2 ゴリラ
「兄貴!」
そこにはスーラムの街で新人冒険者達を指導し、兄貴と呼ばれていたベテラン冒険者がいた。
「お前に兄貴呼ばわりされる筋合いはねぇんだけどな」
俺の声に反応し、兄貴はこちらへ複雑な表情を向けてくる。
――しかし、なぜ兄貴がこんなところにいるのだろうか。
大体、なぜ俺を助けたのかも謎だ。
もっすん達に体当たりしたのは兄貴の弟分の新人達だった。
「チッ、仲間連れか。厄介だから全員殺せ」
背を向けていたドンナがこちらに振り返り、よっしー達に指示を出す。
「こっちは俺たちがやるから、お前はその女をどうにかしな!」
兄貴と新人達はよっしー達と向かい合う形となり、俺の正面にはドンナがいる。
ドンナが俺の方へゆっくり歩いてくるのが見える。
「お前でどうにかなるはずないだろ? あぁ?」
ドンナは俺を睨みつけながら首をゴキリと鳴らすと赤黒い拳をこちらへ向けてくる。
「どうにかするしかないよな……」
俺は両手の武器を構えなおすとそう呟いた。
やるしかない。
俺がやられてしまえば兄貴達が危険になる。
きつい相手だからといってこの状況で逃げるのはもってのほかだ。
「テメェが弱いのはもう分かったんだよ!」
ドンナはその言葉が終わる前に地を蹴ってこちらへ向かって来る。
俺は兄貴達の邪魔にならないようにドンナから逃げるようにして大滝のほうへ移動する。
「てめぇ!」
そんな俺に並走しながら拳や蹴りを繰り出してくるドンナ。
「うっへ」
俺は走りながらそれらをなんとかやりすごし、兄貴達と距離を離すことに成功する。
しかし兄貴達を意識して走りすぎてしまい、崖っぷちまで移動してしまう。
これ以上移動することができなくなり、崖を背にして立ち止まる。
「チョロチョロしやがって……。テメェみたいな小ざかしい奴が一番嫌いなんだよ!」
怒りをあらわにしながら拳を構えるドンナ。
だがドンナはその場で立ち止まってこちらへは向かって来ない。
俺はそんなドンナの様子を見ながら武器を構えなおす。
「フウゥゥゥ」
ドンナが構えたまま深い呼吸をする。
まるで空気の流れが見えるほど深い呼吸をすると両脚が膝上辺りまで内出血したように赤黒く染まり出した。膝上まで赤黒く染まるとその端はやはりファイヤーパターンのようになって途切れる。
ハーゲンとは違い、両腕両脚が赤黒く染まった形だ。
(これはやばいんじゃないか……)
俺が危機感を感じながら額に冷や汗を流していると、急にドンナが側にあった木に蹴りを放った。
放たれた蹴りが木に接触すると大きな音を立てて歪に変形しはじめる。
メキメキと木が圧縮されるような音と共にくの字に曲がり、ゆっくりと倒れた。
木に止まっていたであろう小鳥が一斉に飛び立っていくのが見える。
「……これでお前も終わりだ」
ドンナはスキルの具合を確かめて満足したのかギラついた目をこちらへ向けてきた。
(大丈夫大丈夫、俺だってスキル使えば切れるし、あんなの普通普通)
俺はそう自分に言い聞かせて無理やり体の震えを止める。
あれが…………、ゴリラ!
「そ、そんなの普通だしっ。全然怖くないしっ」
言葉に出して発言すると限界までビビッているようにしか見えない哀しみ。
「……そうかよ」
ドンナは短く返すとこちらへと駆けてくる。
(ハーゲンなら脚狙いだったけど、こうなると胴狙いだな)
俺は狙う箇所を決めるとドンナの攻撃に身構えて目を細める。
「オラッ」
殺意で塗り固められたドンナの拳が飛んでくる。
俺はそれをかわしてナイフで腹に一撃を加えようとするも、赤黒くなった膝でナイフを跳ね上げられた。強い衝撃だったが弾き飛ばされないようにしっかりとナイフを握りこむ。
そこから軽く弾むようにして逆の足での蹴り上げが俺を襲う。
俺はそれを身をそらすようにしてかわす。
しかし、今度はその振り上げた足が俺の肩めがけて鋭く落下してくる。
それを横へ転がるようにしてかわし、素早く起き上がると同時に【短刀術】でバランスを崩したドンナへ向けて連撃を放った。
片足で踏ん張っていたドンナへ連続突きを繰り出す。
ナイフでの突きは腹部を二回捉える。
さらにそこへ蹴りを差し込んで相手との距離を離すことに成功した。
ドンナは腹部に蹴りを食らって数歩後退する。
俺はその間にドンナの方へ飛び込むように前転し、崖っぷちから離れた。
なんとか崖から離れると急いで立ち上がる。
ドンナはそんな俺を余裕たっぷりに目で追いながら蔑んだ目でこちらを見てくる。
「チッ、やっぱり弱いな。テメェにオヤジが負けるはずがねぇ」
一応ドンナから有効打はもらわず有利に立ち回っているのだが俺への評価は低いようだ。
「だからはじめから違うって言ってるだろ。確かにウーミンの街でそれっぽい奴に絡まれたけど、そいつは滅茶苦茶弱かったぜ。腹を裂いて返り討ちにしてやったけどな」
俺は服についた土を払いながらドンナを挑発する。
「テメェ!」
ハーゲンの死体の状況を話すとドンナの顔色が急変し、動きが完全に止まる。
「そうだ。そのときにそのハゲから奪った物があるんだがあんたにやるよ」
そう言って俺は懐から十センチ四方の黒い立方体を取り出すとドンナに軽く放り投げて渡した。
「何だそりゃ」
立方体を目で追い、受け取る体勢を取るドンナ。
「あいつの育毛剤さ」
俺はそう言いながら背後に隠し持ったレバーの蓋を開け起爆ボタンを押し込んだ。
耳をつんざく爆発音と激しい閃光に衝撃波が辺りを一掃する。
かなり至近距離での爆発だったため、俺自身も軽く吹き飛ばされてしまう。
爆発は崖付近の地面を抉り取りつつ収まっていった。
「テメェェェエエエエ! 殺すうぅうぅぅうぅ!」
崖際で位置関係が変わったのが幸いし、爆発の衝撃で抉り取られた地面と一緒に滝つぼに落下したのはドンナだった。ドンナは俺に怨嗟の言葉を吐きながら落下していく。
「……この爆弾って案外威力低いのか?」
目の前に広がる光景を見れば凄まじい威力だと分かるのだがドンナの生存を確認できる声を聞いてしまうと、どうにも疑い眼差しを向けてしまう。
(ドンナといい、ハーゲンといい体が頑丈過ぎるだろ……)
俺は滝に背を向けると兄貴達に加勢するべく、よっしー達と戦っている場所へ急いだ。
…………
「おい! 姉さんが落ちたぞ!」
俺が混戦地帯に辿り着くと、よっしー達のところからでも見えたのかドンナが滝に落ちたのを知ってうろたえていた。
「くそっ追うぞ!」
「わかった!」
どうやらよっしー達はドンナを追って滝へ移動するつもりのようだ。
「行かせると思うか?」
「「すっ!」」
それを阻むようにして対面に立つ兄貴達。そこに俺も合流する。
「悪いけど行かせてやってもらえないか」
俺はそんな兄貴達に背後から声をかける。
「あ?」
「「すっ?」」
俺の発言が意外だったのか兄貴と新人達はかなり驚いた様子だった。
確かに今の状況ならよっしー達を潰すのにはかなりの好機だ。
だが、それでもここは筋を通したい。
「よっしー。これで貸し借りゼロだ」
ビッグモンキーに襲われたときは本当に死にかけたし、本当に助かった。
そして戦闘が一時停止している今なら一旦仕切りなおしができる。
今回よっしー達を見逃せば後で尾を引くのは確実だが、あのとき助けてもらっていなかったら死んでいたのも事実。
この世界では自殺行為に等しい自己満足だが、それでもそうしないと気が済まない自分が居た。
「礼は言わないぜケンちゃん」
「腹が裂けたの知ってるってことはケンちゃんだったのか?」
「オヤジを殺るとかまじか?」
三者三様の言葉を残しながら俺たちから少しずつ距離を離していく。
「そのオヤジってのがハーゲンのことなら分かるだろ? こっちの言葉も一切聞かずに唐突に襲い掛かってきやがった。俺は抵抗する以外何もできなかっただけだ」
あのハゲは本当に話の出来ない奴だった。
あいつを知っているなら分かるだろう。
「あ〜、想像つくわ」
苦笑するよっしー。
「だな。殺してから考える人だしな」
頷くもっすん。
「まあ、ケンちゃんも運が悪かったな」
俺に同情してくれるゴマダレ。
「だが、姉さんもやっちまったし、次会ったら容赦しないぜ」
「まあ、あのゴリラはあそこから落ちて死ぬタマじゃないけどな」
「そう言ってましたって俺が姉さんに言っといてやるよ」
「「まじ勘弁!」」
決めポーズをする二人。
「「「ウェーーーイ!」」」
そしてハイタッチをする三人。
それを呆然と見つめる兄貴達。
「じゃあな、ケン」
「残念だけど仕方ないってことよ。ケンタッキー」
「もう一緒に飲むことはないな。毛」
三人はいつもの締めの言葉を俺に残し、武器を収める。
「毛はまじでやめろ。そういや前から気になってたんだけど何でゴマダレってあだ名なんだ? ウィリアムなら、うっちゃんとかでいいのに……」
遠ざかる三人に前から疑問だったことを聞いてみる。
「こいつの飼ってるペットの名前なんだよ」
「そうそう、それで面白がってみんなそう呼ぶわけ」
「おい! そんなことどうでもいいだろ! もう行くぞ!」
相変わらず三人でゴネゴネしながらあだ名の由来を教えてくれる。
どうやらペットの名前だったらしい。
しかしそのペットも可哀想な名前をつけられたものだ。
「「「次会ったら遠慮なしだ!」」」
三人は声をそろえて俺へそう言ってくる。
そう、次会えば貸し借りゼロでやり合わなければならない。
「次は俺が勝つ!」
とりあえずそう返しておく。
だが、もう会わないのが一番だろう。
よっしー達は俺たちに背を向けると滝の水飛沫でできた雲海のような霧の中へ消えていった。
「よかったのか?」
「「っす?」」
よっしー達を見送っていると後ろから兄貴達に声をかけられる。
「あいつらには借りがあったんで」
「そうか。まあ俺もお前に借りがあったからいいんだけどな」
兄貴は複雑な表情をしながらも、どこか納得した様子だった。
「借り?」
俺は兄貴に借りなんて作った覚えはないのだが人違いだろうか。
「お前には二度も命を救われたからな。俺はそういうのには細かいんだよ」
「二度?」
「お前は隠していたつもりかもしれないが、あんだけ色んなもんにぶつけられて引っ張られたら、いくら俺でも目を覚ますぞ」
バレれてたし。
「あ、ああ……。でもそれだと一回だよな?」
どうやら兄貴を引っ張ってオーガから逃げたとき、乱暴に扱ったせいで目を覚ましていたようだ。
だがそれをカウントするなら一回だ……。
あと一回はなんだろう。
「……お前はどっか抜けてるな。お前がオーガを倒したとき皮袋で顔を隠していたが俺を引っ張っていったときと同じ服着てたぞ? 同じ服で背格好が一緒なら気づくだろ?」
そう言いながら半眼で見据えてくる兄貴。
(あちゃー)
俺、頭隠して尻隠さず。
やっちまった感が半端ない。
皮袋を頭から被って、これで顔バレしないだろうとか思って駆け回っていたが、見る人によってはただの変態にしか見えなかったようだ。お粗末!




