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4 貴重な瞬間


 今起こったことを分析してみるとどうやら【火遁の術】は…………。


「煙幕かよ!」


 煙幕だった。



 炎の巨人とか召喚してくれても、こちらとしては一向に構わなかったのに。



 というか火って字がついてるのに火の要素がない。


 最近のニンジャは凄いのが多いから内心期待していたのに、全身から迷惑な煙を出すスキルだった。ちょっと責任者を呼んでほしい。


「いや、まぁ煙幕なら煙幕で使いどころはあるか……」


 ちょっと釈然としないところではあるが新しいスキルを歓迎すべきだろう。


 それに【火遁の術】がダメだったとしても俺にはまだ【水遁の術】がある。



 これは俺が予想するに水の玉をぶつけるスキルではないだろうか。



 もしくは水の龍を召喚したりするものかもしれない。


 最悪口から水を吐くという可能性もあるが、それでも奇襲に使えそうだ。


 とにかく魔法の使えない俺には待望のファンタジーらしい攻撃スキルだ。


 正直言ってワクワクが止まらない。



「龍を召喚するようなのだと側に水がないと使えない可能性もあるし、川に移動するか」


 高威力のスキルなら使用条件が限られるのは割とよくある話だ。


 大量の水を使って龍を作り出すなら側に水がないと使用できない可能性がある。


 俺は自分の周りを防御するようにうねる水の龍を想像してニヤけながら川辺に向かった。


 …………


「よし、準備は整った」


 俺はスキルが水に接触していないと使用できない可能性を考え、川の中に入って構える。



「……いくぞ」


 高まる期待を胸にスキル【水遁の術】を発動させる。


 するとスキルが発動した感覚が全身を駆け巡る。問題なく発動しているのを感じる。濡れてしまったが川の中で正解だったのかもしれない。


「あれ?」


 だが、何も起きなかった。


 スキルが発動している感覚はあるのに何も起きない。


 掛け声とか合図のようなものが必要なのだろうか。


「出でよ水龍!」


 手をかざして水の龍をイメージしてみるも特に何も起こらなかった。


 その後、しばらく色々試してみるも何も起きる気配はなかった。


 スキルの感覚も少しずつ薄れていくのが伝わり、もうすぐ時間切れになるのが分かる。


「何だよ! 意味わかんねぇよ!」


 俺はスキル検証を諦め、腹いせまぎれに川へ倒れこむ。


 大の字になって川へ倒れ、盛大な水音を立ててやった。


 全身を川に沈めると夏の暑さが心地良い水温によって流されていく。


(ん?)


 そこで俺は違和感に気づいた。


 割と適当に潜ったので大して息を吸い込んでいなかったのだが、息苦しさを全く感じないのだ。


(あ〜、あれか!)


 俺には今、一つの映像が頭の中に浮かんでいた。


 それはテレビの時代劇で忍者が池に隠れて竹の筒で呼吸する映像である。


 つまり【水遁の術】は…………。


(水中活動しやすくなるスキルってことだな)


 これまた予想と外れてしまった。しかもこのスキルなら海賊とやりあったときにあれば重宝したかもしれない。なんともがっかりだ。


 しばらくするとスキルの効果が切れたのか息苦しくなったので川から顔を上げる。


「がっかりだよ!」


 数分前、川の中に立ち、“出でよ水龍!”と叫んだ元会社員の貴重な魂の叫びである。


 結局二つのスキルは使い勝手は良さそうだが派手な攻撃スキルとかではなかった。



 その後、もう少し詳しく調べてみた結果は以下の通りだった。


【火遁の術】は煙幕で一度使用すると一時間のクールタイムが必要になることが分かった。


【水遁の術】は十分間水中で活動できるとういうもので、その間は息を止めている感覚もなく息苦しさを感じない。ただ、水中での負荷は普通にかかるので魚のように自由自在に動けるようになるスキルではなかった。こいつも一度使うと一時間のクールタイムが必要になる。



「予想とは違ったけどまあいいか」


 少し頭が冷えてきたせいかスキルを取れた嬉しさが上回ってくる。



「しかし、上げたなぁ……」


 何だかんだ言ってスキルレベルが上がったのは嬉しい。


 これも他のことには一切目もくれずゴブリンを狩りまくった結果だ。



 だが、そのせいもあってアイテムボックスにストックしておいた食料がほぼ尽きかけている。


 炊いた白米だけは今回のブートキャンプで食べなかったが、できればこれにはなるべく手をつけたくない。食べたくなった時のためにとっておきたいのだ。


 白米は俺の心のオアシス。


 ここは譲れない。


「とりあえず買い出しに行ってみるか……」


 スーラムは物が高いので気が進まないが、食い物がなくなればそうも言ってられない。探せば安い物も何か見つかるだろう。


 俺は散歩気分でスーラムへ向けて歩き出した。


 …………


「ん〜正直に正門から入る必要あるかな」


 スーラムの街が見えてくるとそんな事を考えはじめてしまう。


 現状、なるべくなら目立ちたくないし、中で買い物するのに身分証が必要なわけでもない。


 ずっと狩っていたゴブリンを換金できないのは痛いが手持ちには余裕がある。


 ギルドカードを使って足跡を残してしまうことを考えると、ここは我慢した方がいいだろう。


 買い物だけが目的なら侵入した方が街への手数料が節約できる分お得だ。


「よし、忍び込もう」


 俺はそう決めると隠蔽系スキルを全開にして人気のない外塀に移動した。


 そこから周囲を確認したあと【跳躍】を使ってぴょんと忍び込む。楽勝だ。


 街に入り、早速市場を目指す。


 久しぶりにこの街に来るがやはり寂れているというか活気がないというか街から生気を感じない。俺は適度にキョロキョロしながら道を進む。



 行き交う人も少なく、皆元気がない。


 道行く人の顔には陰りが見えて今にも倒れそうな様子だ。



 しばらく歩くと懐かしい市場が見えてきた。


 早速露店が建ち並ぶエリアで商品を物色していく。


(相変わらず高いな……)


 目に映る物全ての品質が悪く、そして高い。食料以外は絶対買いたくないところだ。とりあえず比較的安い果物と野菜を購入する。


 たんぱく質は川で魚を獲る方向になりそうだ。用事も済んだのでさっさと街から出ようと移動を開始した。


 市場を出て少し歩を進めると酒場が建ち並ぶ区域に差し掛かる。


(そうだ、ついでにコイツを使ってみるか)


 俺はアイテムボックスからカジノチップを取り出す。



 これは海賊で人質にされていた奴を助けたら貰った情報屋の証しだ。


 こいつを使えばギャングの情報が何か得られるかもしれない。



 確かその男は夕闇亭という立ち飲み屋が情報屋だと言っていた。


 立ち飲み屋ってことは小さい店舗だろうと当たりをつけ、そういった小さい店が建ち並ぶエリアへ移動する。


「ここか」


 しばらく歩いて見つけたその店は本当に小さかった。


 扉から奥へ通路上に広がるタイプの店なのだが廊下のような構造で最大三人も入れない広さだ。カウンターとの距離も異常に狭くて息苦しい。


 扉を開けた瞬間に入るか躊躇したが客は一人もいなかったので、入ってみることにする。


「帰れ、ここは紹介がないとダメだ」


 無愛想な店員にいきなり入店拒否を食らう。



 こんなことは学生時代にAVコーナーに入ろうとして受付のお姉さんに止められたとき以来だ。父のお使いで来たと言ったらとても優しい顔をされた。


 あ、アニマルビデオの略ですよ、もちろん。



「これでもダメか?」


 俺はカジノチップを店員に分かるようにカウンターの上に置いた。


 元の世界でも会員制の店とか入ったことないので少し緊張気味だ。


 すると店員が重い口を開く。


「……何が知りたい」


 どうやら了承のようで知りたい情報を聞いてきた。



「最近のギャングの動きが知りたいんだけど」


 よっしー達の行動が組織全体によるものなのか、よっしー達だけの行動だったのかだけでも知っておきたいところだ。


「それはダメだ。他にないか?」


 しかし、店員にすげなく断られる。


「ん、なんでだめなんだ? ギャングとつるんでるのか?」


 こういう裏のお店ならありえる話だ。まずいことをしちゃったのだろうか。


「そんなわけないだろ。情報が錯綜していて商品に出来ない状態なんだよ」


「錯綜?」


「そうだ。とても珍しいことだが短期間で情報が何度も更新されたり、とても信じられないような情報が舞い込んできて、どれが信憑性があるものか判断できない状態だ。もうしばらくすれば組織としての公式見解を出す予定だが、それまでは待ってくれ」


「そうか、なら仕方ないな」


 どうもギャングの情報が入り乱れていて、取り扱いができない状態のようだ。



 内部抗争でもやっているのだろうか? それならそれでありがたい話だが。


 情報が得られないのは残念だがしばらく待つしかないようだ。


 俺は狭い店内を抜けようと出口を目指す。



「じゃあまた来るよ」


「……毎度」


 俺は軽く手を振ると店を後にした。



 しかし、なんだかおかしいことになっている。


 ハーゲンが死んだくらいでそんな大騒ぎになるものだろうか。



 とりあえず、潜伏していたのは正解だったかもしれない。


 食料も確保できたし公式見解ってやつが出るまでは引き続き潜伏しておいた方がいいだろう。



 そんな事を考えながら道を進んでいると冒険者ギルドの近くを通った。


 特に何かあるというわけではなかったが、俺が転生してはじめて来た場所なのでちょっと感慨深い。


(ここも懐かしいな。ちょっと側まで行ってみるか)


 少し懐かしくなったので入り口まで近づいてみることにする。


「ここからはじまったんだよなぁ」


 そんなことを思いながら看板を見つめる。


 相変わらず人の出入りは皆無で辺りは閑散としていた。


(隠蔽系スキル使えば相当近づかなければ気づかれないし、ちょっと中も覗いていくか)


 最近の依頼の動向も気になったので中に入ってみる。


(あいかわらず職員しかいねぇ)


 ギルドの中ははじめて入ったときと同じで職員しかいない。


 しかし、以前と変わっていることもあった。それは…………。


(あのババアがいねぇ!)


 俺に威嚇し続けたうえ、自分の仕事を減らすために適当な対応を続けた受付担当のババアがいなくなっていた。


 ババアが座っていた席には別の知らないおばちゃんが座って黙々と仕事をこなしている。


 メイッキューの受付のお姉さんがちゃんと上司に報告して何かしらの処罰が下されたのかもしれない。また新天地へ飛ばされたのだろうか。


 やっていたことを考えると超僻地へ行ってもおかしくない。


(依頼の方はどうだろ)


 常時討伐依頼は同じだろうが普通の依頼の方はどうなっているのか気になった。


 マーカス達も街から出て行ってしまったようだし、本格的に冒険者の数が少なくなっているはずだ。


 俺は掲示板に貼られた依頼を一つ一つチェックしていく。


(ん〜、やばい感じがするな)


 依頼を見るとそんな感想が漏れてしまう。


 貼られていた依頼は畑や建物の警備、輸送や要人の護衛、そして常時討伐依頼でもあるモンスターの指定地域での討伐だった。


 以前は街から出て行く冒険者が急増して別の街まで移動するタイプの護衛依頼が人気で枯渇状態だったらしいが今は普通にある。しかもどの依頼も今日張り出されたものというよりは数日経っている感じがする。


(本格的に冒険者の数が減っているみたいだな……)


 大半の冒険者がこの街を見限って他の街への移動を終了したってところなのだろう。


 しかも常時討伐依頼のモンスターまで通常依頼にあるということはモンスターの討伐も追いついていないと考えた方がいい。


 治安が悪く、物価が高く、冒険者がおらず、モンスターが多い街、それがスーラム。


 もはや危険度がマックスだ。


 そんな中ちょっと気になる依頼を見つける。丁度明日で掲示期限が終わる依頼だ。内容は村の警備の依頼で畑や家を荒らしに来るモンスターの討伐となっている。



 だが、依頼料がかなり低くなっていて到底引き受けたいと思える依頼ではない。


 住み込みが可能で食事が出るらしいがそれでも魅力的ではない依頼だ。


 しかも村の場所が街からかなり離れていて山脈に近いところにある。


(これは冒険者にとっては不人気の依頼だろうけど俺にとってはちょっといいかもしれないな)


 街から離れた場所で住居と飯があり依頼料が発生する。


 しかも不人気な依頼なので注目されていない。


 どの程度の規模の村かわからないが潜伏先としてはいい場所だ。



 そろそろ時期的に気温が下がってきてもおかしくないので森生活は段々厳しくなってくるだろう。それに今の状態を続けると食費で貯蓄がドンドン減ってしまうので、そろそろ節約したいのも事実だ。


 スキルレベルも丁度いい感じまで上がったし、森生活を切り上げるタイミングとしてはいいかもしれない。


 このままギルドで依頼を受けると痕跡が残るので村に行って直接交渉すれば人目にもつきにくいはず。掲示期限も明日で終わりだし、気づかれることもないだろう。


(ちょっと見に行ってみるか)


 ここで決断してしまうのは早計なので、とりあえずどんな場所か見に行ってみた方がいいだろう。


 俺は考えをまとめて腕組みを解くとギルドを出た。



 その後はどこにも立ち寄らずに街を抜けて、その村を目指すことにした。



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