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6話


ピングイーノの髪を母さんが丁寧な指使いで三つ編みに結ってあげている。

元気で走り回り、暴れたがる筆頭のピングが上機嫌で大人しくなっててくれる数少ない時間。

その隣でルチェに髪を梳いてもらいながら、次は自分がお気に入りのポニーテールに結ってもらう番だと待っているのはペーシェだ。

そんな妹たちと母さんを、スクアーロがショートヘアの髪をもっと短くしろとうるさいので鋏を入れてあげてる私が見ている。

背後では既に頭の左右にお揃いのリボンを結んでもらったコッコと頭の上に大きなリボンを付けてもらったタルタがどっちのリボンがより可愛いかで張り合っているのを同じ形同じ色のリボンでおそろいサイドテールの双子、フォーカとオターリャは不思議そうな視線を向けている。

ガッビャーノはロングで母さん似のブルネットの自慢の髪を、母さんの見よう見まねでブラシを入れていて、なんだか余計にくしゃくしゃになっている感じなので後でやり直してあげないといけない。

自分たちの順番が来るまで大人しく待っててくれているのはチコーニャとチーニョ。 そしてロントラ・マリーナ。

チコが『ペリカン娘』の名前の通り、いつも抱えている大きなバッグから玩具を取り出して末っ子ロンの気を引いてくれるので、妹たちの髪の手入れをしている時は結構助かっている。

ただしチーニョは、浮き輪に息を吹き込んで膨らまし、せっかく髪を梳かしてあげても直ぐに泳ぎに行って海水でベタつかせてしまうつもりマキシマムのようだ。

ふと、ロンが床にばらけている玩具のうち一つを手にとって、母さんの方にトテトテ、と可愛らしい小さな足取りで近づいてゆくと、両手でしっかり持った白い貝殻を自分の頭にくっつけて見せた。


「そう、ロンはそれで飾って欲しいの? じゃあ、ロンのために貝殻の髪飾りを作ってあげましょうね」


母さんは笑ってそう言った。

ピングが三つ編みを結んでもらい終わると、すぐに立ち上がって半分割れてヒビの入った古い鏡の前まで行き、嬉しそうに自分の三つ編みを摘んで体の前のほうに持ってきたり、後に垂らして鏡に背中を向けて写してみたり、くるくると踊ってみたりしている。

母さんに結ってもらった三つ編みは、ピングの宝物なのだ。

そして、今度はペーシェが母さんの膝の上に座って、ポニーテールを結んでもらう番だ。

母さんは何種類かのゴムバンドを手のひらの上に乗せて、今日はどの色で結ぼうか、とペーシェに尋ねる。

ペーシェは、その中から水色のを選んで指で指した。

そして、母さんの方を向いてニッコリ笑う。 ペーシェのポニーテールもきっと、母さんに結んでもらう宝物だろう。


私が髪を梳いてもらう順番は一番最後。

一番上のお姉さんなので、ルチェのくせっ毛やタルタのショートボブが終わってから、最後の最後。

小さな妹たちが多いから、仕方ない。

でも私は、この最後の順番を、とても楽しみにしていた。

だって、他の子たちの髪の手入れが全部終わって、せかされる事はないから、ゆっくり髪を梳いて貰える。

私のオレンジ色の髪を、茶髪にも金髪にもなり損ねたかのような変な色の髪を、母さんがくれた

この世界できっとたった一つの髪を、母さんに梳いてもらえるんだ。

だからこれは、私の宝物だ。 この時間は、私の宝物だ。


これからもずっと変わらない。

その時の一瞬一瞬を、母さんの手やヘアブラシが私の髪に触れるその感触を、私は一生忘れない。

母さんが私たちに、娘達に注いでくれた愛情を。

母さんが私たちを産んでくれた事を。





「……信じるからね。 バラストブロー! ロン、しっかりあなたのパーパに掴まってなさいよ?

急速浮上開始、アップトリム40、50、60、70、80、90、! ヴァーティカル!

深度150、100、80、40、トリム水平! 出力そのまま!」


浮上する際に機体が垂直になり、座席の前方向に「落っこち」そうになるロンを抱きとめる。

よし、こっちがいきなり急浮上して面食らったようだが、カニどもはしっかり付いて来ている。

格闘モードに変形、水中接近戦だ。 左腕、モーター駆動、右腕、モーター駆動、両腕部水中ロケット砲座、動作異常なし!

陸戦用脚部展開、駆動動作異常なし!

水中攻撃艇の後背部が二つに割れて、各部関節を展開し180度旋回して前方に向く。

同時に船首部が折りたたまれてコクピット部が上に持ち上がる。

上半身と両腕が形成されると、腹部推進装置は関節を展開し、二本の一見華奢な脚を形成する。

そうして出来上がったガンベレットの姿は、人型というには歪な、エビあるいはザリガニと人の中間のようなシルエットをしていた。


「ちょっと、水中で脚部を展開してどうすんの? 水中抵抗が増えるだけ無意味でしょ!?」


そうか、ヴィーペラは知らないんだな、というか相棒は自分の子供や孫には伝えてなかったのか、途中で知識が途絶えたのだろうか。

確かにまあ、陸戦で戦う用の脚は全く無意味で無用な機能であると思う。

だが、水中戦においては、推進器が変形し関節を供えた第3第4の「腕」というべきこの脚部は、AI制御のグランキョには

思いも付かないような使い方が存在するのだ。

そして、こっちの深度にまで上がって来たグランキョたちが、一斉に、合計十数発の魚雷を発射する。

普通なら、避けられない。 だが、避ける必要はないんだ。 デコイも使わなくていい。

俺はヴィーペラに魚雷を1発だけ、距離300で自爆するようにセットして発射するように指示をだす。

言われたとおりにヴィーペラは指示通りに魚雷を発射、向かってくる敵魚雷たちの目の前でそれは自爆し、水中衝撃波を撒き散らした。

水中をノイズが占拠し、俺はヴィーペラにガンベレットを突進させた。

ノイズが晴れる頃、全ての魚雷は目標を見失って迷走し、そして驚愕するグランキョたちの懐にガンベレットは飛び込んでいた。

この距離では、近すぎて魚雷は使えない。

右腕アームを、正面にいたグランキョの胴体に付きこむ。

水中で発生したプラズマジェットカッターの気泡が視界を埋め尽くし、鉄ガニの耐圧殻に穴を開ける。

内部を数千度の熱で焼かれ、グランキョは文字通りの錆びた鉄くずと化した。

左側から別のグランキョが、格闘モードに変形しながら突っ込んでくるのを左腕アームで軽くいなし、俺はヴィーペラに

バックだ!と指示を出す。

「え!?」と戸惑いながらもヴィーペラが通常は推進器を逆回転させて後退する操作を行うと、脚に変形していた

ガンベレットの推進器は、脚の先端方向……つまり推進器の噴出方向を前に向けて通常通り推進、両足を前に突き出した姿勢のまま急速後退した。

そのガンベレットの一瞬前まで居た位置で、上下から襲い掛かろうとしていた二隻のグランキョ同士が互いに衝突する。


「……こんな事ができるんだ!?」


驚き歓声をあげるヴィーペラ、そして戦闘中でも楽しそうにして、自分も歓声に加わるロン。

お嬢様方にギミックが気に入ってもらえて光栄だ。

通常の潜航艇モードのガンベレットと、中間形態ではなく完全な格闘モードに変形したガンベレットでは、水中での挙動は全く異なる。

脚部は360度に自由に可動する偏向推進器となり、水中抵抗が増して最大速度が落ちる代わりに前後移動だけでなくそのままの状態での左右移動、トリムを傾けたりバラストに注排水をせずに浮上・潜航が可能になるのだ。

それは、航空機で言うなら戦闘機が突然ヘリに変身するようなものであり、形態の全く違う兵器に変化するのと同義。

加えて、前席と後席、二名の人間がこの機体を操縦している最大の強みがここで生きてくる。


「方位0-0-1、ほぼ正面! 1隻来る!」


1-8-3、後からもだ。 前のを相手してろ!

ヴィーペラとお互い声を掛け合い、俺は後ろからのグランキョにアームを向け水中ロケットを浴びせた。

そして、ヴィーペラがガンベレットを横移動。

両目のサーチライトを光らせ、アームを振り上げ気泡の尾を引きながらプラズマジェットカーターを押し付けてこようとする

正面の奴を、ギリギリまで引きつけてかわす。

当然肩透かしをくったそいつは、後で残骸と化した仲間とぶつかり、さらに間抜けなスキを見せた背中に俺がアームをウェスタン・ラリアートよろしく叩き込む。

ガンベレットの前席と後席が背中合わせに配置されたのは、まさにこのためだ。

操縦者が二名いるというのは、お互いの操縦と航法といった役割を分担するだけでなく、操縦さえ分担して別々の敵に対処できるという事でもある。

今は両方のアームを俺が担当しているが、片方をヴィーペラに返せば前後あるいは左右の敵に同時に攻撃も可能になる。


「パーパ! まだそれうごいてるっ!」


ロンが叫んだ次の瞬間、機体にガツンという振動が走った。

アームを叩き込んだグランキョが、自分のアームを背中側に回してそのハサミでこっちのアームを掴み、締め上げている。

さらに、横合いからもう一隻のグランキョが両腕を振り上げて襲い掛かってきた。

俺は舌打ちをしながら、そのもう一隻の胴体をアームのマニュピレーターである大ハサミで受け止め、何とか防ぐ。

だが、さらに正面からもう一隻!


「やられるっ!?」


ヴィーペラの悲鳴に、間髪居れず俺は蹴っ飛ばせ!!と叫び返していた。

躊躇する間も無い。 ヴィーペラの操作でガンベレットは脚部を前に突き出し、グランキョを蹴り上げるような形でその突進を防いだ。

そのままの勢いでまるで鉄棒の逆上がりか、器械体操でもするみたいにそのまま上下が反転……水中でとんぼ返りをうつ。

その最中、俺はアームを操作して胴体を掴んだグランキョの機体を、こっちの腕を掴んでいるグランキョの体に叩きつけた。

衝撃とダメージでアームを掴む油圧が低下し、離した所でガンベレットを離脱させる。

そして、とどめの水中ロケットを打ち込んで二隻とも始末。

さっき蹴っ飛ばした正面からの奴に相対する。

そいつが両腕を再度こちらへ向ける……二回目の嫌な予感が背中を走りぬけ、俺はヴィーペラに避けろ、と指示を出していた。

咄嗟に上昇して回避するガンベレットの左右や股間の下を、細い棒状の何かが拘束で白い尾を引きながらすっ飛んで行く。


「何よあれっ! あんな武装あったの!?」


ニードルスピアだ。 先端が拘束で振動すると同時に高熱を発し、触れたものを溶断する。

スピアそのものはガス圧で水中推進する、まあ槍というか銛みたいな武器だ。

アレに少しでも掠ったら、水中ロケットのテルミット反応と同じくあっという間に耐圧殻まで高熱が浸透してオシマイだ。

絶対に当たるな!


「言われなくても、当たりたくない!!」


そう言いながら、早くも格闘モードでの操縦に慣れ始めているヴィーペラは横移動・上下移動を組み合わせた複雑なターンや錐揉み回避を交えながらニードルスピアを回避し、グランキョに接近する。

そして、そいつの背後につくと俺の操作するアームの先端のプラズマジェットカッターが奴の両腕を切り落とした。

さらに間髪居れず、アームは奴の胴体を掴み、別方向からニードルスピアを撃って来たグランキョの方向へと振り回して楯代わりにする。

仲間の胴体に次々と突き刺さるニードルスピア。

グランキョのさび付いた装甲板が沸騰し、大量の気泡とともにAIの断末魔の悲鳴が水中に響いた。


「こいつでラストっ!」


遅まきながら距離を取り、魚雷での攻撃に切り替えようとし始めたグランキョどもをアームや水中ロケットで始末し、最後の一隻を両のハサミで掴んで左右に引っ張り、強引に腕と胴体を引き千切る。

包囲を抜けるつもりが、いつの間にか本格的な戦闘になって随分時間がかかってしまった。

ソナーの示す敵母艦の位置は、基地にかなり近づいている。

急がないと不味いな。


「……どうすんの、ガンベレットが全速出してもギリギリ間に合うかどうか!!

母艦よりも先に、母艦のグランキョが基地を襲いに行くかもしれないじゃない!!」


ヴィーペラが振り向くだけじゃなく上半身を後席に乗り出してきて訴える。

落ち着けって。 まだ取っておきの秘策がある。

一端潜航艇モードに変形して全速浮上だ。 何も、水中を行く事は無い。

ロン、水中散歩の次は、水上ジェットコースターを体験させてあげるからな。

ロンは膝の上で、ヴィーペラは座席を越えて頭越しに、それぞれ俺の顔を見てキョトンとした表情になった。





「ラーナっ! 今の、間違いなく水中爆発だよなっ!」


「うん、近い。 最低でもバリアーの境界線辺りで戦闘してる」


双眼鏡を手に二人は屋上へと上がる階段を駆け登っていた。

アズミたちがガンベレットで出かけてから数十分。 どこか遠くの方から響いてくるようなゴウン…という低い音に年長組であるルチェとラーナは聞き覚えがあった。

あれは、水中で何かが……潜航艇が魚雷やロケットなどで破壊された時や、魚雷同士がぶつかった時に起こる音だ。

屋上ヘリポートの小屋の脇を駆け抜け、端の方に辿りつくと、二人はそれぞれの方角を双眼鏡で覗く。

ルチェが見る北から西にかけては、何も見えない。

が、東から南へと双眼鏡を向けていたラーナは、南東方向の遠くの海面に大きく白く波が泡立つのを発見して小さく叫んだ。

あきらかに、その真下で戦闘が行われているという証だ。


「見つけた!?」


「うん、きっとヴィーペラたちだ……基地のこんな近くまでグランキョが来てたなんて」


ラーナと同じ方向に双眼鏡を向け、自分も確認したルチェはファインダーから目を離すと、表情を歪ませてた。


「だから、ロンを乗せたくなかったんだ……! あの子に何かあったら!!

あいつも、ヴィーペラも、ただじゃ置かないからな!!」


ラーナが双眼鏡から目を離してルチェを見上げると、彼女の目には涙が浮かび、今にも泣きそうな顔をしている。

ロンをガンベレットに乗せて一緒に行かせた事を、ルチェは酷く後悔しているのだとラーナにはわかった。

ラーナもすこし思い悩むような表情をした後、普段は無口で引っ込み思案な姉妹の三女は次女の固く握り締められた震える手をに自分の手を伸ばし、そっと優しく上から握った。


「……きっと大丈夫。 ヴィーペラと、アズミを信じよ?」


その時、他の下の妹たちも屋上へと上がってきた。

上の姉たちが血相を変えて屋上へと向かったので、何事かと興味津々でいる。


「ねえ、どうしたの? 何か見える?」


「見せて! チーニョにも見せて!」


「ずるーい! あたしも見たい!」


妹たちのうち、ガッビャーノがルチェから双眼鏡を貰って適当な方向を見始め、水平線方向に何が見えるのか探し始めたので、他の姉妹たちもラーナに双眼鏡を欲しい欲しいとねだり始める。

そんな中、チコーニャがいつも抱えているバッグの中から自分用の小さな双眼鏡を取り出して、ルチェとラーナが見つめている

南東方向の海へと向けて覗き込んだ。


「わあーっ! おおきい船!!」


その声に、ルチェとラーナがはっとして注目する。 すぐさま、ラーナは自分も南東方向にもう一度双眼鏡を向けた。

拡大された視界に捉えられた、水平線上をこちらに向かってくる二隻の、錆び付いた軍艦。

グランキョの母艦だ。 ラーナの顔は、真っ白になる。


グランキョだけではなく、母艦が来ていると言う事は……。

そんなラーナの様子にただならない物を感じたルチェがラーナから双眼鏡を借りて同じ方向を見る。

そして、ルチェも同じように顔を青ざめさせた。


「最悪だ……あれは不味いっ! 妹たちを居住区に避難させなきゃ!

コッコ! タルタ! 皆を部屋に連れて行って! さあ早く! ラーナ、何してるんだよ、急がなきゃ!!

ラーナっ! 呆けてる場合じゃないだろ! チコーニャ、いつまで見てんだ!」


蒼白になって硬直したままのラーナに業を煮やしながら、ルチェは妹たちに指示をする。

まだ双眼鏡で海を見ていたチコーニャが腕を引っ張りあげて不満そうな声を漏らした。

もっと見ていたいのだ。 大きな二隻の船の後から、海面に飛び出した小さな船が、水上を長く白い波の航跡を引いて大きな船を追って来る光景を。





深度0、水上へと飛び出したガンベレットは勢いあまって空中を飛翔しながら格闘モード同様に変形を開始した。

後背部が二つに割れていったん腕を形成、しかし再度折りたたまれて、背中の上で固定された砲塔へと変化する。

腹部推進装置も同様に二つに分かれるものの、やはり脚を形成することなく、45度だけ傾いて代わりに平べったいフィンを展開。

水しぶきを上げて海面へと着水した時には、ガンベレットは第三の形態である水上高速艇モードへと変形完了していた。

水上に浮かんだ胴体の下、水面下に沈む推進器は超伝導ハイドロジェットをフル稼働させて吸い込んだ海水を超高圧で後方へと噴出する。

その勢いで、機体が水面からやや持ち上がる。 そして、ガンベレットは信じられない高速で水上を航行し始めた。


「40…50…60…69ノット! 凄い、ほんとに70ノット近く出てる!

なんで潜水艇が水上でこんな速度出せるの!?」


驚きの声を上げるヴィーペラだが、声の調子はやや震えている。 というか、機体そのものが振動しているようだ。

流石に、年齢数十歳の老ガンベレットにはこの高速は負担のようだ。 ちょっと安定しないみたいだな。

高速の秘密は、胴体部だけが水上から浮いて、推進器だけが水面下にあるというこの構造にある。

いわゆる水中翼船って奴だ。 高速な代わりに操縦はシビアだからな、バランスを崩してすっ転ぶと、

海面に叩きつけられてオシャカだからな? 気をつけろよ。


「そういう解説されてもわからないってば! あーもう、こいつがこんなジャジャ馬だなんて今まで知らなかったっていうのに!」


機体を右に左にブレさせているのは、遊んでいるのではなくガンベレットの水上速度に振り回されているからのようだ。

そんな姉の苦労にも関せず、ロンは今まで体験した事の無い、高速で水の上を走る乗り物を体験してご満悦のようだ。

機体が揺れるたび、嬉しそうな叫び声をあげる。


「……見えた。 敵母艦!」


耐圧ガラスの視界の向こう、猛烈な波飛沫ごしに錆び付いた幽霊船のような姿をしたグランキョどもの母艦が見える。

俺が相棒といた時代に「敵側」の所属だった、当時最新鋭の潜水艦救難母艦。 今は見る影も無い。

だが、見かけとは違って艦の機能はまだ生きているらしい。

こっちの接近に気づいたのか、二隻のうちやや後方に位置取る方がCIWSを起動、ガトリング砲身をガンベレットに向ける。


回避だ!

俺がそう叫ぶと同時にヴィーペラが機体を急角度でカーブさせ、そのすぐ真横、機体を掠るギリギリを毎分数万発の機関砲弾が通り過ぎてゆく。

しかし、艦艇に装備された近接迎撃兵器、CIWSはレーダーを装備し自動制御で目標を追尾する。

正確に、CIWSの放つ濃密度の弾幕は俺たちを蜂の巣にしようと航跡を追いすがる。

それを、ヴィーペラが突然機体をスピンさせて回避、予想だにしない挙動にCIWSが目標である俺たちへのレーダーロックを外した。


上手いっ……っていうか、単純に操縦ミスしただけだな!?


「うるさいっ!! ていうか、アレ何とかしなさいよ、アズミ!!

さっきみたいに、このモードにも何か凄い仕掛けとかあるんでしょ!?」


指摘されて照れ隠しにヴィーペラが怒鳴りつけてくる。

頼られて悪い気はしないが、残念ながらそういうものは無いんだ。

本来なら対艦攻撃用の武装か、もっと接近してロケットを叩き込んでやるんだが……

まあ、手はある。

いったん、もう一度潜水艇モードに戻って海中から奴の船底に取り付いて穴を開けてやるか、魚雷で仕留めよう。

一番確実だ。


「了解。 護衛のグランキョが水中にいるはずだから、ちゃんとソナー見ててよ!?」


そう返すとヴィーペラはガンベレットを変形させると同時に潜航させる。

そして予想通り、水中には母艦護衛のグランキョが3~4隻、待ち構えていた。

……妙に数が少ない。 何隻かは既に基地の攻撃に向かったのかもしれないぞ!

さっさと片付けて基地に向かおう。

そう言いながら、背後に付こうとした一隻をロケットで始末、ヴィーペラも魚雷で正面のもう一隻を始末する。

仲間の断末魔とも言える衝撃波と気泡を突き破って、さらに一隻のグランキョが格闘モードで接近戦を挑んできた。

いい手だが、それはこっちも予測の範囲内だ。 とっくに格闘モードに入っていたガンベレットは、

グランキョの突き出してきたアームを逆に切り落とし、返す刀で下部の推進器も破壊した。

残る護衛は一隻。 だがこいつは無視し、母艦への攻撃を優先する。

脚部を推進器へと戻した格闘モードと潜水艇モードの中間形態で速度を稼ぎ、瞬く間に母艦の船底にアームを突き立てて取り付くと、そのままアーム先端からのプラズマジェットカッター、そしてハサミを駆使して底部を分解し始める。

さらに艦尾から艦首方向まで一直線に切り裂いて修復不可能な損傷を与えてやった。

哀れ錆び付いた幽霊船は船体を軋ませてゆっくりと沈没しはじめた。

水上では艦に搭載された制御AIがCIWSをデタラメな方向に連射し、その音は、まるで沈みたくないともがく断末魔のようだ。


「この調子で残りもやっちゃう!?」


ヴィーペラの声もどこか楽しそうになっている。 まあ、これだけ大物を仕留めれば一種爽快だからな。

どんな大きな軍艦も、水中攻撃艇に接近されてしまえば脆い。 


だが時間が無い。 基地が心配だから、魚雷でスクリューだけ破壊して航行不能にしてしまおう。

そして、これでロケットも魚雷も使い果たした事になる。

あとは接近戦しかない。 が、正直不安は感じていなかった。

だんだんと、俺たちの息も合って来ている手ごたえがあったからだ。

それ以上に、初めてのモードでもそこそこ乗りこなすヴィーペラの操縦センスに感嘆を憶える。  彼女は良いガンベレット乗りになるだろう。

俺の時代の海自では、女性はガンベレットに乗る事が出来なかった……というか、戦闘職種に配置されることは無かったけどな。


とはいえ、ヴィーペラの操縦にはどこか不思議な安心感を思い出させた。

操縦の微妙な癖、機体の切り返し方、空間把握能力……俺は、前にも彼女の後席でガンベレットに乗っていた事があるかのような感覚を覚える。

そんなはずはないのに、だが、確かにそう思わせる不思議な感触があった。


……そうだ。 わかった、わかったんだ。

似ているんだ、ヴィーペラの操縦は……。

……相棒のそれに、よく似ていた。





基地全体に、大きな音と共に振動が走った。

何かが海上油田を改造して作ったこの基地の基礎部シャフトに取り付いて、よじ登って来ているのだとラーナは思った。

脅えるフォーカとオターリャを宥めながら、毛布を掛けてあげる。

妹たちの大半は、初めて遭遇する事態に怖がっていた。

普段は何があっても負けん気の強いスクアーロでさえ、泣きそうな顔をしている。

ただし、ペーシェとチーニョが外の様子を見に行きたがるので、ルチェは何度も二人を捕まえて置かなくてはいけなかった。


「ああもう、大人しくしてな!」


最終的に二人はロッカーに、毛布や縫いぐるみと一緒に閉じ込められる。

とりあえず、居住区の中でも一番深く、頑丈なこの部屋にいれば安全だ。

そして、上の姉たちはやらなければいけない事があった。


「コッコドリッロ! タルタルーガ!」


ルチェが二人を呼びつける。 上から数えて4番目と5番目の子らは、今ここに居ないヴィーペラと、ルチェルトラとラーナを合わせた三人に次ぐ「お姉さん」であり、年長組と年少組の中間組だ。


「わかるな、敵がこの基地にまで来てる。 基地はみんなの家だ。

私とラーナは基地とあんた達を守らないといけない。 だから、戦ってくる。

あんた達の仕事は、ここで妹たちを守る事。 私たちが居ないときは、二人が一番上のお姉さん達なんだからね?」


「……大丈夫、敵はこの部屋まで入ってこれないから。 入り口をしっかり閉めて、絶対外に出ちゃダメ」


ルチェとラーナが二人の顔を見ながらいうと、普段はお互い張り合ってやかましく騒ぎ立てるコッコとタルタは珍しく素直に、うん、とだけ呟いた。

二人とも、不安そうな、緊張している様子が見て取れる。

そこへ、スクアーロが被っていた毛布から顔を出して、泣きそうなのをぐっと堪えた表情でコッコとタルタの隣に並んだ。


「ああ、そうだね。 スクアーロも6番目のお姉さんだね。 三人で、皆を守るんだよ?

それじゃあ、私たちは行くからね」


スクアーロがうん、と頷き、そしてコッコとタルタがスクアーロの両手をそれぞれ握った。

三人合わせた年中組が、妹たちの最後の守りの要だ。

そうして、妹たちに見送られてルチェとラーナは部屋を出た。

まず向かうのは、整備区画。 そこにはサルベージして回収したものの中から武器になりそうなものが幾つか置いてある。

もっとも、大半はさび付いていたり劣化して、屑鉄と大差ないものも多いのだが。


「使えそうなのは、ロケットランチャーだね。 『父さんたち』がずっと昔に海賊を追い払った時に使ったのを見たことある」


「テルミット手榴弾も。 温度が3千℃にまでなるから、使うときには注意しないといけない。

あと、ウージー。 気休めかもしれないけど」


二人が武器を選んでいる間にも音は続いている。

窓から錆び色をした鋼鉄の巨体が一瞬覗き、そして上へと外壁をよじ登って行ったのを見たとき、流石に二人は

硬直して凍りついた顔を見合わせた。


「……屋上だ。 広いところで戦った方がいい。 ウージーはラーナが持ってな」


「うん」


二人はランチャーと手榴弾、そしてウージーを抱えて屋上へと向かう階段へと走って駆け登った。

ちょうどその時、タイミングを合わせたかのように一体の巨大なカニのシルエットをした機械が、屋上へとよじ登ってきた。

登る際のちょうどよい手がかり場所だとばかりに屋上の小屋の屋根にハサミを突き立て、強い日差しの逆光を背にして影になったその体の、頭の部分に二つの目が発光する。

無機質だが禍々しい光を放つそのサーチライトが二人の少女を捉えた。


「こいつら……私達の家を好きにさせてたまるかっ!」


折りたたみ式の使い捨てロケットランチャー、LAWを担ぎ、ルチェはグランキョに砲身を向けて発射スイッチを押した。

白煙が噴出され飛翔するロケット弾をグランキョの大きなハサミが受け止めて防御する。

が、ハサミは間接部を破砕されて千切れ、グランキョのAIがまるで苦痛でも感じているかのような悲鳴を上げた。

大きな鋼鉄のハサミが屋上の床に落下して音を立てる。


「ルチェ、後ろからも!」


ラーナが悲鳴を上げ警告する。

外壁をよじ登ってきたグランキョは一つだけではなかったようだ。

そのもう一体のグランキョは屋上の床に複数の歩行脚をかけ、上がってこようとしている途中だった。


「ラーナ、手榴弾を投げろ!」


ルチェが叫び、ラーナははっと気づいて手榴弾のピンを抜くと、全力を込めてそれをグランキョへと投げた。

投擲された手榴弾は放物線を描いてグランキョの頭に命中し、カツーンという音を立ててそのまま床に落ちる。

そして、半分屋上に身を乗り出しているグランキョの足元で超高温の炎が上がった。


脚から溶かされていくグランキョが、アクティブソナーの発信器から耳障りなノイズを上げる。

燃えながらグランキョは仰向けに倒れ、元来た海面へと落下して行った。


だが、既に三体目のグランキョが屋上へと登っている。

自分の立っている場所が大きな影に包まれ、ラーナが見上げたその時にはグランキョの振り上げた大きなハサミが少女を潰すべく勢い良く迫ってこようとしていた。


「きゃあああああああっ!」


「ラーナ!!」


間一髪、駆けつけたルチェがラーナを抱えるようにしながら突き飛ばし、一緒に転がってどうにかハサミの一撃から逃れる。

ラーナが立っていた位置の床はハサミに抉り取られて大きな穴が開いていた。

獲物をしとめ損ねたグランキョは脚を踏み鳴らして姿勢を変え、もう一度ハサミを振り上げた。

その先端からは今度はプラズマジェットの噴出する緑色の炎が灯っている。

そして、反対側からはさっきルチェに片腕を切り落とされたグランキョが、やはり歩行脚を踏み鳴らしてゆっくりと迫っていた。


「ちくしょう……お前らなんかに! 母さんを殺したお前らなんかに!

妹たちまで殺されてたまるか!!」


叫びながら、ルチェはラーナの手からウージーを取り安全装置を解除すると自分たちを見下ろすグランキョに向けて発砲した。

しかいし、錆びの浮かんだ鋼鉄の装甲の上で虚しく火花を散らしただけで、弾かれるばかりだ。

そして、グランキョはそのハサミを振り下ろそうとした。

ルチェはラーナを抱きしめ、目を瞑った。

そして、ハサミの先端が自分たちもろとも床を抉り破壊するガツンという音を耳にした。


……目を開ける。

体もどこも痛くないし、傷も無い。 ラーナも同様だった。

見上げると、グランキョの体に別の巨体が組み付き、そしてハサミを持つ腕の関節部に自らのハサミをつき立てていた。

見覚えのある、さび付いたその装甲、その形状。

ヴィーペラとアズミの乗る、ガンベレットだった。


『ルチェ! ラーナ! 大丈夫!』


『待たせたな、お嬢さんたち!!』


外部スピーカーから聞こえてくる二人の声。

格闘モードのガンベレットは二本の脚を踏みしめてグランキョの腕をハサミで掴み、ねじ切るようにしてもぎ取りそして

取った腕をそのまま棍棒のようにグランキョ自身に叩きつけた。


『ルチェとラーナは隠れてて! こいつは私たちが片付けるから!!

アズミ、腕のコントロール私によこして!!』


『了解、陸上での脚のバランス制御は俺がやる、存分に暴れろ!』


格闘モードの本来の運用目的である陸上戦でもガンベレットは遺憾なくその力を発揮した。

残った腕で反撃を試みるグランキョのハサミを逆に、ガンベレットはハサミで掴む。

そのまま、油圧を全開にして強引に切断、さらに反対側の腕のプラズマジェットカッターをグランキョの胴体に突き入れる。

脚部で蹴り倒すと、力を失ったグランキョの残骸は屋上から落ちて海面で大きな水柱と音を立てた。

残る片腕のグランキョが複数の脚を動かして迫るが、これも敵ではない。


『やっちゃえ、ヴィーペラ! パーパ!』


スピーカーから伝わるロンの声が屋上に響き、片腕のグランキョの攻撃にタイミングを合わせたガンベレットのクロスカウンターが、グランキョの頭部へと決まった。

センサーやサーチライトを破壊されたグランキョは、さながら顔面の半分を失ったかのような無残な状態だ。

よろめいて後退するそのグランキョに追い討ちとばかりに、ガンベレットの脚がミドルキックをかます。

細い歩行脚の何本かがへし折れ、バランスを失ったグランキョは轟音とともに屋上に倒れ伏した。

最後に、その背中にハサミを突き入れると、完全に動かなくなる。


そして、決着はついた。


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