21.小さな希望と大きな愛
リアンがそう切り出して、デイジーが眉間にしわを寄せた。
「どうやってよ?」
「これは今のところ魔法の鏡ではない様ですが、ハワード社のものであることには違いありません。オーウェンさんは凄腕の鏡魔法士。なんとか移動できる様に鏡と鏡を繋げてもらうんです」
「そんなことできるかなぁ?」
「デイジーの頼みなら、無茶でもやってくれるんじゃないですか?」
そこで極上のリアンのスマイル。
「そうだな。頼んでみる価値はある。だめで元々だ」
ドム爺さんもすぐさま同意する。
「えぇ〜?あたし、これ以上オーウェンに借りをつくるの嫌なんだけど!」
デイジーは両足をバタバタさせて訴える。
「そんな事言ってる場合ですか?このまま私たちに巻き込まれるのもごめんなのでしょう?」
そうリアンに指摘され、デイジーがグッと言葉に詰まった。
「デイジー、お願いします。もうこれしか方法がないかも」
わたしも両手を胸の辺りで握りしめ、そんな彼女に頼む。
「あ〜もう、わかった、わかりました!」
デイジーは立ち上がると乱暴に受話器を取り、ボタンを1つ押す。
「ハワード社」
そう言うと、受話器の向こうからコール音がしてくる。
「はい、こちらハワード社でございます」
ややあって女性の声がした。
「オーウェンいる?急用なんだけど」
「あ、あの、どちら様でしょうか?オーウェン様は只今…」
「デイジーからだって言って。大至急。言えばわかるから」
「か、かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
女性の声からメロディーの保留音に切り替わった。
デイジーも電話をスピーカーに切り替える。
「デイジー!マイスイートハート!愛しのハニー!」
そして、部屋中にオーウェンさんの甘い声が響き渡った。
デイジーは大げさにため息をつくと、
「そういうのいいから。緊急事態なの。コウモリに追われてて、今隠れてるのよ」
「…今はどこに?」
オーウェンさんは瞬時に状況を理解したようだった。
「ドム爺、この店の名前なんていうの?」
「トートだ。マスターの名前と一緒なんだよ」
「ドム爺さんもいらっしゃるんですね?もしかして、リアンさんとアリスさんも?」
「当たり」
デイジーの問いに答えたドム爺さんの声を聞いて、わたしたちの存在にもピンと来たらしい。
さすがだ。
「で、このトートって店の地下室にオーウェンの父ちゃんが送った鏡があって。普通の鏡みたいなんだけど、これでどうにか脱出させてくれないかな?」
「父の鏡…」
オーウェンさんは黙ってしまう。
「やっぱり、難しいですか?」
沈黙がたまらず、わたしは口を開いた。
「うーん…。自分の鏡なら、クセがわかっているので、後から魔法を送り込む事は結構簡単なんです。父のだと解析に少し時間がかかりますね」
言葉にするのが苦しそうにオーウェンさんは言った。
「出来るだけ早く!オーウェンなら出来るでしょ?最強の鏡魔法士なんでしょ!」
デイジーは大きな声で発破をかける。
「このままコウモリの奴らに尋問されたりするのは絶対嫌なの!お願い!助けて!」
借りを作りたくないとゴネていたはずのデイジーは手を握り締めながら、必死に助けを求めた。
しばらくの沈黙の後。
「…わかった。デイジーのために!愛のために!やってみせるよ!」
オーウェンさんは力強く宣言して、電話は切れた。
「良い奴だなぁ。あいつに愛されるなんて女冥利につきるな」
ドム爺さんがしみじみと言う。
デイジーはそれには答えず、電話機を戻した。
「さて…」
今まで黙っていたリアンが自分の顎に手を添えた。
「後はオーウェンさんが早いか、もしくは」
…コウモリが早いか。
それ以上先を言わないリアンの代わりに心で呟く。
数分して、鏡が淡く光り出した。
「あっ!」
わたしたちは鏡の前に立つ。
鏡の表面はわずかに水面のように揺れてはいるけれど、通り抜けられそうな柔らかさにはなっていない。
手を伸ばしてみても、手首までしか入らなかった。
「…まだダメだね」
デイジーが肩を落とす。
「でも、オーウェンさんが努力してくれているのは確実です」
そんな彼女をリアンが明るく励ます。
ガタガタッ。
その時、上の階で何か大きい物音がした。
「っ…!」
「…なっ…か…」
そして途切れ途切れに聞こえる声。
「トート…?」
ドム爺さんが不安げに天井からぶら下がる縄梯子を見上げる。
コツコツ、コツ。
そして縄梯子の真上、扉のある部分が3回ノックされた。
「先程より人数が増えてるみたいですね?」
呼びかけてくる声は低くて艶がある。
…間違いなく、コウモリのコナーだ。




