エピローグ
強い日差しが照りつけ、静かな波の音が耳を心地よくうつ。
もう数週間は経過したというのに、屋上や外壁に残る戦いの傷跡がサルベージされ蘇生されてわずか数日の間に起こった
様々なことを今も強く思い出させてくれる。
相棒、お前はどんな気持ちで、俺の居ないその後の人生を送っていたんだ?
何もかもが海の底に沈み、生き延びた人々が作った新生日本やその中核となった海上自衛隊、我が古巣も消え去った時代に浦島太郎状態で放り出されて、残ったのは相棒の生きていた残滓と、かつての愛機だけ。
いや、この海上油田基地も、相棒の遺したものなんだろうな。
この基地を最初に作った人間たちの中に相棒はいた。
そして彼らの孫や娘である、少女たち。 その中の一人に、俺は相棒の面影を見つけ出していた。
本人は自分の髪の色にまつわる来歴の不明さに、気にしてないといいつつもどこかコンプレックスの残っている様子なのを……。
母親の自慢とともに披露してくれたが、俺は彼女のオレンジ色の髪がどこから来たのか気づいている。
脱ぎっぱなしだったダイバージャケットの内ポケットに入っていた、俺と相棒と、他のガンベレット乗り達が一緒になって肩を組んで笑っている写真の中で、俺と隣り合っているその刈り込んだ頭は、当時流行っていた遺伝子コーディネートによって後天的に色素を変えたために、通常ではありえない…… 。
茶色でも金髪でも黒髪でもない、……今は貴重な存在になってしまった天然の果物と同じオレンジ色をしていた。
これが、「今のオシャレ」だと相棒は自慢げに言っていた。
ただし、こいつの所為で相棒は、危うく海自の入隊検査をハネられる所だったのだという。
彼は一代限りで消え、次世代には遺伝しないから安全っていうのが売りだと言っていたはずの『遺伝子改造レベルでの染色』行為は見事に孫の世代に隔世遺伝してしまったというわけだ。
そんな、相棒の遺した懐かしい『血筋』をおかしく思いながらオレンジ色の髪を見つめていると髪の持ち主であるヴィーペラが気づいて俺を睨んできた。
「アズミ、何ジロジロこっちみて笑ってるの? どうでもいいけど、早いところ屋根に開いた穴を修復してもらわないと、いつまで経ってもお日様が食堂から見えている状態で、雨でもふったら大変な事になるんだけど?
休んでる暇があるなら手を動かしたら?」
おいおい、雨なんて降った事無いだろ。
陸地が沈んで以降、地球の気候は激変してこの辺の海域は雨どころか、台風すらやって来ない。
だがそんな事はお構い無しに、ヴィーペラたちは俺に何のかんのと理屈をつけて働かせようとしている。
主に力仕事をだ。
ちなみに、屋根を補修する資材はサルベージした物だけでは適当なものが足りないので、一部は破壊したグランキョの錆びの浮かんだ装甲版を転用している。
そして、俺が補修作業を進めている大穴の横を走り抜けて、ビングイーノとガッビャーノ…もとい、メーヴェが
毎日の日課である海面ダイブに飛び込んで行った。
「パーパも飛び込みしようよ!」
「怖いならあたしたちが一緒にとんであげるよ!」
フォーカとオターリャがそう言って、作業をする俺の傍らにしゃがんで誘ってくれるのだが、残念だけど、お前たちの怖いお姉さんが睨んでいるので俺は一緒に遊べないんだ、またな。
やんわり断ると二人はしばらくぶーたれていたが、やがて何かを思いついたのか屋上の隅っこの方に手を繋いで歩いていって、
ヒソヒソと話しながら時々こちらを見て笑っている。
ありゃ、何かイタズラを思いついたな。 被害をもたらされる前に気をつけないといけない。
次にやって来たのはロンを抱きかかえたラーナで、何か用かと尋ねると
「見に来ただけ」
と答える。 そして、俺にロンを押し付けて帰ってしまった。
おいおい、俺は屋根の補修作業中なんだが。 この後、小屋の方の屋根も直さなくちゃならないんだぞ。
子守をやってる暇は無いんだが……ラーナの行動は時々よくわからない。
「アズミを困らせたいんだよ。 他の妹たちみたいにさ。 そうやって甘えたり好意を表現してる。
あいつ、感情表現が苦手だし、男慣れしてないから、子供っぽいところがあるんだ」
そう言って解説してくれるのはラーナの事をよく理解している、ルチェだ。
まあ、表現にも色々あるからな。 そしてラーナは下に降りたと見せかけて、階段のところから顔を半分だけ覗かせて、
隠れるようにしながらこっちをじーーーーっと注視している。
カエル娘は仏頂面なのではなく、照れ屋なのではないだろうか。 最近とくにそう思う。
それはそうと、ルチェは何の用事なんだ?
「んー、ほら、ガンベレットの整備がしたいんだけど、機関部はよくわからなくってさ。
アズミが手伝ってくれるなら、助かるんだけど……」
「ちょっとぉ、アズミは私が今、屋上の修復をさせている所なんだけど?
横から取っていくのやめてくれない? そんなんだからいつまでも屋根がこのまんまなんだから!」
俺を引っ張り出そうとするルチェにすかさずヴィーペラが抗議する。
まあ、蘇生された当初と違って最近は少女たちは俺に随分と頼られたり心を許してもらってる感じがするんだが、
いいように働かされているだけな気がしないでも無い。
何かあると「アズミ、手伝って」「アズミ、ここ教えて」「アズミ、遊ぼう」で休む暇が無い。
どっちの仕事に俺を使うのかルチェとヴィーペラが言い合いをしている間、俺は作業の手を休めることにした。
ロン、パーパは大変だよ。 と無邪気な末っ子に愚痴ると、ロンはニコっと笑って返してくれた。
ああ、癒される。 小さい子の笑顔というのは悪くない。
そんなひと時の安らぎを破るかのように、新しく騒がしい二人の声が屋上へと上がってくる。
「アズミ兄っ! コッコがね、酷いんだよ! せっかくアズミ兄がサルベージしてきたバッテリー、タルタが分解するって
言ってたのに、勝手に壊してバラバラにしちゃったんだよ!!」
「タルタがどうしても分解できない、疲れたっていうから手伝ってあげたんじゃない!!
タルタ悪く無いよ! それに、コッコは分解しただけだもん! 壊してないもん!!」
この二人は……相変わらずだ。
ルチェとラーナが言うには、少しはお姉さんになってくれたというのだが、俺にはそういう風には見えない。
毎日張り合って、お互い仕事を取り合っている。
そして、その成果を俺に報告しに来るのだ。 要するに、俺に誉めてもらいたくて張り合ってるんだろうか?
「アズミぃ~! スクアーロがチーニョ噛んでる~!!」
ビイビイ泣きながら屋上に上がってきたのはチコーニャだった。
チコーニャはトレードマークの大きなバッグを右手に抱えて、左手でチコーニャの右手を引いて、さらにチコーニャが左手をスクアーロに噛まれ、スクアーロはそれに引き摺られながら、それぞれ歩いている。
何かスクアーロの癇に触ってしまってこうなったらしいが、噛まれている当人のチーニョは困惑するばかりでそれよりも当人は別に痛くもなんとも無いはずのチコーニャが泣き喚いているというのが不思議な構図だ。
さらに、ペーシェまでもが手で涙に濡れた目を擦りながら上がってきた。
お気に入りの魚のビニール風船は萎んでふにゃふにゃになっている。
「アズミ……ペーシェのおさかなさん……」
はいはい、空気が抜けちゃったんだな、膨らませてあげるから待っててくれな。
……相棒、これは罰なのか?
お前を独りだけ残して海底で眠っていた俺への。
夕食後、騒ぐ小さな子たちを寝かしつけて一息ついた頃に、俺はヴィーペラに呼び出されてクレーン区画に足を運んでいた。
ここは海を渡る夜風が吹き付けて、昼間の暑さが嘘のように涼しい。
ヴィーペラは、柵に寄りかかりながら笑って言った。
「……アズミもすっかり、妹たちのお気に入りになってるね。
ちょっと前まで、妹たちは皆、私とかルチェとかラーナとかに頼ったり、母さんの事を思い出してたりしたのに。
まあ、私は負担が減って助かってるけどね。 その辺は、素直に感謝してる」
そうかい。 俺としては疲れる毎日だけどな。
サルベージやら基地の施設の点検維持やら、修復やらに狩りだされてその上、手のかかる少女たちの子守まで追加だ。
まあ、その分退屈はしてない。 感傷に浸る間も無いが。
それでも悪くは無いと思ってるよ、ここでの生活も。
なんだかんだ言って、俺はお前たちの事、好きだからな。 大事に思ってるよ。
そう言って何気なく笑いかけると、ヴィーペラは一瞬驚いたような表情をして固まって、そして顔を逸らした。
「……な、なに突然変な事言ってるのよ、馬鹿」
……馬鹿って言われるほど変な事だっただろうか。
俺が頭を書きながら女の子の相手ってのは大変だ、未だに慣れない……と思っていると、ヴィーペラがまたこっちに顔を向けて言ってきた。
「アズミはさ……私たちと家族になりたい、とか、思う? 思ってる?」
何だ? と俺が思ってヴィーペラを見返すと、彼女は小さくなってどこか恥ずかしがっているように、そして俯き加減でこちらの様子を窺うように視線を合わせてきた。
少し、考える。 そうだな……家族だったらいいな、とは思うよ。
どうせ他に行く所も無いし、生きてる友達も家族ももう居ないしな。
家族になれるんだったら、その方がいい。 そうヴィーペラに告げると、少し戸惑うような反応を見せる。
どうしたのかと思っていると、ヴィーペラは意を決したような真面目な表情になって、俺に向き直った。
「じゃあ……じゃあさ、もしアズミが家族になって……どういう風になるとか、まだ決まった訳じゃないけど、ロンやフォーカたちみたいに「パーパ」って呼ぶのかコッコやタルタみたいに「お兄ちゃん」って呼ぶのかまだわからないけどさ 。
でもさ、本当に、母さんを愛してくれて、ちゃんと大事にしてくれた父さんもいて、だから……。
もし、アズミが、あたしと、母さんと父さんみたいになるのがいいって、選んだ時は……アズミは、私のことも、大事にしてくれる?」
俺は面食らった。 ちょっと待て、それって……もしかしなくてもプロポーズか?
もしくは、プロポーズをしろという要求か?
流石に、そう来るとは思っていなかったので、返答に少し迷う。
そりゃあ、ヴィーペラたちを女の子として意識した事が無い訳じゃない。
が、別に付き合ってるとか交際してるとかお互いそんな感じの事は無かったはずだ。
それともあれか? 今まで仕事を要求したり、仕事してる側で監視してるみたいにくっついてたのがそれなのか?
……浦島太郎状態が長かった俺には、今の時代の男女の恋愛関係がどんなものか全くわからない。
どうしたものか。 男として、下手な返答は出来ないだろう。
特に、傷つきやすい年頃の少女には。
ヴィーペラは、俺の返答を不安げな表情で待っている。
……数十秒迷ったあげく、結局俺はこう言わざるを得ない事を認めるしかなかった。
ああ、誓うよ。 相棒が残してくれたもの、相棒が託してくれたものを、俺は何一つ見捨てない。
ヴィーペラの顔が少し赤みをさしながらも明るく輝き、そして、そっと手を差し伸べてきた。
俺も黙って、その手を握った。
その時、俺はヴィーペラの事を愛しいと確かに思った。
(終り)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。