表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/401

20 クラッシャーショウイチ


「あらあら、こんなところでお仕事ですか?」


 そんな聞き覚えのある口癖と、共に動かなくなった海賊の背後からひょっこり見覚えのある顔が現れた。


「……あんたはこんなところで休暇か? 海賊のアジトでバカンスとは変わった趣味だな」


 余裕がないのについそんなことを聞いてしまう。


 見覚えのある顔は以前街で道案内をした女だった。


 女の手には鋭く細長い剣が握られている。レイピアってやつだろう。



「休暇は初日だけですね。後はちゃんとお仕事してますよ? 今日も絶賛お仕事中です」


 女はまるで日常の事務仕事をこなすような軽い口調で俺に返事をしながら海賊の喉に刺さったレイピアを抜く。


 レイピアを抜かれた海賊はその小さな穴からは想像できない量の血を噴き出しながら倒れた。


「仕事っていうのは海賊退治か? それなら半分片付けておいてやったぞ」


「いいえ、ギャングの幹部の確保ですね。残念ながら失敗しましたが」


 そんな受け答えをしながらレイピアで二人目の海賊の喉を貫く。



「ここには海賊しかいなかったぞ?」


 エルザは違うし、牢に捕らえられていた人達の中にいたのだろうか。



「いいえ、先ほどあなたがお腹を開いたのがギャングの幹部ですよ。武闘派で有名なハーゲンという男です」


(はい、聞きたくない情報ゲット!)


 そういやあいつが一番それっぽかった。エルザを探していたようだったし。



 女はまるで指揮棒でも振るうかのように軽快にレイピアを相手の目前で揺らしながら喉を突いていく。


(またギャングかよ……)


 俺はそんな光景を見つめながら参っていた。



「あらあら、どうされました? 顔色が優れませんね」


「そりゃこんだけボロボロだったら顔色も悪くなるわ」


「そういえばそうでしたね。後は私が処理しておくのでお先に帰って結構ですよ」


 囲まれていた海賊を一掃してレイピアの血を払いながらにっこりと微笑んでくる女。階段に目をやると残っていた海賊が横穴から這い出そうとしているのが見えた。


「まあ、あんた強そうだし……。なら先に行かせてもらうわ。悪いな」


 今の俺では残っていても何も出来る気がしない。早々に立ち去った方が邪魔にならないだろう。


「ええ、私はこう見えて結構強いんです。あと結構偉いんですよ? もっと恩に着て下さい」


「分かったよ。御礼に今度何かご馳走するよ」


「あらあら、それは楽しみですね。ところで私の下で働きませんか? ギャング退治などが得意そうな顔をしていますし」


「勘弁してくれ。俺はこう見えて結構弱いんだ。あと結構小心者なんだよ! ギャングとなんか関わりたくない」


「それは残念です。気が変わったらいつでも声をかけて下さいね。あと、ご馳走楽しみにしていますよ」


「ああ、あんたの給料じゃ食えないようなのを食わせてやるよ」


「それは俄然やる気がでますね。仕事とは違いますが海賊退治もしておきますか。それでは御機嫌よう」


 そう言うと女は縦穴を伝う螺旋状の階段へ駆けて行く。


 俺はそれを見送ると二階の通路から出口へ向かった。



 出口から外に出ると丁度朝日が昇るところだった。


 どうやら夜が明けてしまったようだ。


 アジトの中も天井がなかったがそれどころではなく気がつくことはできなかった。あまりの眩しさに目元を手で覆う。


 俺は眩しさに目をしかめながら船着場へ向かった。



 まだ船着場には小船が残っていたので迷わずそれに乗る。


 腹部に激痛が走る上に粉々になった腕が熱い。


 どう考えても危険な状態だし、なるべく早く治療院へ行った方がいいだろう。



 俺は焦る気持ちを抑えて本土へ向かって船を進めた。


 …………


 しかし、全身のケガと腕が重症なことから船は遅々として進まなかった。


(これは一旦無人島へ行ってショウイチ君に本土まで連れて行ってもらった方がいいな……)


 俺は進路を変更し、ショウイチ君が住む無人島へ向かうことにする。


 片手かつ、慣れない手つきで舟を漕ぎ、島を目指す。


 腕は痛いが意識ははっきりしているので、ショウイチ君の家までは割とすんなり辿り着くことができた。


 ここまで乗ってきた小船は何かに使えるかもしれないのでアイテムボックスにしまっておく。


 家の中に入ると出迎えてくれたショウイチ君にケガを見せると顔面蒼白になって心配してくれた。


「ちょっ、大丈夫っすか!?」


「いやぁ粉々だわ」


「ポーションとか使います?」


「いや、ここまで酷いと治療院じゃないと無理だと思う。悪いけど連れて行ってくれないか? 一人で行こうとしたんだけど海を渡るのが難しくて」


「いいっすよ。じゃあモーターボートが停めてあるところまで行きましょうか」


「ショウイチ君って何気に世界観クラッシャーだよな……」


「あ、本土に行くついでにギルドで魔石を換金してきてもいいっすか?」


「いいよ。俺はその間に治療院に行ってるよ」


 その後、俺はショウイチ君の運転するモーターボートに揺られて島を出ると無事本土に辿り着いた。



 目立ちにくい場所から上陸し、集合時間を決めるとそれぞれの目的地へ向けて一旦別れる事となる。


 俺が治療院に着くころには結構時間も経っていて普通に診療を開始していたので早速治療してもらう。


「今日はどうされましたぁ?」


 診察室に通されると相変わらずゆっくりとした口調で症状を聞いてくる女性僧侶。


「あ、腕が粉々になったのと腹を強打しました。あと他にも色々と……」


「わかりましたぁ。そちらに横になって患部を見せてもらっていいですかぁ?」


「あ、はい」


 俺は素直に従ってベッドに横になる。


「はぁ〜い。それでは失礼しますねぇ……」


 女性僧侶は手馴れた手つきで患部を診察していく。


「幾らくらいになりそうですか?」


 今回のケガはかなりひどい。料金も覚悟が必要だろうと聞いてみる。


「そうですねぇ……。ッ!! あなた! 他の人を呼んで来て! 早くッ!」


 だが、俺の傷を診ていた女性僧侶は突然のんびりした口調が一変し、側に待機していた職員に増援を呼ぶよう伝えた。


「ぇ? 腕のケガってそんなに酷いですか?」


「腕は確かに酷いです! でもそれよりお腹の方がまずいです! これは内臓を損傷しています! 早く治療しないと死にますよ!」


「ぇ? 確かに腹もすごい痛いですけど腕の方が酷くないですか?」


「きっと見た目が酷いのでそちらに意識がとらわれていただけです! それにしても。よくこんな状態で歩いて来れましたね!? 料金は高くなるでしょうが治療しますよ!? いいですね!」


「あ、はい」


 死ぬかもしれないと分かって治療を拒む理由がない。



 急に怖くなってきた俺は借りてきた猫のように大人しくなってベッドで震えた。


 治療自体は回復魔法をかけるだけで終わるので短時間で終了したが、その間生きた心地がしなかった。


「あまり無茶はしないでくださいねぇ」


 治療終了後、元ののんびりした口調に戻った女性僧侶にたしなめられる。


「今回は事故みたいのものだったんで大丈夫ですよ。ありがとうございました」


 俺は礼を言って治療院を後にした。


 集合時間にはまだ時間があるので壊れてしまったナイフと片手剣、それに手甲を買いに行くことにする。


――武器屋に行く道すがら、元に戻った腕を見つめる。


 何度見ても慣れないが完全に治ってしまうのはありがたい。だが治療院に辿り着けないと治すことも叶わないわけで気をつけないといけない。今回は特に危険な状況だった。


 そんなことを考えていると武器屋に着く。早速同じランクのナイフと片手剣を購入し、次は防具屋へ向かい手甲も購入しておく。防具屋を出るころにはいい時間になっていたので集合場所へ戻ることにした。


 船を泊めているいる場所へいくとショウイチ君が待っていた。


 多分、魔石の換金だけだったので早く済んだのだろう。



 近づく俺に気づいたショウイチ君が手を振ってくれる。


 俺は手を振り返しながらショウイチ君へと駆け寄った。


「悪い、待たせちゃった?」


「あ、全然っす。それより腕は大丈夫でした?」


「おう!」


 そういって腕をグルグル回してみせる。


「治って良かったっす。んじゃ帰りましょうか」


「だな」


 二人で船に乗り込むとモーターボートは無人島へ向かって発進した。



 船はショウイチ君が操縦しているので、俺はやることがない。


 暇になった俺は何となくステータスを確認してみる。


 ケンタ LV14 暗殺者


 力 73

 魔力 0

 体力 28

 すばやさ 86


 レベルが上がっていた。


 どうやら人を殺してもレベルが上昇するようだ。


 レベルアップは嬉しいが、これからのことを考えると気が重い。



 俺は猛スピードで流れる景色を眺めながら考える。



 結構大事になったし一旦街から出るべきだろう。


 海賊だけならギルドの依頼にもあったし問題ないが、ハーゲンがまずい。



 今回は死体も放置したし、発見されれば騒ぎになる。


 何より人質を解放したのでバレるのは時間の問題だ。



 一応人質になってた人たちには顔は見られていないので大丈夫だとは思うが、念のためにも街を出たほうが無難だろう。といっても道案内した女には素顔を見られたし、面倒事になるのは御免だ。


 まだ冬には少し早いので一旦ゴブリンの森でスキル上げでもして、時間を潰してからメイッキューに向かえば丁度いいのではないだろうか。


 丁度ほとぼりが冷めるまで潜伏しているような状態になるし、それがいいかもしれない。


 と、今後のことを船上でぼんやり考えているとあっという間に無人島に着いた。


 モーターボートから降り、ショウイチ君にそのことを伝える。


「ショウイチ君、悪いけど俺、明日にはこの街を出ることにするよ」


「急にどうしたんすか?」


「ちょっとトラブルに巻き込まれちゃってさ。しばらく身を隠そうと思ってね」


「なら、ここにいればどうですか? 無人島だし隠れるには丁度いいと思いますよ」


 とショウイチ君が誘ってくれる。


 確かにここは隠れるにはうってつけだが、海賊のアジトから近いのが気になる。


 それに街には今回の一件の関係者が結構いるし、何かの間違いで鉢合わせても面倒になるだけだ。何よりこの島でトラブルに巻き込まれるような事になってしまえばショウイチ君に迷惑が掛かってしまう。


「いや、ウーミンの街と海賊のアジトから離れておきたいから出ることにするよ」


「そうっすか。寂しくなるっすね」


「また機会を作って遊びに来るよ。そのときはこの辺で手に入らないものでもお土産に持ってくるよ」


「わかりました。楽しみにしていますよ」


「そうだ! 今度来るときまでにできたらでいいから銃かバイクを作ってみてよ」


「ん〜……、パソコン作る合間にチャレンジしてみますよ」


 ショウイチ君はちょっと戸惑いを見せるが俺の頼みに首肯してくれる。



「期待してるぜ」


 そう言いながら肩をバシバシ叩く。


「ん〜、難しいと思いますよ?」


 腕組みしながら考え込むショウイチ君。


 ダメ元でお願いしてみたが案外面白い物を作ってくれるかもしれない。



「まあそんなに難しく考えなくても、便利アイテムなら何でもいいけどね」


 バイクも銃もなかったがハードディスクがついさっき大活躍だった。


 今回アレがなかったら死んでいたし、選択肢が増えればそれだけで大助かりだ。


 ショウイチ君のクリエイティブ魂に期待したい。



「とりあえず、今日はパーッとやろうぜ!」


 そう言いながら酒を取り出す。


 難しい話はここまでにして、今日は豪華に飲み食いしたいところだ。



「いいっすね! 飲みましょう!」


 ニカッと二人で笑い合うとショウイチ君の家へ向かった。


 家へ向かう途中であることを思い出す。



「……あ、ハードディスク全部使っちゃったんだけど、まだ残ってない?」


 折角貰った爆弾だったが全部使い切ってしまったことを思い出したのだ。


 残りがまだあるなら是非欲しいところだ。


「ええ!? 何やったんすか!?」


 こんな短期間で使い切るとは思っていなかったらしく、すごく目を見開いて驚くショウイチ君。その顔には“この人ヤバイ”と書いてあった。ヤバくないよ? 本当だよ?


「いや……ちょっと海賊のアジトを崩落させようとして全部使っちゃった」


 舌を出してテヘッと笑顔を作って誤魔化す。俺、マジ天然ドジっ子。


「あ、あぁ〜」


 ショウイチ君はそれを聞いて納得したようだ。


 その顔には“それならOK”と書いてあった。



「あれで全部だったのかな? 強いモンスターとか出くわしたときに重宝しそうだったから残ってるなら譲ってくれない?」


「探してみないとわからないですけど、後三個くらいは残ってた気がします」


「まじで! 頼むっ譲ってくれ! 俺にはアレが必要なんだ!」


 そう言ってショウイチ君の肩を掴んでグイグイ揺する。


「と、とりあえず部屋に行ってみないと分からないですって!」


「おう、すぐ行こう! 今行こう!」


 俺は両肩を掴んでいた手を背に回してショウイチ君を押すようにして家へ向かった。


 部屋に着き、家中を探してもらうと確かに三個あり、それを譲ってもらう。


 その後は二人で遅くまで飲み、早朝には挨拶を済ませてショウイチ君の家を出た。モーターボートで送ってもらうと目立つので今回は泳ぎで本土に戻った。



 少し街から離れたところに上陸し、そのまま街道を目指す。



 途中、街を見渡せる丘に出たので少し休憩しようと適当な岩に腰を下ろした。


 まだまだ夏のせいか朝でも容赦なく暑い。


 喉の渇きを潤すためにアイテムボックスから冷やしたビールを取り出す。


 丘から街を一望し、グビッとビールを一口あおる。



 ここもしばらく見納めだと思うと名残惜しい。


 空も海も限界まで青く、建物と入道雲は光のように眩い白だ。



 そんなどこまでも突き抜ける鮮やかな景色を眺めながらビールを飲む。


 ゴキュッゴキュッと喉が鳴る。



 舌で苦味を感じるも後味がスッキリして残らない。


 喉越しが強く、たまらない爽快感を感じる。


 夏に飲むビールはなぜこんなにも旨いのだろうか。


「っぱあぁっ」


 一気に息を吐き出す。


「うっま!」


 こんな場所で気持ちよくビールを飲むのは最高だ。


(もうちょっと居るか……)


 つい、そんな気持ちになってしまう。





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」





 俺が酒の余韻を楽しみながら街を眺めていると、それを遮るかのように大きな悲鳴が聞こえた。


 声の大きさからしてかなり近い場所のようだ。


 俺は慌ててその場へ急ぐ。


 …………


 そこには全裸で立ち尽くす一人の男がいた。


 俺は心配になって駆け寄る。


「おい、どうした! 大丈夫か!?」


「あ、ぇ?」


 男は放心状態なのか返答に困っているようだった。


「盗賊か! 盗賊にやられたんだな!?」


「い、いや」


 どうやら盗賊ではないらしい。モンスターだろうか。


「ということはモンスターか! 服を食うなんて新種か!? クッソ」


「あ、ああ」


 新種のモンスターか。まだこの辺りにいるのだろうか。


「とりあえず、ギルドに報告に行こう。一緒に来てくれるか?」


「いや、その、うわああああああああ!」


 男はしどろもどろになりながら全裸で逃げ出した。



 俺は全裸男の背中を見送りながらニヤリと口角が吊り上がってしまう。


 ……どうやら俺のメイッキューでのネタトーク(布教活動)が身を結び、ちょっとしたブームになっているようだ。


 こんなところで見知らぬ奴がやっているということは冒険者の間ではかなり広まっているのだろう。


 ここまで広まってしまえば俺個人としての印象は薄れ、行為の方に注意が向くはずだ。


 これで俺のメイッキューでのイメージも和らぐだろう。



 俺は自虐ネタの賞味期限が過ぎたことに安堵し、口元を緩めながらゴブリンの森へ向かった。





 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


 広告下にあるブックマークの登録、

 ☆のポイント入力をしていただけると、励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

   

間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ