12 ケンタ無双(全シーンカット)
「うーわ…………、きっつ」
声がする方を向けば、どうやら交信君がギルドの職員と冒険者を連れてきてくれたようだった。
だが、この惨状の中ニヤニヤしている俺を見てドン引き状態になってしまった様子。
「おいおいおい、この作品はR15だから良い子は見ちゃだめなんだぞ」
「あ、大丈夫っす。自分、頭脳は大人なんで」
「そうだったわ」
今のはなんかパラパラとか上手そうな受け答えだった。
でも今の子はパラパラとか知らなさそう。
あれは無表情でやらきゃだめなんだぜ。
…………
その後はギルド職員に全てを引き継ぎ、報告は翌日行うことにして俺は一旦宿へ帰ることにした。
あの後、新スキル【決死斬り】を試してみたが一度使うと十分程クールタイムが必要になる大技だった。発動にも溜めが必要なので扱いは難しそうだ。
そんなことを考えながら肩をグルリと回す。
「今日はよく動いた一日だったな」
森を歩き回った後で砂浜で大立ち回りをしたのだ、相当な運動量だった。
今日みたいな日はお風呂で体をよく揉んでから寝よう。
全てを日常として受け入れられるようになってきた俺には今日の出来事もその程度の感覚しかなかった。
…………
翌日、ギルドへ向かい報告を行う。
俺は受付担当さんと面談室へ向かった。
「昨日はご苦労さまでした。すごい数のゴブリンでしたね」
「ええ、海から際限なく出てきてびっくりしましたよ。よくあることなんですか?」
交信君ははじめて見たと言っていたが、こういう事ならギルドの職員の方が詳しく知ってそうだ。
「数年に一度あるかないかですね。向こう岸に見える大きめの無人島からやってくるようです。その無人島で大量に繁殖して居場所がなくなると、こちらまで無理やり渡ってくるようですね」
「なるほど……、と、いうことは今その無人島にはゴブリンが大量にいると?」
「間違いないですね」
ゴブリンが大量にいる無人島。それは…………。
(行くしかねぇ!)
「島に渡るのに許可とか必要ですか?」
優良情報を得た俺は受付担当さんにグイグイ迫って聞いてしまう。
「いえ、特には。行かれるのですか?」
「ええ、ちょっと行ってみようかと」
「そうですか。かなりの数が予想されるので、相手が弱いとはいってもくれぐれも気をつけて下さいね」
「ありがとうございます」
その後、昨日の簡単な報告と倒した分の報酬を貰い、ギルドを後にした。
(思わぬところで旧知の仲と同窓会ができそうだな)
これでスキルレベル上げが捗りそうだ。
島までの距離はそれほど遠くなかったので船を使わなくても泳いでいけばなんとかなる距離だ。だが無人島らしいので物資を揃えてから島を目指すべきだろう。
(必要になるのは食料と水だな)
俺は宿でリヤカーを借りたあと、早速市場へ買出しに向かった。
「いらっしゃい!」
野菜や果物を売っている露店で恰幅のいいおばちゃんが出迎えてくれる。
「ここからここまで全部下さい」
大人買いだ。
このセリフ一度言ってみたかった。
「あんたそんなに買ってどうするんだい! 腐っちまうよ?」
「大丈夫です。ちょっとパーティーをするもんで」
野菜と果物でするパーティー。精進料理の集い的なものだろうか。
「そ、そうかい? ならいいんだけどね」
おばちゃんは少しいぶかしんだが売り上げには負けてしまうらしく、あっさり折れる。俺はおばちゃんに金を払うと全ての売り物をリヤカーに積みこむ。
「まいど! またよろしくね!」
おばちゃんは大量に売れたのが余程嬉しかったのか声が弾んでいた。
俺は露店を後にし、次は肉屋を探す。
「ん? 閉まってるな」
肉屋を見つけたが営業していない様子だった。諦めきれない俺は隣の店の人に聞いてみる。
「今日は肉屋さんやってないんですか?」
「ああ、ちょっと事情があってしばらく無理だと思う」
「何かあったんですか?」
「海賊だよ。どうもここの店の子供が海賊に攫われたらしい」
「海賊ってそんなこともやってるんですか?」
てっきり金品を奪うだけかと思っていた。
「前は漁船や商船を襲うだけだったんだ。だが、最近は人も攫うようになったらしいぞ」
「それは怖いですね」
「そうなんだよ。漁船を襲うときにも船や人も攫っていくらしいからな」
「早く捕まるといいですね」
「全くだ」
どうやら話を聞く限り、海賊の活動が活発化しているらしい。
人を攫うってことは人身売買的なことでもやっているのだろうか。
ギルドの依頼でも上がっていたがまだ捕まっていないようだ。
憎い海賊のせいで残念ながら肉は手にいれることが出来なかったが、その分魚屋で色々購入し、後は海で現地調達する方向で行こうと思う。海中はたんぱく質の宝庫だし、なんとかなるだろう。
最後に共用の井戸で十数個の大樽に水を汲んで宿に帰った。
宿に帰るとそれらを全てアイテムボックスにしまう。
「うし、準備できたな。まだ午前中だし、このまま行っちゃうか」
今から島へ向かっても時間的には十分辿り着けるはずだ。
俺ははやる気持ちを抑え、宿の契約を一旦終えて海に向かった。
…………
海へ向かう道は今日も雲ひとつなく凶悪な日差しが俺を照りつける。
湿気がなく空気が乾燥しているためか汗はさほどかかないが暑いことには変わりない。
真っ青な空の下、どこまでも続く真っ白な建物の間を抜けて海へ続く道を進んで行く。
元の世界なら蝉の声でも聞こえそうなところだが、ここには蝉はいないようで遠くで鳥の鳴き声が聞こえる程度だ。
海に近づくにつれ人の喧騒が遠ざかり波の音が近づいてくる。
潮の香りも強くなり、建物がなくなるころには視界一面に海が広がっていた。
「やっぱ夏の海はいいなぁ!」
高揚する気分に任せて砂浜に出る。
軽く準備運動をしたあと、服を脱いでアイテムボックスにしまい、事前に穿いておいた海パン一丁になる。
「あっつ!」
裸足になると砂浜が熱くてじっと立っていられない。
急いで波打ち際へ移動する。
「ふぃ〜」
熱せられた足裏を海水で冷やす。
足をつけた海水は冷たさを感じず、泳ぐには丁度良さそうだ。
「よっしゃー! 行くか!」
俺は頬を両手で軽く叩くと海へ入り、無人島を目指して泳ぎ出した。
…………
――数時間後。
「どうしよう……」
今、俺は本土と無人島の中間地点にいる。
だが、ちょっと疲れてきたのだ。
いや、本当は全然疲れていないし。
ほんのちょっと体全身が重く、ほんのちょっと息苦しいだけだ。
ただ、ここから引き返すのと無人島まで泳ぐのが同じ距離のため、どちらに進むべきか迷ってしまっただけだ。
陸から見たときは泳いで渡りきれる距離だと思ったが実際泳いでみると中々先に進まず、体力だけが消耗されてしまった。泳ぐということは普段使っていない筋肉も使う全身運動のため、自分が思っている以上に体力が奪われてしまったようだ。
しかも休憩しようにも海底に足が着かない状態では体を動かし続けなければならず、一向に休息にならない。白鳥のごとく海中でもがく俺は時間と共に消耗されていく体力を痛感し、精神的に参ってきていた。
「ここまで来て帰るのはないよな……」
俺は引き返して浮き輪なりイカダなりを用意して再チャレンジしたいという思いに後ろ髪を引かれながらも、疲れた体を動かし続けて無人島に向かった。
……そしてなんとか根性で泳ぎきり、岸に這い出る。
「ぎづい……」
あまりの消耗から声もしなびた俺は無人島に辿り着くと同時に大の字に寝転んだ。
なんとか辿り着いたが帰りは別の方法を探したい。
しかし、俺の休息を妨げようとするものが奥の茂みからこちらへ近づいてくるのが分かった。
【気配察知】によるとゴブリンが四匹、こちらへ向かっているようだ。
俺は重い体を無理やり起こして立ち上がると、武器をアイテムボックスから取り出して構えた。ゴブリンのいる方へ俺の方から一気に駆けて近づく。
ナイフと片手剣で端から順に斬りつけてゴブリン四匹を一瞬で終わらせる。
俺はゴブリンの死体を放置し、増援が来る前に気づかれない場所へ移動した。
岩壁を背に座り込み、一息つけたところでこの島の異様さに改めて気づく。
「なんじゃこりゃ……」
泳ぐことに必死になっていたうえに島に着いたはいいが疲れきっていたので今まで気づかなかったが、ついさっき【気配察知】を使ったときに異常なことに気がついたのだ。
【気配察知】を使うと感知範囲内全てが一つの塊のようになって反応するのだ。
……つまり隙間無くビッシリとゴブリンがいることになる。
(これは溢れて本土に上陸してくるわけだわ)
島の大きさは四国まではいかないが、淡路島程度はありそうだ。
大体、二〜三日かければ島の外周をギリギリ回れる位の大きさ。
その大きさにビッシリ隙間無くゴブリンがいると見ていい。
これは…………。
「美味しいな!」
――かなり美味しい。
これはスキルレベル上げにはもってこいの場所だ。
今の俺ならこの数も無理なく処理できる自信がある。
(とりあえず、狩りは明日からにして今日は一旦寝よう)
俺はアイテムボックスから出した水で体に付いた海水を落とすと、戦闘用の服に着替えて木に登る。
(この感じも懐かしいなぁ)
ゴブリン狩りに懐かしさを覚えながら木と自分をロープで巻き付ける。そして、少し早いが眠りについた。
…………
翌朝、軽く朝食をとると装備を整えていく。
戦闘服の上から首元も覆うベストを羽織り、腕には手甲を装備する。
腰にドスと片手剣を差し、背中にナイフをセットする。
ゴブリンの数が多すぎるので弓は今回使用しない方向でいこうと思う。
そして刃物の類も装備はしたがなるべく使わないようにしようと考えている。
これだけの数を相手にすると肝心なときに刃が痛んで使えない可能性があるからだ。
俺はアイテムボックスから使い慣れた石を取り出す。
「ここは久々に最終兵器の出番だな」
こういう時は使い捨てても構わないうえに高威力を誇るこいつの出番だろう。
刃こぼれの心配もないし、万が一破損しても代えならその辺に幾らでも落ちている。
準備を終えた俺は、もう一度木に登って高所から周りを確認する。
泳いで辿り着いた砂浜こそ何もいなかったがこうやって見下ろしてみると見渡す限りに異常な光景が広がっていた。
視界にはビッシリと鮨詰め状態一歩手前のような間隔でゴブリンがいるのだ。
満員電車か年末やお盆のビッグサイトのような状態、もしくはゾンビ映画のワンシーンのようだ。
ところどころにスッポリとゴブリンがいない空間が見えるが、それでも異常なことに変わりはない。
これは狩り甲斐がありそうだ。
俺はステータスをチェックし、職業が剣闘士になっているのを確認する。
当面の目標は剣闘士のスキルレベルを4にすることだ。
剣闘士のスキルレベルを上げれば、同系統下位職スキルの【剣術】の扱いが上手くなる上に新たなスキルが手に入る。そのため、今一番スキルレベルを上げておきたい職業なのだ。
LV4からLV5に上げるのは時間がかかるのでLV4になった時点でサムライに変更しようと考えている。
この島にいるゴブリンを倒せたなら剣闘士のLV4までは余裕でいけそうな気がする。問題になってくるのは俺が死なないかどうかだ。
いくら相手が弱いとはいえ、常時囲まれた状態が続く中での戦闘だ、恐怖心はある。
もう一度全身の装備に問題がないことを確認し、準備を終える。
「行くぞ! オラァアッ!」
俺は声を張り上げて気合を入れるとゴブリンの海に飛び込んだ。
…………
――数時間後。
俺は休憩するために木の上に昇って枝に腰かけていた。
ゴブリン狩りは順調に進んでいる。今のところ大きな問題は発生していない。
ほぼ全方位囲まれている状態での戦闘だったので多少殴られたが以前のように重症にはなっていない。しかも、こうやって休んでいるだけで簡単な打ち身なら回復していっている始末だ。
じっとしているのも何なのでステータスをチェックしてみる。
剣闘士スキル
LV1 【斧術】
LV2 【槌術】 (槌の扱いがうまくなる)
「上がってしまったか」
やはり、ここのゴブリン密集具合は異常だ。
LV2は【槌術】というらしい。
ハンマーの扱いがうまくなるようだ。
多分金槌とかではなく鈍器系の武器のことだろう。
石や棍棒に適用されるならありがたいが感覚的に無理な感じがする。
こいつも【斧術】と同様にしばらく封印になりそうだ。
軽傷は回復し、ステータスの確認も終わったので第二ラウンドに突入する。
まだ昼間なのでここから狩れるだけ狩ってみようと思っている。
ルートとしては島を細かくW字のように往復し、ゴブリンを根絶やしにする作戦だ。
島の反対に辿り着くのはかなり日数がかかりそうだが、いい稼ぎになるはず。
俺は木から飛び降りると地面に散らばるゴブリンの死体を踏みつけながら先へ進んだ。
…………
――その夜。
無事大量討伐を終え、木の上で休む。
地上はゴブリンの死体だらけだし、いつ不意打ちされるか分からないので休む時はこれからも木の上になりそうだ。
一応ステータスをチェックしてみるも、さすがにスキルレベルは上がっていなかった。今日一日で予想以上の数を狩ることに成功したが問題もあった。
「討伐部位を剥げないんだよなぁ……」
大量に倒せるのだが倒したそばから次の固体が襲い掛かってくるので討伐部位を剥いでいる時間がないのだ。
辺り一帯を全滅させた後なら剥ぎ取れるが、その時になってやろうと思っても数が多すぎてうんざりしてしまい、結局やらずじまいだ。
例えるなら公園の雑草取りを一人手作業でするようなものだ。ここは最低でも草刈機が欲しいところ。
「勿体無いよなぁ」
そう言いながら辺り一帯に落ち葉のように敷き詰められて広がるゴブリンの死体を見下ろす。どうにかならないかと考えていると、どこからともなく異音が聞こえてきた。
それはジジジジとまるでテレビのノイズのような音だった。
その音がリモコンで音量ボタンを押しっぱなしにしているかのように徐々に大きくなっていく。耳を塞いでもジジジジと絶え間なく聞こえるその音は全方位から聞こえてくる。
「な、なんだ!?」
たまらず辺りを見回すと急に今までの音がウソだったかのようにシンと静まり返る。
次の瞬間、まるで化学薬品工場が爆発したかのような巨音と共に巨大な光の塔が現れた。
(あ、三百三十三メートルくらいありそう……)
そこには見上げ続けていると首がだるくなりそうな凄い高さの光の塔が発生していた。




