6 モクモク
「あれは燻製機じゃぁ」
じいさんから意外な回答が返ってくる。
「おお、頼む! 作り方教えてくれ!」
それを聞いた俺は興奮し、じいさんの肩を掴んで思い切りゆすってしまった。
まさか燻製を作れる人とお近づきになれるチャンスが来るとは思ってもみなかった。
ルーフに貰った物も食べきってしまったので、本当に燻製が恋しかったのだ。
あの食感と香りは病み付きになる。
そして、何と言っても酒にあうのが素晴らしい。
ここは何としても新しい燻製をゲットしておきたい。
「ええよ、暇を見つけてぇおいで〜」
じいさんはにっこりしながらそう言ってくれる。
「ありがとう! 絶対来るよ!」
俺は手をブンブン振りながら家を後にした。
…………
翌日からは狩りを早朝からはじめて午後で切り上げるとじいさんの家で燻製作りを教わることにする。
じいさん自身も狩りに出ていることがあるので毎日とはいかないが、それでもまめに通うつもりだ。
「じいさんいるか?」
その日の狩りを切り上げた俺は扉を開けてじいさんを呼ぶ。
「おぉ、来たかぁ」
「来たぞ! 教えてくれ!」
早く燻製が食いたいので気持ちがはやる。
「じゃあ、やるかの。まずは肉が必要じゃ、はじめて燻製するのならオークかビッグボアの肉が調理しやすいぞ」
「おお! 両方あるぞ」
その二種なら道中で狩ったままアイテムボックスに死蔵しているのがある。
だが両方とも捌いていない状態だ。オークは人型なので捌くと俺の精神にダメージが入りそうなので、ビッグボアでいくことにする。
「どっちでいくんじゃ?」
「ビッグボアでいくよ。捌いてないけどどこで出せばいい?」
「一旦外でやるぞぃ」
「わかった」
俺はじいさんの案内で勝手口から外に出た。
じいさんに案内された場所でアイテムボックスからビッグボアを出して見せると驚いていたが他言しないようにお願いしておいた。
それを聞いたじいさんはこの村の依頼を受けてくれた恩人の秘密なら話さんよと快諾してくれる。
…………
「じゃあ、捌くぞい。わしにはビッグボアは重くて持てんからお前さんがやるんじゃ」
道具を取りに行ったじいさんを待っていると何種類もの刃物を持ってこちらへやって来た。
「おう」
「まずは血抜きじゃ。こことここを深めに切るんじゃ。ほんで血が流れ出しやすいように傾けるんじゃ。軽ければ吊るすが、こいつは重いから無理じゃ」
「わかった」
俺はじいさんが指差した首の辺りを切りつけると頭が下になるようにして大きな岩に立てかけた。すると切りつけたところからゆっくりと血が流れ落ちていく。
そこからしばらくは血が流れきるのを数時間待つことになった。
「次ははらわたを取り出すぞぉ。間違って胃や腸を切ってしまうと、内容物が漏れて大変なことになるからわしがやるぞぃ」
しばらく放置して血抜きが終わると、じいさんが内臓を抜いてくれることになる。
俺がやると失敗するかもしれないからやってくれるらしいがそれ以前にグロそうなので、もしやれと言われてもできるかどうか怪しいものだ。
「頼んだ!」
今日一番のいい声でお願いする。
「側で見ておるんじゃ。ここから刃をいれてこう。そしてこの辺りから手を入れて引っ張り出すんじゃ」
じいさんは慣れた手つきでナイフで腹を裂くと手をビッグボアの腹の中に差し入れる。
すると次の瞬間、水が入ったゴミ袋のようなでっぷりとした量感の内臓をすくい出してみせた。ぽろんと出た内臓は素人の俺には何の臓器かまでは分からない。じいさんは俺が軽く放心している間にいとも容易く次々と内臓を取り出していく。
内臓は血抜きをしいたせいか、さほど血にまみれていないが、こうやって固まりで見るとどうにもグロい。
ホルモンとかバンバン食ってる割にハートが弱い俺。
「Oh……」
ゴロンと転がり出た内臓を見てつい声を漏らしてしまう。
この世界に来てから結構見る機会に恵まれる内臓だが何度見てもビクリとなる。
……果たして俺はあれをゴム手袋なしで触ることができるだろうか。
「どぉうした大丈夫かぃ?」
「だ、大丈夫だ」
損傷していない内蔵の全体像をじっくり鑑賞してしまい、何とも言えない寒気を感じる。
元の世界で牧場の牛解体ツアーとか行っておけばよかった。その場で捌きたての新鮮な牛タンを焼いたりとかしておけばよかった。
って、そんなツアーないか……。
「じゃあ次は皮をはぐんじゃが、一旦この状態で川につけて更に血をしっかりと抜くぞぃ」
「わかった。じゃあ俺が運ぶよ」
そう言ってアイテムボックスにしまってしまう。
さっき血抜きした際に軽く動かしただけでも相当重かったのでここはアイテムボックスを有効活用していく。
「ほほぅ。便利なもんじゃのぅ」
「ちなみに川にはどのくらいつけておくんだ?」
「大体一日じゃな」
「おう、結構かかるな」
「じゃから後は明日じゃな」
「了解だ」
俺はじいさんの案内で川へ行くとビッグボアを水中に固定して家に帰った。
…………
翌日川からビッグボアを取り出すと、よく水気を切って解体できる場所へ運ぶ。
「うむ、次は皮をはぐぞい。まずしっかりと切れ目をいれたあと、この辺りから刃を寝かせて入れて一気に引っ張るんじゃ」
「ふむふむ」
「ほれやってみぃ」
じいさんは首の辺りからあっさりと皮を軽くはぐと俺にナイフを渡してくる。
「わかった」
俺はナイフを受け取ると皮をはいでみることにする。
じいさんのようにうまくはいかなかったが、何度か失敗しつつも無事全ての皮をはぎおわる。
「よし、次は解体していくぞい」
「了解だ」
「半分はわしがやってみせるからもう半分はお前さんがやってくれ」
「おう。やってみるよ」
じいさんが難しい部分をさっと済ませると細かくする段になって俺とバトンタッチする。
ビッグボアのデカさに悪戦苦闘するかと思ったが【短刀術】の活躍により、ここではあまり大きな失敗はなかった。
…………
「ふぅ〜結構重労働だな」
解体が終わり、額の汗を手の甲で拭う。
燻製作りというより重さとの戦いになってきている。
「うむ、大きいからの。それじゃあもう少し血を洗い落として水気を切った後、冷蔵庫にいれるぞい」
じいさんの話によると血が残っていると味に影響があるらしいので、なるべく綺麗に落としたほうがいいらしい。
「了解だ。あとはもう少し細かく切って燻せば完成か?」
ステーキのレアみたいなものだろうと思っていた俺はじいさんにそう尋ねる。
「違うぞい。ここからちょっと寝かせるんじゃ。明日の同じ時間にくるといいじゃろ」
「わかった。じゃあ、洗いにいくか」
どうやらまだ燻す工程ではないようだ。
早く食べたいと気持ちが焦るがこればかりは仕方ないだろう。
今日は肉の血を落として終了らしい。
俺はアイテムボックスに肉をしまうとじいさんと水場へ向かった。
…………
数日後。
「で、できたのか? これで完成なのか?」
本当に完成したのか今の俺には全くわからないので何度も確認してしまう。
「んむ。完成じゃぞぉ」
「うおっしゃーーー!」
なんとか燻製は無事完成した。
嬉しさのあまり大きくガッツポーズをとってしまう。
燻製作りは思い描いていたものとは違い、中々手間のかかるものだった。
だが俺の目の前にはビッグボア一頭分から作り出した燻製がどっさりある。
しかしここまでの道のりは長く険しいものだった。
簡単に思い出してみると。
ブレンドスパイスを作って冷蔵庫で寝かせていた肉をそれに四日程漬け込む。
漬け込む間もしっかりスパイスが染み込むように何度か肉に揉みこんだりもした。そして漬け込みが終わったら今度は漬け込んだスパイスを水で洗い落とす。
折角スパイスで味をつけたのに何で洗い落とさないといけないのかといえば塩辛すぎるからだ。
ここで端を切り取って焼いて食ってみて味をみながら薄味だなと感じるくらいまでしっかり洗い落とす。
そしてしっかりと水気を拭き取ったら燻す……のではなく冷蔵庫で一日寝かせる。
一日寝かせたあと、ここからやっと燻製機を使う。
水切りが甘かったり、冷蔵庫で寝かせる時間が少ないと表面が乾かず、煙の乗りが悪いらしい。
といってもすぐ燻すわけではなく、温度を保った燻製機の中でしばらく放置する。燻すのはその後だ。
携帯魔道コンロの上に金属の皿を載せ、そしてその上におがくずのチップを置いて煙を焚いていく。
おがくずに直接火をつけると燃えてしまい、煙が出ないので直接火をかけないようにするようだ。燻している間も温度が高くなりすぎて発火しないように注意しなければならない。
煙の方も当てすぎると味が渋くなってしまうようで、ただ焚けばいいというわけではなく細心の注意が必要になってくる。
俺はじいさんと交代で煙の番をした。
燻製機の中の温度が低くなりすぎたり、高くなりすぎたりしないようにじっと見ているのだ。
ここまでやって失敗で食えないとか目も当てられないのでどの作業も真剣そのものだった。
数時間燻すと今度はしばらく陰干しする。
これで完成か! と思ったらさらにそこから一日冷蔵庫で寝かせないと渋くて食えないらしい。
燻してすぐ食えると思ったら更に一日待たされたわけだ。
ここまで散々待たされたうえに更に一日待たないとダメと言われたときはさすがにガックリきてしまった。
そして今日、目の前に完成した燻製がある。
こうやって振り返ってみると燻している時間は全体の中でもほんの僅かな時間で、そこまでの準備にかなり時間がかかった。しかも結構地味で大変な作業が多い。
ルーフは毎度こんなことをやっていたのだろうか。
まめそうな性格だったし、案外楽しんでやっていたのかもしれない。
俺はじいさんが一緒にやってくれたからなんとかここまでできたが一人でやっていたら失敗するであろうポイントがいくつもあった。
ちなみに失敗した燻製は塩辛すぎたり渋すぎたりして食えたものじゃないらしい。
こいつは俺一人で作るには難易度が高すぎる気がする。
「じゃあ切ぃり分けるぞぉ」
ブロック状になった燻製にじいさんがナイフを入れていく。燻製入刀である。
「おう!」
じいさんが大胆に大きく切ってくれるのを目で追いながら相づちをうつ。
「そうじゃ、こいつは特別なんじゃぁが今日はこいつも出すぞぃ」
そう言ってじいさんは大事そうにしまっていた焼き物の容器を取り出す。
「ん? 酒か?」
じいさんは容器の中身をコップに注いでくれる。
「こいぃつは村長が造った酒じゃぞぃ。沢山造れなぃから貴重なんじゃ」
「へぇ〜、うまそうだな」
村長にそんな特技があるとは知らなかった。どんな味がするのだろうか。
「ぅんまいぞい。じゃあ乾杯じゃぁ」
「おう!」
お互いに杯を掲げたあと、軽く口に含んでみる。
「っ!」
見た目は無色透明なのにすごく濃厚な味だ。
すこしとろみを感じるくらいの濃さで素材の味がしっかりする。
だが後味がスッキリしていて舌に残らない。
が、度数は高いようで喉奥が酒精で暖かくなる。
これははじめて飲む味だ。
「うまいじゃろぅ?」
「はじめての味だよ」
素直な感想を笑顔で応える。
「そうかぃそうかい。じゃがそれ一杯だけじゃからな」
「えー!」
味を知ったあとだとコップ一杯だけではなんとも厳しい。
「本当に少ないんじゃぁ」
「わかったよ。よし、燻製にいくか」
酒のおかわりは諦め、厚めに切った燻製をかじる。
燻製はとてもやわらかく、簡単に噛み切れた。
だが弾力も残されており、口の中で弾む感じだ。
かみしめると燻された香りと肉の旨味が口いっぱいに広がる。
またスパイスも効いていて丁度いい塩梅になっている。
そして燻した香りとスパイスが肉の臭みを消してくれている。
今まで俺がベーコンの味と思っていたものは燻して香り付けされたものだったのがよくわかる。あの独特の味や香りは何も知らずに食べると一体感があって乖離していないため、ベーコンの味として認識してしまうがこうやって作ってみるとどれが何の味や香りになっていたのか分かって楽しい。
「うめぇ」
咀嚼した燻製を飲み込み、酒を軽くあおる。
酒は一杯だけなので少しずつ楽しむ。
だが味が濃いので少しずつ飲むのが丁度いい。
(……ルーフにも食わせてやりたかったな)
あいつに俺の作った燻製の感想を聞いてみたかった。
燻製に関してはうるさそうなので辛口評価されそうだが。
俺はじいさんと燻製の完成を祝って遅くまで飲んだ。
…………
それから数日経った。
燻製作りをしたので予定より日数はかかってしまったが、かなりの広域で村周辺のモンスターをほぼ狩り尽くすことに成功した。
多少は残っているがこれ以上は遠方まで行って一日一匹倒しただけとかになってしまうので村の人に任せても問題ないだろう。要望があるのなら引き続きやってもいいってレベルだ。
村への被害はなくなったし、このあたりで依頼は終了したと判断して問題ないだろう。
村長の家に行き、その話をすると依頼完了で問題ないと返事をもらった。
冬にはメイッキューの街へ移動したいが時期的にまだ少し早いので残りは金を払って泊めてもらう形にしようと交渉していると、扉が勢いよく開かれて村人が押しかけてきた。
「大変じゃああぁあ、村長」
全然大変そうじゃない間延びした声で村人が叫ぶ。
「どうしたんだ?」
村長もゆっくりペースなので俺が代わりに村人の話を聞くことにする。
「モォンスターじゃぁあ。しぃかも強い奴じゃぁ」
「え、どの辺りで出たんだ?」
結構広域で狩り尽したのにまだ強い個体が近隣にいたのだろうか。
強いといってもどの程度か分からないが場所によっては避難しないとまずい。
「こぉこから二日くらいぃの距離じゃぁ」
「そんな遠くまで行ってたのかよ!」
じいちゃんの移動距離にちょっと驚く。意外とパワフルだ。
「狩りにぃ行っとったあぁんじゃ」
それで最近見かけなかったのかと一人納得する。
「なるほど、何のモンスターかわかるか?」
モンスターによっては俺が倒してくれば済む話だ。
「ありゃぁあ、オーガじゃぁ」
「それはダメなやつだな」
即答する俺。
超ダメだ。避難しないとまずいやつだ。
って避難…………できるか?




