2.美味しいお菓子屋
こんな森の中にお菓子屋さん…?
前にこの近くに来た時はなかった気がするけど…。
その時ベーカリーショップにいた婦人の話が思い浮かんだ。
森の中にあった、でも忽然と消えてしまった、奇跡のお菓子を売るお菓子屋。
まさかここに移転してきた…?
ちょっとだけ…進んでみようかな。
どんなお店があるのか、覗いてみるだけでも。
わたしは誘われるように先に進んだ。
道は照らされ、所々に矢印の看板があり、それを追って行けば迷うことはなさそうだ。
しばらくして。
「あっ…」
建物が見えてきて、わたしは思わず声をもらした。
黄色っぽいレンガの外壁にグリーンのドア。
ドアの両隣には大きなガラス窓。
赤と白のストライプの庇。
あれがお菓子屋さんだ…。
わたしは手に下げていたバスケットから、茶色のフード付きのケープを取り出すと、ライトブルーの半袖ワンピースの上に羽織った。
そしてフードをすっぽりと被る。
店内には小さな灯りがついているようだけど…。
そっと窓に近づき中を伺ってみても、よく見えない。
わたしは諦めて、ドアの方に移動した。
金色のドアノブに手を伸ばして回してみると、なんの抵抗もなくするりと開いた。
少し迷った後、そっと開け、足を忍ばせて店内に入ると後ろ手にドアを閉める。
(うわ…!)
店内の棚には色とりどりのカラフルなお菓子が並べられている。
棒付きのペロペロキャンディ、クッキーの入った袋、ジェリービーンズのつまった瓶、綺麗な包み紙のチョコレート…。
小さなオレンジ色の灯りに照らされて、凄く幻想的な世界だ。
(沢山の美味しそうなお菓子!凄く可愛い!)
少しだけお店を見てみる、なんて当初の目的も忘れて。
忍び込んだ罪悪感も薄れて。
あっという間にこのお店の虜になってしまった。
棚のお菓子を順番に眺めていき、なんとなく。ブルー、ピンク、ホワイトの3色のマシュマロが入った瓶を手に取る。
「いらっしゃい、お客さん」
「…!!」
背後から突然声がして、危うく瓶を落とすところだった。
瓶を両手で強く握りしめながら、ゆっくり振り返る。
背がひょろりと高い男性がそこにいた。
黒いシンプルなエプロンに同じく黒のつばの広い帽子を被っている。
見上げるような形になったけれど、帽子のつばで顔に影ができていて、どんな表情をしているのかはわからない。
「あの…わたし…」
言いながら、慌てて瓶を棚に戻した。
「ド、ドアの鍵が開いてて…それで…」
驚きすぎて飛び跳ねた心臓が戻らない。
頭と言葉と唇が上手く繋がらない。
「営業時間外なんですよ、本当は」
ここの店主なのだろう、その男性の声に、微かに愉快そうな響きが混じっている。
わたしは首を細かく縦に振り、「そうでしょうね」とだけ答えた。
次の瞬間。
彼はすばやくわたしのフードを背中の方へ引き下げた。
黒い髪が宙に舞う。
そして身を屈め、目を丸くしているわたしの瞳を覗き込んだ。
わたしも店主の目を見つめる形になる。
茶色でやや吊り気味の猫みたいな目だ。
「あれ。勘が外れましたかね。失礼致しました」
店主はニコリと微笑むと、体を元に戻した。
わたしは乱れた髪を両手でなでつけながら、頑張って落ち着こうと試みる。
「で。何か探し物ですか?お嬢さん」
店主は腕組みをすると、逃げ道を塞ぐように玄関のドアにもたれかかった。
(もしかして泥棒だと疑われてるのかな…)
どうやって言い訳しようと思ったけど、嘘は通用しない気がする。
ここは正直に言ってみよう…
「あの」
「はい?」
「領主さまの娘さんの病気を治したっていうお菓子は、こちらのお菓子ですか」
思い切って問いかけると、店主は軽く首を傾ける。
イエスともノーとも答えない。
「そんなお菓子屋さんがあるって噂を聞いて、このお店を見つけたので…覗いてみたかっただけなんです。
勝手に入ってごめんなさい」
わたしは視線を店主から自分の足元に移した。
「《運命の女神》は怒ってるらしいと聞きました。もしこちらのお菓子なら…しばらくお店を閉めたりとか…したら良いと思います」
長い沈黙が訪れる。
そして、店主がふぅっと息を吐いた。
「実験のつもりだったんですけどねぇ」
明るい声だった。
「効くかどうかは半信半疑でした」
わたしはパッと顔を上げた。
「じゃあ…本当にそんなお菓子が?そんなお菓子を作ることができるんですか?」
店主は長い人差し指を自分の顔の前で振った。
「私に作ることは出来ません。仕入れたんです。そうしたら都合よく余命僅かな方がいらっしゃいました。試したくなるのは当然でしょう?」
今度はわたしが首を傾げる番だった。
本当にそんな魔法みたいなことが…?
医者の娘としても疑いたくなる。
眉間にしわがよるわたしとは反対に、店主は微笑みを崩さない。
「不思議ですか?古くから《運命の女神》なる存在がいる土地に住んでるっていうのに」
そう言われても普通一般人は《運命の女神》に会えることはなかなかないし、母は屋敷を出てから一度もその力を使ってなかったし、不思議な力に接することなんて今までなかった。
「私はこの土地の生まれではありません。ずっと遠くの土地で育ちました。小さい頃書物で読んで驚いたものですよ。代々伝わる魔女の力を持つ一族」
歌うように続ける店主の言葉に、胸にチリッとした痛みが走る。
店主はスッと笑顔を引っ込めた。
「まぁいいでしょう、お嬢さん。秘密を見せてあげますよ」
そう言って、カウンターの後ろにあるダークブラウンのドアへ移動していく。
「どうぞ、こちらへ」
少し躊躇したけど、わたしはその向こうへとついていった。