17 鍵を探せ
(中へ急がないと!)
俺は沈み行く海賊船に背を向けて牢を目指す。
矢が刺さって倒れた二人をまたぐと、横穴の中へ侵入した。
…………
「おいお前、外の様子見て来いよ!」
「ここを離れたら何されるかわかんねえじゃねぇか! お前が行けよ!」
横穴の中へ入ると大声で言い争う二人の声が聞こえてくる。
会話を聞く限り、ここの見張りも二人のようだ。
外の音が気になるが見張りを離れるわけにはいかず、揉めている様子。
洞窟の中は一直線の道になっていたが軽く曲線を描いていた。
声のする方へ向かうと二人が少しずつ見えてくる。
俺の方から見て二人は縦一列に並んでいるので入り口のように弓で一度に倒すことはできない。
俺はこちらに背を向けて言い争っている方に矢を射った。
矢は後頭部に命中し、男は言い争っていた相手の方へ倒れる。
俺は素早く壁に背を預けて身を隠す。
「てめぇ何だよ! 気持ちわりぃな! 寄りかかんじゃねぇ!」
もう一人の男は倒れ掛かってきた男を振り払い、そこで男の後頭部に刺さった矢に気づく。
「あ?」
男が矢に気をとられた瞬間を狙ってすかさず飛び出し、男の顔目掛けて矢を射った。矢は眉間に命中し、男をあっさり絶命させる。
そして男が倒れるのを確認せずに一気に牢の前まで移動する。
牢の中を見ると先ほど連れていかれた人たちとはじめて見る顔ぶれが全て同じ牢に入れられていた。
多分、明日の引き渡しを考えて一まとめにしてあるのだろう。
ざっと見渡すも他の牢には誰もいないようだった。
俺は倒した男に近づき、腰についた鍵束を抜き取る。
「それはダミーだ。本物は船長が持ってる」
声のする方を向けば牢の鉄格子に手をかけてこちらを見る男がいた。
俺はその声を無視して鍵で牢が開くかを試す。
「無駄だ。船長の部屋の机の鍵付きの引き出しに入っているはずだ」
「本当か?」
声は聞かれたくなかったので少し低く声音を作って短く質問する。
「ああ、明日までになんとかここを脱出しようとしてたからな」
実際、今手に入れた鍵では牢を開くことができなかった。
残った爆弾で鉄格子を爆破させたいところだが牢が狭いので中の人間にまで被害が及んでしまう。
しかし、鍵を取りに行こうにも船長の部屋へ通じる道はここへ来る前に爆弾で崩落させてしまった。
「他に方法は?」
「あったらここにいると思うか?」
男はオーバーアクションに両手を上げる。
俺は男を無視して背を向けると横穴を出た。
(残った爆弾で再度穴を吹き飛ばすしかないか……)
そう思いながら一番上の横穴へ移動する。
横穴の前に到着して確認してみるとギリギリすり抜けられそうな隙間を見つけた。どうやら崩落の際に大き目の岩が落下して重なり合ったようだ。
(もう一回爆破してうまくいくかわからないし、ここを通った方が確実か。でもここからだと、一度入ったら急いで出入りすることはできないな……)
隙間は身を屈めてやっと入れるような大きさだ。
向こうに待ち伏せがいれば終わる。
そう思い、【気配察知】で確認してみると奥の部屋に二人いるだけだった。
この辺りには誰もいないようなので待ち伏せは大丈夫そうだ。
(ややこしいことになってきたな……。でも途中で投げ出すには寝覚めが悪すぎる!)
俺は悪態をつきながら岩の隙間を抜けて船長の部屋の前まで移動した。
【気配察知】で中を探ると全く動いていない。
扉を良く見ると崩落の影響で歪んでいて簡単には開かなくなっていた。
このせいで中から出られないのだろう。
本来ならありがたい話なのだが今はここに無理やり入らなくてはならない。
(問題は入り口がここしかないってことなんだよな)
正面の扉を開けなければ入れない。侵入するとモロバレだ。
(爆破するか?)
そう考えるも、鍵が変形したり崩落して取り出せなくなったら目も当てられない。
焦っているせいか爆破直結脳になってしまっている。気をつけねば。
(正面突破しかないってことだな)
俺は意を決して扉に体当たりをした。
何度もぶつからないと無理かと思ったが一度で扉を破壊でき、中へそのままなだれこむ。
扉は歪んだ影響もあり外側から破壊して入るのには案外簡単だったようだ。
「誰だ!」
「誰でもいいじゃない、扉を壊してくれたんだし、あいつを殺して外にでましょう?」
眼前には船長とそれにぴったりくっつくエルザがいた。
(鍵だけ取って逃げるってわけにはいかないよなぁ)
俺がそんなことを考えている間にも船長は剣を抜く。そして船長の腕に絡みついていたエルザはすっと離れる。
「お前の仕業か!」
船長の怒声に俺は無言を貫く。
静かに体を動かし、ナイフと片手剣を抜いて構える。
「くたばれぇぇええっ!」
船長は剣を構えて突進してきた。
俺は青龍刀のような船長の剣を【剣戟】で弾き、がら空きになった胸目掛けてナイフを突き出した。
しかしナイフを突き刺そうとした次の瞬間、側面から気配を感じて身をそらす。
側面から迫ったそれは俺の胸の前を通り過ぎて壁に突き刺さった。
壁に食い込んだそれは鉛筆のような細めの鉄杭だった。
飛んできた方へ視線をやればエルザが残念そうな顔をしていた。
「アッハ、惜しい」
全く悔しくなさそうな声でそう言いながら懐に手を入れ、新たな鉄杭を取り出すと指の間に三本挟んでいる。次は三本同時か三連続で投げてきそうだ。
「余所見してんじゃねぇ!」
俺がエルザの方に気をとられていると今度は船長が斬りかかってくる。
それをすんでのところでかわす。
が、かわして姿勢が不自然なところを狙って鉄杭が三本同時に飛んでくる。
俺はそれをバックステップでもするように【縮地】でかわす。
(……やり辛い)
一人ずつなら大したことない相手だと思うが二人同時だと手ごわい。
船長は荒っぽい動きしか出来ない様子なので、ここは的確なアシストをしてくるエルザを先に狙うべきだろう。
そう考えて標的をエルザに変えようと視線を向ける。
「アッハ、怖い怖い」
俺の視線を受けたエルザは鉄杭を取り出しつつ、船長の背後へ周るように移動しはじめる。
「オラァッ!」
それと入れ替わるように船長が声を荒らげて斬りかかって来る。
その剣を片手剣で受けながらエルザを探すと俺の側面に回り込むようにして走りつつ鉄杭を投げてきた。
俺は【縮地】を連続で使って距離を離し、船長の剣と鉄杭をやり過ごす。
そこから身を翻すと飛び込み前転をするようにして入り口へ引き返した。
壊れた扉を抜けて滑り込むようにして入り口の壁に背をつける。
(両方一気に片をつけないとダメだ)
そう考えてアイテムボックスから特大の石を出す。
それはかなり大きく、上半身が隠れるほどの大きさなのでほぼ岩といってもいい。
俺はそれを抱えて再度部屋へ突入した。
「アッハ!」
俺が部屋に入る瞬間を狙ってエルザが鉄杭を投げてくる。
だが、頭を狙って投げたであろう鉄杭は俺の持った岩に弾かれる。
「なっ!?」
船長はその岩に驚いて声を上げるが俺はお構いなしに岩ごと体当たりをするつもりで突進する。船長は岩目掛けて剣を振り下ろすが弾かれてしまい、姿勢を崩した。
「オリャアァッ!」
俺は岩を持ったまま船長に体当りをかます。
船長は体当たりをかわさずに不自然な姿勢で受け止めてしまった。
好機と判断し、そのまま壁まで船長を押し込んでいく。
船長は姿勢を崩したまま岩を受け止めたが踏ん張れず、そのまま岩と壁に挟まれる。
俺は岩を壁に叩きつけるつもりで勢いをつけて間にいた船長を押し潰す。
ぐちゃりと軟骨を含んだ肉団子を挽くような音を立てて船長はあっけなく潰れた。船長の死を確信した瞬間、ガタッと何かにつまづくような音が聞こえる。
岩を抱えたまま小さな物音がした方に振り向くとエルザが逃げようとしているところだった。
どうやら破壊された扉の木片を蹴ってしまったようだ。
俺は岩を放すと片手剣を抜き、一気に距離を詰めてエルザを背中から突き刺した。刺されたエルザはそのまま前のめりに倒れて動かなくなる。
(うし、さっさと鍵を取ってここから出ないと……)
一応今のところは上手く立ち回れていると思うが、ずっと綱渡り状態だ。
一人でやっていることだし、外部から増援でもくれば一発で終わる。
焦る気持ちが治まらない俺は周囲に異常がないのを確認してから船長の机へと向かう。
(鍵は引き出しだったな)
俺は鍵のかかった引き出しを剣で壊して開け、中からお目当ての鍵束を取り出した。
「これか」
鍵束を手に入れると急いで横穴から出る。
一階へ降りた後、他の崩落した穴にも隙間があったら大変なので見渡してみる。
目視で確認した限りでは他の崩落した部分は隙間などなく、中にいる賊が外へ出てくることは難しそうだ。
俺はほっと胸を撫で下ろしながら牢のある横穴へと戻った。
「あったのか?」
牢の前に辿り着くと鍵の在りかを教えてきた男が聞いてきた。
他の閉じ込められていた人達も気が気でなく、ざわつきはじめる。
俺は無言で鍵束を出して牢の扉を開けた。
「すまねぇ! 助かったよ」
男は俺の手を両手で握ってブンブンと振り回してきた。
「あんたには借りができたな。といっても金は全部とられちまったし……。そうだ! これをやるよ」
男は懐からカジノチップのような物を取り出して俺に渡してくる。
「こいつは許可証みたいなもんだ。大体どこの街にも夕闇亭っていう小さな酒場がある。表向きは安酒しか出さない立ち飲み屋だが、こいつを見せれば知りたいことを売ってくれる情報屋に早変わりだ。必要なときは使ってくれ」
男はそう言って俺にチップを握りこませると足早に横穴から出て行った。
それに続くようにして他の人達も牢からのそのそと出てくる。
「二階の横穴から外に通じる渡り廊下がある。その先に小船が何艘が停まっている船着場がある。そこから本土へ帰れ」
俺がそう伝えると全員の表情が晴れやかなものに変わり、二階を目指して力強く歩き出した。殿の俺は皆の最後尾から着いていく。
俺もこのまま小船で帰れば無事終了だ。
(なんとかうまくいったな……)
全員が二階奥の扉から外に出たのを確認して俺も外に出ようとした瞬間、風切り音がして振り向く。
振り向いたため飛んできた物の狙いがずれ、頭巾の結び目をかすめた。
頭巾が破けて地に落ちる。
俺が地に落ちた頭巾から視線を戻して音がした方を向けば、そこにはエルザがいた。……飛んできたのは鉄杭だったようだ。どうやらさっきの一撃が浅かったらしい。
「アッハ、どこかで見たことある顔だと思ったらあの時の馬鹿な新人冒険者じゃない」
はじめは俺の顔を見てピンと来なかったようだが、しばらくじっと見た後、完全に思い出したのか喜色を浮かべる。
「お前、前はアッハとか言ってなかったよな? 今になって妙なキャラ付けとかやめろよ」
「アッハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
俺が呆然とする中もエルザは笑い続ける。
が、息が切れたのかそれが途切れ途切れになりはじめた。
「ヒュー……、ヒュー……、ハハハハハ……ヒュー……ハハハハ……」
エルザは過呼吸のような状態になっても笑い続けようとする。
なんかキャラ付けとかそういうレベルじゃなかった……。
「今まで面白可笑しく生きてきたのに……お前のぉせぃいでぇええええ!」
怒りをあらわにしたエルザはフック状の義手をを引き抜かんばかりに握り締め、片方だけになった目で俺を睨みつけてくる。
自業自得なのになぜか俺のせいになっている不思議。
エルザは全身を震えさせながらこっちを睨んでいるがあまりに感情的になり、身動きもできないようだ。
俺は両手で軽く頬を叩くと、屈伸をして脚をほぐす。
そして助走をつけると一気にジャンプした。
「オッラアアアアアッ」
エルザに向けてドロップキックを放つ。
「アッハ! 二度も同じ手に引っかかるわけないじゃない!」
エルザは俺のドロップキックをひらりとかわしてみせた。
俺の体は渡り廊下から飛び出してしまい、鮫の生簀の上にあっけなく放り出された。




