21 燃え盛る種火
◆
そこは数時間前まで海賊のアジトだった場所。
その島は断崖に囲まれ外部からは切り立った孤島のようにしか見えないが、内部は巨大な縦穴があり、あらゆる設備が整った海賊たちの活動拠点であった。
しかし、今は見る影もない。船は沈み、居住区は破壊され、賊は全滅。
完全な廃墟と化していた。
そんな元海賊のアジトにある船着場。その近くにある茂みに女がいた。
女は茂みに隠した小船を出して島から出ようとしているようだった。
小舟を岸へ押し出し、島から出ようと準備を進めていると背後から人影が現れる。女がそれを察知し、振り向くと茂みから見知った男が出てくるところだった。
「あらあら、生きていたんですね。死んだかと思っていましたよ」
女は男に向けて軽口を叩く。
実際死んでいるだろうと思っていたため、軽い怒りもこもっていた。
「船を見つけたとき、もしやと思って待っていたがやっぱりあんただったか、俺は悪運が強い男だからな。偶然通りかかった男に助けられたんですよ」
男はオーバーアクション気味に両手を上げてニヤリとする。
「死んでいれば私が待たされた分は忘れてあげようと思っていたのですが、そうもいかなくなりましたね」
「おいおい、勘弁して下さいよ。こっちはギリギリまで接近したからバレて捕まったんですぜ」
苦笑する男は女に自分の身の上をオーバーアクションで説明する。身振り手振りが大きくなるのは癖のようだ。
「あらあら、妙なことを言いますね。私はギャングの武闘派幹部、ハーゲンを調べろと言っていたはずなのになぜ海賊に捕まっているんですかね」
「そのハーゲンが海賊を調べていたからですよ。どうやら最近入り込んだ女を追っていたようですが、さっきの騒動で死んじまったんじゃないですかね?」
男は軽口を叩きながらも報告を済ませる。
「女? そんな死体見ませんでしたね……」
顎に手を当てて記憶を探る女。
「こっちには来ませんでしたよ?」
男は身振り手振りを交えながら答える。
「生簀に落ちたのかもしれませんね。残念です……、色々聞きたいことがあったのですが」
「それでこれからどうしますか? ハーゲンは死んだんですよね?」
「ええ、捕まえることは叶いませんでした」
「となると、部下のドンナを着けますかい?」
「いえ、ドンナは私が追います。あなたには冒険者のケンタを着けてもらいます」
「誰ですか、そいつは?」
「私の意中の人ですよ」
「イーラさんに好かれるなんてそいつも災難だな……」
「あらあら、それはどういう意味なのですかね?」
美麗な外見とは裏腹に魅力的とは程遠い威嚇するような流し目を男に送る。
女の名前はイーラというようだった。
「いえいえ、何でもないですよ」
その目に射抜かれ縮み上がる男。
慌てて話題を変えようと口を動かし続ける。
「あ、そうそう。ハーゲンの死体はどうしますか? 持って帰ります?」
「あなたが持って帰るならどうぞ。私は箸より重いものは持ったことがないので」
「俺はついさっきまで飯も食わされずに監禁されてたんですよ? そんな重いもの持てるわけがない」
「なら冒険者に回収させましょう。ここの場所が分かるように情報を流しておいて下さいね」
「へいへい、じゃあその船に乗せていってもらえませんかね。あんたを待っていたせいで船に乗れなかったもんでね」
男は当然乗せて行ってもらえるものだろうと疑わない口調でそう頼んだ。
「あらあら、残念。これは一人乗りなんですよ。次は待ち合わせに遅れないようにして下さいね」
だが、イーラはまるで日常の事務仕事を淡々とこなすような顔でそう言うと船を押し出して一人で海を進みはじめた。
「まっ! 待ってくださいよ!」
男は慌てて海に飛び込むとその船にしがみつく。
どうやら男は海を泳いで帰る羽目になりそうだった。
◆
元海賊のアジトからイーラ達が立ち去った数時間後、ハーゲンの死体を囲む四つの人影があった。
「……テメェらどういうことか説明しろ」
四つの内の一つの人影が冷えた声で残りの三人に対してそう聞いた。
「ドンナ姉さん、オヤジが一人で動きたがるの知ってるっしょ? 俺らずっとハブられてて何があったか知らないっすよ。姉さんと一緒で伝言以上のことは知らねぇっす」
三人の内の一人が代表して説明する。
ドンナと呼ばれた女は本来、眼前の死体と同行するはずだった三人がそれを行わなかったために目の前の無残な結果を招いたと判断した。
だが、返答として説明された内容は何も知らないというもので、ドンナを納得させるには程遠いものだった。
「ヨハン、手ぇ出せや」
ドンナは白髪の様に薄い金髪をかき上げ、無表情にそう告げる。
ヨハンと呼ばれた男を見据えた青い眼は色素が抜けたような薄いのとは裏腹に、飢えた獣を思わせるほど獰猛さがにじみ出ていた。
ドンナは首を回しながら、ヨハンの方へと一歩、また一歩と近づいていく。
ヨハンとの距離が縮まるにつれ、口元が歪み、獣の牙のように鋭利な歯が姿を見せる。
「ちょっ……、勘弁して下さいよ」
ヨハンは明らかにうろたえた様子で数歩後退する。
「なんだ、首がいいのか?」
ドンナはつまらない物を見るような目で後退するヨハンを追いながら構えをとる。途端、死人を思わせるほど青白い両腕が内出血したかのように赤黒く染まっていく。
「…………ッ」
ヨハンはその言葉が冗談ではないと悟ったのか、小刻みに震え出す。
額にはじっとりと汗が滲み、眉間には数えきれないほどの皴が刻まれていく。
数秒の後、ヨハンは意を決したのか、震えながらも片腕を前に突き出した。
ドンナは軽く手を振るような動作で突き出した腕に手刀を振り下ろす。
すると、まるで剪定ばさみで枝を切ったように簡単にヨハンの片手が切り落とされた。
「クッソ! いってえぇぇぇぇええ!」
全身に脂汗を流しながら切れた腕を押さえて背を丸めるヨハン。
「おいっ大丈夫かッ! すぐに治療院に行かないとヤベェ!」
「姉さん、やりすぎっすよ!」
残りの二人がヨハンに駆け寄り、ドンナに抗議する。
「モスマ、オヤジは誰にやられたんだ?」
ドンナは二人の言葉に一切耳を貸さず、自分の知りたいことを淡々と聞く。
「俺らだって知らないっすよ! この場にいないのは俺らが探してたエルザって奴だけですし、そいつじゃないんですか?」
モスマは声を震わせながらまくしたてる。
ドンナに視線を合わせようとしないことからも、自分も同じ目にあわないかと冷や冷やしているのが一目で分かった。
「その女は片手がない。オヤジの傷を見ると両側から斬られている。傷の出来た箇所から見て、多分両手に武器を持った奴の仕業だ。しかも相当の手だれだ」
「……へぇ、ケンちゃんみたいな奴がいるんだな」
残りの一人が思い出したかのようにポツリと呟く。
「ウィリアム、誰だそいつは」
ドンナはそれを聞き逃さず問い詰める。
「え? 一緒に臨時パーティー組んでた奴っす。結構強かったよな?」
ウィリアムはドンナの視線に耐え切れなかったのか、助けを求めるようにモスマへ顔を向けた。
「だな。なんか何でもできるって感じだったし」
それを受けたモスマは早口で呟く。
「そいつの獲物はなんだ?」
ドンナはハーゲンの死体から目を離さず問いかけた。
「え〜っと、確か両手に片手剣とナイフ……を持って器用に使ってました……。後……、弓も上手かったです」
モスマは顎に手を当てながら中空を見つつ、切れ切れに言葉を紡ぐ。その様子から、当時の事を必死に思い出そうとしているのが窺える。
「そいつを探せ」
静かに通る声で指示を出すドンナ。
「え、でもケンちゃん全然関係ないっすよ?」
いくら死体の傷つけ方が似ていたとしてもそれ以外なんの共通点もないうえにその人物のことを良く知っているであろう二人は納得がいかないといった様子で聞き返した。
「いいから探せ」
ドンナは二度同じことを言わせるなと目に力を籠める。
ヨハンのように片手分減量したくないなら、もう一度訊ねることは許されないだろう。
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