20.綿飴と地下室
コウモリはペンの後ろで自分の額をポリポリかいた。
3人の間には沈黙がひたすら横たわっている。
「…あのですねぇ」
コウモリがイラついた声を上げた瞬間。
ブワッと辺り周辺が白い煙で包まれた。
「こっち、早く!」
力強く腕を掴まれ、わたしは引きずられるような勢いで走り出す。
煙が薄くなり、その姿が見えた。
白くて長い耳が揺れる。
「デイジー!」
「あの店に入れ」
リアンの横で指示を出してるのはドム爺さん!
4人で飛び込んだ店はバーのようだった。
酒瓶が大量に並んだ棚にビリヤード台、ダーツの的がある。
「地下室借りるぞ」
「ドム爺!久しぶりだなぁ!」
蝶ネクタイをしたマスターらしき男性への挨拶もそこそこに、ドム爺さんは床にある扉を開けるようリアンに命ずる。
開けるとそこには縄梯子があり、それを使って下へと降りていく。
最後に降りたリアンが扉を閉め、内側から鍵をかけると、わたしたちはほぅっと息を吐いた。
「あ〜もう。なんなのよぉ」
地下室に置いてあったグレーのソファーにデイジーは倒れ込んだ。
相変わらずのミニスカートだから、太ももは丸出しだ。
「さっきの《けむり綿飴》ですよね。凄い煙幕でした」
リアンが微笑みかけてもデイジーはふくれっ面だ。
さっきの煙も魔法のお菓子の力なのか…。
「あたしはアリスを無事ホテルへ逃すよう、母ちゃんに言われて来たの。アリスを!」
デイジーはわたしの名前を強調して訴える。
「なんでこの時間にコウモリがいるのよ、信じらんないっ」
「しかもあいつはコナーだな」
「コナー?」
デイジーは体を起こしてドム爺さんを見る。
「切れ者って噂のコウモリ界のエースだよ」
「あぁ、もう。大ピンチじゃん!」
隠れていても見つかるのは時間の問題ってことかな…。
わたしは部屋をぐるりと見回す。
あまり広くないこの場所には、ソファーに本棚、お酒とグラスの入った小さな棚、丸いテーブルがあった。
「ドム爺さんはこの地下室をよく利用してるんですか?」
「あぁ、この店のマスターとは古い馴染みでな。たまに来てはここで寝泊まりする時もある」
確かに小さな洗面台もあるし、小柄なドム爺さんには快適な部屋だろう。
洗面台の横には楕円形の鏡も掛けてある。
リアンはそれに近づくと顔を寄せた。
「何よ。どうしたのよ、色男」
デイジーが毒づくと、リアンは振り向き、銀色の枠を指差す。
「ハワード社製の鏡です。名前が掘ってある」
「オーウェンのところの鏡?なんでこんな場所にあるのよ?」
「オーウェンの親父さんが生前この店によく来てたんだ、珍しい酒が揃ってるってな。ある時、この地下室が殺風景だからって1枚くれたらしい」
訝しげなデイジーにドム爺さんが解説してくれる。
「魔法の鏡は2枚1組って聞きましたけど、もう一枚はどこに?」
「これは魔法の鏡じゃないぞ。この狭い店に移動は必要ないからな。魔法を込めてない、普通の鏡だ」
今度はわたしの質問に答えてくれた。
リアンは腕組みをしながら鏡を見つめていたけれど、
ふいに口を開いた。
「ドム爺さん、ここに電話はありますか?」
「あるぞ。本の下敷きになってるがな」
ドム爺さんが指差した方向には、本棚から溢れた本が床に散乱していたり、山になったりしている。
リアンがそれをよけると、黒い電話機が出て来た。
「デイジー、オーウェンさんに電話して下さい」
「えぇ?」
「ここから脱出できるかも知れません」




