17 牢屋飯
「おい」
声がした方を見ると、向かいの牢にいた男が起き上がってこちらを見ていた。
「ん?」
リンゴをかじりながら返事をしたのでくぐもった声になってしまう。
「そいつを俺にもよこせ」
男は通路際まで寄って来て鉄格子を握り締めて俺に言う。
「ん?」
俺はリンゴを咀嚼しながら首をかしげる。
どうやらあいつもリンゴが欲しいようだ。
だが、やる理由は一つもない。
「おい、聞いてるのか?」
男は鉄格子の間に顔を挟みこんでこちらを見てくる。
「ん?」
ちょっと喉が渇いたのでグビッと酒をあおる。
「てめぇ! そいつを俺にもよこせ!」
男は鉄格子の間から頭部を突き出さんばかりにめり込ませて叫ぶ。
「ん?」
リンゴを食べ終えた俺は次に干し肉を出し、それを唾液でふやかそうと口にくわえながら、アイテムボックスから魔道コンロと金網を取り出す。
「金か? 金ならここから出ればある! だからよこせ!」
男は今度は鉄格子の間から両腕を伸ばして叫ぶ。
「ん?」
干し肉をかじりながら粛々と準備を進めていく。
牢屋で囚人を眺めながら飲む酒というのははじめてだが中々おつなものだ。
魔道コンロに火をつけ金網をのせるとアイテムボックスからタレに漬け込んでおいたホーンラビットのスライス肉を出す。そしてそれを金網の上に順に置いていく。
「それ……水じゃないよな? おい! 酒じゃないのか!?」
男は目が限界まで見開かれ、必死になってきている。
「ん?」
一杯目を飲み終えた俺はコップが空になったのを確認し、新しい酒をなみなみとと注いだ。肉が焦げ付かないようにひっくり返しながら様子を見る。
ジュウジュウと肉の焼けるうまそうな音が聞こえてくる。
しばらくすると肉が火で炙られて金網から脂がしたたり落ちた。
脂が落ちるとコンロに軽く引火して一瞬だけ激しく火が燃え上がる。
タレに漬け込んだ肉の焼ける匂いと煙が向かいの男の顔の周りをさ迷いはじめる。
……そろそろ食べごろだろうか。
「おいいいいぃぃ! 頼むぅくれぇぇぇええ!!」
男は床に跪いて頼み込みはじめた。
はじめは威勢が良かったのに段々懇願する形に変化しつつある。
面白いので焼けた肉をつまみながら男の観察を続ける。
向かいの男は少し変わった容貌だった。
肌は少し日に焼けたような淡い褐色で髪は銀色。
それだけなら普通なのだが特徴的なのは額と眼だった。
男は側頭部から額にかけて角の刺青が二つ入っていた。刺青は顔の中心でクロスするデザインだ。まるで耳の下から額にかけて悪魔の角があるように見える。ギャングは足を洗わず一生忠誠を誓う証として、目立つところに刺青を入れたりするらしいがその類だろうか。
男の顔の刺青に目が行きがちだが更に目を見張るのはその眼だ。
普通白目に当たる部分が真っ黒で黒目に当たる部分が真っ赤だ。
この世界に来て様々な髪色の人は見てきたが、眼球の白目部分の色が違うのを見るのははじめてだ。
その眼が頭部の刺青とマッチしてまるで悪魔のような印象を与えてしまう。
声は威勢がいいが顔つきにはまるで生気を感じないのが更に悪魔らしさを演出していた。
ああいう人種もいるんだなぁと関心して眺めながら焼けた肉を頬張る。
牢屋で食う焼肉は趣が違って普段では味わえない旨さがある。
機会があれば是非試して欲しい。
肉の魔力により思考がそれてしまったが、今まで異世界に来ても人族しか見たことがなかったので物珍しさからつい男を見てしまう。ガン見である。
といっても目の色が違うだけなので同じ人族なのかもしれない。
元の世界で言う金髪と黒髪くらいの差なのだろうか。
未だに獣人やエルフやドワーフを見たことがないので新鮮な気分だ。
「てめぇ何見てんだよ!」
男が睨みつけてくる。これだけジロジロ見ればそれも当然だろう。
向かいの囚人が切れたり泣いたりと面白かったが、さすがに可哀想なのでリンゴを一つやることにする。
「悪かったってほら、リンゴ一個やるから機嫌直せよ」
俺はそう言いながらリンゴを鉄格子の隙間から向かいの牢へ向かって投げた。
しかし、投げたリンゴは向かいの牢の鉄格子に当たって跳ね返ってしまい、通路に落ちてしまった。
「あ……」
男の悲しみに溢れた声が牢の中に木霊する。
そして焼肉の匂いと煙も充満していた。
部屋で焼くと後始末が大変なんだよね。
「おっとすまん」
適当に投げたため、コントロールが悪かったせいで向こうの牢には届かなかった。のっそりと立ち上がった俺は【鍵開け】を使って自分の牢の扉を開け、通路に出てリンゴを拾ってまた自分の牢に戻って鍵を閉める。
「悪い悪い、今度はちゃんと牢の中に入れるから! 元気出せって!」
俺は向かい男を励ましつつリンゴを投げようとする。
「いや! 出れるならわざわざそこから投げなくてもいいだろ! 手渡しでいいだろ! ていうか出れるなら脱走しろよ!」
鉄格子にしがみ付いてわめき散らす男。
「おい、あんま騒がしくすると看守が来るからやめろよ」
俺はそんな男をたしなめる。もうちょっと空気を読んで欲しいものだ。
「あ、ああ。すまん」
男も看守が来るのは嫌だったらしく、大人しくなった。
「よし、投げるぞ!」
改めてリンゴを投げようとする。
「おう! 早くしろ!」
男はツッコミよりリンゴが優先されたらしく催促してくる。
今度はお互いが鉄格子から両手を出した状態で投げることにする。
俺はなるべくゆっくりした動作でタイミングをあわせるとアンダースローでリンゴを投げた。
「ほれっ」
俺が投げたリンゴは放物線を描き、向かいの囚人の両手にすっぽりと収まった。
「よしっ! 取れたっ! 取れたぞ!」
まるでホームランボールでもキャッチしたかのように喜ぶ男。
その凶悪な顔と喜ぶ顔のギャップに噴き出しそうになる。
「どっちにしろさっきの鍵開けはスキルで、しばらく使えないから脱走は無理だ」
クールタイムに入ったので再使用可能になるまではもう使うことはできない。
「何やってんだよお前!」
俺の話を聞いた男はうまそうに頬張っていたリンゴを噴き出して驚く。
こちらの行動が納得いかないようで、なぜか切れはじめる。
やはり食生活が荒れているとストレスも溜まり易いのだろうか。
「いや、傷が治るまではここにいようかなと思ってな。しばらくここで生活するつもりでいた」
「何悠長なこと言ってるんだ? お前死刑だろ?」
「え?」
男が何か言ったが軽く受け答えをしていたので聞き逃してしまった。
かなり重要なことを言った気がしたのだが……。
いや……、でも……、まさか……。
「だから死刑だろ? 公開処刑にされるらしいぞ」
「まじで!?」
男の言葉に驚きを隠せない俺。
今の俺は三日前に転勤の辞令が来た先輩みたいな顔をしているだろう。
ちなみに先輩はしばらく引越しができずにホテル住まいだった。
「まあ何とかなるよ。お前も死刑?」
でもまあよく考えたら脱獄するわけだし、死刑だろうが何だろうが関係ない。
開き直った俺は向かいの男の罪状が気になって聞いてみる。
「俺は違う。俺には懸賞金がかかっている。だからその内金が支払われる国に護送されるんだ」
「この国の人じゃないんだ?」
「そうだ。元いた国で絶賛手配中だ」
「へぇ〜」
ここにいるのは二人だけだったので、てっきり俺と同じで死刑になると思っていたが違うようだ。
「う……」
そんなリラックスムードで話していると向かいの男の様子がおかしくなってきた。なぜか男は腹を押さえて膝から崩れ落ちてしまう。
「おい? 大丈夫か?」
いきなりの事に驚く俺。
「グッ」
男は苦しそうにしながら背を丸めてうずくまり、ガタガタと体を震わせはじめる。
(え? リンゴに毒とか入れてないぞ?)
俺は突然のことに驚いて鉄格子に駆け寄る。
「だ……大丈夫だ。傷が開いただけだ」
よく見ると男の囚人服にはじっとりと血が滲み出ていた。
(全然大丈夫じゃねぇ!)
俺も刺された箇所は痛むが大量に出血するほどではない。
多分、ある程度応急処置されていたのだろう。
だが目の前の男の様子はどうにもまずい感じがする。
「クソッ、おい! 誰かいないか! オーーーイ!」
俺は鉄格子にしがみ付いて出入り口である頑丈な扉に向かって叫ぶ。
だが、反応がない。
「呼ん……で誰か来て……も無駄だ。引渡しは……死体でも問題ないはずだからな……」
男は息も絶え絶えにそう告げる。
男の言葉通りなら人を呼んでも傷の手当はしてもらえない可能性が高い。
「まじか……」
目の前の男に死が近づきつつある。
俺はこいつのことを何も知らない。
非情な話だが死んでも特に問題はない。
牢にいる時点で善良な人間である可能性も低い。
引渡しは死体でも構わないというところからして助けたとしても結局殺されるのではないだろうか。
それならここで死んだ方が楽かもしれない。
「なあ……、薬草とか持って……ないか?」
男は青ざめた顔でこちらを見てくる。
「ん〜あるけど、治療してどうするんだ? 聞く限り結局お前も護送された国で殺されるんじゃないのか?」
「俺は絶対ここから……逃げ出す! こんなところで終わらない!」
男の体からはドンドン生気が奪われていくのに目だけは力強く、諦めていないのがわかる。
「へぇ」
今の空虚な自分からは想像できないほど力強い言葉に関心してしまう。
「だから、……頼む!」
「ん〜、まあいっか」
善意というよりは気まぐれに近いかもしれない。
今の俺の薄弱な精神より男の力強い目がそうさせた気がする。
俺はアイテムボックスからポーションを取り出すとさっきリンゴを投げたように鉄格子から腕を出す。多分あの傷だと薬草ではダメだろう。
「おい、根性でこっちまで来い。んで腕を出せ」
「すまん……、恩に着る」
男は這いずって鉄格子の側までやってきた。
ズルズルと前進するたびに床に血の跡がついている。
男の顔は痛みで苦しんでいるというより、何としても生きようとしている顔に見えた。
腕の力だけで少しずつ進み、這った姿勢のまま鉄格子の隙間から手を伸ばす。
「落とすなよ」
俺は慎重にポーションの瓶を投げた。
「っ!」
男はそれをなんとか掴み取る。
ポーションを握って体に引き寄せると口で栓を抜いて中身を飲み干した。
そして飲み終えるとそのままの姿勢で動かなくなってしまう。
(大丈夫なのか?)
倒れた男は死んだんじゃないかと疑うほどピクリともしなかったが半日ほどするとゆっくりした動作で起き上がり、何事もなかったように立ち上がった。
「治った……」
男は服の下に手を入れて傷があった辺りを摩っているようだった。
さっきまで青白かった顔にも赤みが差し、生気が戻っていた。
「お〜良かったな」
無事傷は塞がったようだ。
さすがポーション、高いだけはある。
「俺の名はレガシー。アンタは命の恩人だ。この恩は必ず返す!」
男は俺の方を向いてそう告げる。
向かいの男の名はレガシーというらしい。
「気にすんな、ただの気まぐれだ。俺はケンタだ」
「ケンタかよろしく頼む! すまん……、少し疲れたみたいだ。悪いが眠らせてくれ」
レガシーはそう言うとベッドに横になった。
かなりの重症だったようだし、疲労がたまっていたのだろう。
「俺も寝るか……」
俺はそう呟くと傷を回復させるため、ベッドに横になった。




