10.ティーブレイク
デイジーさんはリアンさんに舌打ちをしてから、わたしを見た。
「あのキャンディを人に使ったの?」
「ごめんなさい。逃げるためにあのキャンディが必要だったんです。だけど、確かにわたしたちの世界で使うべきではなかったと思います。今頃ますます騒ぎが大きくなってるかも知れない…」
怒られても仕方がない。
混乱を招くようなことをしてしまったのは本当だ。
わたしは頭を下げた。
「はぁ〜、誰かさんと違って、素直で可愛い」
デイジーさんはリアンさんむけて嫌味っぽく言ったあと、わたしの背中をポン、と叩いた。
「あの馬鹿のせいなのはわかるから、謝らないで大丈夫」
「デイジーさん…」
「デイジーでいいよ。急に知らない世界に来たりして疲れたでしょ。あたしの店、見せてあげるよ。こっちへおいで」
デイジー…は、そのままわたしの背中を押して、ブラウンのドアを開けた。
木の階段が上へと続いている。
「私のこともリアンでいいですよ」
「さっ、行こ行こ」
リアン…の声を遮るようにわたしを促し、上へと上る。
上った先はさわやかな色合いのお店だった。
白と黒の市松模様のぴかぴかの床。
壁色はライトブルーで、いろんなお菓子が並んでいる棚は白。
隅には小さなイートインコーナーがあって、白いテーブルとイスが二組置いてあった。
「そこに座ってて」
デイジーが指し示したそのテーブルにわたしとリアンは座る。
やがてカップケーキやクッキーが載った白いお皿と、ティーカップとティーポットを運んできた。
「リアンに渡してるいろんな魔法のお菓子は、注文があったら作ってるやつなの。普段は美味しい、普通のお菓子を販売してるよ。食べてみて」
勧められて、パステルピンクのクリームがデコレーションされているカップケーキをいただいてみる。
スポンジの生地はしっとりフワフワで、ピンクのクリームは見た目と反して、柑橘系のさわやかな甘さがあった。
「美味しいです!凄く美味しい!」
「でしょ〜!」
デイジーの耳がぴょこぴょこ揺れた。
「このお茶もこちらの世界でしか採れない花を使ってるんですよ」
リアンがティーカップに注いでくれたお茶は鮮やかなオレンジ色をしている。
鼻に近づけると確かにお花の香りがした。
一口飲んでみるとその香りが胸いっぱいに広がり、リラックス効果がありそう。
「これも美味しい…!」
「…なんだかアリスさんの笑顔、初めて見た気がしますねぇ」
「えっ、そうですか?」
「そうですよ。驚いた顔とか困った顔とか泣き顔とか、そういうのは見ましたけど」
「そう言われれば…」
そうかも知れない。
頬杖をついたリアンが、ニコニコしながら見つめてくるのが急に恥ずかしくなって、
「あの。わたしもアリス、でいいですから」
と早口で言って、ハートの形をしているクッキーに手を伸ばした。
「ではお言葉に甘えて。アリス、窓の外を見て下さい。初めて見る違う世界の光景ですよ」
そうだった。
こっちの世界へ移動してきて、まだ室内にしかいない。
外の世界を見ていなかった。
わたしは立ち上がって窓に近づき、外の様子を眺めた。
いろんなお店や建物が並ぶ通りは元の世界と大して変わりはないけど。
行き交う人は、デイジーみたいに兎のような耳を持っていたり、猫のような耳を持っていたり。
ドム爺さんのように小さかったり。
耳だけじゃなく、顔全体が狼なのにスーツ姿でスタスタと歩いていたり。
カラフルで大きな飛行船のようなものがいくつも空を横断していたり。
…ここは異世界なんだ。
改めて、強く実感する。
「あとで散歩でもしてみますか?」
「はい」
リアンの提案に頷くと、
「ちょっと。ちょっと待ってよ、犯罪者」
デイジーがお皿からクッキーを取りながら、ストップをかける。
「さっきも言ったけど、取り締まりが厳しくなってるから、外を歩くときは充分気をつけてよね。そして暗くなる前に戻ってきて。夜は絶対ダメ」
「というと。増えてるんですか?」
リアンはピンときたようで、眉間に軽くシワをよせた。
デイジーはクッキーを音をたてて咀嚼し、飲み込んでしまうと頷いた。
「そう。増やしてるの、《コウモリ》を」




