22 舞い散る火片
◆
フィアマの街、中央にある宮殿のような施設。
国土全域を裏から支配するギャングの本部である。
本部は数日前に、大半の幹部とボスが一掃されて混乱状態に陥っていた。
だが、そんな混乱状態をさらに増大させる出来事が数刻前から起きていた。
本部を襲う襲撃者が現れたのだ。
その襲撃者達は名前など詳細なことは何も知られていないが、ギャング達の間では死神や悪魔と同類のように恐れられていた。いや、実在する分それらよりよっぽど性質が悪いかもしれない。
なぜ詳細が知られていないのかといえば、それを伝える者がいないからだ。
その二人を目撃したギャングは漏れなく無残な死を迎える。
そして、ただ死を待つのみとなった者の情報から老婆と長身猫背の男の二人組ということだけは分かっていた。
そんな尾ひれ背びれのついた胡散臭い情報でも、その情報とぴったり一致する外見の持ち主が武器を持って目の前に現れれば誰だって恐怖する。
そして、今しがた獅子に追われる子鹿のようにある一室に逃げ込んだギャングたちが三人いた。
三人は凍える真冬に暖を取るかのように身を寄せ合って震えていた。
震える理由も部屋に逃げこんだ理由も数分前に目撃してしまった光景が原因だ。
三人はその時、たまたま少し後方にいた。
そして三人の前方には十人ほどの仲間が居た。
その全員で正門から入ってきた二人組を囲んでいたのだ。
全員には余裕があった。
いくら支部を壊滅させたと噂される人物でも、これだけの人数で囲めば問題ないはず。
他の支部では不意打ちまがいの事をして運良く壊滅させただけなのだと。
相手も成功に調子付いて今回はじめて正面から堂々と来ただけだと、そう思っていたのだ。
だが、そんな考えは数秒で吹き飛んだ。
目の前にいた老婆の姿が消えたと思った次の瞬間、目の前の五人の四肢が四方八方に飛び散ったあと粉々になる。次の瞬間、猫背の男が走り出したと思ったら尋常ではない速度で残り五人の首をはねた。
それを目撃してしまった三人は背を向けて一目散に逃げ出したのだ。
前方に居た十人とは多少距離が離れていたのが幸いして三人は無事にある一室まで移動することに成功する。
「おいッ! ここはもうダメだ! さっさと逃げるぞ!」
「どこに逃げろっていうんだよ!」
「そうだ! ここ以外にいた奴らなんてもうとっくに……」
三人は数分後には本部が壊滅するのを疑っていなかった。だが、逃げる場所もなく、頼れる人もいない三人はその部屋で震えて嵐が去るのを待つことしかできなかったのだ。
しかし、嵐は容赦なく部屋に訪れた。
三人の目の前で扉が粉々に切り裂かれる。
舞い散る落ち葉のように宙を舞う扉の破片ごしに老婆と長身猫背の男がこちらへ進んでくるのが見えた。
「「「ヒッヒイイイイ!」」」
悲鳴と呼吸が一緒になったような音を口から出して身を固める三人。
「「「ア、ガッ!」」」
それが三人の最後の言葉だった。その部屋には綺麗にパーツごとに分けられたギャングの部品があるのみとなってしまう。
そしてそれがこの屋敷にいる最後のギャングだった。
もはやこの屋敷に生きている人間は老婆と長身猫背の男の二人しかいなかった。
◆
「ふんッ、気に入らないね」
三人を人体を構成する部品に戻した老婆が口を開く。
「幹部連中は先に来た誰かに殺された後でしたね」
そんな老婆をたしなめるように長身猫背の男が柔らかい口調で話す。
「美味しいところだけ掻っ攫っていくなんて小ざかしい奴だね」
「まあ、これで全て終わりましたし、いいじゃないですか」
会話をしながら出口を目指す二人の周囲は地獄を体現したかのような壮絶な光景が広がっていた。
周囲に散らばる死体にまだ体温があるせいか血が霧のように立ち込め、視界を薄赤く染め上げる。部品となったそれらの断面からは絶え間なく専門家でないとわからないような液体や固体をたれ流し続けていた。
元は荘厳で豪華絢爛な屋敷だったそれは、いまやその見る影もなく変貌していた。
床一面には生物が活動するのに必要な何かが満遍なく塗り込まれ、元の色彩や材質などわからない。
壁や天井は前衛的に赤黒いスパッタリングがほどこされている。
老婆と長身猫背の二人は買い物中に日常会話でもするかのようにそれらを全く意に介さず、ゆっくりとした歩調で進んで行く。
「まあ、いいさ。アンタこれからどうするんだい?」
一番の大物を仕留め損ねたせいか少し不機嫌そうに長身の男に尋ねる老婆。
「僕ですか? ん〜さすがにここまでやってしまうと国外に逃げた方がいいかなと考えています」
男は顎に手を当てて少し考えたあと結論を出した。
「そうかい。アタシもそう思っていたところさ」
歩行の邪魔になったよくわからない何かを蹴飛ばしながら老婆は同意する。
「ならもうしばらく一緒に行動しますか」
「アンタとは妙な腐れ縁になりそうだよ」
「もうしばらくよろしくお願いしますよ」
「アタシゃ、アンタの料理が好きだから願ったり叶ったりだけどね。よろしく頼むよ」
どうやら二人はまだしばらく行動を共にするようだ。お互いの利にかなっている限りは一緒に行動するつもりなのだろう。
「じゃあ、行きますか」
男はそう言いながら無駄に大きく豪華な扉を開く。
「そうだね。どこに行くか決めているのかい?」
「そうですね。急ぐ旅でもないですし、行きすがらに考えますか」
「任せるよ」
「では、行きましょう」
「あいよ」
どうやら二人は国外へ向けて旅立つようだった。
二人の足取りは力強く、迷いは一切感じられない。
◆
――ケンタがオカミヲの街を目指すずっと前。
時を数か月遡った夏。
そこは海賊のアジトだった場所。
その場に残されたのはもはや無残な死体のみだった。
誰もいなくなり、しんと静まりかえった海賊のアジト。
聞こえるのは風と波の音のみ。
その場にはただただ血と潮の匂いが入り混じった風が吹きすさんでいた。
そんな風を受け、そこかしこに転がるボロボロに乱れた死体の衣服が寂しげになびく。
自然の音しか聞こえなくなったこの場所でどこからかプクプクと異音が聞こえてくる。
どうやら異音は鮫の生簀がある方から聞こえてくるようだった。
生簀は元の色からかけ離れ、赤黒く濁りきっていて、中の様子は全く分からない状態だった。
そんな生簀にうっすら白色が差す。
濁った色の中で映える鮮やかな白は生簀全体からは小さくとも際立って見える。
その白は海水が変色したのではなく、海中から何かが浮かび上がってきた物の色のだった。
はじめの白から間を置かずに真っ赤に濁った生簀に次々と白い何かが浮かんでくる。
よく見るとそれは鮫の腹だった。
鮫が息絶えて仰向けになって浮いてきているのだ。
その数は時を刻むごとに増え、最後には五匹になった。
最後の五匹目が浮かんでくると同時に生簀の端が泡立つ。
プクプク
プクプクと。
泡がなくなったと思った次の瞬間、一際大きな飛沫を上げて掌が飛び出し、生簀の縁をその手が掴む。
まるで生簀を地面を引きずりこもうとしているかのように見えるほどその手は力強く、ある種の執念を感じる。
まるで地面が手に押さえ込まれて沈んだと錯覚するように生簀の側の海面がゆっくり上昇してくる。
そこには赤黒く濁った海水で髪をぴったり貼り付かせ、目元が隠れた女がせり上がってくる姿があった。
女は海面からゆっくり頭を出すと口元を歪に曲げた。
「…………アッハ」
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