18 脱獄
「俺も寝るか……」
俺はそう呟くと傷を回復させるため、ベッドに横になった。
…………
横になってしばらくすると分厚い扉が開く音がしてこちらへ足音が近づいてくるのが聞こえた。
俺は少し前まで寝ていたせいかその物音で目が覚めてしまう。
足音を聞く限り、一人だけでこちらへ向かって来るようだ。
コツコツと石の床をつつく足音は俺の牢の前でピタリと止まる。
俺がいる牢と向かいの牢にしか囚人はいないので当然ではある。
足音の止まった方へ顔を向けるとあまり見たくない顔がそこにはあった。
「あらあら、その服装、中々似合っていますよ」
旅支度を済ませたような服装のイーラが余裕たっぷりの表情で俺にそう告げる。
「……生きていたのか」
残念ながら俺の高級料理では昇天できなかったようだ。
次があればもっと腕によりをかけねばなるまい。
「お陰さまで。あなたは間もなく公開処刑ですけどね」
「そうかよ」
「今から出張なので王都を離れなければならないのですが、あなたの晴れ舞台には間に合うように帰ってきますよ」
「そいつは悪いな」
「いえ、一生に一度のことですしね。私も見届けておきたいです。それでは次は処刑台でお会いしましょう」
イーラはいつもの淡々とした口調より少し弾んだ調子でそう言うと牢を去った。
どうやらイーラの話から察するに俺は街から離れた監獄に護送されたわけではなく、むしろ公開処刑しやすいように王都のどこかに投獄されているようだ。
これなら分厚い扉を抜ければ案外簡単に逃げれそうではある。
街まで抜ければ人にまぎれることも可能だし、街の外へ抜けるのも監獄に比べれば容易い。
「これならギリギリまで居ても大丈夫かもな」
俺は再度ベッドに横になると眠りについた。
…………
それから数日、俺は牢での生活を絶賛満喫中だ。
人生初投獄なので結構新鮮な毎日ではある。
まず午前中は部屋の掃除をして筋トレ。
筋トレは筋力が上がればステータスの能力に影響があるかと思って気まぐれで試している。
元の世界では鉄アレイとか握力グリップとかエキスパンダーとか腕立てローラーとか買ったが全て一週間も使わなかった俺がやる、気まぐれの筋トレ……。
まず間違いなくここだけで終わる気がする。
トレーニングが終わるとアイテムボックスから水を出して濡れた布で体を拭く。
牢には風呂がないので、それだけが不便なところだ。
だが水も大量に確保済みなので贅沢しなければ問題ない。
その後レガシーと昼食をとり、昼からはカードゲームなどをして遊んでいる。
支給される食事は夜の一回のみなので昼は俺のアイテムボックスの出番だ。
俺は事前に開錠しておいた扉を開けてレガシーの牢に入る。
扉も開け放題なのでお互いの牢を行き来してやりたい放題状態だ。
「いつも悪いな……」
そんなレガシーの台詞につい、それは言わない約束でしょおとっつあんとか言いそうになっちゃう。絶賛ヒモ暮らしのレガシーはいつも申し訳なさそうだ。
「まあ、俺が出るまでの贅沢だと思って食っとけよ」
俺はそう言いながらレガシーにパンと干し肉を渡す。
俺だけ食っているとどうにもレガシーの視線が痛いので昼を食うときは毎度ご馳走している。
俺が命を救った手前、よこせとは言わなくなったがそのかわり捨てられた子犬のような目でじっと見てくるので仕方がないんだ……。
まぁ悪魔顔なので子犬というより魔犬だが。
「で、お前はいつここを出るんだ?」
レガシーは干し肉をかじりながら俺がカードをめくるのを見つめつつ話しかけてくる。
「ん〜そのうちな、っておい!」
俺達は飯を食いながら神経衰弱をして遊んでいたのだが俺の番が済み、レガシーが怒涛の勢いでカードを当てていく。ここ数日で色々なカードゲームをしたが今は神経衰弱が俺達の中でブームだ。
「ふっ、勝負だからな」
レガシーがカードを次々当てていく。すごい記憶力だ。
「強ぇ……」
カードがあっという間になくなる様を見て絶句する。
「そういやお前は何やって死刑になるんだ?」
レガシーは取ったカードを札束のようにヒラヒラさせながら聞いてくる。
「ん〜公務執行妨害? 後、殺人かな」
「そうか……そんな奴には見えねぇんだけどな」
「人は見かけによらないからな。お前は?」
「俺は……盗みみたいなもんだ。その過程で人も殺したけどな」
「ふ〜ん、それで金ならあるとか言ってたのか」
正直、盗んだ金を貰ってもあんまり嬉しくない。貰うならクリーンなやつがいい。
「ああ、それは違うんだけどな。まあ金はあるから心配するな」
どうやら盗んだのは金ではないようだ。
大して興味もわかないので突っ込んで聞く気もない。
「いや、別にいらないし。大体お前ここから出られないだろ?」
金を払うとか色々言っていたがレガシーが牢から出るのは難しいだろう。
出ることができたとしても、そのあと警備の目をかいくぐって脱出するのは不可能に近い。何か策でもあるのだろうか。
「そのことなんだが……傷を治してもらって飯までもらった上にこんなことを頼むのもなんだが、お前が出るときに俺も外に連れ出してくれないか? 二人の方が生存できる確率も上がるだろ?」
レガシーは俺が扉を開けていたのを見て、自分も脱獄できると踏んで頼み込んでくる。
深く頭を下げるレガシーの顔は真剣そのものだった。
だがこの顔は最終レースで負け分を全部取り戻そうとする奴の顔だ。
残念ながら大きな事を言った割には全部俺頼みのようだ。
「あ〜すまん。一人のほうが隠れて行けるから楽なんだよ、悪いな。」
連れて行った結果、捕まりましたでは俺も死んでしまうわけでメリットのないお荷物はいらない。現状レガシーを連れて行く必要はない。
「頼む! 俺も連れて行ってくれ! 金なら外にあるから払う! 頼む!」
そんな俺の嫌そうな顔にもめげずに何とか説得しようとしてくる。
俺の肩をつかんでくるレガシーの顔には悲壮感が漂っていた。
だがこの顔は借りた金をギャンブル要素が強いもので返そうとする奴の顔だ。
「でもなぁ……。助けるんじゃなかったなぁ」
余分なお荷物が増えるのは御免なのでつい本音が漏れてしまう。
しかし、これは失敗だったかもしれない。
「なら看守にお前が脱獄しようとしていることを教えるぞ!」
俺がしぶっているとレガシーは説得から脅迫に変えてきた。
一度でもばれると警備が厳重になったり逃げにくくなる可能性がある。
一発勝負な部分もあるので看守に報告されるのはまずい。
「えぇ〜……」
予定を変えて今すぐ出るなら気にせず放っておけばいいが、もう少しここに滞在していたいのであまり目立つ行動をされても困る。
「頼む!」
深々と頭を下げるレガシー。
(脅迫じゃねぇか)
レガシーはなりふり構っていられないからそうしているだけだろうが、こちらからすれば迷惑極まりないことだ。俺もここでの生活でこいつは基本いい奴だということは分かってはいる。
レガシーも必死なのだろう。
「……分かったよ」
俺は渋々了承した。
正直、連れて行くと言って最終的に置き去りにすることもできるが、それはそれで何のために助けたのか分からなくなってしまう。ここは妥協して街の外までは連れて行ってやってもいいだろう。
「すまん! 助かる! この恩は絶対に返す!」
レガシーは地面に頭をつけて土下座してきた。
「いいよ、乗りかかった船だしな。ただ、出るタイミングはこちらで決めるからな」
「わかった! 任せる」
力強く頷くレガシーを見ながら俺は残っていたパンを口に押し込んだ。
…………
「そろそろ出るか……」
頃合なので脱獄することにする。
「そろそろじゃねぇよ! お前の死刑明後日じゃねぇか!」
俺の呟きにレガシーが噛み付いてくる。俺が中々出ようとしないのでイライラがピークに達していたようだ。
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
俺のすっとぼけに間髪いれずツッコミを入れてくる。
「まあまあ、とりあえず夜の見張りが行ったら俺とお前の牢の扉を事前に開けておくぞ」
「わかった」
「その後出入り口の扉を開けて看守を黙らせて牢に入れる。そいつが鍵を持っていたらそれを奪って出る。以上だ」
脱出はスキルを使ってシンプルにいくつもりだ。
多分この方法で外に出れるだろう。
「言うのは簡単だが、そんなに上手くいくのか?」
レガシーはいぶかしんだ目で俺を見てくる。
「どっちにしろ一回失敗したら警備が厳重になるだろうから、うまくいかなくてもやりきるしかないけどな」
「わかったよ」
レガシーは俺の説明に納得いっていないようだが自、分は何もできないので納得するしかないといった感じだ。
その夜、看守が食事を回収した後【鍵開け】で二つの牢の扉を開けておく。
その後はスキルが再使用可能になるまでじっと待った。
「おし、行くか。スキルを適用させるから手を繋ぐぞ」
スキルが再使用可能になったのでレガシーに呼びかける。
次に【気配遮断】と【忍び足】をレガシーにも有効にするため手を繋ぐことにする。
「分かった」
レガシーは同意して、差し出された俺の手を握った。
二人で牢を出ようと出入り口の扉を目指す。
「んじゃ開けるぞ。開けたら天井でやり過ごして背後に回るからな」
「頼む」
俺は【鍵開け】で厳重で分厚い出入り口の扉を開けると素早く天井へ【跳躍】し【張り付く】を使って天井に張り付いた。【張り付く】のスキルは接触していてもレガシーに適用できなかったので俺が担いで踏ん張っている状態だ。かなり重い。
すぐに異常に気づいた看守が扉の中へ入ってくる。
ある程度中に入ったところでレガシーを投下して看守には気絶してもらう。
俺も【張り付く】を解除して地上に降りると開いた扉を抜けて残りの看守を沈黙させた。残りの看守も引きずって牢の中へ入れ込む。
「鍵持ってたか?」
他に鍵がある扉があるのならここで鍵を入手しておきたい。
「ここの牢関連の鍵はあったが他はないな」
レガシーが看守の服を探りながらそう告げてくる。
どうやらここ以外は鍵なしでも行けそうだ。
「そっか、じゃあその鍵だけ貰ってそいつら閉じ込めたら行こうぜ」
「……こんなに簡単にいくとは」
レガシーはあっさりことが進んでいるので驚いている様子だったが出られるならさっさと出た方がいいだろう。
「レガシー、またスキルを適用させるから手を繋ぐぞ」
「後は出るだけだな」
「気づかれるかもしれんから一応喋るなよ?」
レガシーが首肯するのを確認して俺たちは牢を後にした。
…………
「もう手を放していいぞ」
城を抜け、街の門を抜けたところでレガシーにそう告げる。
「何だよ! 簡単に出れたじゃねぇか!」
普通に歩いて出たのが拍子抜けだったのか、レガシーはどうにも納得していないようだった。
「まあな」
俺は適当に相づちを打ちながらアイテムボックスから服を出して着替える。
あの後、脱獄はスムーズにいった。
鍵付きの扉を抜ける必要があったのは牢のみで後はスイスイ進むことができた。
俺達が閉じ込められていたのは監獄ではなく一時的な拘留施設のようでとても小さい建物だった。一応警備は居たので慎重に進んだがそれでも脱出の難易度は高くなかった。
外に出てみるとイーラが言っていた通り、公開処刑される場がかなり近くにあったので常時使っている施設ではなかったのだろう。
建物から出た後は隠蔽系スキルを全開にして歩いて来ただけだ。
王都なだけあってどこも広いので、スキルがバレない距離を保つことも簡単だった。
これならまた中に戻るのも簡単だろう。
「おい、すまんが俺にも一着くれないか?」
俺がそんなことを思い出しながら着替えているとレガシーが気まずそうに聞いてくる。
確かに囚人服でうろちょろするわけには行かないだろう。
俺は服を出すとレガシーに投げて渡した。
「服の代金も上乗せだ」
「任せておけ! しかし、ダセェ服だな」
よほど囚人服が嫌だったのか文句を言いつつもダセェ村人ルックに着替える。
レガシーが着替え終わる頃を見計らって俺はこれからのことを伝える。
「俺はちょっと宮殿の方に用があるから戻るわ。お前は好きなようにしていいぞ」
「折角ここまで来たのに戻るのか?」
レガシーは怪訝な顔をする。
確かに折角ここまで出て来れたのに戻るのは普通に考えれば愚策だ。
「ああ、大事な用だからな。だからお前は先に逃げていいぞ」
「は? 金払うって言っただろ。俺はここで待ってるぞ。俺の荷物を隠してある場所まで絶対同行してもらうからな!」
レガシーの言葉を聞く限り、俺を見捨てて逃げるつもりはないようだ。
妙なところで律儀な奴である。
「分かった。やばくなったら逃げろよ? 捕まっても助けに行かないからな?」
正直俺からすればおまけみたいなものなので逃げてもらっても構わないので念を押しておく。
ここで再度捕まれば、ろくでもない目に会うのは明白だ。
だからといってそれを助けに行くほど俺もお人好しではない。
「わかった。お前も気をつけろよ」
レガシーの返答を背で受けつつ俺は王宮へ向かった。
…………
隠蔽系スキルを使って来た道を戻るだけなのであっさり王宮に辿り着く。
目的地は宮殿の中なので気にせずズンズン中へ進んで行く。
宮殿内に入ると物陰に隠れて一旦周りの様子を窺う。
ここからは【聞き耳】などを使って情報収集をしなければならないので、しばらく時間がかかりそうだ。
欲しい情報はルーフの仕事部屋、もしくは待機場所のような場所だ。
宮殿は広いのでそう簡単には見つからないだろうが気長に行くつもりだ。
俺はスキルを全開にしながら宮殿の中を慎重に進んで行った……。
◆
イーラの足取りは軽かった。
その理由は仕事が予定より少し早く済んだからだ。
予定の日程より早く王都に到着できたので大変だった仕事のことも忘れて今は軽やかに歩いていた。
眼前には王都の門が見えてくる。
イーラは入場を待つ行列の横を抜けて関係者用の通用口へと進む。
入り口へ着くと衛兵が出迎えてくれた。
仕事上ここの衛兵とはよく顔を合わせるせいか、向こうもこちらの顔を見て緊張を解いて話しかけてくる。
「今お帰りですか?」
「ええ、今回は近場で助かりましたよ」
そんな会話をしながら手荷物検査と簡単な身体検査を受ける。
「問題ありません。どうぞ」
「それでは」
軽く相づちをうつとイーラは手続きを手早く済ませて街に入った。
ケンタに言った手前、多少急ぎ気味になったがなんとか公開処刑には間に合った。
予定通りなら明日行われるはずなので今日も牢を訪れて絶望する顔を眺めて気持ちをなだめたい。イーラは刺された腹の辺りを撫でながらそんな事を思い、頬を緩ませる。
しかしイーラのそんな余暇の楽しみを考える時間を奪い取るように大きな爆発音が耳に届く。
街を行き交う人々もその音に驚き、一斉に足を止めて音の方へ顔を向けている。
中には音の方へ野次馬根性で向かう者もいるようだった。
そんな状況を眺めながらイーラは顔をしかめる。
(音のした方向がまずいですね)
イーラが懸念したのは音の発生地点が王宮のバルコニーに近かったからだ。
そこは王族が市民へ向けてスピーチなどを行うときに使う専用のバルコニーである。
バルコニーの下には大きな広場があり、行事などで使用されるときは多くの市民が詰め掛ける場所だ。
だがあそこは頻繁に使われる場所ではないし、王族の誰かが今日あそこを使う予定も聞いていない。
しかし、爆発音がする時点で何かが起きているのは間違いないのだ。
ここは事が大きくなる前に終息させるべきだ。
イーラはそう判断して現場へと向かうことにする。
『……市民は至急広場へ集合せよ。繰り返す、市民は至急広場に集合せよ』
イーラが広場へ向かう途中、拡声機能のある魔道具により街中に声が響き渡る。
その声は布で口元を覆ったまま発声したかのようにくぐもっていて、性別は男だと判断できるが誰の声かまでは分からない。
(嫌な予感がしますね……)
イーラの広場へ向かう歩調は自然と早くなっていた。
…………
「すごい人ですね……」
目的の場所に辿り着くもその場は人が溢れ、混沌としていた。
イーラは人を押し分けながら全体が見渡せる場所で物陰に近い場所を見つけると即座にそこへ滑り込んだ。
辺りの様子を窺ってみると全員の視線が上を向いていることに気づく。
イーラも釣られて上を向く。
皆が見つめる視線の先には当然、大き目のバルコニーが見えていた。
いつもならあそこから陛下が国民に向けて挨拶や演説を行ったりする。
集まった人の多さや皆が一点を見上げる様は普段使用されるときと同じ光景ではある。
しかしいつもと違うことが一つだけあった。その一点がイーラを混乱の渦へ巻き込む。
いつもと違う箇所、それはバルコニーに一人の人物が立っていることだった。
その人物はそこに立つことが許されない人物である。
そしてその人物の顔はイーラにとってとても見覚えのある顔だった。
毎日のように見たくなくても見ている顔。
(あれは……私……?)




