夜九時半
5章
「...で、その話はおしまい?」
夜蓮がろうそくの火を消し、部屋の電気をつけるのを見て朝夏は口を開いた。
「そうよ」
「あ〜ほわっは〜(直訳:あ〜よかった)」
口の中にお菓子でいっぱいにして(あるいはされて)苦しそうな状態の高茶が安堵の声を漏らした。
「高茶...どしたのそれ?」
「あははほ〜ひほひんはひよ〜! ひふひにやはへはんは〜(直訳:朝夏〜ひどいんだよ〜! 輝月にやられたんだ〜)」
「えっと...輝月にやられた?」
「輝月! 危ないことはダメ! 窒息したらどうする!」
目くじら立てて怒る木鈴に対し、輝月は肩をすくめた。
「だってこいつ、何回もワーとかキャーとかヒャーとか悲鳴上げようとしてたんだもん。やかましいから、猿ぐつわ代わりに菓子突っ込んでやったんさ」
「だからって...!」
「もちろん配慮はしたよ。喉に詰まるとやばいから、棒付きキャンディーは突っ込んでない」
「輝月のやり方でオーケーよ。一生懸命話してるってのに、悲鳴上げられちゃかなわないわ」
輝月と夜蓮が二人揃って胸を張って言うのである。これでは男子顔負けの強気な木鈴でも言い返せない。
(あ、このままいくと二人のペースだな)
朝夏は一人で頷いた。
「ねえ、そんなことどうでもいいからさっきの怪談の話でもしましょうよ」
あくびをかみ殺して羽吹が言う。この一言で、急に皆我に返った。話は変わって、夜蓮の怪談のことになる。六人揃って切り替えが早い。被害者だった高茶も黙々と口の中のお菓子を噛み砕いている。
「まずさ、あたしが言いたいのはさ、この四人の友情の薄さよぉ」
輝月の熱弁が始まった。まるで、酔っ払いのおばちゃんみたいだ。
「靴箱を出た時...だっけ、D君放ったらかして三人でしゃべってるってどーなんだよ。おまけにDく...あーもう、君なんていらん! Dのやつ、怪しいモヤモヤののことをどーして三人に言わない?! 『雰囲気を壊したくなかった』だ?! そんなの言い訳! 三人に放ったらかしにされたことをひがんでるだけさ! どう夜蓮?!」
夜蓮はニヤニヤしながら、
「さあ、そこはなんともね」
「肝試し大会から三日間のことも気に食わん。悩めるDに電話一つしないなんて...」
「あっ、そこは賛成。四人とも、なんかぐずついてるみたいで歯がゆい。時間を無駄にしてるみたいでいらいらするわ」
羽吹がうんうんと頷く。
「懐中電灯を持ってるのが一人っていうのもまずいと思う。誰か一人でも迷ったらどうするの。そこらへんもきっちりしなきゃね」
「はっはん、それで読めた。ABC三人組はDを一人にして、暗闇で怖がらせようとしてたんだな! それで懐中電灯役をC一人にしたんだ! これぞ、とんでもないいじめじゃないか!」
「そういえば、この四人は何歳なのかしら。ところどころ子供っぽかったり、大人びてたりするんだけど」
「あたしたちと同じ中学生くらいだと思う。でも心はいじめっこのガキどもだよ」
「輝月...そりゃちょっと深読みしすぎ。それにしても二人とも、妙なところにこだわるね。でもなんか、夜蓮の怪談はただ怖いだけじゃなく、そういう細かいところまで追求できて面白いよね」
木鈴は本当に感心しているようだ。夜蓮は満足げに頷いた。
「苦労して考えた甲斐があったわ。『怪談以外の話』としても捉えてもらってるなんて、光栄ね」
「そう! 『怪談以外の話』!」
横でいきなり大声が上がったので、朝夏はぎょっとした。見れば、高茶が青白い顔に異様な眼光を光らせている。周りの四人はポカンと口を開けたままだ。
「た、高茶...どしたの?」
「これは怪談じゃない...怖い話じゃない...幽霊なんて見間違い...」
「ブツブツ言ってるけど、呪文かなんか?!」
「怖くない...怖くない...」
高茶の口調は変わらない。まるで、精神を統一させてお経でも唱えているようだ。そうかと思えば、今度はいきなり立ち上がって、
「これは、怪談じゃない! 少年たちが最後に本物の友情で結ばれるめでたい話だ!」
などと言い出した。もっとも、周りの反応は冷めていたし、本人の顔は相変わらず青かったのでいまいち説得力はなかったが、言うだけ言って満足したのか高茶はそのまま座り込んで再びお菓子を食べ続けた。
高茶は、夜蓮の話がよっぽど怖かったと見える。それは朝夏も同じで、この部屋が暗いのもあって、なんとなく自分自身がその学校にいるような気がしたほどだ。夜蓮が語るのがうますぎて、朝夏は何度も背筋が凍るような思いを味わった。多分それは皆も同じはずだ。
(だけど、輝月も羽吹も木鈴も、どこが怖いって全然言わなかったよな...。まさか、言うのを避けてた? それは考えすぎかな...)
「うーむ...」
「朝夏?」
ポンと肩を叩かれ、朝夏は我に返った。木鈴をはじめ、皆が自分に注目している。
「感想でも考えてるの? 難しい顔しちゃって」
「あ、いやたいしたことじゃないよ...そうだ! みんな、一つ提案があるんだけど」
「提案?」
「あたし夜蓮の怪談聞いてて、当たり前だけど何回かゾッとしたんだ。ねえ夜蓮、ちゃーんと怖い要素を幾つか盛り込んでるよね」
夜蓮は訳が分からないという顔で頷いた。
「まあ、怪談だものね」
「でさ、ふと思ったんだけど、それらが実際どのくらい怖いのか確かめてみたくない?」
「ちょっと待って」
羽吹が手を上げた。
「もしかして今から、学校に行くつもり?」
「まさか。そんなの怖いよ。会場はあくまでここだし。私がやりたいのは、怖い要素の再現! 例えばさ、暗闇の中背後から『出やしないよ』って言ってみたりだとか...」
周りを見回す。誰も口を開かない。
「...ほら、要は二次会! 楽し...いや怖く涼しく、盛り上がってみない?」
「今からやるとすると」
羽吹が時計を見る。今九時半。
「今日はお泊り決定ね」
「どーぞどーぞ、泊まってって」
木鈴、
「電話借りてくるよ」
朝夏に頷いて夜蓮と輝月も立ち上がった。一人震えているのは高茶で、
「わっ羽吹帰らないの?!」
「私は二次会に参加するわ。嫌なら、夜道を一人で...」
「分かったよお...」
朝夏は満足してにっこり笑った。
結局、二次会は実に賑やかに四時間以上続いた。一時半を回ったところで、ドアがバンと開かれて朝夏の母親が登場したことで宴会はお開き。そこからは皆、布団を出して床に並べる作業に没頭し、二時にやっとこさっとこ就寝である。だが、僅か六畳の部屋に六人で寝ているもので、狭いわ暑苦しいわでなかなか寝付けない。(ついでに、敷き布団は三枚)話し声がやっと寝息に変わったのは三時になってからである。だがその寝顔はどれも、実に満足気にしか見えないのだ。
こうして、凉みが目的で開かれた怪談パーティーはどういうわけか皆に暑苦しく賑やかな結末をもたらしたのだった。




