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19 LAST WAR



(あれは……私……?)




 そう、そこにはイーラと同じ顔をした女が立っていたのだ。



 しかも女はなぜか服を一切着ておらず、全裸の状態だった。


 女は一糸まとわぬ姿でも堂々とした姿勢を崩しておらず、見ているこちらが気まずくなって恥ずかしさを覚えるほどだ。



 女は周囲を見渡すと口を開いた。


 どうやら演説で使う拡声機能のある魔道具を起動させているらしく、鮮明で大きな音となった女の声が街中に響き渡る。


『私の名前はイーラ! 革命の徒である! 全ての王族は死をもって国民に償わなければならない!』


 女の明瞭な声は拡声機能の魔道具によって街全体に響き渡っている。



「……は?」



 イーラは全裸の女の発言につい声を漏らしてしまう。



 女の言っている言葉の意味は理解できたが言っている内容が理解できない。


 最も理解できないのはなぜあの女の名前が自分と同じなのかということだ。


 イーラの混乱が増していく中も女の演説は続く。



『王侯貴族は不当に税を徴収し、自分達は贅の限りを尽くした生活を送っているただの無能だ! 全ての王族と貴族は即刻死刑にすべきだ! 国は我々国民が治めればいいだけの話! 奴らに頼る必要など微塵もない! 立ち上がれ市民よ! 我々の自由を勝ち取るのだ! 王制反対! 王制反対! 王制反対! 愚王は即刻王制を放棄し、我々に謝罪の意を込めて命を差し出すのだ!』



 女は拳を握り締めて力説を続ける。



『この様な贅沢な建造物など必要ない! 城など国民の屍の山の象徴でしかない! このような汚らわしいものは即刻破壊すべきだ! 王制反対! 王制反対! 王制反対! このような汚らしい建物などこうしてくれるわ!』




 女は手すりの上に乗ると仁王立ちになる。




 イーラはその姿から妙な悪寒を感じ、どうにも見ていられない気分になっていた。



 今から何かすごく悪いことが起こる、そんな予感がイーラの脳を揺さぶり続けて視界がぼやける。




 地上にそんな人間がいることなど構わず、女は手すりの上に立ったまま両腕と顔を天高く掲げた。











『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』






 女の絶叫と共に下半身から一筋の液体が街の広場に向かって注がれる。



 放尿だ。



 ――きゃああああ!――


 ――うおっ!――


 バルコニーに近い位置にいた人たちが慌ててその場から離れようとする。


 だが埋め尽くさんばかりに溢れる人数ではどうすることもできず、身動きが取れない状態だった。


 そんなことには構わず、女の叫びは激しさを増していく。



『 王 制 反 対 ! 王 制 反 対 ! 王 制 反 対 ! 』


 女の叫びとともに広場に注がれる液体も勢いを増していた。


「あ?」


 イーラは眼前の光景を受け入れることができなかった。


 自分の声も外から聞くとあんな声音なのだろうか、などと今考える必要のないことを考えてしまう。


 イーラが呆けているのはこの状況を受け入れてしまえば、これからどう行動するかを考えなければいけないからだ。


 ただただ、その光景を焦点の合っていない目で見つめる。


 イーラは呆然と立ち尽くしていた。


「貴様! いい加減にしろ!」


「やめないか!」


 見上げるイーラの視界に女の暴挙を止めようと兵士が背後から近づいてくるのが見えた。



 全裸の女の暴挙は続いていたが王宮内の兵士がやっと駆けつけたようだ。


 どうも女が入り口を封鎖していたようで、大きな物音だけはずっと聞こえていたがやっと道を開けるのに成功したようだ。


 しかし、兵士たちが飛び掛って女を取り押さえようとした次の瞬間、大量の煙が発生し女の姿が見えなくなる。


 煙が立ち込めて雨雲が膨らんだかのように見える頃には広場の市民のざわめきもより激しいものへと変わっていた。


 しばらく後に煙が消えて視界が鮮明になると女の姿は消えていた。


「どこだ!」


「逃がすな!」


 兵士たちが血眼になって女を捜しているのがイーラが呆然と立つ場所からでもよく見えた。


 だが、肝心の女の姿はどこにも見当たらなかった。




「あっ…………」




 そんなとき、間の抜けた声がイーラのすぐ側から聞こえる。


 イーラが声のする方に視線を向けると隣に立っている男と目が合った。



 男はイーラを指差して開いた口の形が“あ”のままで固まっていた。




「ち、違っ」


「ここだッ!! ここに……グアッ!」



 イーラの否定が間に合う前に叫び始めた男を躊躇なくレイピアで喉を刺し貫く。


 倒れる男をそっと抱えるとそのまま肩に手を回して路地裏に引き込む。



 イーラはそれを重いゴミ袋でも放り捨てるかのようにぞんざいに地面へ転がすと背負っていた旅行鞄からフードを取り出して目深に被った。



「……一旦ここを離れるしかありませんね」


 言葉では一旦と言ったが、もう帰って来れないかもしれないことはイーラも分かっていた。顔がそっくりなだけでまるで接点のない女にどうしようもないほど怒りがこみ上げてくる。


 だが、捜索の手が確実に広まっているであろうことはそこで仕事をしていたイーラには手に取るように分かってしまう。今は門の警備に情報が回る前に一刻も早く街を出なければならない状況だった。


 フードで入念に顔を隠したイーラは街の出入り口である門を目指して早足で歩きはじめた。


 …………


「あれ? どうかされましたか? 先ほど来られたばかりですよね」


 衛兵は対面するイーラに首をかしげる。



 イーラは顔を隠して何とか門の屯所まで辿り着くことに成功していた。


 門前で衛兵に止められて事情を聞かれるも、その表情からは敵意や殺気は感じ取れない。まだ情報が届いていないことにイーラは少し安堵しながら淡々と口を動かす。


「ええ、緊急の任務が発生しましてトンボ返りです」


「ご苦労様です。上の連中にも困ったものですね」


 軽口を交えつつも穏やかな雰囲気がそこにはあった。



「全くです。それでは通っても構いませんか?」


 イーラははやる気持ちを抑えつつ、何とか先へ進もうと言葉を選ぶ。



「ええ問題ないで「おい! ちょっと待ってもらえ!」」


 イーラの憂いある美貌に衛兵はデレデレしつつ通行の許可を出そうとしたが、それを後方にいた衛兵が遮る。


 屯所の奥には黒いレンガのような魔道具があり、今声を出して遮った衛兵がそれに張り付くようにして何かしているのがイーラの目に映った。


「どうかしましたか?」


 イーラは二人の衛兵に悟られないように心配する素振りを装って近づく。



「すいません、緊急の通信が入ったみたいなんです。すぐ済むので少し待ってもらっていいですか? 大した用じゃないと思うんですけどね」


 そう言いながら笑顔を振りまく前方の衛兵に対して、後方で通信する衛兵の顔はみるみる深刻なものに変わり、イーラと目が合うころには殺気が溢れていた。


「グアッ」


 そんな様子を素早く察知し、前方の衛兵を背後からレイピアで貫くイーラ。


 レイピアを引き抜くとそのまま屯所を抜け出そうと早足で歩き始める。


「待てっ!」


 貫かれた同僚を見て奥から即座に飛び出してくる衛兵。



「ガハッ!」


 だが、イーラは逃げたように見せかけて屯所の壁際に隠れて後方から来た衛兵をレイピアで突き刺した。


「あなたが悪いんですよ」


 イーラは息絶えた衛兵にそう告げると引き抜いたレイピアを強めに振って血を払い、悠々と門を抜けていった。


 …………


 イーラは屯所の衛兵を殺したあと、怪しまれない程度に急いで門を抜けた。


 関係者専用の出入り口だったためか、この辺りはまだ騒ぎにはなっていない。


 追っ手が来ないうちに足早に街を離れようとしていた。



 ――ドサッ。



 イーラが門と正道から少しでも離れようとしていると丁度壁から何かが落ちてくる音がした。



 かなりの質量を感じる音だったため、イーラはつい立ち止まってしまう。


 追っ手を恐れて慌てて振り向くと、そこには片膝を着いた全裸の女が居た。


 先ほどまで演説を行っていたイーラそっくりの女だ。


 イーラはまさか鉢合わせるとは思っても見なかったので一瞬呆気にとられていると、全裸の女の周りに煙が立ちこめはじめ稲妻のような火花が散る。



 煙に包まれて影しか分からない状況が数秒続いた後、煙が徐々に晴れていく。


 煙が晴れて中から出てきた顔は自分にそっくりな顔ではなかったがイーラには見覚えのある顔だった。


「あなたは!」



 そこには片膝を着いたケンタがいた。



 数瞬前まで裸だったのに今は衣服を着用している。



「おう、今帰りか? あんたが城に帰りやすいように色々しておいてやったぞ」


 ケンタはニヤニヤと不適な笑みを浮かべながらつい数分前にイーラが目撃したことを端的に話す。



「貴様あぁッ! 今ここで殺してくれる!」



 逆上したイーラが剣を抜く。


 もはや王都に帰ることはできない。


 事実を説明できる機会も与えられないだろうという予測がイーラの冷静さを失わせる。



「悪いな、相手をしたいのは山々なんだが今からあんたにはジョギングをしてもらわないといけないんだ」


 ニヤニヤした表情のままケンタはよく分からないことを言いはじめた。


「何をふざけたことを言っている! 死ねえぇっ!」


 イーラはケンタの言葉など意に介さず、レイピアを構えて地面を蹴る。


 だがケンタは武器を構えようとはしなかった。棒立ちのまま何かをしようと両手を動かす。



「王宮のバルコニーで不敬を働いた女がいるぞおおぉぉぉぉお! 全裸で陛下を侮辱した女だぁぁあああ! ここだあぁぁああっ! 門の外にいるぞおおおぉぉおお!」


 ケンタは動かした両手を口元に当てて少しでも声が響いて遠くに伝わるようにするとイーラの居場所がわかるように大声を出す。


「きっ貴様ああああぁっ!」


「不敬を働いた反逆者はここだぁあああ!」


「殺すっ! お前を殺してやるっ!」


 剣を構えて突きを繰り出すイーラ。



「あばよ」


 だがケンタはそれにはとりあわずに凄まじいスピードで逃げていった。


 その速度は逆上したイーラでは到底追いつけるものではなかった。


「ハァ……ハァ……おのれぇぃ!」


 両手を膝上に置き、呼吸を整えようとするも殺意と怒りの感情が邪魔をして中々落ち着かない。



「必ず殺してくれるっ!」



 イーラはいつもの淡々とした口調からは想像もできないほど語気が乱れていた。


 握り締める剣に力がこもり、爪が掌に食い込む。


 だがそんな怒りをあざ笑うかのように背後から物音が近づいてくる。



「おい貴様! 武器を地面に置いてゆっくりこちらを向け!」



 どうやらイーラが息を整えている間にケンタの声を聞いて背後から憲兵と衛兵が駆けつけたようだ。


 重い鎧を着ているせいか金属が擦れ合う音が耳障りにこちらへ近づいてくるのがわかる。


 足音からして四人ほどだとイーラは判断する。


「……今、置きます」


 イーラは指示に従う振りをしながら剣を地面に置くように見せかけて振り向き様に斬りかかった。


 レイピアはまるで生きた羽虫のように柔軟な軌道で憲兵と衛兵の目を惑わせる。



「すいませ、ん、ねっと」


 言葉の途切れるタイミングにあわせてイーラの突き出したレイピアが相手の喉に突きこまれていく。


 騎士スキル【突剣術】により滑らかな動きでレイピアが舞う。


 追っ手の四人の内三人がレイピアで喉を突かれてあっというまに行動不能となった。



「クッソォオオッ!」


 残った一人がイーラに向かって斬りかかってくるも、イーラはその攻撃を【剣戟】で弾くともう片方の手で相手を殴りつけた。相手の顔が無様にへこみ、数歩仰け反る。


 イーラはその隙を見逃さず【剣戟】で振り上げた剣を引き戻すと的確に両脚、両腕の端部をレイピアで素早く貫いた。


「グアッ」


 四肢を貫かれ体の自由が奪われる衛兵。



 衛兵はそのまま立っていることもできず地面に崩れ落ちた。


 倒れた衛兵を慈しむようにイーラがすっと近寄る。



「あなたはどういう指示を受けているのですか?」


 いつもの淡々とした口調で囁くように衛兵を問い詰める。



「逆賊イーラを捕らえるか、殺せだ! そんなのあんたなら聞かなくてもわかるだろ!」


 傷が痛むのか我を忘れたように衛兵は叫ぶ。



「まあ、そうなりますよね。こうなってくると国外へ逃げるしかありませんね」


 衛兵の情報をもとにどうするか決めたイーラは宙を舞って遊んでいたレイピアを地面にうごめく衛兵の頭部へ突き立てた。


 だが、頭部に突き立てた余韻を感じる間もなく新たな声がイーラの耳に届いてくる。



「いたぞ! あそこだ!」


「捕らえる必要はない! 殺して死体を持ち帰れ!」


「反逆者を殺せ! 情けは無用だ!」


「王命により貴様を殺す!」


 大勢の怒声と金属の鎧で重くなった体で地面を踏みしめる音が幾重にも重なり合って近づいてくる。



「あらあら、……これだけ手厚い歓待を受けるのははじめてですね」



 イーラは死体に刺さったレイピアを引き抜くと即座に構えなおした。



「…………これだけのおもてなしを準備して下さったドブネズミにはそれ相応のお礼をしないといけませんね」



 悠然とレイピアを構えるイーラの眼前には数十人の兵士が迫っていた。



 兵士を捉えるイーラの瞳には狂気の業火が爛々と吹き荒れていた。




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