18.悪い知らせ
カラスたちはしばらく空を舞ったあと、木の枝や住宅の屋根など、思い思いの場所に止まった。
「あのカラスたちみんな、普通の鳥じゃないんですか?」
「全部がそうではないです。ただの鳥の者もいれば、喋ることができるだけの者もいます。そして、人型になれる者もいます。これがカラスたちのリーダー的存在です」
わたしが小さな声でささやくと、リアンが珍しく早口で答えた。
「レヴィ様からの便りが届いた後の街の様子を確認してるんでしょうね。とりあえずオーウェンさんの所へ行きましょう」
リアンはわたしの背中に手を当て、そっと促す。
わたしは走り出してしまいたい気持ちをぐっと抑える。
目立たず、慌てず、騒がず…でも素早く。
そんな感じで移動するのが正しいんだろう。
でも、何処かで誰かに見られてるかも知れない、そんな心配が呼吸と手足をバラバラにしてしまいそうだ。
背中にあるリアンの手の暖かさだけに集中して、ほかの事は考えないようにする。
そうやって気を紛らわせよう。
「アレ〜?」
1つ目の曲がり角を過ぎたところで、頭の上から甲高い声がした。
「オニイサン、たまに見る顔だねぇ」
人の言葉を喋る、大きなカラスだった。
艶やかな黒い羽とつぶらな瞳を持っている。
「おや。お会いした事、ありましたか?」
声をかけられ内心ドキリとしたわたしとは反対に、リアンは落ち着いた様子で立ち止まる。
カラスは地面にフワリと降り立つと2、3歩ステップを踏む。
「うん、見た事ある。そうだ、あの気の強い兎娘のいるお菓子屋でたまに見かけてたんだ」
気の強い兎娘…デイジーで間違いないだろう。
「あそこのお菓子は美味しくて好きなんだけど、うろちょろしてるとあの娘が水を乱暴に撒いたりするんだよ」
「それはそれは。彼女に会ったら注意しておきましょう。お詫びと言ってはなんですが」
リアンは懐から小さなチョコチップマフィンを取り出した。
「こちら、あの気の強い兎娘の店のお菓子です。よろしければどうぞ」
「マジで?悪いねえ」
それをカラスの前に置くと、勢いよく首を振りながら食いつき、器用に食べていく。
「では、これで。またどこかでお会いしましょう」
「まぁ待ってくれよ」
その横をすり抜けようとすると、ストップがかけられた。
「俺の能力じゃ、ちゃんと判断出来ないんだけど。オニイサンたち、もしかして異世界の者だったりする?」
「…もしそうだったとしたら、どうですか?」
直球の質問にもリアンは微笑みを崩さない。
「そうだなぁ。普通は俺の上司に報告して、相談だな。といっても、俺たちは街の諍いとか、犯罪とかを見張るのが本来の仕事だから。異世界関係は手続きが面倒くさくて、基本的には見て見ぬふりしてきたんだよ」
カラスはボヤキながらマフィンをつつく。
「でも…レヴィ様の便りは見ただろ?『道』は封鎖されて、異世界旅行者の立場はかなり悪くなった。俺たちも真剣に異世界旅行者を把握しなくちゃならない」
「なるほど。大変ですね」
カラスは首を持ち上げてわたしたちを見た。
「美味しいマフィンをご馳走になったし、俺は上司に何も報告しない事にするよ。それらしい旅行者がいたとも伝えない」
「それはありがとうございます」
「うーん、お礼を言われると困るな」
カラスはリアンの頭くらいの高さまで翼を羽ばたかせた。
「なぜかって言うと。オニイサンたちが異世界の者だとしたら。俺が上司に報告しなくてもまだまだピンチが続いてる訳なんだ。ホッとされると困る」
「と、言うと?」
たまらずわたしは口を挟んだ。
「この時間帯は俺たちの時間帯なのに、張り切ってコウモリたちが出しゃばってきてるんだ。一体、いつ寝たり休んだりする気かね。日が暮れる前にもう出勤してるんだよ!あいつらは俺たちとは全く違う。気をつけるんだよ。もし旅行者ならね!」
カラスはまくし立てると西の空に消えていった。
コウモリがもういる…!
それはかなり悪い知らせだった。




