3話
コンキーリャはその名前の通り、貝みたいに海底にくっついて普段はじっとしているAI搭載の機械だ。
ソナーを内蔵しているから、付近を船舶や潜水艇が通りがかれば、コンキーリャは気付く。
そして、近くに居る奴なら自爆し、少し離れた所に居る目標だったら魚雷を発射して攻撃する。
グランキョと同じく大昔の戦争で使われた自動知性機雷と呼ばれる種類の兵器だ。
これを使うのは敵だけじゃない。 私たちも使う。
何かの理由で自爆しなかった奴や、スリープモードで眠ったまま目覚めない奴を回収して、分解して、敵味方の音紋識別を再設定すれば後は自分たちの拠点や勢力下海域を警備する自動機雷として再利用できる。
あいつをサルベージした日も、これの設置と、前に設置した奴の保守点検……壊れてないか、とか
グランキョが近づいてきて作動したのが無いか、作動してたらまた設置しなきゃならないから、とかの確認に行ってたんだ。
まあ、そんなわけで、敵に回すと厄介。 味方だとそこそこ安心。
コンキーリャを見つけたら、極力自爆させないでなんとかして回収し、再利用しちゃうって決まってた。
母さんが死んだ日、それは最悪の一日だった。
前の日に私とラーナが組んでサルベージに出かけていて、なかなか良さそうなポイントを発見してたんだ。
そこは昔の沈んだ都市で、水没から逃れてきた人が沈まなかった場所に新しく作った避難場所だったんだけど、
結局10年かそこらでそこにまで海が浸食してきて結局海の底に沈んじゃったんだ。
と言っても、大きい建物の半分くらいは海面から顔を出してた浅海だったけど。
前から父さんたちが残した海図には載ってたけど、何故かサルベージはあんまりされてなかった。
理由は良く知らない。
まあ、水深が浅くて建物が入り組んでる場所ってのは多数のグランキョに囲まれて逃げ場がなくなりやすいから
万一の時に危険だっていうんで敬遠されてたのかもしれない。
前にもそんな経験があったけど、そこは母さんの操縦テクニックで切り抜けた。
ただ、私やラーナだと沈没都市でのサルベージは自身がなかったから、後日母さんの操縦で本格的に作業をする事にしたんだ。
そのために、周辺に危険が無いかどうか念入りに見て回った。
アクティブにもパッシブにも、ソナーには何の反応も無かった。
グランキョが潜んでても、近距離なら搭載してる核融合炉の熱ですぐバレる。 あいつらは待ち伏せには向かないんだ。
だから、巡回に気をつければ遭遇する事はあんまり無い。 あとは、サルベージしてる時に鉢合わせとか。
私とラーナは何度も確認をした。 建物には中に入った時に崩れそうなものは無かった。
コンキーリャはどこにも設置されてなかったし、周辺海域にグランキョの母艦がうろついてるような事も無かった。
だから、次の日にはサルベージ作業用に武装を外して改修したガンベレットに私と母さんが乗って、ルチェとラーナは通常のガンベレットで周辺を警護しながら作業を始めようとしたんだ。
何にも無かったはずだった。
あんなに、私もラーナも危険が無いか確認したんだ。 何処にも何にも、怪しいところは無かった。
なのに、立った一日で、その沈没都市には大量のコンキーリャが設置されていた。
気が付いたときにはそこらじゅうコンキーリャの反応だらけで、しかもAIの意地の悪い事に、あいつら私と母さんが都市の真ん中に入ってくるまで魚雷も撃たないで、静かにじっと待っていたんだ。
そして、一斉に魚雷を発射し、あるものは自爆して水中衝撃波を撒き散らした。
ルチェとラーナは必死にコンキーリャを潰して、逃げ道を作ろうとしていたけど数が多すぎてどうにもならない。
加えて、あの子たちは普段は後席の担当だから、戦闘には慣れてなかった。
逃げ回る内に、私と母さんのガンベレットは魚雷を受けて倒壊した建物に挟まれて動けなくなった。
さらに悪いことに水中戦の音を聞きつけてグランキョたちが……コンキーリャを設置して、遠く離れて獲物が罠にかかるのを待ってたんだろう、猛スピードで接近してきていた。
邪魔な建物を解体してガンベレットを救出する時間は無かったし、ルチェとラーナにこの上グランキョの相手までさせる事はできなかった。
そうでなくても、コンキーリャの発射した魚雷を迎撃するのにルチェたちは全部の魚雷とロケットを使い果たしていた。
だから、母さんは決断した。
私が抗議する間もなく、私に水中マスクを付けさせるとガンベレットのコクピットから強制排出したんだ。
そして、自分は囮になるためにアクティブソナーのピン発振を全周に向けて打ちまくった。
そうする事で、私と、ルチェたちを逃がそうとした。
海中に放り出された私はルチェたちの操作するガンベレットのアームに掴まれ、後退しながら……構造物の下敷きになって動けない母さんのガンベレットに幾本もの魚雷が白い航跡の尾を引きながら突き刺さり、爆発するのを見た。
私の叫びは、細かい気泡になってマスクから排出されて海中に虚しく消えた。
強い日差しと潮の音がまだ眠い俺の意識を揺さぶり起こし、朝が来たことを告げる。
蘇生してから初めて迎える朝日を、俺はただ眩しいとしか思わなかった。
廃材で組み立てられた雑な作りの小屋に取り付けられている窓から差し込む光に背を向け、俺はもう少し惰眠をむさぼる事にする。
何十年も海の底で眠り続けていた体には、太陽の光は強すぎるんだ、適応には時間がかかる、と言い訳をつけて。
だから、小屋のドアを開けて入ってくる小さな足音にも、俺は耳を塞いだ。
「パーパっ!」
次の瞬間、背中に唐突に圧し掛かってくる重量……といっても割と軽い感触。
そいつは、俺の背に馬乗りになってペシペシと俺の体を叩きながら可愛らしい高い声で喚いた。
「おきてっ! あさごはんだよっ! パーパ!!」
パーパって誰の事だ……と寝ぼけた頭で少し考え、自分がそう呼ばれているのだ、と言う事に気付いたのは数秒後だ。
体を少し起こし、自分の背中に乗っかっている小人を目で確認すると艶のある黒髪をツーサイドアップにしたアジア系の顔立ちのの三歳児がニコニコと笑いながら、俺に向かって「パーパ」と嬉しそうに言った。
確か、ロントラ・マリーナとかいう長い名前の子だ。
ロントラとマリーナのどっちがファーストネームでミドルネームなのかはよく判らないし、二つあわせて一つの名前なのかもしれない。
「起きてるー? もう朝だよ。 ……ロン、起こしに来てくれてたの? いい子ね」
ヴィーペラか。 ちょうどいい、質問させてくれ。
どうしてこのちびっ子は俺の事をパーパとか呼んでるんだ?
あと、背中から降ろしてくれ。 起きられない。
「はーいロン、抱っこしてあげるからこっちおいで? ……最後の「父さんたち」が死んだ時、ロンは物心つく前だったからね。
男の人は、単純にお父さんだと思ったんでしょ」
ヴィーペラがロンを抱き上げて離してくれたので、俺はようやくベッドから立ち上がることが出来た。
朝っぱらから父親扱いされて起こされるなんて初めてだ。 結婚もまだなのに。
服着るんで先に行っててくれ、とヴィーペラたちを追い出し、俺は乾いていたスーツの上を掴んで羽織る。
この潜水服…サブマリナースーツとかダイブスーツとか呼ばれてる上下一体のスーツは体の幾つかの場所で分割出きるようになっている。
上半身と下半身は言わずもがな、袖から切り離す事も出来るし、半袖や半ズボンやパンツにもなる。
負傷をした時などの緊急時にいちいちスーツを脱がすのは面倒だし、切り裂くには高価過ぎて勿体無い。
そんなわけで、分割・接合自在の構造になっているわけだ。
ジャケットの方は生地が厚めなせいか、まだ少し湿っていたので干したままにしておく。
「アズミー? ごはんできたよー!?」
「コッコが作ったんだよ! はやく起きてね!?」
……またうるさいのが上がってきて、大きな声で呼びかけてくる。
ちゃんと聞こえてるしもう起きてるよ。 なんでこう、小さい子ってのはこんなに元気なのかね。
階段を降りて居住区に向かうと、そっちはそっちでやっぱり騒がしかった。
20人くらいは座れそうな広い食堂に、少女たちが皿を並べたり食べ物の入ったボウルを運んできたり椅子の上に登って飛び降りたり、走り回って追いかけっこをしていたり、それを叱って大人しく座らせようとしたりと実に賑やかな光景だ。
ガッビャーノを捕まえて後から両脇を抱え上げるルチェと目が合う。
おはよう、と挨拶をするも、彼女はプイと顔を逸らしてしまった。
「アズミの席はこっちね!」
コッコに手を引かれて俺の座る席に案内される。
錆びたパイプ椅子にはクッションが敷かれていて、背もたれにも白いタオルがかけられていた。
丁寧な歓迎っぷりだ、と思って礼を言おうとしてふと何気なく10歳以下年少組の席を見ると、同様にクッションと背もたれカバーがかけられているのに気付く。
……つまり、俺はチビっ子たちと同じ扱いか? いや、お客さん扱いなんだろうと思い直す。
俺が椅子に座るのを、この椅子の用意をしたのであろう何人かの少女達がキラキラした笑顔で注目しているのだ。
ありがとう、と言いながら椅子に座ると目の前の皿にボウルからマッシュポテトみたいなペースト状の朝食が盛り付けられた。
茹でたニンジンみたいな赤いスティックも載せられる。
俺は、盛り付けているラーナに材料は何なのか訊いてみた。 無口な少女はこちらに目を合わせずに答える。
「……主に石油やメタンから合成した人工たんぱく質と人工炭水化物食料」
何だそれは。 本当に食べられるのか? ていうか石油って食べても問題ないのか?
まさか俺が眠っていた何十年かの間に、人間は軽油やガソリンで動くようになったんじゃあるまいな。
「石油の成分は、炭素と水素が結びついた炭化水素と窒素と酸素と硫黄。 たんぱく質は炭素と水素と酸素と窒素で、ほぼ同じ成分。
これを、微生物分解を用いて合成する事によって、石油酵母を作ることが出来る。 酵母は90%以上がたんぱく質から構成。
メタンの場合もほぼ同様、微生物を用いて合成を行う」
初めてラーナがこんなに喋る所を見たが、随分と詳細かつ丁寧な回答を貰った。
それにしても、ラーナは博学なんだな。 こんな事、俺の同世代の女子はまず知らなかったぞ。
そう言うと、仏頂面だったラーナがちょっとニコっと笑う。
……でも、それって結構無駄が多くないか? 石油資源もメタンガスも、採掘油田施設が殆ど海の底だ。
この基地は海上油田を元にしているというから、採掘が出来るのかどうかは知らんけどな。
普通に魚とか、あるいはプランクトンから合成した食料とかじゃだめなのか?
「目玉が左右4つずつあって、しかもそれぞれ別方向に飛び出してる奇形魚が食べたいのか?
ご希望だったら昼食までには釣って用意してもいいけどね」
俺の隣にチコを座らせながらルチェが言う。 ……さすがにそんな気味の悪い焼き魚は勘弁してもらいたい。
「そういえばさ、あんたって機械の分解とか修理とかできるの?」
食事が終わったころに、唐突にヴィーペラが俺に質問をしてきた。
まあ、水中潜航艇の整備くらいだったらできる、と言うとへえ、というつまらなさそうな答えが返ってくる。
へえ、とは何だ。 そっちが訊いておいて。
「……あんたがさっき、プランクトン合成の食料の事言ってたけど、実は設備そのものはここにもあるの。
でも、だいぶ前に製水・浄水系の設備が故障した時に部品をそっちから外して使っちゃってさ。
食料は石油合成プラントがあったから、水のほうを優先したの。 真水が無かったら生きていけないし。
あんたがもし、機械技術者だったらなんとか直す方法を考えてくれるんじゃないかなって期待したの」
成る程ね。 まあ、仮にその設備を直す技術があっても、純正交換部品も代用になりそうな物も何も無いんじゃお手上げだが。
サルベージした物の中に運良くそれがある幸運でも無い限り、永遠に石油を食べ続けることになるわけか。
俺がため息をつくと、何故か興奮したコッコが食いついてきた。
「好き嫌いしたらダメなんだよ!? それに、食べ物作るかかりはコッコなんだよ!?
もんく言う子にはごはん食べさせてあげないんだよ!? あと、コッコはせきゆたんぱくのごはん好きだよ!!」
「はいはい、そうね、陸地の方では作物が育たない地域も多いから、ここと同じように石油やメタンから食べ物作ってる
って父さんたちから聞いたものね。 好き嫌いしないコッコは偉いね」
「まあコッコはガソリンカイマンの親戚だもんね。 ワニだし。 石油が大好きだもんね
あと、コッコがやってるのはスイッチ押してるだけで実際に作ってるのは機械じゃん」
自分の仕事にケチを付けられたと思ったコッコにヴィーペラがフォローを入れる。
が、それにタルタが余計な一言を挟んだので喧嘩が始まった。
ガソリンカイマンって何だ? と呟くと、俺の隣に座っているチコが、ずっと遠い陸地に棲んでいる進化した生き物で、
その名前の通りガソリンなどの燃料を食べて生きている大きなワニなんだよ、と教えてくれた。
……それって実在の生物なのか? 都市伝説じゃなくて?
いくら何でも数十年でそんな滅茶苦茶な生き物が突然変異で生まれたりはしないだろう。
取っ組み合いを続けるコッコとタルタを取り押さえるヴィーペラとルチェに、ところで、何の部品が足りないんだ? と尋ねると、ヴィーペラはコッコを後から羽交い絞めにしながら答えてくれた。
「取水口のパイプ管がいくつかと、プランクトンを濾し取るフィルター。
パイプは製水装置と共用して繋げる事でなんとかなりそうなんだけど、フィルターは濾過にも必要だからどっちかにしか使えないのよ。
製水装置のフィルターがダメになっちゃったから、食料合成装置のから取り外して使ってるわけ」
ふーん……、とそれを聞いてから俺は少し考える。 まあどっちも装置の重要な部分だよな。
両方とも海水をくみ上げて、ゴミを取り除いたりプランクトンを選り分けたりするのに使うが、消耗品でもある。
無いままでも作れないことは無いだろうが、ゴミや不純物が混じる事になるだろうし、そのまま使い続けたら
内部に溜まったゴミで装置そのものが壊れかねない。 ポンプにも負担がかかるし効率も悪い。
……待てよ?
それって、閉鎖型長期循環システムに使われてる生命維持系装置にも似たようなフィルターや媒体があるし、そっちから転用できないか?
ほら、俺が入ってた避難ポッドとか。
「「「「「「マジでっ!?」」」」」
俺が何気なく呟いたその一言に、食堂にいた少女たち全員が注目して一斉に大声を上げた。
早速俺は第二階層にある整備工場に連れて行かれた。
昨日、俺が蘇生させられたのもここだ。 既に半分ほど解体されつつある避難ポッドが硬い床に無残に転がされている。
それにしても、派手にというか景気よくというか、躊躇いもなく分解してくれちゃって、まあ。
「しげんは有効利用するんだよ。 ヴィーペラやルチェやラーナが海の底から使えそうなものをサルベージしてきて、
タルタがそれを分解するんだよ! どう? すごいでしょ!」
「コッコも分解できるよ! あと、タルタは重いものとか硬い物とか取り外したり運んだりできないでしょ!
コッコが半分手伝ってるんだよ!?」
解体業担当だというタルタが胸を張ると、コッコが対抗してくる。
この二人は歳が近いせいもあるのか、どうも張り合っているようだ。
お互い不得意分野の仕事を分担してるって事で、仲良くすりゃあいいのに。
さて、取り合えずタルタが盛大にバラして何処にいったのか解らない、フィルター装置や浄化循環系の媒体をスクラップ化した雑然と散らかされている部品の中から探すとしますか。
ていうか、構造がわからんとどれがどの部品なのか判別できんぞ。
配線もどれがどれに繋がっていたのやら……。
「ああもう、だからラーナが何の部品で何に使えそうか調べながら解体するって言ったじゃない!
自分たちだけでこんなに分解進めちゃって……!」
ヴィーペラが無残にバラバラにされた部品たちを見て呆れながらため息をつく。
やっぱりか。 というか昨日の夜の内にここまで分解しちゃったのか?
せめて外側を外して内側の部品はそのままにする、とかして置けよ……と俺も呆れていると、また二人が喧嘩を始める。
「ほらあ、怒られた……タルタは分解は出来てもまだ何がどの部品かみわけつかないんだから
勝手に一人で解体しちゃったらダメなんだよ?」
「なによ! コッコだって前に一人で勝手に分解しようとして部品壊しちゃったじゃない!
ネジとかボルトとか無理やり引き剥がしちゃうし! カバー外れないからって中の半導体ごと折っちゃうし!」
……ネジやボルトを無理やり引き剥がすってどんな馬鹿力だよ。 10~11歳児のやる事ではないぞ。
そして二人とも責任を擦り付け合ってあんまりギャーギャー喚くので、ルチェに首根っこから持ち上げられて外に連れて行かれた。
大変だな、女の子ってのは。 俺は女の兄弟がいないのでわからんが。
「最近ずっとあんな感じよ。 二人とも自分の仕事とか役割に責任と自覚を持ってくれる様になったんだけど、その代わり何かあると自分のほうが仕事をしている、って張り合って……。
まあ、何でも一人前にやりたいお年頃だもの。 私やルチェにも覚えがあるから」
ああ、俺もそれはある。 相棒とは助け合ったが衝突も張り合う事も経験した。
男同士は拳で友情を育むもんだが、女はそうは行かないだろうな。
まあ、何回も衝突を繰り返す内にお互い素直になれるもんさ、今は放って置いても問題ない。
「……そういうもん? 私たちの時は母さんが仲裁に入ってくれたけど」
そりゃ、致命的な溝ができそうだったらその前に修復してやる必要はあるけどな。
それ以外のときは、大人は黙って見守ってやるもんさ。 干渉しすぎても当人達に良いもんじゃないよ。
コッコとタルタが丁寧に細かく分解してくれた部品の中から、俺、ヴィーペラ、ラーナで手分けして選り分けているとフィルターの方は案外簡単に見つかった。
が、本来それと接続されているはずの浄化循環系部品の方が見つからない。
元は繋がっていた部品なのだから、「くっ付けられ」そうな部品を一つ一つ調べているのだが……どうも部品が多くてどれがどれやらだ。
「それにしても、小さい部品ね……これ、本当に濾過装置のフィルターの代用になるの?」
ヴィーペラがペットボトルサイズの円筒形のフィルターを手に取りながらしげしげと眺めている。
まあ、一人用の避難ポッドの部品だからな。 でも、性能的には真水精製装置と同じくらいの能力はあるはずだ。
なにしろ、その小さな循環システムで大人の人間を数十年、理論的には100年近く長期冬眠させる事ができるんだぜ?
いかに、冬眠中の新陳代謝は最低限に抑制させられているとしても、だ。
本人が眠っている間の、内蔵の機能を殆どそいつが肩代わりしてくれる、高性能な生命維持装置だ。
例えば、生身の人間から肝臓やらすい臓やら腎臓やらを全部摘出して、代わりにその装置を肺と心臓に繋げても、生きていく事が出来る。
肺も取り払ってしまっても、代用を努める事が出来るし、海水から酸素を分離して水中呼吸も可能。
戦前にはそうして作られた深海作業用サイボーグなんかも存在したって話だ。 まさに半魚人か海底人間だな。
「へえ……地味に凄いんだ、これ?」
「……問題は、耐用期限。 その装置は既にアズミが数十年、使用している。
せっかくフィルターを交換しても、残りの使用可能期間が少なくなっていれば、また浄水装置は止まってしまうと思う」
ヴィーペラは薀蓄を聞いて素直に感心するが、ラーナは流石、いい所に気が付いた。
それに、装置そのものは高性能でも、流石にサイズが小さいし、一日あたりに作れる真水の精製量も限界があるだろう。
はっきり言えば、その場しのぎのものにしかならないな。
でも、別にこの循環装置を水を造るのに使わなくてもいいんじゃないか?
とりあえず、もう一つフィルターがあれば、プランクトン合成食料製造装置はあるんだから、製造能力の少ないこっちを食料製造に使って、水の方は今まで通りにすればいい。
本格的なフィルター交換はそのうち、またどこかから部品を見つけてくるとして、さし当たって石油で朝昼晩全ての食事を賄わなくていい事になるわけだ。
「成る程、アズミは意外にも頭がいい。 有害物質は除去して安全と解ってても石油を食べるのは皆やっぱり抵抗感があるから、プランクトン食料が食べられるようになるだけでも喜ぶと思う」
なあ、ラーナ……「意外」って何だ? 見た目か? 見た目で判断されたのか?
頭が良さそうな顔をしてるとはお世辞にもいえないのは認めるよ……。
まあ俺の時代から既に、サルベージして来た部品や他の出来合いのもので色んな機材を修復したり代用したりってのは当たり前になってたからな。
この位は誰でも思いつくさ。 俺と相棒が乗っていたガンベレットも、しょっちゅう電池や通信機の部品を他のガラクタから外してきて規格の合わないものは無理やり繋げて工夫してたよ。
「ん……? あれ、ということは、あんたってガンベレットの操縦士だったわけ?」
何気なく昔を思い出して呟いた言葉に、ヴィーペラが今更驚いたような顔をする。 そういや、言ってなかったか。
さっき潜水艇の整備はできるとは言ったが、ありゃあガンベレット操縦士のオマケ技能みたいなもんだしな。
操縦士が整備士と兼任ってのは俺の時代では珍しい事じゃない。 機材だけでなく、人も足りてなかった。
海では戦って帰ってくるか、沈むかどっちかしか無かったんだから。
……ちょっと待て。 なんでお前たちがガンベレットなんて言葉を知ってるんだ?
まさか……いや、ここが元、俺の時代の日本の領海だったんなら、海自の装備や機材がまだ残って使われててもおかしく無いが。
現物がここにあるって事は、無いよな。
「……普通にあるけど。 というか、ずっと使ってるけど」
「私たちのお祖父さんの代からある。 父さんたちも、母さんも、サルベージにはガンベレットを使い続けてきた」
……マジですか。