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5話

相棒とは、初めてガンベレットに乗って潜った時からの付き合いだ。

背中合わせに座る構造のコクピットは、光の届かない真っ暗闇の海底に俺たち二人きりしかこの世に存在していないんじゃないか?っていうくらいの不安と孤独感を覚えさせる。

一度出撃して母艦や味方潜水艇との水中無線交信範囲内から離れてしまうと、スピーカーからは俺と相棒の互いの呼吸音や心音、それとかすかな超伝導推進ハイドロジェットの水流音しか聞こえてこなくなる。

そんな時、どうしようもなく怖くなる時がある。

敵に撃沈されて死ぬ時も、こんな気が狂いそうなくらい静かなまんま、水圧に潰されて死ぬんじゃないかって。

それを相棒に言うと、笑って答えた。

浸水の警告音や空気が抜ける音や耐圧殻が軋む音や、何より自身の叫び声でうるさくてしょうがないから心配しなくてもいいって。

その代わり、それを味方が聞くことも、味方が死ぬ時の叫び声も届く事は無いからって。

だから沈没する時は好きなだけ泣き喚いていいぞ、と…。


まあ実際、味方のガンベレットが撃沈される場面に遭遇した事もその後に何度かあったが、魚雷の爆発した衝撃波と、それが過ぎ去ってソナーが回復した後には味方のスクリュー音が消滅したことを示す虚しい静寂しか聞こえる事は無かった。

だがそれでも俺は、怖かった。

撃沈されるって言ったって、耐圧殻が破壊されて一瞬でペシャンコになるとは限らないし、溺れて数秒で心臓が停止してくれるわけでも無い。

浮き上がる事が出来ないまま、酸素だけは漏れる事が無く、何時間も海底で窒息を待った挙句苦しみながら死んで行く事だってあるんだ。

だから最初は、相棒のそんな物言いに腹が立ったものだ。

それでも何度も相棒と出撃回数を重ね、潜水時間と撃沈スコアを更新していく内に、なんだかそういう事はどうでもよくなった。

相棒は腕のいい前席パイロットだったし、その点は何よりも信頼が置けた。

一見荒っぽいようで実はインチ単位の精密な操縦は水中を自在に動き回り、敵のグランキョを翻弄したし、劣勢で始まった戦闘でも1隻ずつ確実に敵をしとめる内に、形成を逆転させている事がしばしばだった。

20隻のカニどもに追い回されているって言うのに、もうだめだと叫ぶ俺に対して


「焦るな、しっかりソナーに耳を澄まして敵のスクリュー音の数と位置、どこから何隻襲ってくるかだけ俺に言え。

3Dホログラフ表示上の敵を示す光点もちゃんと見てろ」


って冷静そのものな声で言い、多方向から波状攻撃を仕掛けてくるグランキョたちを水中サーカスみたいな機動で回避しながら一瞬の反撃の隙をついて撃沈させていった。

神業だ。 当時の俺はそう思った。 相棒は、なんてことはない、訓練の成果さと笑って言ってのけた。

そんな相棒と同乗する内に俺の後席としての技術も上達し、俺たちのコンビは敵の魚雷に撃沈どころかかすりもしない、連戦連勝だった。

沈没する事が無いから怖くなくなったのとはちょっと違う。

そんな風に思ったりするのはただの慢心と過信であって、自信とは言わない。

死ぬのが怖いから必死に戦うし、生きて帰ろうって気にもなるんだ。

何よりも、俺たち以外のガンベレットのパイロット連中全員に言える事だったが…俺たちはパートナーである相棒との間に、互いに強い信頼を持っていた。

コクピット内では文字通り背中を預けて共に闘う戦友であり、勝利するのも生還するのも操縦とサポート、前席と後席、その連携があって初めて成り立つ結果だ。

互いに無くてはならない存在であり、長く過ごす内にお互いを切り離せない関係性になる事がしばしばだ。

相棒が居るからこそ、俺が居る。 俺が居るからこそ、相棒が居る。 そういう風に認識し、確信する何かを得る。

だから、相棒は死なせたくない。 前にもどこかで言ったが、相棒だけ死んで海の底に置き去りにして、

自分だけ生還するなんて死んだ方がマシだ。


そう、死んだ方がマシなんだ。

一人だけ生存して、相棒とガンベレットを喪って、また別の相棒を探すなんてやっても、「最高のコンビ」だった

俺たちほど確かな絆で結ばれるものなど存在するはずが無い。

それを失って、残りの人生を悔やんだまま過ごすよりは、相棒と一緒に海のそこで鉄くずの棺おけに入って死んだ方がいい。

そして、相棒と一緒に死ねるのなら、怖くは無い。

死ぬ最後の時まで、相棒と背中を預けあって戦って、その結果として死ねるなら…何も、心残りは無いんだ。


だから、それくらいなら、相棒。

お前を一人生き残らせたままにするくらいなら、俺は避難ポッドの中で生き延びるべきじゃなかったんだ。





深度15mの海中は、太陽の光が入ってくるのでそれなりに明るく、コクピットの耐圧キャノピー越しに魚の群が泳いでいるのを見ることも出来れば、上を見上げて光る海面に目を凝らす事も出来る。

速度を10、16、22…28ノットまでゆっくりと加速して行くが、エンジンは静かで超伝導推進ハイドロジェットも異常な振動を起こしていないスムーズな加速だ。

ただし、後席からは体感速度が前席より早く思えるので、かっ飛ばしすぎると少しヒヤっとする。

三日以上もかけて完全整備したのだ、外見のボロさとサビ具合からは想像も付かないくらい、ガンベレットは往時の性能を取り戻しただろう。

その事をヴィーペラに尋ねて意見と評価を求めると、意外にも少々震えた彼女の声が返ってきた。


「加速性が高すぎ! あんた変な所弄りすぎたんじゃないの!? ちょっと怖いんですけどこれ!!

いきなりエンジン爆発とかしないでしょうね?

あと、速度計が28ノットとか出てるんだけど、ここだけ直すつもりで壊したとかない!?」


いやそりゃ、高速水中潜航艇って平均40ノットまで出せるもんだが。

ちなみに、軍用の水上艦艇が平均30ノットで、戦闘速度では36ノットぐらい余裕で出せるはずだ。

小型で小回りも効いて、大型潜水艦よりずっと水中抵抗も少ないガンベレットが鈍足だったら敵の水上艦から逃げ切れないし、そもそも潜航艇を使う意味無いだろ。

ちなみに我が海自の最後の新世代潜水艦である、そうりゅう型通常動力潜水艦の水中速力は20ノットだった。

さすがに米海軍のシーウルフ級原潜は最大出力による速力37ノットだが、これは動力機関からして違いすぎるからな……。

ちなみに、ガンベレットは水上モードだと70ノット出せるし高速ミサイル艇と「船舶でイニシャルD」ができる。


「いや、私も操縦中は水中ドリフトとか言って遊んでるけど、そんな高速だせる乗り物じゃないでしょ、これ……?」


言っても信じないってどう言う事だ。 俺はごく真っ当な事を言ってるだけなんだが……。

ま、いいさ。 後で実際にやって見せれば納得するだろう。


「パーパ! さかなさん、いっぱい! 海のなか、とってもきれい!」


そういえば、俺の膝の上の三歳児、ロントラ・マリーナは海中散歩に随分と上機嫌ではしゃいでくれている。

数万匹の群で泳ぐイワシや、大きなマグロがやはり群で回遊するのを間近に見るのは初めてだろうな。

沖合いの光景もいいもんだが、もし現在地がもっと大陸棚寄りだったら珊瑚礁や色とりどりの魚たちを見せてやれる。

まあこれだけ喜んでくれてるなら、一緒に乗せてきた甲斐もあるっていうもんだ。


「……」


なんだよヴィーペラ? 急に黙って。


「別に。 ……昔、私たちも母さんと一緒のコクピットでこれに初めて乗せてもらった事があったなって、思い出しただけ。

最初は楽しくてしょうがなかったけど、次第に操縦憶えさせられて戦闘も経験して、怖い事も一杯覚えて……。

そうやって皆、ガンベレットに乗ることを教わってきたのよ。

でも、ロンは一番小さかったから……母さんと一緒に乗せてもらう事は、結局無かったな……」


そうか。

じゃあ、これからは母さんの代わりに兄弟のお前たちがロンを一緒に乗せてやって、色々憶えさせて行く番だな。

そう言うと、前席のヴィーペラが驚いたような複雑な顔をして、後ろを振り向いてこっちを見てくる。

何だよ、そういう事じゃないのか? そうやって引き継いでいくもんだろ。

お前自分で言ってなかったか?

今までだって、お前たち兄弟の上の方が、母親の代わりに下のチビたちの面倒を見てきたんじゃないのか?

ロンだって、今まで自分だけガンベレットに乗せてもらえなかったから、今日だって乗りたいって付いてきたんだろ?

そう言いながらロンの顔を覗きこんで尋ねると、


「うんっ!」


と喜色満面でロンは答える。 念願のご搭乗がかなっていかにも満足げだ。

だよな、一人だけ仲間はずれは寂しいもんな。


「そうか……そうだね。 それは、私たちがやってあげなくちゃいけない事だったんだものね」


ヴィーペラは何か独り言のように呟いて、納得している。

なんだかよく判らないが、まあ大勢の姉妹を抱えてる上の姉ってのは大変なんだな。

俺は弟や妹は居なかったが、兄貴の代わりは居た。

相棒や、同じ潜水艇乗りの仲間たち、艦の乗組員、士官たち。 潜水長や艦長は二人目、三人目の親父と言っても良かった。

ヴィーペラたちの姉妹と似ているといえば似ている。

艦という大勢の家族の中で、思えば俺は最も下の方の弟分だったのかもしれない。


さて。 エンジンと推進器の試運転は良好、ここからは潜航動作のテストに入るか。

しばらく光が差し込む明るい深度とはお別れだ。 周りが真っ暗になると思うけどロンは泣かないでくれよ?


「ダウントリム30、深度200まで潜航、バラストフロー。 …出力そのまま。

あ、そうだ。 グランキョ避けに使ってるコンキーリャの動作チェックもついでにやっていい?

どうせ進路は同じだし」


ヴィーペラがふと思い出したようにそんな事を要求してくるが、こっちは俺のワガママで数日間ガンベレットを完全整備して、彼女らのやらなきゃならない仕事を停止させていた身なので、反対する立場にない。

即座に了承する。


「ロン、コンキーリャの動作状態チェックが終わったらすぐに浮上するから待っててね?」


ガンベレットの機体がやや深く傾くと急速度で辺りの景色は変わり、暗い深い海へと沈んでいく。

ものの数十秒で賑やかだった海から何も見えない静寂の世界だ。

しかし、ロンはそんな事お構い無しに耐圧ガラス越しの外の景色にじっと目を凝らしている。

サーチライトを照らせば魚の姿も見えるだろうけど、これだけ暗いと肉眼だけじゃ何も見えないぞ?


「パーパ、さかなさんいないの?」


ロンがそう尋ねてくるので、答えてやる。

居ないわけじゃないよ、魚群レーダーにはちゃんと影が映ってる。

ただ、暗すぎるからよっぽど近くじゃないと見えないな。


「かくれんぼ?」


まあ、そうだな。

そういうと、ロンはまた深い深度の海の暗闇の向こうに熱心に目を凝らし始めた。

魚が居るのに見えない、という状態が不思議で興味が湧くのだろうか。


「…怖いだの上に戻りたいだの騒がれなくて良かったじゃない。 いい事でしょ」


そうか。 ヴィーペラは初めて深く潜った時は泣いて騒いだのか?

軽口を叩くとヴィーペラは少し怒ったようだ。


「そんなわけないでしょ! ……ところで、そろそろコンキーリャの設置ポイントなんだけど。

ビーコンが出てない? いつもならこの辺で、あっちの方からガンベレットの水中音に反応して居場所を知らせてくるはずなんだけど」


確認するが、それらしき電波や信号は周辺の海中に発信されては居ない。

いや、今のところそんな反応は無いな。 座標は間違いないのか?

俺がヴィーペラにそう尋ね返すが、彼女ははっきりと言い切った。


「ここのコンキーリャはあんたをサルベージした日にちょうど設置したものだし、間違いない。

壊れてるって事も日数的に見て、ありえないと思う。

あと考えられるのは……この周辺に来たグランキョが引っかかって、作動して、爆発しちゃったってくらいね。

しょうがない、いったん基地に戻ってからまた新しく設置しなおしましょう」


ヴィーペラはそう答えたが、俺はなんとなく嫌な予感がする。

こういう時の水中での勘ってのは、なかなか馬鹿にならない。 どうせだから、俺はヴィーペラに尋ねてみた。

なあ、ここの他の近くで、コンキーリャを設置してる場所はないのか?


「すぐ南に200m等間隔で同じのがずっと、2海里先まで設置してあるけど……」


すぐに行こう。 停止してるのがここの一つだけならば、何の問題もない。

しかし、そうでないなら……俺の予感が外れてる方を祈りたい。





「……コンキーリャ0225から0239まで、ビーコンなし。 同じく0288から0297も信号に応答なし。

この分だと0311以降は調べるだけ無駄かも。

この辺のバリアー(防壁:ここでは機雷を設置したラインを指す)は全滅してる、信じられない。

こんな事、今までなかったのに。

グランキョの行動パターンは単純だから、コンキーリャに引っかかったらその後は警戒して

しばらくこの周辺には近寄らなくなる。 なのに、こんな短期間に一度に設置していたコンキーリャが爆発したっていうの?」


3Dホログラフマップに表示される海底の情報を見つめるヴィーペラの顔面は蒼白になっているだろうことが、震える声から察せされる。

まあ、グランキョが大量に集団自殺でもやって、バリアーに突っ込みでもしないかぎりはまずありえない状態だろうな。

だがそんな事はありえないだろう。

グランキョに搭載されているAIの発狂事故発生確率はおよそ一千万分の一以下、いくら数十年稼動し続けているからって、現実的に見てありえない。

それも一体や二体ならともかく、大勢のAIがレミングスみたいな真似事をすることは無い。

ならば、原因は何か。

俺はヴィーペラに、ガンベレットのマニュピレーターでコンキーリャを設置していたはずの海底を浚って見るよう指示した。

数分後、果たしてマニュピレーターの大ハサミに掴まれサーチライトの光の中に姿を現したのは、ガンベレットのマニュピレーターと同じくらいの大きさを持った鋼鉄の大ハサミ…グランキョのマニュピレーターだ


「……これって、やっぱりグランキョが大勢コンキーリャに突っ込んだって事?」


いや、それは無い。 それなら、もっと胴体や推進器の残骸も転がってるはずだ。

なのに、マニュピレーターだけって事は…こいつはコンキーリャを解除しようとして失敗し、腕だけ切り落とされたんだ。

つまり……ここのバリアーは掃海作業によって解除されたんだ。


「そんな!? グランキョってそんな事もできるの!?」


ヴィーペラが少し大きな声をあげ、幼すぎて話に加われないロンが不思議そうに俺の顔を見上げる。

できない訳じゃない。 グランキョだってコンキーリャを設置して罠を仕掛けるんだ。

逆も難しい事じゃないだろう。 むしろ、AIに入力されて手当たり前のはずだ。

ヴィーペラたちには初めての遭遇する事態だろうし、俺の時代のグランキョもそんな事はやった事が無かった。

だが、機雷の設置および、その排除という能力は元々ガンベレット・グランキョ両方の開発コンセプトにも含まれているものだ。

ガンベレットは普段は水中潜航艇だが、地上に上がって揚陸作戦をする機能も持っている。

だが上陸される側も海から来る敵に対処するために、海峡や港湾、あるいは最適と思われる揚陸可能地点に前もって機雷を設置し、上陸作業を妨害する。

ガンベレットのマニュピレーターはそんな時、砲塔や格闘用の武器としてだけでなく、機雷排除作業用にも使えるんだ。

実際使う機会は俺と相棒の現役時代には無かったがな。

ヴィーペラたち自身、そうやって解除し無力化したコンキーリャを回収して自分らの基地を守るバリアーに利用している。

元は同じ設計思想、同じ設計者から生まれた兄弟みたいなガンベレットとグランキョならば、同じ機能をそのまま持っていてもなんらおかしい事じゃない。


「……他に、バリアーが北と西にも設置してあるけど、まさかそっちも」


ヴィーペラが俺たちの後席を振り返って、やっぱり青ざめていた顔をこっちに向けてくる。

相変わらず、事態の深刻さをわかってないのはロンだけだが、雰囲気を感じ取ってかなんとなくロンも不安げだった。

ああ、可能性は高いだろうな。 カニ避けの罠が無くなって、今の基地は無防備だ。

もう一つ言わせてもらえれば、なんで今更、グランキョたちはこんな事をやっていたのか?

機雷を排除できるなら、もっと前から行動の片鱗を見せていたはずなのに、って所だが…… 。

どうやら、それを考えている暇は与えてくれないらしい。

パッシブソナーには、10隻前後のグランキョの接近する水中音が、捉えられていた。




「アップトリム40! 出力最大!」


グランキョの放った二発の魚雷を、ガンベレットを急浮上させてかわす。

深度150まで上昇してターン、ピン発信して補足したグランキョの一隻に魚雷を発射……しようとして、横合いから迫ってきた別の一隻に邪魔をされて機体を横に傾け、回避する。

ヴィーペラは水中ジェットコースターのようにガンベレットを上下左右に振り回して回避しながらなんとか反撃しようとするが、いかせんせんグランキョ側の数の有利に押されて果たせない。

というか、避けるだけで精一杯と言ったところだ。

今度は方位1-1-9、深度180から二隻、魚雷発射管注水音!


「わかってる! このっ……」


俺が入れるソナー情報の報告も、聞いている余裕があるのかどうか微妙だ。

仕方が無いので、俺が判断して発射された魚雷に対してデコイを放出する。

デコイを追った敵魚雷はそのまま目標である俺たちを失探し、迷走しはじめた。


「ちょっと、何デコイを無駄遣いしてんの?」


何って、サポートは後席の仕事だろうが?

そう返す俺の膝にロンが、左右に旋回を繰り返すガンベレットの挙動にどこか楽しそうにはしゃぎながらしがみ付いている。

それとは対照的にヴィーペラの声の調子は不機嫌だ。


「私が操縦してるんだから、そういうのは要らない! あんたはロンの御守だけしてくれればいいから!」


……なんて言い草だ、本職のパイロットに向かって。 たかだか14~5歳の、民間人だぞお前。

あと、こういう状況では無理に反撃するより回避と、包囲状態からの脱出に専念したほうがいいとアドバイスする。


「あんた後席しか出来ないんでしょ!? だったら前席の私に任せてればいいの! あと、黙ってて、舌噛んでもしらないからね!!」


つくづく、相棒は最高のパートナーだった事を痛感する。

ヴィーペラも腕は悪くない。 10隻前後のグランキョに囲まれて、これだけ敵の攻撃を避け続けられるのだ。

相棒の血も少しは影響してるのだろうし、流石に幼い頃から母親とガンベレットに乗ってるキャリアは伊達じゃない。

だが、所詮は今日初めて組んだばかりの即席の前席と後席じゃあ、お互いの連携も信頼も何もあったもんじゃない。

腕が良くても、前席だけで戦える訳じゃないのだ。 まして、今のヴィーペラは頭に血が上ってしまっている。

また、一隻のグランキョがヴィーペラの操縦で絶好の攻撃位置に捉えられるも、深度100からほぼ垂直に近いダウントリムで急潜航してきた別のグランキョの急襲によって好機を逃す。


「くっ……邪魔ばっかりっ! こいつら、いつもいつも……!!」


落ち着け! と言っても耳を貸す様子が無い。

普通は、これだけ数で圧倒されてたら逃げたくなる物なのに、むしろさっさと逃げるのが賢明なのに、ヴィーペラはグランキョどもに果敢に水中ドッグファイトを挑み、恐れる様子も無い。

何がこいつをそうさせる? たかだかミドルティーンの女の子が、俺より年下の子が、こんな戦意を剥き出しにして……。


「こいつらがっ! いつも……あの時だって、母さんを! 姑息な罠なんか使って!

いつもこっちの裏をかいて! こいつらが! こいつらが居るから……!!」


ロンがビクっと震える。 ヴィーペラの声には、涙声が混じっていた。

……ああ、そうだな。 そりゃ口惜しいな。

許せる訳が無い。 俺だってそうだ。

こいつらには、大きな借りがある。

……ソナーが新たに大きな音を捉えた。 三次元測定法では、まだかなりの遠距離。

深度0、包囲3-5-5、スクリュー音……水上船舶だが、エンジン音の規模から行って民間船じゃなく軍艦クラスだ。

少なく見積もってフリゲート以上……グランキョの母艦か?

周囲には複数のグランキョが随行しているのも確認できる。

そして……向かっているのは、基地の方角だ。


「……母艦っ!? なんで!? なんでこいつらの母艦が、基地に……!?

なんでよ!! 何で私たち放って置いて基地に行くの!?」


こいつらは俺たちの足止めだ。

こっちの動けるガンベレットを押さえ、設置したコンキーリャのバリアーを地道な掃海作業で無力化し、そうしたら母艦と本隊はゆうゆうと基地を攻撃できる。

いや、それだけじゃないだろう。

基地を攻撃すると言う事は、こっちの基地の正確な場所も把握していると言う事だ。

バリアーの展開している地点と、ガンベレットの行動範囲を偵察する事で推測し、大まかな位置を突き止めることは可能だ。

それには相応の時間が必要であり、おそらく、随分前から準備を進めていたに違いない。

奴らのAIにそこまでの戦略性があるとは、俺も思わなかった。

グランキョのAIは時に人間を出し抜くほど高い知性を見せるが、それは戦術性に限定されたものばかりだと思っていた。

おそらく、基地にあるガンベレットが、ここにある最後の一隻だけなのもとっくに承知なんだろう。


「どうすんのっ!? このままじゃ、基地が! 妹たちが!!」


落ち着けと言っただろ。  まずはこの包囲を脱出するのが先だ。

俺たちがここで足止めされてる時間が長ければ、それだけ奴らに基地を攻撃する時間の余裕を与える。

いったん深度40まで急速浮上して奴らを引っ張りあげるぞ。 深深度戦では有人型なこっちの方が不利だ。


「……あんたは何でそう落ち着いてられるの? おっさんだから?

あんたにとってはどうでもいい存在かもしれないけど、ルチェや、ラーナや、妹たち皆に何かあったら、私はグランキョたちもあんたも絶対に許さない!!」


うっさい、俺はまだ19だ。 おっさんとか言われるのに20年は早い。

俺の膝の上の小さなお姫様を悲しませる事はしない。 基地も、お前たちも、俺にはもう充分大きな存在だよ。

それと、戦闘中にマニュピレーターアームおよびアーム武装の操作をこっちでやるからな。

ヴィーペラは操縦と、本体武装の魚雷にだけ専念してていい。

そういうと、ヴィーペラは目を丸くしてこっちを振り返った。


「後席で操作ができるの!?」


何を驚いた顔をしてるんだ。

できるに決まってるだろ、というか前席パイロットが操縦できなくなった時にどうするんだ。

そういう機能はちゃんとついてるし、後席で格闘モードの操作もちゃんと可能だ。


「できるの……あんたに!? ていうかなんで、あんたガンベレットのそんな事知ってんのよ!?」


ヴィーペラが言ってから、あっと声をあげる。

俺がガンベレットの操縦者である事をようやく思い出したようだ。


任せろ、とうか信じろ。 俺が後席に乗っている限り、こいつは無敵だ。

たとえカニ野郎どもが何十隻いようとな。



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