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2話


私が生まれた時には、この大昔の海上油田を改造して作った基地には20数人かの大人の人間たちがいて、そしてそいつらは全員が男の人で、私たちの「父さんたち」だった。

私がどの「父さん」の娘なのかは、はっきり言ってよく判らない。

なにしろ、私みたいな…茶色でも金髪でも黒髪でもない、オレンジ色の髪をした男なんて居なかったからだ。

確かに「父さんたち」は人種も年齢もバラバラで、若いのもおっさんなのも居た。

妹たちの中には、明らかにこの人が父親だろうなって判る子も居る。

けど、一番最初の子である私は、父親が誰なのか特定する手がかりがあんまり無かった。

髪の色だけじゃなく顔立ちも肌の色も、誰とも似ていなかったからだ。

でも、それはどうでもいい。 確実なのは私は母さんから生まれた娘で、母さんが私のこの世で一番敬愛する人だってことだ。

母さんは昔、この基地じゃない別の場所……大きなタンカーを改造して造った移動式の街というか、避難民の寄り合い所帯みたいなところで暮らしていたんだけど、その船がグランキョに襲われた。

運良く母さんは避難ポッドに入る事が出来て、その後数ヶ月ぐらいでサルベージされて助かったんだけど、その代わり、母さんを引き揚げたのはこの基地の男たち。

他に身よりも無いし、行くあても無かったから、母さんはこの基地で男たちと一緒に暮らす事になった。

母さんが12歳ぐらいの頃だって。 母さん自身、自分の正確な誕生日とかわからないから、だいたいそんくらい。

私は母さんが、産んだ時から数えてくれたから今自分が15歳だってわかるけど。

それから一年経たず、母さんは私を産む事になった。


「若い母さんだな……美人だ」


「まあね、私、母さんが12か13ぐらいの時の子だし」


母さんと私たちが写ってる写真を見せた時に、それを言ったときのあいつは物凄く変な顔をしていた。

で、その後、これに関する話題は全く聞いてこなくなった。

普通、そういう事を男が気にする? 産ませる側の癖してさ……。

変な奴だな、と私は思った。 まあ、50年だか60年前だかの時代の人間の考える事はどうでもいいけどね。

どうせ、あいつも男なんだし。


まあ、それはともかく。 それから母さんは私が15歳の誕生日を迎えるまで、ずっとこの基地で暮らしてきた。

1年が経過するたびに娘の数は増えていって、今では姉妹が13人。 最年少は3歳。

……よく産んだもんだよね、母さんも。

グランキョの攻撃も年々激しくなっていって、「父さんたち」も一人、二人、と死んで行った。

基地には時々訪れる、母さんが昔住んでたような大きな船を改造した避難船とか、遠い陸地のほうからサルベージや交易に訪れる船なんかもあって、もしかしたらその中に居た大人たちも「父さんたち」の一人だったかもしれないのだけど、その人たちもいつしか、来なくなった。

多分、グランキョに襲われて沈められたんだろうと思う。


優しかった父さんも、嫌いだった父さんも居た。

最後まで残ってた、私たち娘に一人一人違う刺青を体に入れた若い中国系の父さんと、名前をつけたイタリア系の父さんが死んで、ついに基地の大人は母さんだけになってしまった。

末っ子のロンが1歳になるかならないか、って辺りだったと思う。

それからの母さんは、女手一つで私たちを育てた。 育児と同時進行で、ガンベレットに乗ってサルベージに出かけたり、基地の修理や点検をしたり、引き揚げてきた機械を再生させたり。

もちろん私たちも、母さんを手伝った。

小さい子たちは母さんと一緒にガンベレットに乗せてもらうのを特に嬉しがったし、上の子達は整備や修理の仕方や、操縦の仕方を習った。

13歳を迎えた子は操縦桿とペダルに手足が届くようになるので、コクピットでの座る場所が母さんの膝の上から後ろ席のシートに変わる。

そうして、ガンベレットの使い方やサルベージの手順、グランキョとの戦い方を教わるのだ。

私は2年間、母さんの後ろでナビを勤めた。

前席に替わる事もあったし、妹…ルチェやラーナの教習を私が受け持つ事もあったけど、基本的には私と母さんがコンビでサルベージを行ったり基地を防衛してきた。

母さんは、もう十年以上「父さんたち」と一緒にガンベレットを扱ってきた事もあって、操縦技術は物凄く上手かった。

グランキョのAIを出し抜き、その弱点を突いて、戦えば必ず勝った。

17隻ものグランキョを相手にし、追って来る魚雷を全部避け、最終的に間抜けな蟹たちをを水没したビルの下敷きにしてやった事もある。


でも、あの日は勝手が違った。

いつもの海域、いつもの深度。 いつもの海底地形で、いつものソナー反応で、いつものサルベージ作業、そのはずだった。

その日だけは、そうじゃなかったんだ。




「そっちの黒い頭がコッコドリッロ。 チビ助がタルタルーガ。 スクアーロは機嫌が悪いとすぐ噛み付くから気をつけて。 いつも機嫌悪いけど。

おっきい魚のビニール風船を抱えてるのがペーシェ。 元気なのがビングイーノで、隣がガッビャーノだけど、この子はメーヴェって呼んであげてね。

バッグを抱えてるのはチコーニャ。 でチコーニャと腕を組んでる色白そばかす娘がチーニョ。

赤い頭のフォーカとオターリャは双子だけど、この子達は手の甲の刺青で判別してね。 ちなみにフォーカの方がお姉さん。

それで、ラーナが抱っこしてるのが、末っ子のロントラ・マリーナ。 長いからロンもしくはマリーナって呼んでるけど」


その大部分が10歳以下であろう幼い少女たちに纏わりつかれながら、俺は困惑していた。

正直、紹介をされても数が多すぎて誰が誰だか判らない。 なんでこんな、小さい子ばかり何人も居るんだ。

ムスっとした表情で黙りこくっているラーナという三女が両腕で抱えている3歳児が、キャアと無邪気に笑う。

その顔に眩しいものを憶え、愛想笑いを返してやると末っ子・ロンが嬉しそうにまた笑い返した。

が、それを抱いている13歳くらいのラーナは仏頂面でこっちを睨み続けたままだ。

長女だというヴィーペラの方を向くと、


「……ラーナはいつもそんな感じだから、気にしないで」


と苦笑いで言われた。

だが次女のルチェルトラからも、少し離れた所から不審の視線を送られ続けている。

下の子たちからはともかく、この姉妹……俺をサルベージしてくれた恩人である少女たちの、年長組の子らからはどうも歓迎されて無いような雰囲気を覚えていた。


「ねえ、どうして海の底で眠っていたの?」


「アズミって変な名前ー!」


「このバッジなあに?」


「背が大きいねー、きっとルチェより高いよ!」


「ねー、そんな長袖の服着てて暑くないの?」


「アズミ、アズミ! こっち見て、ほら!」


過半数を超える小さい女の子たちは俺の服を引っ張ったり持ち物を物珍しそうに眺めたり、俺に矢継ぎ早に質問をしたりと忙しなく、そして喧しい。

兄弟がおらず、自分より年が下の子供が周囲に居なかった俺は、はっきりいってどう扱ったらいいのか解らない。

それにしても、どうしてこの子達はこんな好奇心旺盛に俺に構ってくるのだろうか。

ちなみに現在、歩きながらこの「基地」の案内と説明をされている途中である。


「……大人の男の人は随分久しぶりに見るからね。 みんなはしゃいでるのよ」


ヴィーペラはそう言って笑った。

ここに大人の男がいないっていうのは、最初彼女たちは微妙にはぐらかしていたが、最終的には説明してもらっている。

それは俺をかなり驚かせたが、もっと俺を驚かせたのは、俺が海の底で眠っている間に数十年くらいは年月が過ぎていたと言う事で、それを聞いた時俺は思わず頭を抱えた。

最悪というのは、こういう事だ。

俺は文字通りの浦島太郎状態で、海上自衛隊はとっくの昔に壊滅しており、人類同士の戦争もほぼ決着が付き、そして今はAIを搭載した無人兵器が人間を襲っている。

戦前のSF小説みたいな状態が現実になっていた。 いや、あの戦争も充分SF小説で予見されてたような状態だったけどな。

さらに何の因果か、絶海の孤島の海上油田の廃墟に、女の子たちと野郎一人。

ハーレム系のギャルゲか何かか。 笑えない冗談だ。

どうせ女の子なら、どうしてもっと年齢が上の方のお姉さん方を用意してくれないんだ。

俺はロリコンではないし、ましてやペドフィリアでもない。

女の子たちの半数以上が10歳以下って、戦前のマンガやジャパニメーションでも少ないんだぞ。 どんな需要だよ。

畜生、呪うぜ神様。 もともと別に信じては居なかったけど。

というか、既に俺の時代には宗教なんてものを信じる奴は本国が消滅して合流・吸収された元アメリカ海軍系の一部の連中ばかりで、殆どの日本人は信仰とかに拘りを持ってなかったし、伝統ある八百万の神様の神社や仏様の仏閣は海の底だったわけだが。


「電源施設と居住区は第1階層だけど、屋上のヘリポートにも小屋が立ててあるの。

で、あんたはとりあえずそこに住んでてくれる?」


屋上へ向かう階段を登りながら、ヴィーペラにそう言われる。

なんだそりゃ。 さっき居住区を通りかかった時は、だいぶ部屋が余ってそうな感じだったんだがな。


「お前なあ……年頃の女の子が何人も居るのに、一緒に暮らすつもりか? 大昔の男はそうだったかどうかしらないけどさ」


俺が不満を口にすると、後ろに居たルチェルトラがあきれた声で返してくる。

ああ、そうでしたね。 いくらガキでローティーンって言っても、15とか14とかの女の子も居るんでしたね。

軍隊に入ってこの方、女との付き合いが無かったもんでね、デリカシーに欠けて申し訳ありませんでしたね。

だがな、そういう事を言うんだったら、お前らこそ服装とかに気を使ってもらいたいんだが。

俺がそう言うと、前後でヴィーペラとルチェが不思議そうな顔をする。

……もしかして、判っていないのだろうか?

俺が問題にしたいのはお前たちの格好だ。 年頃の乙女を気取るなら、もう少しその……露出をだな。

そろいも揃って下着なのか水着なのかよくわからん、ブラとパンツ程度しか無いような狭い布地で胸と下半身を覆ったものしか体に身につけていないのはどうかと思う。

小さい子らはワンピースタイプの水着みたいな格好だが、ヴィーペラは紐水着みたいなセパレーツに薄いTシャツっぽい(微妙に透けてる)のを上に着てるだけだし、ルチェは下乳が見えてる、ラーナに至ってはパンツがローライズだ。

コッコドリッロという子は下がスパッツだからまだいい。 タル…なんだっけ、タルタルーガ?は11歳児がマイクロビキニとか着るな。

上は辛うじてチューブトップだから許すとして。

いや別に、お前たちの胸とか尻とか裸とか見たって別に面白くもなんとも無いが。


「……何言ってんの? 暑いじゃん。 それよりあんたはそんな、全身ウェットスーツみたいなのにジャケット羽織って、暑くないの?」


「服に使える合成素材は少ないんだ。 私たちは妹たちの服を作って、その余りで自分たちのを作ることにしてる。

それでも、下の方の子は上の子のお下がりが多い」


……そうでしたか。

ちなみに俺の着ているのはガンベレットの操縦士が着用する潜水服で、深海での体温の保護・調節維持とか長時間行動中の筋肉と精神の疲労を電気刺激で癒してくれるとか、色々便利な機能が付いているスーツだ。

地球上どこでも暑いのは俺の時代からそうだったし、現にこれを着ているから暑くない。

ちなみにジャケットもほぼ同じ機能が付いてて、スーツとはセットだ。

ただ体に妙にピッチリするのと、ゴムみたいな質感に包まれてるのとで着心地と動き心地は慣れないと気持ち悪い。




「いっくよおおおおおおおお!!」


暑い日差しが照りつける屋上ヘリポートの床を、ピングイーノ、愛称ピングが走り抜ける。

思いっきり助走をつけて、ヘリポートの端っこからはるか下の海面に向かってジャンプした。

俺が、おい!?と声を掛ける間もなく、叫びながらピングは落下してゆき、やがてドボン!!という大きな水音が聞こえてくる。

ピングが飛び込んだ地点まで行って下を覗き込んでみると、美しいブルーの波間にピングが顔を出して笑いながらこちらを見上げて手を振っていた。


「早くおいでよーっ!!」


いや、おいでって言われてもな……と俺は呆れる。

ここから海面まで、結構な高さがあるぞ。 あんな小さな子がよく平気でダイブが出来るもんだ。

そう思っていると、嬌声を上げながらまた一人、小さな女の子が俺の隣を走り抜けて海へと飛び込んで行った。

飛び込む瞬間、顔だけ俺のほうを振り向いて、ニコっと笑って小さく手を振る。

左頬に書き込まれた可愛らしいカモメの刺青が、妙に俺の印象に残った。

そして、その子も水柱を上げて海面にダイブ。 数秒して顔を出し、俺のほうを見上げてまた笑った。

まあ、すぐ海に飛び込んで泳げるという点では水着状の服というのも便利なのかもしれないな。

……たしかあの子はガッビャーノとか言った、気がする。

そして彼女のメーヴェという別名が、ドイツ語でカモメを意味する事にも気付いた。


そう言えば……ヴィーペラとルチェはそれぞれ左右のわき腹に、ラーナがおへその隣に動物の刺青を入れているのも思い出す。

確か、蛇、トカゲ、カエル…他の子たちも、それぞれ腕やら背中やら太ももやらに、一つずつ生き物の刺青をしている事に今更気付いた。

俺が、ヘリポートの隅のほうに立てられている廃材で組み立てられた小屋の方へ歩いていくと、

小屋の整理をしていたヴィーペラが「何?」と言いたげな顔をして振り返る。

……ちょっと待て。 この小屋は物置か何かに使われていたんじゃないか?

明らかに古臭い大小の、雑多なガラクタばかり出てきてるんだが。


「ああ、ピング? 変わった子でしょ。 ああやって高い所から飛び降りるのが好きなのよ。

本人は”空を飛んでる”つもりなんだとか言うけど、あんまりああやって飛び込み続けるもんだから、

『空を飛ぼうとしてるペンギン』みたいだって、父さんたちが名付けてね……それで、ピングイーノ。

今じゃ、他の子も真似してああやって海に飛び込むようになっちゃってね……」


いや、俺が訊きたいのは女の子がいきなり海に飛び込んだことでは無いんだが。

ペンギン……そうか、あの子の左腕上腕に入ってた刺青は、ペンギンだったのか。

つまり、この少女らは自分らの名前に合わせた刺青を、体に入れているのだ。 納得が行ったが、それってどうなんだ?

俺の居た時代の女の子たちには、いや女の子に限らず、刺青を入れる文化なんてマンガの中のヤクザしか居なかったからどうも刺青というものには違和感を覚えてしまう。

女の子が、それもあんな小さい頃から体に彫り物なんかをして、モラル的にどうなんだろう。

まあ、モラルなんて俺がいた時代でも、建前上のものぐらいしか残ってないような者だったけどな……。

そういう風に考えていた真後ろを、また誰かが歓声を上げて走って行き、そして海に飛び込む。

今度の水音は二つだった。


「こらーっ! スクアーロ! ペーシェ! お前たちまで飛び込むんじゃない!!

ああもう……ラーナ、悪いけど水タンクの残量見てきてくれないか? あいつら上がった時に風呂に入れないといけないし足りなくなったらまた精製しとかないと」


ルチェが海面ではしゃぐ妹たちに叫んでいるようだが、返って来るのは楽しそうな笑い声ばかりだ。

ラーナが無言で頷いて、小走りで階段を下りてゆく。 それにしても、ラーナって子は無口だ。

他の女の子たちがあんなにはしゃぎ回り……今も自分たちも海に飛び込もうとする双子の女の子をルチェが追い掛け回している様子とかに比べると、どうも大人しすぎて浮いている。


「ラーナは『仏頂面のカエル』。 悪い子じゃないんだけど、元々大人しい上に、どうも人見知りする子だから……。

母さん以外に懐かなくて、父さんたちにもあまり好かれてなかった。

まあ、ラーナの方から父さんたちの事を、好いてなかった感じはするけれど」


俺がラーナの降りて行った階段の方を眺め続けていると、ヴィーペラが片付け作業をしながら語り始めた。

特に訊いては居ないし、教えてくれと言ったわけじゃないが。

それとも、そんなに気になっているように見えたんだろうか?


「……ちなみに私とルチェも、小さい頃は父さんたちになかなか懐こうとしなかったみたいで、おかげで『毒蛇娘』とか『獰猛な肉食トカゲ』とか言われて、それが名前になったの」


……それは難儀な事だ。 そんな名前をつける親も、かなりどうかしてると思うけどな。

それにしても、髪とか肌の色とか、同じ姉妹とは思えないほど似てない子も多いな、と俺は呟いた。

中には何人か、容姿に共通性のある子もいるのだが。


「そりゃそうよ、私たち、みんな父親が違うんだから。

ああ、双子は別ね。 あと、タルタとチコは父親同じっぽい感じ。 ペーシェとロンは、確率半々って所かな」


ヴィーペラはこっちを向くと、事も無げに言った。

俺は少しの間その言葉の意味を考えて……少なからず動揺した。

おい、それってつまり……「父さんたち」ってのは、そういう事か!? 「父さん」と、他の人「たち」って事で無くてか!?


「あー、懐かしい! これどこに言ってたのかと思ったら……」


そう言って彼女が見せてきたのは、棚の上に置かれていた写真立てだった。

今より幾らか幼いヴィーペラと、彼女を背中から抱きしめて笑っている、日焼けした逞しそうな若い女性の写真だ。


「それ、サルベージした中にたまたままだ生きてるカメラとフィルムがあったから、父さんの一人が取ってくれたのよね」


二人で写真を除きこみながら、懐かしそうにヴィーペラが説明する。

俺は、随分と若い母さんなんだな、と何気なしに言った。

そして写真の中の、ヴィーペラ達の母親であるという女性は、とても美しかった。

全体的に漂う母親らしい慈愛の優しさと、多くの苦難を乗り越えてきたであろう、内面の強さが外見の美しさに現われている、そんな感じで表現できる人だと俺は思った。


「まあね、私、母さんが12か13ぐらいの時の子だし」


……その言葉に、俺は絶句するしかなかった。

何なんだそれは。 つまり、その……「父さんたち」ってのは、まさか。

その時、俺は旧に俺は後ろから両腕を掴まれた。 驚いて振り返ると、そこには双子の姉妹が揃って俺の両脇に立ち、両方の腕を小さな両腕でしっかりと捕まえていた。

待て、なんで引っ張る? え、何? どこに連れて行くって? ちょっと、押すなって。 そっちは海……おい!? 危な……っ!?


朝から連続した驚愕の事実との対面に、かなり動揺していた俺は情けなくも4歳児の女の子二名に拘束されたまま

抵抗も出来ずに引っ張られ、海へと突き落とされた。

水音を立てて海中に沈む直前、俺は双子の姉妹であるフォーカとオターリャ…『いたずらアザラシ』『悪巧みアシカ』とそれぞれ呼ばれている少女らが、ハイタッチをして笑っているのを見た。


少女たちとたっぷり海水浴につき合わされた後、シャワー室で一緒に真水で海水と塩分と洗い流し、俺は再びヘリポートまで上がって自分に割り当てられた小屋に戻ってきた。

今の俺は、ジャケットとスーツの上を脱いで上半身裸だ。

あれから、ヴィーペラとルチェが二人して小屋を綺麗に片付けてくれたようで、どうにか寝られる位には整っている。

電気も付くという話だったし、急ごしらえで作られたベッドもある。

とりあえず、ジャケットとスーツを適当な所に干しておく。 明日には乾いているだろう。

それから、ギシギシという音を立てるベッドにゆっくりと腰掛けた。

これ絶対、適当なマットを適当な台や木製の椅子の上に乗せただけの代物だろ。



……サルベージされ、蘇生されてから驚きの連続の一日だった。


何十年も海底で眠り続け、目覚めた時には古巣の海上自衛隊は消滅していた。

相棒がどうなったのかもわからず、確認する術は無い。

それにしても、あの戦争を生き残った海上自衛隊が、今は影も形も無いってのは無常感を俺に刻み込む。

第三次世界大戦が始まると同時に、世界でも有数の戦力を保有していた海軍である海上自衛隊は当然の如く同盟国アメリカに借り上げられ、世界各地に出張する事になった。

日本としては手放したくは無かったんだろうが、そうも行かないのが政治と外交のつらい所。

数年間、海外の様々な戦場で死線を潜り抜けた海上自衛隊の精鋭たちは、結局アメリカが大量破壊兵器で事実上消滅したのを機に逆にアメリカ海軍を吸収して凱旋したが、その頃には海面上昇によって日本は半分以上水没、とても国を維持できる状態じゃなかった。

仕方なく、大量の被災民を抱えた上で新生海上自衛隊は住める土地を求めて戦う事になったんだが、陸自と空自が壊滅し、陸上戦闘なんか出来ない状態になってた日本と自衛隊は海上と海中に縄張りを持つ事しか出来なかった。

それが、海上交易国家、新生日本の誕生だ。

しばらくは海上運送と沈んだ資源を引き揚げるサルベージ業を一手に引き受け、そこそこの勢力を保っていたんだが、海底の資源をサルベージしたいのは日本だけじゃない。

当然、敵対する国家と戦争中の関係をそのまま持続した戦争になる。

無人水中攻撃艇「グランキョ」はそうして、海上自衛隊に対抗するために投入された。

皮肉な事に、グランキョを作ったのもガンベレットを製作したのと同じ、国を失くしたイタリアの亡命技術者で、しかも元々同じ開発プロジェクトの同僚というより共同研究者。

元を同じくする親戚というか兄弟のエビとカニが、水中で戦いあう事になったわけだ。

そして、海上自衛隊を散々苦しめたグランキョは、今もしぶとく生き残って戦い続けている。

ちなみに……ほぼ使わない機能なので割りとどうでもいい事だが、ガンベレットとグランキョはどちらも「陸戦形態」に変形する機構を持っている。

通常は潜水艇だが、脚を展開して陸上に上がり、戦闘を行えるようになっている。

元々は海から進入して強襲揚陸作戦をするための機能というか、このシリーズの開発コンセプトがそうなのだが、海上自衛隊がそれを採用したのは、いずれ機を見て住むための陸地を奪い取るためだった。

戦車とか装甲車とか、かつての自衛隊が保有していた戦闘車両は今は海の底だっため、代わりの陸戦兵器を調達する必要があったのだ。

だがはっきり言って、無用な機能だと思う。

確かに格闘モードによる接近戦は、結構有効な戦術として使えたし、格闘用アームは水中作業用のマニュピレーターとしても便利だった。

が、可動部が多くなると整備の手間が増えるし、そもそも俺も相棒も水中戦は何度も経験したが、ついぞ陸戦の機会なんぞ無かった。

海上自衛隊が、新生日本が戦いで疲弊し消滅してしまうまでに、陸上を占拠している敵国に対して侵攻作戦を開始できたかどうかはかなり怪しい。

陸戦なんかまず起こらなかったんじゃあないか、と思う。

つまりだ。 腕は10歩譲って、有用だと言ってもいい。 歩行するための脚は要らない。 邪魔だ。

しかし、脚はハイドロジェットと兼用だ。 厄介な事に。

これが別々だったら、外して重量軽減の役に立ててやるのに。 そして代わりに、緊急浮上時用のフロートでも取り付けてやる。

相棒が生きていた頃は、共に何度も陳情申請を繰り返したものだが、最後まで聞き入れられる事は無かった。


……そうだ。 相棒は死んだのだ。 仮に沈み行く母艦から脱出できていたとしても、何十年も経った今も生きているわけが無い。

あの時仮眠に入る前に潜水母艦の待機室で最後に交わした言葉が、相棒との永遠の別れになった事を思い出し、俺は感傷に浸りながらベッドに寝っ転がって目を閉じた。





夕飯の時間になってもあいつが降りてこないので見に行くと、眠っていた。

仕方が無いので起こすのも悪いから、そのまま寝かせておく事にする。

昼間、小屋の片づけをしている間は妹たちの遊び相手になって貰ってたし、相当疲れただろう。

小さい子たちの相手は私も疲れる。 一人二人ならいいんだけど、多いしね。

一応あいつの分の皿は、取り分けておいた。 後で目を覚まして降りてきた時の為。

まあ結局、次の日の朝になるまで起きてこなかったけど……。

夕食の後は、騒ぐ下の妹たちを上の子たちで手分けして寝かしつけるのに一苦労だ。

最近はタルタやスクアーロが下の子たちの相手を手伝ってくれるようになったけど、母さんが死んだ直後は本当に大変だった。

ピングは寂しがってメソメソ泣くし、チーニョは夜中に起きて泣き出すし。

母さんがいなくなった分、私やルチェやラーナといった年長組みが、自分も泣きたいのを我慢して、妹たちを慰めてあげなければならなかった。

それでも、もう4ヶ月もたてばそれぞれ母さんの死から立ち直って、少しずつ成長してゆく。

とくに『暴れワニ』のコッコは自分も4番目のお姉さんで、5番目の『頑固カメ』タルタよりも年上なんだ、という自覚が出てきたのか妹たちを寝かしつける時には率先して絵本を読み聞かせたりするようになってる。

だから、その日の夜は、昼間に結構大きなイベントがあったにも拘らず、興奮覚めやらぬ妹たちを寝かしつけるのにさほど時間は要らなかった。

おかげで、皆寝静まった後に年長組みだけで秘密で話し合う機会が作れた。


「ヴィーペラは、あいつの事をどう思ってるんだよ。 親しげに話しかけたりなんかして」


居住区からもヘリポートからも離れた反対側の区画にあるクレーンの近くで、手すりに寄りかかりながらルチェは不満そうな声を上げた。

議題は主に、あいつの事だ。 私たちが沈没船から引き揚げて、蘇生させた、アズミダイスケとかいう、男の人。

見た感じ、割と若い人で、そんなに悪い感じはしなさそうではあった。

小さい妹たちがあれだけ興味を示したように、この「基地」にはほぼ2年ぶりとなる、大人の男の存在。

それは、「父さんたち」を思い出させ、どこか懐かしさを私たちに与えると同時に、不安にもさせる。

妹たちの中には物心付く前に「父さんたち」が死んでしまって、ほぼ初めての「男性」との接触になる子も居る。

だが、優しい父さんばかりではなかった事を、上の子たちはしっかりと憶えてもいるものだった。


「あいつはさ、結局、男なんだ。 私たちの潜在的な的。 貞操の危機って奴?」


そう、あいつも昼間、言っていた。 私たちの肌の露出がどうのこうのって事を。

幼い頃は、「父さんたち」に見られていても気にしなかった。

でも、15歳になった今は、なんとなくわかるような気がする。 意識する、と言う事を。


「あたしだってもう子供じゃないんだ。 母さんが、父さんたちに何をされていたのかぐらい知ってる」


昼間のあいつの顔も思い出す。 あいつは言葉には出さなかったけど、その表情が明らかにそう言っていた。

異常だ、と。 それは何となく私も予感していた。

私はどうやって生まれたのか。 どうして父親が、あの中の誰なのか判らないのか。

それを考えるのは、とても怖い。 自分が自分でなくなってしまうかのような、そんな不安がある。

ルチェはどうしてそんなに強く、きつい調子で言うんだろう。

私は母さんの子だ。 それでいいじゃないか。 父さんが誰だっていいじゃないか。


「優しい父さんもいたけど、私たちが「年頃」になるのを狙ってた父さんもいた。

2年前に最後の父さんたちが死んでなかったら、今頃どうなってたかわからないよ」


普段喋らないラーナも、珍しく自分の意見を言う。 しゃがんで尻餅をついて、こっちを見上げてくる妹の顔は、明らかに怖がっている。

……そう、そういう事だ。 最後の二人の父さんたちは、私たちに優しいほうだった。

でも、同時に余り好きで無い父さんや、明確に嫌いだった父さんとも、彼らは仲間で、十数年をこの基地で暮らしてきたんだ。

母さんと。 母さんを見つけて、この基地に置いて、そして、私たちを産ませた……。


「どうすんだよ、ヴィーペラ。 あいつ、このままここに置いておくのか?

だったらあたしは、間違いが起こらないように、全力であいつを見張ってなくちゃ行けない。

妹たちになんかあったらどうすんだよ?」


私は、ルチェとラーナにそう突き上げられても、返すべき最適な答えをまだ持っていなかった。

俯いたまま、最年長で、1番上のお姉さんで、妹たちを死んだ母さんの代わりに守っていくべき立場である私は、

妹たちに何も答える事が出来ないでいた。


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