14 突入
俺が無視して通り過ぎようとすると、男がいきなり屈みこんだ。
「すまん!」
そう言うと男は額を地面につけて土下座した。
「お前だと気づかなかった!」
男は地面に顔を向けたまま続けて話す。
「何のことだ?」
要領を得ないので聞いてみる。
「すまん、イーラの指示であんたをつけていた。助けてもらったときは頭巾をしていたし、声ももっと低い印象だったから同じ奴と気づかなかったんだ」
「いつからいつまで着けていたんだ?」
「滝でドンナとやりあうところまでだ。そこでイーラと交代した。そのあとはドンナを探し回っていたがやっとこっちに帰ってきたら……」
「帰ってきたら?」
「イーラがギャングと接触してあんたを殺すように交渉したって知った。その時点でやっとあんたがあの時助けてくれた奴だと知ったんだ。……すまん」
「あいつがなんで俺を殺そうとしているか分かるか?」
一番気になっていたことを聞いてみる。
「多分ギャングをあんたにけしかけて逆にギャングを弱らせるつもりだったんだと思う」
「回りくどいな」
「イーラはそういうのがいつものやり口なんだ。自分の手を汚さずに相手を追い込む。そして弱ったところで両方とも仕留める。今回はギャングが目的だ。多分あんたはただの当て馬にすぎん」
「なるほどな」
「俺を殺せ! 命の恩人に恩を仇で返すようなマネをしちまった」
男は土下座の姿勢を崩さずそう告げてくる。
「まだ生きてるしいいよ。それに廃村の時にはあんたいなかったんだろ?」
話を聞く限り、この男は肝心なときにはいなかった。
イーラに協力していたとはいえ、ほとんど無関係だ。
今の姿勢を見る限り、俺を殺す段になったらきっと気がついて今のように教えてくれていたはずだ。
「廃村?」
男ははじめて顔を上げて俺に聞き返す。
「こっちの話だ。それより今イーラがどこにいるか知っているか?」
「今、イーラは要塞だ。あいつはああ見えて騎士団に所属しているからな」
「……そうか」
口癖のように偉いと言っていたが本当だったようだ。しかし面倒なことになった。
「あいつは今、巡回視察の途中で王都周りの要塞を順に回っているところだ」
「じゃあ移動はするんだな?」
要塞を攻めるのはさすがに遠慮したいので、やるなら移動中を狙うのがいいだろう。
「何をしようとしているかは改めて聞かんが移動中はよせ」
「要塞より増しじゃないのか?」
「巡回任務は見栄を張る部分があるからな。厄介なのが移動中は同行するんだよ」
「厄介なの?」
「剣聖だ」
「は?」
男の言葉に耳を疑う。
厄介すぎる。
剣聖、確か戦士の最上位職だ。
どの程度の強さか分からないがオリン婆さんクラスなら返り討ちにあう恐れがある。
となると砦の中でも小規模なものに移動したときを狙う方がまだいいかもしれない。
「そうか。なら巡回する要塞で一番規模が小さいのはどこだ?」
「巡回視察は小規模な避難要塞から順に回って、それが終わったら砦だ。今向かっているところは小さい部類だ。待機している人数もかなり少ないはず」
「どこにあるか教えてくれ。あとその施設内の見取り図もあれば欲しい」
「見取り図は無理だ。場所は……」
「ありがとう。助かったよ」
要塞の場所を聞き、男に礼を言う。
「本当に行くのか?」
男が俺の正気を疑うような表情で聞いてくる。
「まあな。あいつには色々と世話になったから、お礼しないとすっきりしないんだ。あ、悪いけどこいつを預かっといてもられるか?」
俺は肩に乗っていた黒猫のゴマダレを手渡す。
ゴマダレは抵抗することもなく、男の手の中にすんなりとおさまった。
「お、おう。これくらいなら構わないが、本当に行くのか? 要塞だぞ?」
「大事な話だからな。終わったらそいつを受け取りに行くよ」
俺は男との話を終えると街を後にした。
…………
砦に行く前に廃村に立ち寄る。
一刻も早く向かうべきなのは分かっていたが、それでも一旦報告に戻った。
俺は墓の前に屈みこんで話しかける。
「一旦蹴りはつけた。ただやり残したことがあるのでそいつを片付けてくるよ」
墓へ村長の酒を無造作に供える。
「今は飲めそうもない。そっちに行ったときに一緒に飲ませてくれ」
酒を供えると全てを振り払うように立ち上がる。
……ここにはもう来ないだろう。
合わせる顔がない。
「すまなかった」
俺は墓に背を向けると要塞を目指して歩きはじめた。
…………
ようやく目的の要塞近くまで来た。
森の様に木々が生い茂った場所からはみ出るようにして人口の建造物が見える。
「あれか……」
それは要塞というより辺境の屋敷を思わせる建物だった。
とても小さいうえに障壁や外塀もない。見る限り砦としての機能はなさそうだ。
どちらかというと自然災害時に避難所目的で使う施設なのかもしれない。
本当にただ避難して立てこもるためのものなのだろう。
俺は森を進んで避難要塞を目指す。
しばらく歩くと森の中にあるには不自然なものが目に入った。
それは家庭で使う電話台のように縦に細長いテーブルだ。
テーブルの上にはティッシュボックスくらいの大きさの黒い箱が置いてあった。
箱は微妙に凝った意匠の装飾が施されており、高級感が漂っている。
(罠か……?)
俺はそれが気になり、注意深くそのテーブルへと近づいた。
「あらあら、こんなところに何のご用ですか?」
黒い箱から聞きなれた声が聞こえてくる。
どうやら黒い箱は通信機のようだった。
「わざわざこんな所にこんな物を置いてるってことは分かって聞いてるんだろ? お前がギャングを使って俺を殺そうとしたのか?」
こちらの声も相手に伝わると判断して質問する。
「あらあら、何のことですか?」
イーラに声は届いたようだが質問の内容に対してはわざとらしい返答を返してくる。
「とぼけるな。あのじじいが最後に全部吐いたぞ」
「あらあら、口の軽い男ですねぇ。まあ、あなたがここに来るまでのことは大体把握していますけどね」
イーラは相変わらずの淡々とした口調でそう告げる。
「説明しろ」
「うふふ、私はこう見えて親切なので教えてあげますよ。ギャングの弱体化とギャングの幹部を殺し、海賊を一人で壊滅に追い込む不穏分子の処理。そして年老いたゴミの処分を一度に済ませただけですよ」
「てめぇ……」
「我ながら素晴らしい計画でした。ギャングは誰かが支部を壊滅してくれたお陰で虫の息、村のゴミはギャングが処理済、後は不穏分子だけです。やはりゴミはゴミに処分させるに限ります。あの時あなたを見殺しにせず、泳がせておいて正解でした」
台本の台詞でもしゃべるかのようにスラスラと禄でもない言葉を吐き出すイーラ。
「……お前と直接会って話をつけないと駄目なようだな」
「あらあら、騎士団に歯向かうのは重罪だと知らないんですか? 今なら気分がいいですし見逃してあげてもいいですよ? 悪いことは言いません、お帰りなさい」
「丁度要塞を走破したいと思ってたところだ。お前とも話せるし一石二鳥だろ?」
「それは手間が省けてこちらとしても助かります。あなたがいつきても大丈夫なようにおもてなしの準備は整っていますよ。あ、通信機はかなり高価なので壊さないで下さいね」
「すぐ行く、そこで待ってろ」
俺は会話をそこで終え、細長いテーブルを無視して先に進んだ。
イーラとの会話が成立した時点で向こうは気づいているわけで、当然忍び込むことはできない。
いくら屋敷に見えるといっても一応あれは要塞だ。
侵入できる箇所も限られるだろう。
そしてイーラだけでなく、きっとあそこにいる兵士達も俺が来ることを知って待ち構えている。
あそこにいる兵士達は要塞にいるというだけで何の関係もないがイーラとの戦いに乱入されたくないので邪魔するなら行動不能にするしかない。
そんなことを考えていると森を抜けて避難要塞が目前に迫ってきた。
あとは平原が続くだけだ。
まだ距離があるが目を凝らすと要塞の屋根の上に人影が見える。
俺はアイテムボックスから鉄杭を取り出して両手の薬指と小指だけで何本かを握りこむ。
そして両手を地面につき、前足の膝を立て後ろ足側の膝を地面につけるようにしてしゃがみ込み、クラウチングスタートの姿勢をとる。
「誰にケンカ売ったか……」
十分に力を溜めた後、腰を浮かせる。
「分かってるんだろうな!」
頭を下げたまま一気に両手両脚のバネを使って地面を蹴り、スタートをきる。
飛び出すと同時に【疾駆】のスキルを発動し、地面を蹴るように走る。
するとこちらの動きを察知して屋上から魔法使い達が炎の矢を放つ魔法を雨のように撃ちこんできた。あの魔法、スーラムで見たものと同じならフレイムアローというのだろう。
俺は【火遁の術】を使用し全身に煙幕をはる。
フレイムアローが頬をかすめたり、腕や腹に当たるも気にせず走る。
「オ……ッラアアァッ!!」
走りながら手に握りこんだ鉄杭を一本【手裏剣術】を使って魔法使いに向かって投げつける。
鉄杭は吸い込まれるように魔法使いの肩に命中した。
そのまま一投二投と次々魔法使い達の方へ向かって投げていく。
俺は鉄杭が当たったかどうかも確認せずにひた走る。
ただ走る。
全力で走り抜ける。
避難要塞に着いたところで【跳躍】と【張り付く】を使って壁を登り、二階の窓を割って内部へ侵入した。侵入すると同時に【火遁の術】の効果が切れ、煙が消えていく。
窓を割って通路に転がり込むと曲がり角から金属の鎧を着た兵士が数人出てくるのが見えた。
俺は兵士に背を向けると全力で駆けて距離を離す。
しかし、反対の曲がり角からも兵士が出てきて俺とぶつかりそうになる。
俺は咄嗟に【跳躍】で思い切り跳ぶと天井を蹴って兵士を飛び越える。
飛び越えた勢いを殺さず、そのまま兵士を引き離そうと全力で駆け抜けた。
(どこにいる……)
【気配察知】を使っても人間がいることは分かるが、その気配が誰なのかといった詳細な部分までは判別がつかない。
(あいつならどこにいようとする……)
本人が偉いと言っていたからそういう人間が滞在する場所か、なるべく消耗したところを殺そうと企て俺が侵入したところから一番遠い場所などが怪しい。
俺は兵士を引き離して物陰に隠れてから【気配察知】をかける。
すると一人だけで行動する気配を見つけた。
距離はそれほど離れていないが、いかにもといった感じで怪しい。
罠の可能性もあるが行ってみる価値はありそうだ。
俺は気配を頼りに全力で駆けた。
「ここか……」
追っ手を振り切り、気配の感じる部屋の前に辿り着く。
丁度部屋の扉の前に着くと同時に【疾駆】の効果も切れた。
兵士達は俺のスピードに着いて来れず誰も追って来ていない。
だが小さい施設なのでこの場にいることはすぐにバレるだろう。
さっさと蹴りをつける必要がある。
(行くか……)
俺は少し大きめの扉を開けて中に入った。
中に入ると鍵を閉め、取っ手にスペアの剣を挟みこんで追っ手が簡単に入って来れないようにしておく。
内部はホールのようになっていて天井が半球状に高く、全体的に過度な装飾が施されていた。
その部屋の中央に目的の人物が一人で立っていた。
「あらあら、本当にここまで来られるとは驚きです」




