20 ごまだれの受取り
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ルーフは仕事を一つ片付け、宮殿内の自分に割り当てられた仕事部屋へ向かっているところだった。
行き交う兵士の足取りが速く、妙に騒々しいがルーフにとってそんな事はどうでもよかった。王都へ戻ってからは森での生活からは考えられないほどの激務にさらされていた。
早く部屋で休みたい気分だったが足取りは重く、中々前に進まなかった。
一年前、ルーフはイーラの挑発にのって暴行事件を起こしてしまい、大型ダンジョンの監視任務という名の謹慎処分を受けることとなった。そこではやることもなく、日々退屈な毎日を送っていた。だが形式もなく自分の思うように過ごせる時間は貴重で、ルーフの心労を和らげてくれた。
そんなある日、ルーフは珍客と遭遇した。
聞くところによると彼は騙されて身包みを奪われてしまったらしい。
それでも彼は悪事に走ることもなく、逞しく生きていた。
そんな姿を見ていると自分も励まされるような気分になり、もうどうでもいいとさえ思っていた仕事に対しても意欲が甦ってくるのを感じていた。
彼との森での生活は自身の気持ちを整理させるのにとても有意義な時間になった。
そんな彼も生活の安定を求めて旅立ってしまう。
そしてルーフの謹慎処分も後しばらくで解ける日が近づいていた。
ルーフの王都へ戻る準備も整う頃、立ち寄った彼と再会し酒を酌み交わしたときは楽しかったものだ。
だが、それからしばらくして彼と再会したときにはそんな面影は残っていなかった。
憎しみと怒りに彩られ、自暴自棄になったような目をした彼を見たときはイーラに殴りかかった自分を見ているようでやるせない気分になった。
ルーフはそんな彼を捕らえ、イーラの傷を治療しなければならない自分にどうにも表現できない情動が胃の中を渦巻き、吐き気を催した。
そして明日はその彼の公開処刑が待っている。
だが、ルーフは彼を捕らえた日以来牢には訪れていない。
何を話せばいいか分からなかったからだ。
そんな中仕事に忙殺され、気がつけば処刑は翌日になっていた。
まだ彼に会う決心が着かないルーフは少しでも気を休めたい一心でドアノブを握り締めて回し、重く感じる扉を開けて部屋の中に入った。
(ん?)
ルーフは部屋に入ってすぐ違和感に気づく。
いつも使っている部屋なので細部まで見なくても視界にぼんやり映った時点で異常があれば気づいてしまう。
ルーフの疲労していた精神が覚醒し、体に鋭さが戻ってくる。
王宮の中に賊が入り込んでいる可能性は低いが身を強ばらせ不意打ちに備える。
腰の剣に手を添えたまま部屋に入り、辺りを注意深く見渡すが誰もいないようだった。
だが自分の机の上に異常がある事に気がつく。
「なぜ、こんな物が……」
机の上には焼き物の容器と薄布に包まれたレンガほどの大きさの何かが置かれていた。
ルーフは恐る恐るそれに近づくと薄布をはがす。
「フッ……」
中身を見て自然と笑みがこぼれる。
薄布に包まれていたのは燻製だった。
だとすると焼き物の容器は酒だろうとルーフは当たりをつける。
「大変です隊長ッ!!」
そんなルーフの静かな一瞬を破壊するかのように扉が力任せに押し開かれ、血相を変えた部下が走りこんでくる。
「……少し待て」
ルーフはそんな部下を手で制し燻製を切り分ける。
部下の報告は聞かなくても目の前の物を見れば大体わかる。
それなら待たせてしまえばいい。
「ですがッ!」
「待てと言っている」
それでも食い入る部下に睨みを効かせて止めると、ルーフは切り分けた燻製を口に運び、味わうようにゆっくりと咀嚼した。そしてそれを飲み込む。
「フッ、まだまだだな」
そう言ったルーフはニヤリと口元を緩ませ、焼き物の容器の栓を開け中身を一口あおると部下の方へ視線を向けた。
「待たせたな。聞こう」
「ハッ。明日処刑予定の罪人が脱走しました! 向かいの牢に投獄されていた人物も同時に行方不明となっているため、共謀したものと思われます!」
「わかった。警備と捜査を強化し何としても捕らえろ」
「それと……」
「まだあるのか?」
ルーフが予想していた部下の報告はここまでだった。
これ以上の報告があるとは思っていなかったのでついそんな言葉が口をつく。
「ハッ。イーラがバルコニーを占拠して市民を扇動しようとしたため、指名手配となりました。殺人許可も下りています」
「フッ、やり返したってわけか」
ルーフはそれが誰の手引きによるものか察しが着いたが黙っておく。
イーラについては自業自得の部分もある。ルーフ自身もイーラの行動には腹を据えかねていたので内心いい気味だと思ってしまう。
それでも次に再会すれば追うものと追われるものだ、手加減はできない。
ルーフは今の複雑で渦巻く気持ちでは仕事に支障をきたしかねないと思い、焼き物の中身をあおって気分を落ち着けようとする。
そんなことは知らない部下の詳細な報告は続く。
「イーラはあろうことかバルコニーの手すりの上に全裸で仁王立ちになり、放尿した模様です!」
ブーーーーーーーーーッ!
ルーフは口に含んでいた液体を盛大に全て噴出した。
◆
俺は用事を済ませてイーラを振り切った後、レガシーと別れた場所へ戻った。
そこにはレガシーが当然のような顔をして待っていた。
面倒臭いのでそのまま話を進めてしまうことにする。
「待たせたな。で、どこに荷物を隠してあるんだ?」
「ウーミンの街の側にある無人島だ」
レガシーの話では無人島に荷物を隠してあるらしい。
あの辺りは大小様々な無人島が大量にあったので、その内のどれかなのだろう。
ウーミンならショウイチ君もいるし、別に立ち寄っても構わない気がする。
「分かった。じゃあ一旦そこへ行くか」
ここで行く行かないと押し問答を続けるより、さっさと行ってしまった方がいいだろう。
「悪いな」
「あ、そうだ。ついでにウーミンにいる知り合いに会いに行っていいか?」
ついでにショウイチ君のところに行くことに了承を得ておく。
「問題ない」
レガシーは小さく頷いた。
「助かるぜ、じゃあ行くか」
「ああ」
「おいっ待ってくれ! あんた!」
俺達が移動しようとした瞬間、後方から声がして呼び止められる。
自分を呼ぶ声に振り向くと、そこには黒猫のゴマダレを預けた情報屋がこちらへ向かって駆けてくるところだった。
「おう! よくここがわかったな」
意外な人物の登場に素直に驚いてしまう。
「ハァハァ……。そりゃあ、それが本業だからな。それよりあんたから預かっていたこいつを返すぜ」
息を切らしながらもオーバーアクションに受け答えし、ゴマダレを差し出す。
「お、悪いな」
俺は情報屋へ手を差し出す。
ゴマダレは情報屋の腕から俺の腕へと伝って肩の上へ移動するとちょこんと座った。
「よく抜け出せたな!? あんたが捕まったって聞いて脱獄を手伝おうとここまで来たんだが余計なお世話だったみたいだな」
「今回は運が良かっただけだな。それより助けに来てくれたんだな、ありがとう」
脱獄を手伝うのは生半可な気持ちではできない、この男も相当義理堅いようだ。
「いや、俺は結局何もしていないしな。で、これからどうするんだ?」
「ん〜、国外に逃げるつもりだけど」
考えがまとまっていないので、どうにも曖昧な返答になってしまう。
「そうか、どの国かまで決めていないならひとまずオカミオの街を目指すといい。あそこは国境に近いうえに人が極端に少ない。国境越えを狙う奴は大体あの辺りから抜けるのがセオリーらしいぞ」
「そうか参考になるよ」
さすがは情報屋といったところだろうか、俺では知り得なかった情報だしありがたい。
「ああ、気にするな。それよりここに来てあんたの脱獄にも驚いたがイーラの方にはもっと驚かされたぞ。まさかあんたが絡んでないよな?」
情報屋はまだ呼吸が落ち着かないのか息を乱しながらもオーバーアクションで俺に問いかける。
「イーラがどうかしたのか?」
当然すっとぼける。
「知らないのか? いや、投獄されていたんだし、それもそうか。なんでも生死問わずの指名手配にされたらしいぞ」
「へぇ〜、そいつは朗報だな」
作戦成功のようだ。
「クソみたいな人だったが頭だけは良いと思ってたんだけどな。どうなってるのかさっぱりだぜ」
情報屋はよくわからない思いをオーバアクションで示す。
「お役所仕事で色々うっぷんが溜まってたんじゃないのか? まあ、俺らには関係ない話だろ?」
「それもそうだな。気をつけていけよ。道中旅の無事を祈っているぜ!」
「ああ、ありがとう。じゃあ行くか!」
俺は情報屋に礼を言うとレガシーに声をかける。
「おう!」
レガシーは短く返事をするとゴマダレの方が気になるのかじっとそちらを見ていた。
ゴマダレはレガシーが苦手なようでレガシーから離れるように反対側の肩へと移動する。
そんなゴマダレの仕草にしょんぼりとするレガシーを尻目に俺は情報屋に手を振ると移動を開始した。
というわけで俺たちはウーミンの街へ向かうことになった。
…………
「ここだ」
ウーミンに着き、レガシーの案内でとある無人島へ着いた。
そこにある洞窟の中に小さな小屋があり、そこがレガシーの荷物が隠してある場所のようだった。
「へぇ〜、ショウイチ君とこと似たような感じだな……」
「誰だ、そいつは?」
「この後会いに行く俺の知り合いだよ」
「そうか。よし、荷物は全部無事のようだ。準備するから少し待ってくれ」
そう言うとレガシーは床板を剥がして地下へと潜って行った。
「なるほど、その下も空間があるわけね」
「そういうことだ」
姿は見えないが声だけが返ってくる。
しばらく待つと準備を終えたレガシーが地下から上がってきた。
「待たせたな。こいつは約束の金だ」
準備を終えたレガシーはジャケット姿になっていた。腰には変わった形の剣を下げている。
レガシーは俺に小さな皮袋を投げて寄越す。
「ほいほい。いらんけど貰っておくわ」
俺は皮袋を懐にしまう。
「お前もそんなダセェ格好はやめてこれでも着ろ」
レガシーはそう言うと俺に服を投げつけてくる。
「お、何? くれるの?」
それはレガシーが着ているようなジャケットだった。色も違うしお揃いにはならない。
村人ルックも気に入っていたが、これはこれで興味を引いたので早速着替えてみる。
「へぇ〜、何かこういうのを着ると思い出すなぁ」
服のデザインが元の世界のものに近かったので、つい感傷に浸ってしまう。
「こっちの用事は済んだ。後はお前の方だ」
レガシーはそんな俺にはお構いなしにさっさと行けと催促してくる。
「おし、行こうぜ」
俺は軽く頷くと小屋を出る。これでレガシーの準備も終わったことだし、ショウイチ君の家に向かうことにする。
…………
「ここに知り合いが住んでるのか?」
辺りを見回しながらレガシーが俺に聞いてくる。
「ああ、もうこの国を出ないといけないし、挨拶しておこうと思ってな」
ショウイチ君がいる無人島はレガシーが荷物を隠していた島からは少し離れていたが無事到着し、今は洞窟の中を進んでいる。もうすぐ扉が見えてくるだろう。
「そういうのは大事だ。やっておいた方がいい」
俺の行動に賛同できるのか腕組みしながら深く頷くレガシー。
「おーい。ショウイチ君いる?」
俺は扉をノックして呼びかけた。




