7 わりとどこでも寝れるタイプ
翌日、少し余分にあった手持ちの食料で数日はまかなえそうだったので、三日間朝から晩までゴブリンをひたすら狩り続けた。そして四日目の朝、ステータスをチェックしてみる。
狩人スキル
LV1【短刀術】
LV2【弓術】 (弓の扱いが上手くなる)
問題なくスキルレベルが上昇していた。
どうやら石を使っても問題なくスキルレベルは上がるようだ。
二つしかサンプルはないが、スキルレベルLV1から2へ上げるのはそれほど難しくない感じがある。
それ以降はじわじわと上がりにくくなるようなので、ここからは地道にいくしかない。
そして新しく習得できたスキルは【弓術】だった。
魔力が0の俺にとって弓は貴重な遠距離攻撃手段だが、矢に金がかかることを考えると、今は使えそうにない。というか、使える未来が訪れるのだろうか……。
何かするたびに必要なものが増えていくせいで、いつまでたっても金が貯まらない。宿屋に泊まるのはもう不可能かもしれない。
そう思いつつ今日も日が暮れるまでゴブリン狩りを続けた。
…………
翌日、さっさとギルドで報酬を貰い、市場で買出しも済ませる。
その後、転職システムの検証のため武器屋に寄ってみる。
展示品の剣を持ち、メニューを開いて職業の項目を選択する。
すると戦士の職業が選べるようになっていた。
説明文には――
戦士:武器の扱いに長ける者。
特定の近接武器を装備した状態で職業の項目を選ぶ、もしくは戦士の経験を積むことにより選択可能になる。
――と書かれていた。
説明文を読む限り、結構間口が広そうな条件だ。
多分、説明にある特定の近接武器の中に短刀は含まれていないのだろう。
どうやら転職の方はうまくいきそうだ。
これなら武器を買わずに武器屋で武器を触って転職し、後は石をメインに戦えば戦士のスキルを習得できるだろう。
その後、色々な武器屋を回って様々な武器を手にとってみるも選べるのは戦士だけだった。杖に触れば魔法使いを選択できるかと思ったが何も出現することはなく、ちょっとがっくりしてしまう。
すぐ戦士に転職するか迷うところだが、今は狩人のスキルレベルを上げることに専念したい。このままギリギリまで狩人でいて、レベルアップする前に一旦暗殺者に戻ってレベルを上げる。
戦士にはレベルアップを終えた後でなるのが理想だ。
あまり手を広げて色々やっても把握できなくなるし、今は戦士にいつでも転職できることがわかっただけで十分だ。
(次はモンスターの死体処理の情報集めだな……)
転職の検証も終わったし、次は情報収集だ。
今日から街での滞在時間を増やし、本格的に情報を集めていくことにする。
街に留まる時間が増えると討伐の時間が減ってしまうので悩みどころだが、仕方ない。
そのかわり、食料などは買い溜めしておき、街に行かない日を作ってトータルでの討伐数はなるべく落とさないようにするつもりではある。
というわけで情報収集のため、酒場に行ってみることにする。
酒場が建ち並ぶ通りに着くとまず【気配遮断】を使って物陰に潜む。
宿屋の失敗から端から入るという方法はとらず、物陰から通りを覗いて人が沢山入っている店を時間をかけて探すという方法に変えてみる。
軽い気持ちで入ったら、薄い水割りでうん万とか取られたら泣いてしまう。
しばらく様子を見て一番人が入っている酒場を選び、中に入る。
まるで常連のような仕草でカウンターにつき、食事と酒を頼む。
(さて、どうしたもんか……)
酒をちびちび飲みながら考える。
会話をして何かを聞き出そうにもこちらから話せることが少ない。
話せば話すほど何も知らないことがばれてしまう。そうなると……。
(間違いなく騙されるわ。二セット買うと異常に値引きされる高級布団とか買わされそう)
そんな気がする。
まあ、布団は冗談にしても、弱みを見せたらつけこまれそうな感はある。
それほどにこの街は治安が悪い。
(当分は無理せずに会話を盗み聞きして一般知識を吸収していこう。そうしよう)
俺は【気配遮断】を使用し、客の会話に耳を澄ます。
…………
【気配遮断】の効果で店員に睨まれず長時間居座ることに成功する。
盗み聞きの結果、ほとんどの会話はとりとめのないものだった。
それでもこの世界の文化を良く知らない俺にはそんな話も貴重だ。
この世界の者なら知っていて当たり前でわざわざ話す必要のない事でも俺にとっては非常にありがたかったりするのだ。
得られた情報は以下の通りだ。
ここ数年、作物の収穫量がギリギリで供給や備蓄に影響が出ている。
そのため食料の値段が高騰し、食料を買うために他の物の値段も上昇傾向にある。
西の森で冒険者の死傷者が多数出ている。
南の森でゴブリンを見かけなくなった。
特に食料の高騰に関する話題はよく聞かれ、酒の入ったおっさんが大声で愚痴っている光景を頻繁に見かけた。
この街の治安の悪さ、チンピラカツアゲ率の高さはこの辺りが原因なのだろう。
そして南の森の話、間違いなく原因は俺だ。
この噂が流れているせいで南の森は狩場的にまずいという認識が広がり、誰も来ないという流れになっているのではないだろうか。どうりで誰も見かけないわけだ。
そして、危険な西の森には近づかないでおこうと心に誓う俺だった。
俺は情報収集という名の外食を終え、森に戻ることにする。
今回、市場で買ってきていたロープを使い、一つ新しいことを試してみる。
それは新しい寝床だ。木と木の間にロープを張って洗濯物を干しているときに思いついた。
といっても何か作るわけではなく。【跳躍】を利用して木に登り、体と木をロープで縛り付けて寝るという方法だ。これがうまくいけば、割とどこでも寝れるようになり、わざわざ安全な場所を探し歩く時間を減らせる。
早速、【跳躍】で木に登り、体に巻きつけておいたロープを木にも巻きつける。
そして【気配遮断】を使用し眠る。
…………眠れなかった。
多分姿勢が悪いのだろう。
ロープを外し、眠りやすそうな姿勢をつくれる木を探す。
キョロキョロと辺りを見渡していると大きくY字に開いた木が目に止まる。
あれなら木の角度を利用して、うつ伏せに寝るときの姿勢に近づける気がする。
Y字の木に移動し、手早くロープを巻きつけ【気配遮断】を使用し、目を閉じてみる。
いい加減で温かい日差しが当たり、姿勢も申し分ない。これなら眠れそうな気がする。
……しばらくウトウトしていると、違和感を覚え、目を開ける。
俺はどうやら夢を見ているようだった。
夢を見ていると自覚できるタイプの夢だ。
俺は木の枝に体を預けたままのんびりした動作で周りを見ている。
どうもガラス張りの小さな箱庭の様な場所にいるようだった。
ガラスの向こうに親子連れが見える。子供が俺を指差し母親に尋ねる。
「ママ〜あれなに〜?」
「あれはね、ナマケモノっていうのよ」
「へぇ〜パパみたいだね!」
「おいおい、パパはあんなに怠けていないぞ」
心外だなという顔を大げさに作り、子供を抱っこする父親。
「うそだ〜いっつもおうちでねてるもん!」
「うふふ、そうよね〜」
「うん!」
「参ったな」
幸せそうな家族劇場が眼前で繰り広げられ、受けなくていいダメージを心に負う俺。
父性とか発揮する機会に恵まれないのは俺のせいじゃないと思う。
どうやら夢の中の俺はナマケモノらしかった。それならもっと怠けないとな、プロフェッショナルとして恥ずかしくない怠け方をしないといけないな。
と決意を新たにしたところで目が覚めた。
ちょっと目尻が濡れていたが木の上で眠ることには成功した。
今の生活に疑問を感じる夢を見れるほどに。
とりあえずうまくはいったのでこれからは木の上で寝る方法を試してみることにする。目指せプロフェッショナルだ。
新しい寝床も手に入れ、次にやることといえばゴブリン狩りだ。
沢山狩ってスキルレベルを上げねば。
それから数日、街に行く日と森に居続ける日の感覚も大分つかめてきた。
新しい生活のサイクルが安定してきた頃、狩人スキルがレベルアップした。早速スキルをチェックする。
狩人スキル
LV1【短刀術】
LV2【弓術】
LV3【聞き耳】 (遠くの音や小さい音を聞き分けられる)
LV3は【聞き耳】らしい。
遠くの音を聞いて獲物を探したりしろってことなのだろうか。
森の中は意外にうるさいので周囲の音を拾いすぎれば逆に混乱する気もする。
むしろ森で使うより酒場での情報収集に使えそうだ。
以前酒場に行った時、酔っ払いの声が意外に小さくて会話を聞き取るのに難儀したのを思い出す。
少し使ってみたがかなり広範囲の音を拾ってしまうため、やはり索敵で使おうと思うと練習が必要そうだ。そういう意味でも酒場で使って慣れるのが丁度いいかもしれない。
…………
しばらくして情報収集に当てている日を迎え、街に着いた俺は酒場通りに繰り出す。
今回は心強い味方である狩人スキルの【聞き耳】がある。これで盗聴……いや情報収集がはかどりそうだ。
前回と同じ店の同じ席に座り、【気配遮断】と【聞き耳】を使用する。
はじめは全ての音が大きく聞こえて混乱したが、何度か練習すると聞きたい対象に意識を集中することで聞ける範囲をある程度操れるようになってきた。
今回メインで盗聴していきたいのは冒険者だ。受付の威嚇おばちゃんのせいもあり、今の俺には有用な情報が不足している。相変わらず冒険者ギルドでは同業者に会わないので、何を聞いても参考になるはずだ。
俺はテーブル毎に【聞き耳】を使用し、冒険者を捜す。
…………
じっくり粘って聞いてみた結果、以下のような情報を手に入れた。
物価が上昇しているため別の街に活動拠点を移す冒険者が増えている。
周辺にもその情報が伝わっており、冒険者が街に来ない。
西の森で死傷者が出ている原因はオーガのようだ。
街を出る冒険者がついでに要人や運搬の護衛任務を受けるため護衛任務の倍率が上がっている、等だ。
手に入れた情報から判断すると何度ギルドに行っても冒険者をほとんど見かけないのは街から出ているのと、オーガにやられたためという線が濃厚だ。
それから何週間か情報を収集したが、それ以上めぼしい話は聞けなかった。
冒険者の数が減っているので、情報が思うように集まらないのだ。
その日も特に目新しい情報はなく、そろそろ店を出ようと席から腰を上げたとき、一際大声で話す三人組が入店してきた。