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18 激戦


「アッハ! 二度も同じ手に引っかかるわけないじゃない!」


 エルザは俺のドロップキックをひらりとかわしてみせた。


 俺の体は渡り廊下から飛び出してしまい、鮫の生簀の上にあっけなく放り出さる。



「そのまま鮫の餌になればいいのよ!」


 俺はその言葉を無視し、屈伸するふりをしてアイテムボックスから出しておいた先端を輪っかにしたロープをエルザ目掛けて投げつけた。


 ロープは首にするりとはまる。



 俺はそれを確認するとエルザの首を支点にしてターザンのように渡り廊下の裏側へと移動する。


 首にロープがかかったエルザはロープに引っ張られて一気に渡り廊下の端まで引きずられた。


「あああああっ!」


 エルザはロープを振りほどこうと暴れるがうまくいかない。


 俺は反動でエルザとは反対側の渡り廊下裏面の端に移動すると【張り付く】を使って足を固定して逆さまに直立し、ロープを思い切り引っ張った。



 はじめは抵抗があったが、ある瞬間を境にロープを難なく引き寄せられるようになる。


 それと同時にエルザはコートから鉄杭をばら撒きながら鮫の生簀へ落下した。


 船長の部屋で刺したとき、軽く違和感を覚えたは多分コートにびっしり鉄杭がしまってあったためだ。


 そのため致命傷を免れて再度俺の前に現れたのだろう。


 落下中のエルザと眼が合う。


 俺が渡り廊下の裏側に張り付いていたことに驚愕の表情を見せながら成すすべもなく生簀へ落下していく。


 エルザは大きな音を立てて水面に叩きつけられると落下の勢いでそのまま沈んで一瞬見えなくなる。


 すぐに水面から頭を出したがエルザの周囲には数個の鮫の背びれが電源を切った扇風機の羽のような速度でグルグルと回っていた。


「お前を殺す! 絶対殺してや……」


 エルザは俺に義手を向けて怨嗟の言葉を叫んでいたが最後まで言い切れず、何かに引きずり込まれるように高所から落下するような速度で沈んでいく。


 しばらくすると水面がじわりと真っ赤に染まっていった。


 そして生簀が赤黒く染まり上がる頃に何かがぷかりと浮いてきた。





 それは足だった。



 俺がそれを確認した次の瞬間、一匹の鮫が大口を開けて浮上したかと思うと、その足をくわえて一瞬で潜っていった。


 ……赤黒い生簀には鮫以外何も残っていなかった。




 俺はそれを見届けると渡り廊下の裏から飛び降りて一階の生簀の淵に着地した。


「さて、二階に戻るか……」


 これで邪魔する者はいない、今度こそ帰ろう。


 そう思い、階段へ向かおうと生簀に背を向ける。すると正面に人影があった。




「止まれ」



 その人影は端的に用件を伝えてくる。


 こちらへとゆっくりと進んでくるのは見知った男だった。


「ハーゲン……」


 散々勝負を吹っかけてきたあの男だ。


 いつものような怒りっぽい表情ではなく、どこか達観した感じが見える。


 まるで体の芯に怒りを秘めているような目でこちらを見据えたまま静かに口を開く。


「お前は海賊か?」


「違う」


「あの女の仲間か?」


 生簀の方を指差して問われる。


「違う」


「俺にはあの女かその関係者が必要だったが、お前が全部やっちまった。だから、お前が俺と一緒に来い」


「断る」


「なら、死ね」


 短い言葉とは裏腹にハーゲンから発せられた息が詰まるほど濃密な殺気が俺に向けられた。


 空気が薄くなったのかと錯覚するほど息苦しい。俺を殺すつもりだというのが言葉ではなく、殺意そのものが雄弁に語りかけてくる。


 向けられた殺気のせいか肌がチリチリする。誰かが俺を殺そうとしている事を感覚でこれほど分かったのははじめてだ。


 奴の眼が飢えた獣のように獰猛になる。


 獣が身構えるようにハーゲンが構えをとる。


 武器は持っておらず素手のままだ。



 一見無防備に見えるため、益々不気味に見える。


 一体何をしてくるつもりだろうか。


「フウゥゥ」


 まるで空気の流れが目で見えそうなほど深い呼吸をすると、見る見るうちにハーゲンの両手が内出血したように赤黒く染まりはじめた。


 拳は光を反射せず殺意を固めたように濁った色に染め上がっていく。



 俺はそれを目で追いながらナイフと片手剣を抜き、構えをとる。


 ハーゲンは息を吐ききると赤黒い拳を構えたままこちらへ接近してきた。


 結局武器は装備していないままだし構え方からして素手で殴るつもりなのだろう。


 奴はあっという間に有効打が入る距離まで近づくと、迷わず拳を繰り出してくた。とても大振りな打撃だ。


 以前、街の門前でケンカになった時にも感じたがハーゲンの殴り方は武術のそれではなくケンカの殴り方だ。オリン婆さんと散々稽古したからその差にも気づくことができる。



 動きにムラがあり力任せの殴り方で隙が大きい。


 ただ、今回打ち出された拳は以前とはスピードが段違いだった。


 こちらの対応が遅れると直撃は免れない。


 だが、正面からの戦いなら船長と戦った時のように鉄杭の邪魔でも入らない限り、かわすのは難しくない。


 俺はしっかりと見て迫る拳をかわしつつ、【短刀術】で伸びきった腕に連撃を見舞う。腕を数回斬りつけることに成功したが妙な手応えを感じた。


 お互いの攻撃が交差し終わり、再び少し距離が離れる。


 斬りつけたハーゲンの腕を視認すると、衣服が切れているのは確認できたが出血していない。切れた袖の隙間からは拳同様に赤黒い色が見て取れた。



(変色している部分は頑丈になっているってことなのか)


 ハーゲンは軽装で防具もつけていない。


 それなのに斬った腕を見る限り無傷のようだった。


 あの変色に何かありそうだ。


 切りつけたあとから判断すると腕は肩辺りまで変色しているようだが首や顔は肌色のままだ。


(なら次は腕以外を狙う)


 俺は次に攻撃する箇所を絞りながら武器を構えなおす。


 じりじりとすり足で動き、間合いを調節する。



「こそこそ逃げ回ってた割にはやるじゃねぇか」


 ハーゲンは赤黒い腕を顔の前に寄せて構えながら血走った目でこちらを射抜く。


 殺し合いをケンカの延長線上として捉えているような、真剣なのにスリルを楽しんでいるような、そんな顔をしている。


「今までのも、今回のも俺の勝ちだ。勝負は俺の全勝で終わるさ」


 俺は虚勢を張って自分を奮い立たせる。


「ぬかせ!」


 ハーゲンが地を蹴ってこちらへ接近する。


 俺はそれに合わせて【縮地】を使って後退し、相手の攻撃のタイミングをずらしにかかる。


 が、ハーゲンはそれに即座に反応し、もう一度地を蹴って俺に接触できる距離まで詰め寄ってきた。



 ハーゲンの拳が飛んでくるタイミングに合わせて片手剣で【剣戟】を使って拳を弾く。


 即座に【短刀術】に切り替え、相手の太股の内側を狙って数回斬りつける。


 肉を切る手応えがはっきり伝わったので、しっかりと押し当てて刃を引く。



 脚を斬られたハーゲンが一瞬硬直したのを確認し【短刀術】から【剣術】に切り替えて【剣戟】で上方に上げたままだった片手剣を相手の肩口目掛けて振り下ろす。しかし、それは奴のもう片方の腕に防がれてしまった。


 防がれている間にハーゲンの弾いた腕が手元に戻って、こちらへ拳が振りぬかれる。


(かわせる!)


 俺はその直線的な拳を難なくかわしてやりすごした。


「グッ!」


 かわしたと思った次の瞬間、腹に鈍痛が走る。


 俯けば、ハーゲンの中段蹴りが横っ腹にめり込んでいた。



 しかも、今までの拳の動きとは違い、洗練されていて鋭い一撃だった。


 痛みと予想外の一撃にワンテンポ遅れて俯く俺に容赦なく後頭部に肘が突きおろされる。



 俺はその威力を少しでも減らそうと地面に倒れこむようにしてかわす。


 受身も取れずに胸を地面に打ち付けたが肘をかわすことには成功した。



 うつ伏せになって無防備な俺をハーゲンが踏み潰そうと足を振り下ろしてくる。



 俺はそれに反応してうつ伏せのまま【縮地】を使ってハーゲンの股下を抜ける。


 脚の側を通るタイミングで斬りつけ、両脚に傷を負わせながら離脱に成功した。


 すぐに前転しながら立ち上がって振り向く。



 そこには地を蹴って接近するハーゲンの姿があった。


 やはり拳を乱暴に突き出してくる。


 それを目で追い、しっかりとかわす。


「ウッ」


 かわした瞬間膝下に痛みが走る。


 下を見ればハーゲンの下段蹴りが俺の脛を捉えていた。



 バランスを崩す俺に上から力任せの拳が振り下ろされる。


 倒れそうになりながらも拳と反対側へ逃げ、さらにバックステップで距離を離す。


 武器を構えなおし、ジリジリとハーゲンの側面へと歩を進める。



(拳は力任せなのに、蹴りが正確で鋭いな)


 あの赤黒い拳の方は当たれば一撃で沈みそうな予感がするため、どうしても意識がそちらへ持って行かれてしまう。そこへ狙い済ましたかのような鋭い蹴りが胸下に来る。


 蹴りの方は威力は高いが一撃で死ぬほどではない。


 だが、何発も受けて平気で済むわけでもない。


(多分、拳をわざとスキルなしで打って、かわしたところをスキル有りの攻撃で攻めてきているんだな……)


 攻撃にメリハリがあるのはそういうことなんだろう。


 だが、俺の攻撃があの赤黒い腕に効かないと分かってからは脚へ集中させている。このまま攻め続ければハーゲンの脚は使い物にならなくなるはず。


 ここからは俺が動けなくなるのが先かハーゲンが先かの勝負になりそうだ。


 そんなことを考えながら間合いを調節していた俺にハーゲンがタイミングを合わせて飛び込んでくる。そしてこちらの予想通りに力任せの拳を突き出してくる。



(拳だけじゃなく、その次のことも考えて動く!)


 今までは拳をかわしたあとに反撃しようとしていたため、最小限の動きで抑えていたが今回はその後のことも考えて大きくかわしつつも体勢を保つようにする。


 拳をかわして下半身に視線を集中して蹴りに備える。


 しかし、脚に動きはなく、上から気配が迫っているのを感じ、慌てて顔を上げると頭突きが迫っていた。


「クッ」


 反応するのが遅れ、もろに頭突きを食らう。


 そして、頭突きをもらって怯んだところに狙い済ました拳が飛んできた。


 今までの力任せの拳ではなく、研ぎ澄まされた鋭角な突きが迫る。


(スキル有りか!)


 スキルのせいか拳の速度ものっている。


 散々繰り出してきた拳とは違うため咄嗟に体が上手く反応しない。



【縮地】でかわそうにも発動時に一瞬溜めが必要なので間に合わない。


 俺は無理やり体を捻って少しでも接触面積を減らそうともがく。


 ささやかな抵抗も空しくハーゲンが突き出した拳は俺の左脇腹に接触するとスポンジでも押すかのように簡単にめり込んだ。


 肋骨の下端と腹筋が必死に抵抗してくれるが赤黒い拳は突き進む。


 肋骨を砕き、内臓を破壊しようと筋肉が引き千切れるほど伸びきったところで俺の体は衝撃に堪えきれず吹き飛ばされた。


 凹凸のある地面を高速で滑る。なんとか抵抗しようともがくも、勢いが強くて止まらない。原付でこけた奴の気持ちがよく分かる気分だ。


 肌が露出する服をきていたら今頃ダイコン下ろしの気持ちもよく分かっていただろう。派手に数メートル吹き飛ばされたところで、やっと威力が収まる。


 しかし、立ち上がれない。ふらふらと身を起こすのが精一杯だった。


(早く立たないとあいつが来る……)


 倒れたまま顔を起こせばハーゲンが地面を蹴っているのが見えた。



 だが、少しスピードが落ちているのがわかる。


 俺が脚を斬ったダメージが出てきているのだろう。


「オラァッ!」


 俺は声を張り上げて気合で立ち上がる。



 こちらが立ち上がるのと同時に接近してきたハーゲンの拳が繰り出される。


 今回はスキルなしの力任せの拳だ。


 俺はそれを危なげなくかわす。



(次も頭突きだろ!)


 さっきは虚を突くために頭突きをしたと思っていたが、今の動きを見て脚のダメージが深刻なための苦肉の策だったと判断し、自ら頭突きをかまして迎え撃つ。



 予想は的中し、ハーゲンの頭突きを頭突きで受ける。


 ゴリッと鈍い音が響き、お互いの額が激突する。


「グッ」


 ハーゲンが顔をしかめ、声を漏らす。


 こちらが身構えていたため、ハーゲンの方が怯む形となった。


(ここだ!)


 俺は動きが鈍ったタイミングにあわせて片手剣を叩き込んだ。



 ハーゲンは苦し紛れなのか固めた拳を解いて掌を見せると片手剣を握って受け止めた。そんな事をすれば片手が使えなくなる。逆に俺は剣を手放せば両手がフリーになり、攻撃の機会が増える。どう考えても完全な悪手。


 しかし――。


「ふん!」


 掛け声と共にハーゲンが片手剣を握りこむと刃が粉々に砕け散った。



(なんだその握力は!?)


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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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