15.放たれた魔法
「少し砂糖を控えたいんだけど、なんか味が寂しくなる気がするんだよねぇ」
「シナモンとかスパイスを効かせるのはどうです?」
「ああ、いいかも。野菜系を混ぜるのも有りかなぁ」
翌日、デイジーの店の地下の厨房にて。
デイジーはパウンドケーキの試作品を作っていて、リアンはそれの助手を務めている。
元々ここへ来たのはお菓子の仕入れの為だった。
思わず忘れそうになっていたけど。
わたしは店へ出すクッキーの袋詰めをしていた。
透明な袋にチョコチップクッキーやドライフルーツ入りのものを5枚ずつ入れ、赤いリボンを結んでいく。
それらが籐のカゴにいっぱいになり、オーブンから甘い香りがしてきたその時、白いドアが開いた。
わたしたちがこの世界に到着した時に開けたドアだ。
「どうも、邪魔するよ」
「あれ、ドム爺!」
姿を現した小さなお爺さんにデイジーが声をあげた。
『道』を作っている、鼠のような尾を持つドム爺さんだった。
「どうしたんです?地上に出てくるなんて珍しいですね」
リアンが片方の眉毛を上げた。
「うーん。それがなぁ。お嬢さん、失礼」
ドム爺さんは浮かない顔で、わたしの隣の丸椅子によじ登った。
「どうもおかしいんだよなぁ」
「おかしいって何が?」
オーブンを覗き込みながらデイジーが言う。
「チャンネルに雑音が入る」
「雑音…ですか?」
今度はわたしが質問した。
「道を作るのに世界の音を聞く。静けさの中に道を示す、小さな音が聞こえてくる。それが道しるべになるんだ」
ドム爺さんはテーブルの上のクッキーを手に取り、両手で抱えて一齧りした。
「あ〜商品食べた!」
デイジーの抗議に肩をすくめただけで、ドム爺さんはクッキーを味わっていく。
「それが昨日から変な雑音が入って、どうも上手くいかない」
「昨日?もしかして、昨日の、あの魔法の痕跡のせい?」
デイジーの言葉にわたしとリアンの目が合った。
「そうかも知れない。使われた場所は遠かったといえ、あの魔法の強さ。何か影響が出ても不思議じゃない」
「あんなの久しぶりだったも…」
デイジーが言いかけたとたん、
体の表面にビリビリとした感覚が走った。
「これって…!?」
デイジーが目を丸くし、
「なんですか、これ!」
わたしが慌てて立ち上がり、
「大きいやつがまた来るぞ!」
ドム爺さんがクッキーを放り投げる。
「ん?どうしたんですか?」
そんな中、リアンだけがのんびりとしている。
そして。
ズドォン!!
雷が落ちたような衝撃があり、部屋が地震のようにガタガタと揺れた。
重低音が床から足へ、そして全身へと広がっていく。
わたしは思わず床にしゃがみ込み、震えるデイジーの長い耳も下方へと垂れ下がってしまっている。
やがて揺れは収まり、静寂が戻ってきた。
「なんか…揺れましたね」
リアンがポツリと言った。
「これは…大変なことだ」
ドム爺さんは素早く白いドアに駆け寄り、それを開けた。
下りの階段が見える暗い空間。
「『道』が閉ざされた」




