12 掃除屋
だが、その扉を遮るようにして一人の男が立っていた。
「シシッ。おい、ここは立ち入り禁止だ」
独特な笑い方をする男は俺と目が合うと扉の前に立ちふさがる。
その男はまるで熊と取っ組み合いのケンカでもしたかのように顔に凄まじい傷跡があった。
かなり深く抉られたようで痕が溝のように一段低くなっていた。
他の部分は衣服に隠れて見えないが露出する首元や手の甲にも同様に傷跡が見える。
そこから判断すると全身に深い傷跡があるようだ。
そしてその特徴的な話し方と外見の特徴が情報屋から仕入れた幹部の一人と一致する。
確か単独で行動する殺し専門の奴だったはず。
つまり掃除屋だ。
「あんたの後ろに大事な恋人でもいるのか?」
俺は扉を指差して掃除屋に尋ねる。
「いや、ジジイが一人いるだけだ。シシッ」
「じじい好きとかいい趣味してるな」
「ジジイは嫌いだがアンタは好きになれそうだ。アンタ強いんだろ? シシッ」
特徴的な笑い方をしながらギラついた目をこちらへ向けてくる掃除屋。
「いや、人並み程度だ。今もケガしてるしな」
俺は顔に塗った血を指してそう言う。
「それ、アンタの血じゃないよな? 乾いてきてるぞ。シシッ」
掃除屋がニヤニヤしながら腰から手斧とハンマーを抜くと構えもせずに腕をだらんとたらす。
構えはしていないが一触即発な雰囲気が漂いはじめる。
「ほんと強くはないんだけどなぁ……」
両手に持ったナイフと片手剣を構える。
最近俺の強さが過剰評価されている気がする。
俺が構え終わるのと同時に掃除屋が手斧で斬りかかってきた。
掃除屋は構えをとらずに振り回すようにして手斧を繰り出してくる。
手斧の動きは我流なのかとても荒く、どう見ても力任せな感じだ。
その荒々しさはスキルを使っているように見えないほどだった。
だが選択している武器からして【斧術】と【槌術】を使っているのではと考えてしまう。
俺は手斧による一撃をナイフの【剣戟】で弾き、【剣術】に切り替えて片手剣を突き出す。
掃除屋は手斧を弾かれるも全く動じず、俺の突きをハンマーで弾くと力任せな蹴りを放ってきた。
「クッ」
反応が遅れ、蹴りが俺の腹に突き刺さる。
「シシッ」
掃除屋の攻撃はそこで止まらず、更にそこから連続蹴りをしてくる。
俺は慌てて蹴りをかわす。と同時に【剣戟】で弾いた手斧の硬直が解けてこちらへ振り下ろされてきた。
手斧の動きは相変わらず荒っぽい。
ハンマーや蹴りの動きを見ても一つ一つの動作が荒々しく、まるで獣のようだ。
(やり辛いな……)
その動きが以前重症を負ったビックモンキーを想起させ、どうにも苦手意識が募ってくる。
(落ち着けばいけるはずだ)
だが掃除屋の攻撃自体はかわしやすいので何とかなると自分に言い聞かせる。
「オラァッ!」
俺は【剣術】から【短刀術】に切り替えてスキルに身を任せつつ振り下ろされる手斧をかわし、カウンター気味にナイフで連撃を放つ。手首のスナップを利かせた連撃は胸部を二回斬り、フィニッシュに脇を斬り上げた。
掃除屋が連撃を受けて怯んだのを見逃さずに【縮地】を発動させる。
相手の不意を突くスピードで背後に回りつつ振り向き様に更にナイフで連撃を放つ。腰部に二回突き刺し、膝裏に蹴りを入れて相手のバランスを崩す。
だが掃除屋はバランスを崩したのを利用して倒れこむように前転して俺から距離を離した。
その動きは人間というより獰猛な獣を連想させる。
「シシッ、いいねぇ。やっぱり強いじゃねぇか。たぎるねぇ!」
掃除屋の表情は恍惚と狂気に彩られ全身が激しく痙攣していた。
すっごいビクンビクンしている。
かなり傷を負わせたのにむしろ興奮している様子。
「ぇー……」
俺はそんな姿を見てドン引きである。
これは戦闘狂なのかドMなのかジャッジが分かれるところだろう。
俺は判定待ちの間に呼吸を整える。
「つれないこと言うなよ。もっと楽しもうぜ」
そう言うやいなや掃除屋は両手を広げて駆けてきた。
その速度は傷を負っているとは思えないほど素早い。
手斧での大振りの一撃が俺に襲い掛かってくる。
俺はその振り回し攻撃をしっかり目で追ってかわす。
重量がある上に大振りなので、かわすと風切り音と共に髪がなびく。
当たれば綺麗に切断されるのは間違いないと思える重さと速度だ。
掃除屋は手斧を振り切って背を向けるが構わずそのまま回転して裏拳を放つようにハンマーを繰り出してくる。
俺はそれも難なくかわす。
だが力任せで防御を考えない攻撃は思い切りが良いせいか速度が乗っていて反撃を入れる隙が少なく、攻撃を入れるべきか躊躇してしまう。
掃除屋はハンマーを振り回す勢いで正面を向くと今度は回し蹴りを放ってくる。
回転しながら襲い掛かってくる動きはまるで竜巻だ。
俺は竜巻に巻き込まれないようバックステップで距離を離しつつ、手甲に忍ばせておいた鉄杭を一本抜いて投げつけた。
暴れるように動いていた掃除屋にはてきめんの攻撃となり鉄杭が鎖骨辺りに突き刺さる。
「グッ」
たまらずよろめく掃除屋。
俺はそれを見逃さず【縮地】を発動させ一気に詰め寄ると片手剣を腹部に突き入れ、【短刀術】に切り替えるとナイフで両肩を斬りつけた。
ナイフを振った反動に任せて腹に差し込んだ片手剣を引き抜くと一旦距離を離す。
掃除屋は腹の傷を押さえつつフラフラと数歩後退する。
「これ以上はまずいな……。もっとやりたいが死んじまう」
手で押さえた腹からはとめどなく血が流れ、高級そうな絨毯にポタポタと赤いシミを作っていた。
「つれないこと言うなよ。もっと楽しもうぜ」
俺はそう言いながら手甲から鉄杭を引き抜くと掃除屋に投げつけた。
「シシッ、悪いな。俺はたっぷり長く楽しみたいタイプなんだ。じゃあな!」
掃除屋は全力で駆けて窓に体当たりすると外に向かってに飛び降りた。
(ここ五階だぞ……)
俺が割れた窓から下を覗くと部下達に囲まれて運ばれていく掃除屋が見えた。
どうやら生きてはいるようだ。
「完全にバレたな……」
掃除屋との一連の出来事が地上の連中に知れてしまった。
上階まで報告が回るのに多少時間はかかるだろうが、これで一刻の猶予もなくなってしまっただろう。
目的地は目の前だし、さっさとボスを倒して帰ることにしよう。
俺は通路奥まで進み、無駄に大きな扉の前に立つと両手で押し開けた。
中は豪華な部屋だったが少し薄暗い。だが、間接照明でも使っているのか暗い割にはよく見える。
【気配察知】で感じるのは小さな動物と人のものと思われる気配が一つずつなので臆せず進む。
中央には一際豪華な机と椅子があり、そこには初老の男が腰かけていた。
男は指輪でゴテゴテした両手で頭を抱えて俯いている。
「ロバート! ロバートはどうした!」
部屋に入ってきた俺に気付くと情報屋から聞いたことがある側近の名を呼んで狼狽するボス。
「心配するな、奴はここに来れないがすぐ会える」
俺は片手剣を向けながらボスへ近づく。
「クソッ! なぜこんなことに! 支部が全て潰され本部だけ残っていても事実上壊滅状態だ! 何とか立て直そうとあの女を頼ったのに全部終わった! 男を探して殺せば資金援助すると言っていたのに結局この様だ!」
「ん? 結局資金援助ってなんだったんだ?」
情報屋も言っていたが、そんなに重要な案件だったのだろうか。
「ケンタという男を殺せば取引の代金を融資してくれるうえに襲撃者を倒すのを協力してくれるって奴がいたんだよ! クソッ、話がうますぎると思ったんだ! あのクソアマが!」
「分かった。その女の特徴を言えばすぐロバートに会わせてやる」
頭上に剣を突きつけてそう言う。
どうやら資金援助の件は俺が標的にされていたようだ。
だが心当たりがない。
情報屋で話を聞いたときも自分ではないだろうと思ったくらいだ。
ボスと交渉し、依頼したのは女のようだが一体誰だ?
「はん! 名乗っていたがどうせ偽名だろう! レイピアを持った長髪の女で変な口癖のある奴だ! 顔立ちが綺麗な割に無表情で気持ち悪かったのは覚えている」
全てを諦めたのか、憔悴しきった顔で女の特徴を吐き捨てるように言うボス。
「そうか、口癖はあらあら、か?」
俺は女の特徴を付け足しておく。
ずっとちぐはぐで今まで腑に落ちなかった部分がようやく腹に収まった気がする。
「そうだ! 何故知っている!?」
ボスは目を見開いてこちらを見つめてくる。
「少し前に会ったからだよ」
「お前らグルだったのか!」
「グルって何だよ。俺にお前らを仕向ける時点でグルなわけないだろ?」
「ッ! お前がケンタか!? クソがぁぁぁああ!」
「そろそろロバートが寂しがってるだろうし行こうか」
俺は片手剣を躊躇なく振り下ろした。
(終わったな……)
机に突っ伏して頭から血を流すボスはもう動くことはなかった。
これでここでやるべきことは全て終わった。
最優先の始末はつけたし、幹部がこれだけいなくなれば俺の命を狙う話も霧散するのではないだろうか。
あとはその内ここに来るであろう、どこぞの最強コンビに任せておけばいい。
だが新たにやるべきことが一つ増えた。
なるべく早く片づけねばならないことだ。
とりあえずここにはもう用はないので帰る準備をはじめる。
俺はここまでに倒した見張りや幹部をアイテムボックスから出してその場に捨てていく。
もう隠す必要もないので、ここに置いていくことにするつもりだ。
持って帰っても処分に困るだけだ。
後は窓から撤収すれば問題ないだろう。
俺がそんな作業を続けていると、勢いよく扉が開かれた。
「ケンちゃん……」
扉を開けて入ってきたのはよっしーだった。




