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19 脱出


 ハーゲンは苦し紛れなのか固めた拳を解いて掌を見せると片手剣を握って受け止めた。


そんな事をすれば片手が使えなくなる。逆に俺は剣を手放せば両手がフリーになり、攻撃の機会が増える。どう考えても完全な悪手。


 しかし――。


「ふん!」


 掛け声と共にハーゲンが片手剣を握りこむと刃が粉々に砕け散った。



(なんだその握力は!?)



 刃が通らないのは分かっていたが、まさか握りつぶせるとは思っていなかった。


 俺が砕け散った片手剣に気をとられている間にハーゲンのもう片方の拳がこちらへ迫ってくる。


「くそっ……!」


 俺はそこで判断を間違え、【跳躍】を使って上空に攻撃を避けてしまった。


 ここは天井もないし、まわりは開けた空間で【張り付く】を使って静止できる場所がない。


 このまま落下すれば着地点で致命打を食らうのは避けられない。



 空中で焦るも、じわじわと地面が迫ってくる。


 俺はやけくそになって懐から残りの爆弾を取り出してハーゲンの頭目掛けて投げつけた。そして、適当なところでボタンを押し込み、起爆する。


 爆弾は激しい閃光と凄まじい衝撃を発生させて俺自身も吹き飛ばす。


「グアッ」


 俺は無防備な空中で衝撃をまともに受けて投げ出された。


 受身も取ることも出来ず、不自然な姿勢で地面に叩きつけられ転がる。



(クソッ、どうなった!?)


 重い体を引きずり起こしてハーゲンが居た方を見る。



 土煙が次第に晴れてくるも、そこには両脚でしっかりと立っている人影がうっすらと見えた。


(何で立ってるんだよ!)


 俺は心の中で悪態をつきつつも重い体に鞭打って何とか起き上がり、構えをとる。



「……やってくれたな……」


 視界がクリアになると、そこには両腕で頭部をガードしたハーゲンが仁王立ちになっていた。


 両脚が震え、今にも崩れ落ちそうだが立っている。


 上着は爆発で吹き飛び、上半身がむき出しになっていた。


 赤黒く変色した腕は肩の辺りでファイヤーパターンのような模様で途切れているのがはっきりと見て取れる。


 腕以外の部分、顔や首、上半身のいたるところには火傷の痕が見える。


 一目でかなりの重症であることが分かる。



 攻めるチャンスだが俺もまともに動けない。


 爆発で俺が吹き飛ばされたため、距離が空いているのもあり、今の負傷度合いでハーゲンの元まで駆けて行ってもその間に相手も態勢を立て直すだろう。


(そのまま倒れてくれよ!)


 そう思うが俺の願いは通じなかった。



 ハーゲンは調子を掴むようにこちらへ数歩歩く。


 そこから軽く走ったかと思うと一気に全力疾走にシフトし、こちらへ急速に接近してきた。



(もう大きく動けねぇ……。相打ち覚悟でいくしかない)


 相手の攻撃をかわして反撃するのが理想だが、今の状態ではうまくかわせる自信がない。土壇場でかわせず直撃を食らうくらいなら、はじめから食らって反撃するべきだろう。


 そう覚悟を決めるとドスに触れ、部分的に【気配遮断】を使おうと集中する。


 今から集中して発動するとなると確実に一発は貰うだろう。


 勝負はその後だ。


 ハーゲンが全身のケガを物ともせず凄まじい勢いで迫ってくる。


 俺はもう片方の腕でナイフを構えて迎撃態勢をとる。


(まだだ……)


 俺は【剛力】を使い、すばやさを犠牲に力の能力値を上げる。


 ハーゲンは自身の有効射程に入り、こちらへ拳を突き出してきた。


 俺はそれをナイフで刺し返そうと突き出す。


 しかし、ナイフは拳と接触すると先端が折れてしまった。



 俺はそれに構わずナイフを突き出し続ける。


 ハーゲンの拳は止まることを知らず突き進み、折れたナイフをさらに粉々にし、柄を握りこんだ手へ到達する。


(まだだ……)


 俺は【膂力】を使い、体力値を犠牲に力の能力値を上げる。



 防ぐものがなくなり、ハーゲンの拳は俺の手甲と手を粉々にしながら進み続ける。


 腕に激しい痛みが走るがスキルを切らさないように集中し続ける。


 拳は手首から肘にかけてを粉々にしようとさらに突き進む。


(もう少し……)


 俺は【耐える】を使い、一歩も後退しないようにする。



 ドスに添えた手が半透明になってくる。もう少しだ。


 ハーゲンの拳は肘下辺りまでを粉々にすると顔の方へ軌道を変えてきた。


 さらに、もう片方の拳が連続攻撃を行おうと、こちらへ向かって来ようとしている。



(いける!)



 俺は自身の手が半透明になったのを確認して【居合い術】でドスを抜き放ち、ハーゲンの胴へと向かわせる。次撃を行おうとしていたハーゲンは対応が一瞬遅れる。俺が放った【居合い術】による白刃の剣閃が奴の胴を通過した。


 ハーゲンの拳が俺の鼻先でぴたりと静止する。



 ……チン。



 まるで石像のように固まって動かないハーゲンと波の音しかしない空間でドスを鞘に収める音が木霊した。


 奴の口端からつぅっと血がしたたり落ちる。


「ガハッ」


 次の瞬間咳き込むように大量に吐血し、こちらをじっと見てくる。


「……この勝負、お前の……勝ちだ」


 ハーゲンはそう呟くと仰向けに倒れていった。


 天を仰ぐように体が反り返っていく。



 ドスの長さが短く、完全に貫通して切り裂くことはできなかったためハーゲンは上半身だけ反らし倒れていき、斬れずに残った背骨と背筋が下半身を支え、後頭部が足首に接触していた。



 そして、大きく開いた腹部からは内臓が溢れ出していた。


 血の鉄さびのような匂いと体液の匂い、胃液の据えた匂い、排泄物の匂い、潮の匂いが混ざり合って異臭となり、俺の鼻をつく。腹からはみ出た内臓は光を浴びて表面のぬめりが反射してテラテラと光り、血にまみれた桃の果肉を連想させた。


 そんな状態でもハーゲンには息があったので苦しまないよう止めを刺しておく。




 粉々になった腕をだらんとたらしながら立ち上がると崩落した横穴の方から大きな音が聞こえてくる。


 どうやら閉じ込めておいた海賊達が内側から土砂を撤去して抜け出すことに成功したようだ。周囲の状況を確認するためなのか大声で騒ぐ声も同時に聞こえてくる。


 這い出した海賊達は未だ態勢を立て直していないので今のうちに逃げてしまうべきだろう。


 俺はボロボロの体を引きずって小船がある出口へと向かった。


(……早くここから出ないと!)


 だが思うように走ることができず、出口に中々近づけない。


 あんなに出口は遠かったのだろうか。


 必死で走るがまだ着かない。


「ハァ……ハァ……」


 息は乱れ、玉のような汗とともに潰れた腕から血が滴り落ちる。



 這い出した海賊たちが周囲を見渡し、俺を見つけると一直線にこちらを目指してくる。


 俺と出口との間に螺旋状の階段を下りてきた何人もの海賊たちが溢れかえる。


 先頭集団が俺の眼前に迫ってきた。


 もう逃げ切るのは不可能だろう。



「死ねぇっ!」


 一番先頭にいた海賊が俺に斬りかかって来る。


 俺はそれをかわしながら【居合い術】で海賊の喉を裂く。ドスを鞘に収まったのを確認して【縮地】で斜め後ろに距離をとる。



 しかし、構えなおす頃には後方にいた二人の海賊が斬りかかって来ていた。


 俺は二人が縦一列になるように移動して正面の相手に【居合い術】で斬りかかる。ドスは相手の腹を裂いて戦闘不能にする。後ろにいた海賊がそれを押しのけるように前に出てきたところで【短刀術】に切り替えたドスで素早く胸を突く。


 二人目の海賊もそれで息絶えた。


 相手の死亡を確認してドスを鞘に戻すと、俺の周囲を五人が囲んでいた。


「来るのが早えよ……。もう少しゆっくりしてろよ」


 息も絶え絶えに悪態をつく。



 俺の言葉を無視して五人の内の一人が前に出て斬りかかって来た。


 海賊の刃物がスローモーションのようにゆっくりこちらへ迫ってくる。


 だが俺の体はコンクリートで固められたようにぴくりとも動いてくれない。



 何人殺せるだろうか。


 俺は生き残れるだろうか。


 腕の激痛で薄れる意識の中、そんなことが脳裏をよぎる。


 自然とドスに伸ばす手に力がこもる。



「……クソッ、やってやる!」


 迫る海賊を迎え撃とうと体が必要以上に力む。


 ドスを握る手に力が入る。


 タイミングを合わせて斬りかかろうと、じっと海賊を睨む。



 だがそいつは俺の数歩手前で固まったように動かなくなった。


 よく見ると喉から刃物の先端が生えていた。




「あらあら、こんなところでお仕事ですか?」



 そんな聞き覚えのある口癖と共に、動かなくなった海賊の背後からひょっこり見覚えのある顔が現れた。



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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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