?」
デイジーが唇を噛んだ。
「本当はこんな事したくないんですよ。レヴィ様は手荒な真似はお嫌いだし。街で破壊行為をしたら、昼間はカラスどもがうるさい。でもね」
コナーはそこで言葉を切り、また、コツコツ、と2回ノックをした。
「私は自分の仕事に誇りを持っているんです。治安の為なら何をしても構わない。汚れ役大いに結構、なんて思ってるんです」
本気で言ってる。
それが刺すように伝わる。
「マスター!地下室の鍵、ありますか?」
ガシャン!
また何かが割れる音。
「ないわけないでしょう?貴方の店ですよ?」
マスターの声は聞こえない。
大きな音とコナーの詰問だけ聞こえてくる。
わたしたちがいるせいで、マスターが…。
どうしよう…。
何も出来ずに立ち尽くしているしかないなんて。
デイジーが鏡の中へ腕を差し入れる。
それは肩くらいまで吸い込まれた。
「この感じだと、後、5分くらいかな…」
ガシャン!バタン!
上の階の物音は続く。
「5分で店は…トートはどうなってしまうのか…」
苦しげにドム爺さんがうめく。
「決めました」
そこで、リアンがキッパリと言った。
「これ以上マスターに迷惑はかけられません。私はコナーの元へ行きます」
「えっ!?」
わたしとデイジーの口から驚きが飛び出した。
「私が出れば店への攻撃は一先ず止まる。そして時間を稼いでる間に皆は鏡で脱出して下さい。間に合えばいいですけど」
「そんな、ダメですよ。一緒に行きましょう!」
「アンタは本当に自分勝手だよねっ!」
「リアン、お前…」
思わず涙目になるわたし、目を吊り上げるデイジー、心配顔のドム爺さん。
リアンはにっこり笑って、人差し指で天井を指差した。
確かに上ではまだ大きな音が続いている。
このままマスターを、店を放っておくなんて…出来ない、けど。
でも…。
「デイジー。ドム爺さん」
そしてリアンは笑顔を消して、真剣な眼差しになった。
今まで見たことないような、強い瞳。
「アリスだけは守って下さい」
「リアン、あんた…」
「守って欲しい。頼むから」
言いかけるデイジーを制する。
丁寧な言葉使いじゃないのを聞くのは、初めてだった。
「…わかった。安心しろ」
先にドム爺さんが返事をした。
「わかった!任せて。あたしがなんとかする!」
続けてデイジーが半ばヤケクソ気味に答える。
「リアン…待って。いかないで」
わたしがそう言うが早いか、涙が勝手にこぼれ落ちてしまった。
不安が、寂しさが、いろんな感情が、一気に心を染め上げていく。
リアンはわたしを見つめ、いつものように微笑むと縄梯子を上り出す。
追いかけようとするわたしの肩をデイジーがつかんだ。
指がぎゅっと肩に食い込む。
そして彼は扉の鍵を開け、顔だけ上の階に覗かせた。
「すみません。お待たせしまして」
「…待ちくたびれましたよ」
明るいリアンの声に、嬉しそうなコナーの声が重なった。
まるで親しい友に会ったかの様に。




