13 打ち上げ
(あ、三百三十三メートルくらいありそう……)
そこには見上げ続けていると首がだるくなりそうな凄い高さの光の塔が発生していた。
そういえば、とモンスターの死体を喰う精霊という存在がいたのを思い出す。
ずっとダンジョンにこもり続けていたのですっかり忘れていた。
あれだけ散々ゴブリンを処理していたのに忘れてしまうとは……。
俺はハッとして辺りに無残に転がる今日の戦果に目をやる。
「あああっ!!」
すると塔が発生すると共にゴブリンの死体が全て塵になっていくのが見えた。
超勿体無い。
光の巨塔はゴブリンの死体を全て吸収し終わると中空で巨大な光球となり、花火のように弾けた。その火花が散る様は四尺玉サイズを軽く超える規模の花火を見ているかのようだった。
「すごい綺麗ではあった」
後何回かこの光景を見れると思うとそれはそれで楽しみではある。
しかし、死体を放置すれば精霊が食べてしまうので討伐部位の回収は絶望的だろう。
あの数をアイテムボックスに一々回収して、それをまたボックスから出して討伐部位を剥ぎ取るとかやってられない。
(スキルレベル上げだけに専念しろってことだな)
この数の報酬を逃すのは惜しいが二兎追うものは一兎も得ずだ。
俺は気持ちを改め、スキルレベル上げに集中することにした。
それから数日、俺はとうとうゴブリンの全滅に成功する。
一応目に付くものは全て倒したが、まだ数匹くらいの集団が点在する可能性はある。
ただ、それを探し出して狩るのは効率が悪いので、ここまでで一旦終了にしようと思っている。
島の全てのゴブリンを狩り尽くした俺は自分へのご褒美に海岸で酒を飲んでいた。波の音を聞きながら海に沈む夕日を眺めつつステータスをチェックする。
剣闘士
LV1 【斧術】
LV2 【槌術】
LV3 【膂力】 (体力の能力値の三割を一定時間力の能力値に変換する)
LV4 【耐える】 (相手の攻撃を受けても姿勢を崩さない)
サムライ
LV1 【居合い術】
LV2 【疾駆】
LV3 【縮地】
LV4 【白刃取り】 (武器を装備していない状態で相手の武器攻撃を受け止める)
予定通り、剣闘士をLV4、サムライをLV4にすることに成功した。
新しいスキルはそれぞれかなり癖が強く、扱いこなすのはかなり難しそうだ。
まず、剣闘士の新スキルの二つ。
【膂力】は戦士スキルの【剛力】と同タイプでこちらは体力の能力値を犠牲に力の能力値が一定時間上昇するようだ。これも【剛力】同様、使用するとクールタイムが発生する。
俺は元々体力の能力値が低いので使いどころが難しい。このスキルも【剛力】同様滅多に使うことはないだろう。
そしてもう一つのスキル、【耐える】はいわゆるスーパーアーマーだ。
一度使うと十分以上のクールタイムが発生するので、一度の戦闘で一回使うのが限界だろう。
このスキルは相手の攻撃を食らっても怯まないのだが、それは一撃のみの話で連続で二撃くると怯んでしまう。
そしてこのスキルの一番の問題はダメージがそのまま発生するということだ。
痛みはあるのでスキルを使ったはいいが、極大攻撃を食らって怯まずに気絶して棒立ちの的に成り果てるとかありそうで怖い。
つまり下手なタイミングで使うと止まった的になってしまい、滅多打ちにあって即死してしまうということだ。状況によっては、わざと使わずに怯んだり吹っ飛ばされた方が追撃を受けずにやりすごせるだろうし、使用するタイミングが難しそうだ。
次にサムライの新スキルは【白刃取り】だ。
これも一度使うとクールタイムが十分以上発生する。
このスキルは自身が武器を装備していない状態で相手の武器攻撃を受け止める、いわゆる真剣白刃取りができるようになるというものだ。だが、そのためには武器を持っていては使用できない。
つまり、追い詰められたような状況でないと使用できないのだ。
こちらからわざと素手になるような状況は少ないと思うので、これも使用頻度は低くなりそうである。
――以上が新しく手に入ったスキルだ。
俺は夕日を眺めながらコップを傾け、酒を口に含む。
新しいスキルはどれも癖が強いが、いざというとき使えると心強いものが多い。
何より剣闘士がLV4になったせいか【剣術】スキルの冴えが素晴らしいものになった。
【短刀術】との切り替えもよりスムーズに行えそうだ。
「目標も達成したし、今日はご馳走でお祝いだな」
俺はステータスを閉じつつ、満足げに呟く。
ゴブリンの全滅記念に今日の夕飯は豪勢に行く予定だ。
目的も果たせたので気分もいい。
きっとうまい酒が飲めるだろう。
俺は休憩を切り上げて早速夕食の準備にかかる。
まずはかまどを作り、集めた薪をセットする。火はつけずに一旦ここでやめて次の準備に入る。今回は新兵器を持ってきているので先にそれを使うのだ。
そいつを地面に置く。
「買ったぜ!」
それは携帯魔道コンロだ。
焼くだけの料理ならかまどで事足りるのだが、今回はコイツを使って揚げ物をしようと企んでいる。
火が安定しにくいかまどでは揚げ物は難しいだろうと思ってつい買ってしまったのだ。
コンロの火をつけ、フライパンをセットして油をなみなみと注ぐ。
油が高温になったらこの間小骨が多くて食べづらかった魚をアイテムボックスから出して投入していく。
魚はこの間獲ったときに下処理は済ませておいたので、宿に帰った後軽く表面に塩少々と小麦粉を振っておいた。
小骨で食べづらいなら揚げて骨ごと食おうという作戦だ。
「うお! あっつ!」
どうやら魚はちょっと水分を含んでいたようで油が飛び散ってくる。地味に熱くて痛い。
飛び散る油と格闘しながら頃合を見て揚げた魚を取り出す。
試しに一匹食べてみる。
「あちちち」
揚げたてなので火傷しそうになりつつも歯を立ててガシガシと食う。
表面に小麦粉を振ったせいで表はサクサク、身はほっこり、骨はパリパリだ。
だが骨の太い部分は固くて食べれそうになかった。
「……もう一回揚げるか」
俺は油から取り出した魚を皿に置き、太い骨がある部分にナイフで軽く切り目を入れてからもう一度油に投入した。
しばらく揚げてから取り出す。
「これで全部食えるだろ」
しっかり揚げたのでこれで太い骨もいけるはずだ。
俺は太い骨がある部分を狙って魚をかじってみる。
すると骨はパリパリと心地いい食感でかみ砕くことができた。
「いいねぇ!」
うまく揚がったことに嬉しくなり、声が弾む。
油から取り出して皿に盛った魚に軽く塩を振ってから一旦アイテムボックスにしまう。
こうしておけば揚げたての状態で保存しておけるので便利だ。
魚の調理は無事終わったので、コンロなどを片付けてかまどに移動する。
まず、かまどの側に簡易テーブルをアイテムボックスから出して物が置ける状態を作る。
そして薪に火をつけて安定するのをじっくりと待った。
「そろそろいいかな」
火も安定してきたところでかまどの上に金網をセットする。
そしてアイテムボックスからさっき揚げた魚とビール、そしてカットした野菜とホタテと調味料を取り出し簡易テーブルに置いていく。
そして金網に油を引き、カットした野菜とホタテをのせる。
野菜やホタテはちゃんと宿にいる間に下処理を済ませておいた。ケンタ、できる子。
ホタテは貝殻がついた状態なので殻の中に醤油とバターを入れていく。
後は火が通るのをじっくりと待つだけだ。
俺は揚げた魚をかじりながらビールをあおる。
ゴキュッゴキュッと喉がいい音を立てて唸る。ちゃんと冷やしてあるので非常に旨い。
「あ゛〜」
一息ついて口の端についたきめの細かい泡を手の甲で拭う。
ビールが旨い。
しかし、この魚を揚げるのはうまくいった。
昔テレビでサバイバル生活する番組を見たとき、チャレンジャーが獲った魚を全部揚げ物にして食っているのを見て、もっと他の調理もすればいいのにと思っていたがそれは誤りだった。
揚げて食うのはかなり利点が多い。
まず、小骨も食える。そして揚げると焼くときより失敗が少ない。さらに油で揚げるので高カロリーになる。泳いで魚などを獲ろうとすると体力の消耗が激しいので理にかなっているのだ。
こうやって実際やってみないと分からない事もあるもんだなぁとしみじみ思いながらビールをあおる。まあ、俺は全然サバイバルしていないが。
ビールと魚を楽しみながら火の番をしていると金網で焼いていた野菜とホタテも食べごろになってきた。
まずは野菜類、ピーマン、にんじん、たまねぎを取って食べていく。バーベキューソースとか焼肉のたれみたいなこ洒落たものはないので、味噌をつけたり醤油をかけて食う。
どれも水分が残っているのでかむとバリバリシャキシャキと良い音を立ててくれる。何もつけていないと少し苦味が強いが、味噌なんかをつけると途端にうまく感じるマジック。
一段落したら間髪入れずにビールを勢い良く流し込む。グビグビッてやつだ。
「ふぅ〜」
一息つく。
野菜を食べたせいか揚げた魚の油っぽさが軽くリセットされる。
「……次いくか」
ここからがメインディッシュだ。
俺は出来上がったホタテのバター醤油焼きに侵攻する。
貝殻ごと小皿に移し、中のホタテを箸でつまんで強引に取り出す。
ちょっと貝殻の方に身が残ったりもしたが構うことなく口に運ぶ。
箸でつまむとプリプリとした弾力が手に伝わる。
これは柔らかいのに歯応えを楽しめる感覚だ。間違いない。
そしてしっかりと重量を感じる。
ホタテはちょっとしたハンドクリームの容器ほどの大きさがあった。
極大サイズって奴だ。
これだけ大きいと食べ応えもある。
口元に近づくにつれバターと醤油の濃厚な香りに混じって濃い海の幸の香りを感じる。
鮮度が低いと生臭く感じる独特の香りだが、当然これは新鮮なので食欲をそそる香りになっていた。
香りを感じる距離になってくると口の中は頼んでもいないのに唾液で一杯になっていたので、とりあえずゴクリと飲み込む。
火が通って乳白色になったホタテに醤油とバターがうっすらと茶色の膜を作っている。
大きいサイズだが俺は分割して食べるとか上品なことはしないので全部口に放り込んだ。
歯を差し込むと軽く弾くほどの弾力を感じるが力を入れることなく、すんなりかみちぎれる。
そして咀嚼するほどにホタテの濃厚な味が口いっぱいに広がっていく。
そこにバターと醤油がアクセントとなって更にホタテの味を引き上げてくれる。
旨し。
これこそ海の味を堪能しているといっても過言ではない。
口の中がホタテの濃厚な味と香りで一杯になったので一旦ビールをあおる。
これがまた旨い。当然旨い。約束された旨さがそこにある。
「うっめぇ! まじうめぇ!」
俺が語彙力のなさを露見するほど旨い旨いと連呼しながらホタテやビールを堪能していると背後から近づく気配を感じて振り向く。
そこにはTシャツにジーパン、そしてビーチサンダルを履いた黒髪の青年が立っていた。どこからどう見ても自宅からコンビニまでちょっと買い物に出たって感じの格好だ。
青年は俺から少し離れた距離で立ち止まると何かを言おうと口を開く。
「………………す」
「え?」
青年は俯きがちになりながらも必死で何かを言おうとしているが語尾の“す”以外は小声過ぎて聞き取ることができない。
「………………す」
「うん?」
目線はこちらに合わさず顔が真っ赤になっている。緊張しているのだろうか。
何か凄い親近感が湧く。
とりあえずコミュニケーションを図ってみる。
「酸っぱい液体の調味料は?」
「………………す」
「大根が傷むと発生するのは?」
「………………す」
「煙突掃除とかで掃うのは?」
「すす」
「イエーーイっ!」
大 成 功 ☆




