11.カラスとコウモリ
「《コウモリ》…ですか?」
2人の声に緊張の色が混じっているのを感じて、聞き返すわたしも硬い声になった。
「そう。うーんと、どっから説明しようかな」
デイジーは隣のテーブルから椅子を持ってきて、腰掛けた。
足を組み、白い太ももが剥き出しになるけれど、気にしてる様子はない。
「この世界のトップは大魔導師・レヴィという人物なの。名前は聞くけど、一般の人はほとんど会ったことはない。性別は不明。若い女性だったっていう人もいるし、老人の男性だっていう話もある」
「魔法が溢れるこの世界でトップになるだけあって、ありとあらゆる魔法、魔術を身につけているそうです。各地に伝わる様々な伝説をお持ちです」
リアンは静かにティーカップを口に運ぶ。
「そして、大賢者とも呼ばれるほどの知性もお持ちで、この世界の平和と安定を支えているのです」
「涼しい顔で言っちゃってるけどさぁ」
テーブルに頬杖をついて、そんな彼を横目で見るデイジー。
「だからこそ、異世界を行き来するとか、異世界でうちの魔法を使うとか、そんな事は許されてないの。平和と安定が崩れちゃうから」
「…ごもっともですね」
耳が痛いわたしは小さな声で答えた。
「最初は大目に見てもらえてたんだよね。『道』を作れる人も少なかったし、行き来する人も特に問題を起こしてなかった」
ますます耳が痛い。
「でも最近は道も増えて、いろんな問題を起こす人も増えてきた。リアンやアリスたちの世界じゃなくて、また別の世界から来た人もいるし」
「へぇ。面白そうですねぇ」
リアンは目を輝かせたけれど、デイジーに睨まれて、そのまま何事もなかった様にまたお茶を飲む。
「で、元々、街の監視役がいるの。何かトラブルや問題が起こった時に大魔導師やその下で働く者たちにすぐ伝わる様に。昼間にいるのは《カラス》。こいつらは頭が良くておしゃべりな奴らだけど、そんなに脅威じゃない。意外と買収が効くし、ごまかしも可能。問題は夜間を担当する《コウモリ》」
デイジーは窓の外に目をやった。
「こいつらは本当に厄介。闇に紛れてどこにいるかわかりづらいし、冗談も通じない。おまけに魔力だってカラスよりも上。ここ最近、取り締まりを強化するため、その数は凄く増えた」
「そうなんですか…」
わたしは沢山のコウモリが空を飛んでる情景を想像して、気が滅入る。
「元の世界から逃げて来て、ここの世界でも追われる立場ですか。困りましたねえ」
ちっとも困ってないようにリアンが言った。
「…楽しそうにみえますけど」
「あれ、そう見えます?」
わたしがおずおずと突っ込んでも軽くかわされた。
「とにかく。しばらくはここで大人しく過ごして、ほとぼりが冷めたら向こうへ帰りな」
その時、店のドアが開いて、兎耳の女性が入って来た。
豊満なボディラインと、デイジーによく似た顔立ち…お姉さんだろうか。
「あら!リアンちゃん!来てたの〜?元気〜?」
女性はリアンに抱きつくと、背中をバンバン叩いたり、帽子の上から頭をなでたりした。
「クレアさんもおかわりないようで」
リアンはされるがままになっている。
「デイジーのお姉さん?」
「まっさか。母ちゃんだよ」
「母ちゃん!?」
デイジーの台詞に絶句する。
なんてその単語が似合わないんだろう!
どう見ても、5、6歳しか離れてないようにみえる。
そういう種族なんだろうか…?
「こちらの可愛い子は?リアンちゃんのガールフレンド?」
「アルバイトの子ですよ」
「アリスといいます。初めまして」
「よろしく。デイジーの母のクレアよ」
クレアさんの顔をまじまじと見ていたわたしはあわてて挨拶をした。
「リアンたち、しばらくこっちに留まるみたい。今、色々とよくない時期なのにさぁ。父ちゃんだって大丈夫かなぁ」
「そうね。あの人も無事に戻って来たらいいけど…」
クレアさんはリアンから離れ、
「しばらく留まるなら、うちより安全なところで寝泊まりした方がいいわね。デイジー、オーウェンちゃんのところに連れてってあげなさい」
「えぇ〜…あたしが?しかもオーウェンのところに行くのぉ?」
心底嫌そうなデイジー。
長い耳も垂れていく。
クレアさんは無慈悲にその二本の耳をギュッとつかんで引っ張った。
「デイジー。連れてって。あげなさい」
優しく、ゆっくり、もう一度言う。
「痛っ!わかった、わかったってばぁ!」
娘の耳から手を離し、クレアさんはわたしたちに微笑みかける。
「良かったわね、リアンちゃん、アリスちゃん。デイジーは本当に優しい子」
わたしもリアンも、首を縦に何度も振った。




