16 侵入
目を凝らしてみるとどうも船に違和感を覚える。
「あれって海賊船じゃね?」
俺の呟きにショウイチ君もハッとして船を凝視する。
「あ、ほんとだ! なんかそれっぽい人が乗ってますね」
頭にターバンを巻いたり腰に剣を差した厳めしい顔の連中が船上をウロウロしている。その連中のベストや腕章のようなものにはドクロのマークが入っていた。
これは海賊船で間違いないだろう。
俺はその海賊船を見て、ふいにギルドの依頼のことを思い出した。
確か、海賊のアジトを発見しただけでも報酬が貰えた筈だ。
アジトを見つけるだけなら俺にとっては楽な仕事だし、報酬ゲットのチャンスである。ここは後を着けて場所を突き止めてしまおう。
「悪い、ちょっと後着けてアジト見つけてくるわ」
「え、今からっすか?」
「ああ、確か見つけただけでも報酬が出るんだよ。あんまり遠いようだったら引き返してくるけど、ちょっと行ってくるわ」
「わ、わかりました。僕は行かないっすよ?」
「おう、報酬半分になっちゃうし、無理に来なくていいよ」
「気をつけて下さいね」
「大丈夫大丈夫。じゃっ!」
俺はショウイチ君と話をつけるとあっという間に服を脱ぎ、海パン一丁になる。
そしてショウイチ君に軽く手を振ると、【気配遮断】と【忍び足】を発動させて海に飛び込み、海賊船の後を着けた。
…………
どの位泳いだだろうか。
この辺りは大量の小島があるため、船の速度は遅く、泳いで後を着けるのは楽勝だった。そんな中、船が更に速度を落とす。
どうやら海賊船は近くにあった島へ接岸するようだった。
だが島の側に港はなく、高い崖で囲まれている。
どこから入るのだろうと思って見ていると、進行方向に大きな洞窟の入り口が見えてきた。
一応本土とは間逆の位置に洞窟はあるが、これなら簡単に発見されそうな気がする。
なぜ見つかっていなかったのだろうか……。
俺はそんなことを少し疑問に感じながら洞窟へ侵入する。
(アジトじゃないのか?)
その可能性を考え、中に入って確認したが間違いなく拠点だった。
洞窟状になっているが天井はなく、縦穴状に上に広い構造になっている。
日の光が届いていて天然の城壁のようだ。
船が着港できる場所もあり、何気に設備もしっかりしている。
奥にはプールのようなものまで見える。ここまでの設備だと仮のアジトではないだろう。
縦穴の壁伝いには螺旋状に階段が設置されていて、地上から上に向かってバラバラな位置に五つの横穴が見えた。
あの奥に部屋があるのだろうか。
海面から頭だけ出してキョロキョロと辺りを見渡していると突然背後で大きな音がした。
ズズズズッと大質量の何かを引きずるような音だ。
振り返ると入り口が複数の船員により岩の扉で塞がれているところだった。
(なるほど、こういう仕組みだったわけね)
岩の扉は海面に浸かるくらいの位置にあるので海中に潜れば下を抜けて出ることはできそうだ。
これなら焦らずとも、もう少し様子を見ても大丈夫だろう。
洞窟入り口付近の物陰に隠れて様子を窺っていると、船員たちが捕まえた人たちを船から連れて下りてくるのが見えた。
(人を攫った帰りだったのか……)
手かせを付けられロープで引っ張られるようにして複数人が船から重い足取りで出てくる。どうやら子供が多いようだ。
一人また一人と港へ降りる中、見知った顔が視界に入る。
(あいつら……!)
様子を窺っていた俺は捕まった者たちの中に以前海で遊んだ子供たちを発見して目を見開く。
その中には交信君も混じっていたが抵抗はしていない様子。
ここで抵抗したら誰かが死んでしまう可能性があるのを理解しているのだろう。
その顔はとても悔しそうだ。
(危ないことはしないでくれよ)
切にそう願う。
子供たちを見送ったあと、横穴の奥から人影がこちらに向かって来るのが見えた。
どうもその偉そうな歩き方や態度からここのボスらしいことが窺える。
横に女を侍らしているようで人影は無駄に横幅が広く見えた。
「おい! お前ら早く積荷を下ろせ! 受け渡しは例の場所で明日の昼なんだぞ! さっさと動け!」
でかい態度でそう指示しているのは、まさに船長といった出で立ちをした男だった。
頭部にはドクロの模様が入った黒いバンダナを巻き、胴には革のベストを羽織り、腰には太い布を巻いていて、足には頑丈そうなブーツを履いている。剣はカットラスや青龍刀を思わせる刃が湾曲した剣を腰に差していた。
いわゆる海賊ルックで全身を固めていたのだ。
だが、どんなに海賊らしい格好をしていても俺にはあまり船長らしく見えなかった。
その理由は隣にピッタリと張り付いた女の格好があまりにも船長らしかったからだ。
女は三角帽を被り、革のコートを羽織っているが下は水着のようなものをつけ、下は脚のラインがわかる革のパンツ、そして足には少しカカトの高いブーツを履いていた。
極めつけは片目に眼帯をつけ、片手がクエスチョンマークみたいな義手になっていた。
その女は……。
(エルザ……)
そう、エルザだった。どうやら今は海賊をやっているらしい。
(ん、待てよ?)
俺は土産物屋で聞いた話を思い出す。
海賊は元々居たが、それ程大きい騒ぎにはなっていなかった。
だがそれが最近になって異常に暴れ周り、人まで攫いはじめたと。
そんな記憶を探っていると船長とエルザが何やら小声で話しているのが目に入る。俺はすかさず【聞き耳】で会話を拾う。
「ねぇ、こいつらが売れたら何か買いましょうよ。私、宝石がいいわ」
「そうだな。お前が欲しいものなら何だって買ってやるさ」
「アッハ、嬉しい!」
喜びを表現するためか、エルザはその体を船長へ更に密着させていた。
最近海賊が暴れ周りだした理由の一端を垣間見た気がする。
なんかもう、誰が原因か分かった気がする……。
スーパー○とし君を躊躇なく置けるレベルだ。
しかし、まずい。
明日には取引をするらしいから、それまでに救出しないと手遅れになってしまう。
攫われた人を買った船の後を着けるという手も考えられるが、対象が一組織だけならそれもできるが複数だった場合、散り散りになってしまう。
(とりあえず攫われた人だけでも救出しておかないとまずいな)
だがそう上手くいくだろうか?
救出するのが一人や二人ならなんとかなるかもしれない。
しかし、今連れて行かれた人たちだけで七人いた。
今日までに連れ去られてきた人もいると考えた方がいいだろうし、軽く十人は超えるはず。
(十人以上を救出し、それを引き連れて海賊に見つからないように脱出して海を越えるのか……)
それは難しい。
だが何もしなければ確実に攫われた人たちの未来はない。
(とりあえず少しでも情報を集めるか)
俺はそう決めるとアイテムボックスからいつもの衣装を出して着替える。
腰には武器を携帯し、顔を頭巾で隠すとアジトへの侵入を開始した。
隠蔽系スキルを全て使いながら身を屈めてゆっくりと進む。
螺旋状の階段は幅が狭いのですれ違うと【気配遮断】を使っていても気づかれる恐れがある。
そのため俺は、【跳躍】と【張り付く】を使って螺旋状の階段を垂直に上昇し、壁にある横穴を一つずつ調べて回った。
結果、分かったことは以下の通りだ。
横穴の先には複数の部屋があるが大半は海賊の私室になっている。
そして一番上の横穴がボスの部屋だった。
攫われた人たちは地上にある横穴の中。その奥に牢がある様子だったが見張りがいたので詳しく調べることはできなかった。
海賊は総勢二十三人。
二階だけは吹き抜けになっており、真ん中に大き目の渡り廊下がある。
渡り廊下の先が少し下り坂になっていて、その先に洞窟から出られる扉があった。吹き抜けの下には鮫を飼っている大きな生簀を見下ろすことができ、水面から背びれがちらちらと見える。入り口から見たときはプールだと思ったが鮫専用プールだったようだ。
濁った水面に背びれがひょっこり顔を出しているのを見ると、何を鮫の餌にしているのか想像してしまい寒気がする。
渡り廊下の扉の向こうには小さな船着場があり、何艘かの小船が停めてあった。
こいつを使えば島から出られそうだ。
(よし、寝静まってから上階を吹っ飛ばすか)
爆弾を使って横穴を崩落させて出られないようにすれば、なんとかなるだろうという作戦だ。
爆弾は五個しかないし、全員寝ることはないだろうから全て封殺するのは無理だが数は減らせるはず。爆弾を先に仕掛けた後、見回りを殺し、直後に爆破。そして牢へ向かうという作戦でいこうと思う。
牢にも見張りがいるので、そこはおびき寄せて仕留めたいところだ。
俺はいつでも逃げられるように入り口付近の物陰に隠れると深夜まで仮眠をとることにした。
こんな滅茶苦茶な状況で寝られるようになってきている自分が怖い。
元の世界でもやばい時は椅子寝、トイレ寝、会議室寝、立ち寝、など色々経験したが海賊のアジト寝は初体験だ。
…………
夜が更けたのか周りが静かになって眼が覚める。
静まり返った洞窟の中では波の音が妙に響いて聞こえた。
周囲を確認すると人影はほとんどいなくなっていた。どうやら大半の船員は寝たようだ。
船の周りに二人、階段に二人、牢のある横穴の前に二人の見回りが見える。
俺はそいつらに気づかれないように一階の牢の入り口と二階の外に繋がる横穴は避け、上三つの横穴の入り口に爆弾を仕掛けた。そして海賊船の船底にも一つ仕掛けておく。
一つ余るがそれは念のため使わずに持っておく。
一応アイテムボックスにはしまわず、いつでも使えるように懐にしまっておくことにする。
(うし、準備完了)
その後はナイフと片手剣を抜き、船を見回る二人に接近する。
二人をいつでも斬れる距離を保ちながら螺旋状の階段を見回る二人の様子を見る。
階段を見回る二人は眠気を飛ばすためか、おしゃべりが尽きない様子だ。
歩く速度が遅くてじれったい。俺ははやる気持ちを抑えながら見回りが目的のポイントに到達するのをじっくりと待ち構える。
(今だ!)
俺は階段を見回っている二人が横穴の入り口を通りかかった瞬間に船に仕掛けた爆弾以外を起爆させた。
起爆ボタンを押し込むと同時に激しい音と煙を立てて、次々と入り口が崩落していく。
入り口にいた二人は爆発に巻き込まれて姿が見えなくなった。
「どうした!!」
「階段の方からだ!」
爆発に気づいた船を見回る二人が階段の方へ視線を向ける。
俺は爆発に気をとられて固まる二人を背後から刺し貫く。
「アガッ!?」
「ングッ!」
爆発音にまぎれるほど小さい苦悶の声を上げつつ二人は倒れた。
俺は二人に目もくれずに牢のある横穴を目指す。横穴の前に陣取っていた二人も崩落した穴の方へ目を奪われているようだった。
俺はすかさず矢を二本番え、弓を横に構えて【弓術】で二人の頭を狙う。
「フッ」
俺の呼吸に合わせて放たれた矢は二人の頭まで届く赤いラインの上を急激な速度で移動する。スコンと小気味いい音をたてて矢は頭部に突き刺さった。
矢を受けた二人は脱力したように倒れ、動かなくなる。
俺は周りを確認したあと最後の爆弾を起爆し、海賊船を沈めておく。
そのまま置いておくのは危険だろうという判断だ。
逃げるのには小船を使うし、残しておく必要もない。
(中へ急がないと!)




