12.鏡魔法士
「あの飛行船みたいなものはなんですか?」
「あれはクルートと呼ばれるもので、人々の交通手段です。一台につき、30名程乗れます」
「魔法で動いてるんですか?」
「そうです。ハンドルに魔法を送り込んで操縦してるらしいですよ」
「へぇ…凄いですね」
空を行き交う、たまごのような形をしたクルートを見上げる。
スピードは速いわけではなく、のんびりと移動してるようにみえる。
「お二人さんは呑気だこと!」
空を見上げてるわたしたちに超絶不機嫌、といったところのデイジー。
クレアさんに言われてお店を出てから、ずっとふくれっ面だ。
「デイジーはご機嫌斜めのようで」
「お陰さまで!」
柔らかな声のリアンに刺々しく応える。
「もう〜!あたしはカラスにもコウモリにも見つからずに、さっさとあんたたちを奴のところに連れて行きたいの!何事もなく!」
デイジーは辺りを見回し、
「アリスが少し魔法臭いから、誤魔化しはきくと思うんだけど…」
と小さな声でささやく。
すれ違う人たちはわたしたちに注目するわけでもなく、上空には鳥たちの姿もない。
とりあえず、今のところは大丈夫そうだ。
いろんなお店が並ぶ大通りから小さな路地に入り、デイジーが立ち止まった。
「はい。ここが目的地」
オレンジ色の大きな建物。
白い枠がついた小さな窓が行儀よく並んでいて、重厚感のある茶色の扉がついている。
「ここはホテル兼鏡屋さんだよ」
「ホテル兼…鏡?」
その2つが全く結びつかない。
「リアンもここ初めてだっけ?」
「話には聞いてましたけど、来たのは初めてですよ」
「そっか。じゃあ、2人ともとりあえず中へ行こう。
…アイツ、いないといいなぁ」
デイジーはブツブツ言いながら扉を押して中へと入り、わたしたちも後に続く。
優しいアイボリーの床と天井。
美しい彫刻が施されている柱にゴージャスなシャンデリア。
赤いソファーが数点。
そして、金色の縁取りがついた巨大な楕円形の鏡が、何よりも目についた。
「ここの本職は鏡屋。あたしが魔法をお菓子に込めることが出来るように、鏡に魔法を込めることが出来る人がいるの」
「鏡魔法士って呼ばれてるんです」
「あたしは菓子魔法士って呼ばれてないのに…」
リアンの補足にデイジーは唇を尖らせる。
「どうしてかというと、鏡魔法士は一般の人向けに魔法の鏡を提供してないからなんです。特別な魔法士」
そんな彼女に変わって、リアンが説明を続けてくれる。
「基本的に鏡魔法士は鏡を2枚1組で作ります。そして、その鏡からもつ1つの鏡へ移動できるようにします」
「広〜いお屋敷に住んでる人が移動する時に楽なように、作られたのが始まり。部屋数が多くて広い家じゃないと意味ないでしょ?こんなのあったって」
鏡を見て前髪を整えながらデイジーが言う。
「レヴィ様の住んでる宮殿にも鏡を何枚も献上してるそうです」
「それと…ホテル経営ですか?」
巨大な鏡に映る自分は相変わらず、腑に落ちない顔をしている。
「この鏡の向こうはそれぞれ客室と繋がってるの。泊まる時に、この人はここの部屋、って登録してもらうから、他の人は侵入出来ない。登録した人しかすり抜けられないから、セキュリティ万全」
デイジーはコツコツ、と指で鏡を叩いた。
「2枚1組が基本なのに、この大きな1枚でいくつもの部屋と繋がることが出来るなんて凄い能力をお持ちなんですねぇ」
リアンの好奇心をくすぐられた顔が鏡越しにに見える。
「能力は凄いけどさぁ…」
デイジーが言いかけた、その時。
「デイジー!!マイスイートハート!!」
現れた声の主が、鏡に映った。
2m以上はある、茶色い毛並みの熊が直立していた。




