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10 ゴリラ捜し


 俺が驚いて盾を持っている人物へ顔を向けるとそこには……。




「ナイスゴマダレ!」




 ゴマダレがいた。



 そのままゴマダレが盾の一撃でよろめいていた最後のビッグモンキーにとどめを刺す。後ろにはよっしーともっすんも駆けてきているのが見えた。



「打ち上げサボって残業とかケンちゃんまじ社畜」


「俺の酒が飲めないってのか!」


「パワハラ入りましたー」


 いつもの調子でよっしーから順に言葉をかけてくる。



「「「ウェーーーーイ!」」」


 このハイタッチがこんなにも神々しく見える日がくるとは思ってもみなかった。


「すまん……、助かった」


 ボロボロの体を何とか起こして礼を言う。



「結構やばかったんじゃね?」


「これは一生かかって返してもらわないとな」


「もっすん、重っ!」


 相変わらずの三人。


 なんか礼を言うんじゃなかったって気持ちにさせるの止めて欲しい。


「そうだ……、子供を木の上に避難させたままなんだ。悪いけどこの足じゃ無理なんで頼めるか?」


 かまれた脚を指差して頼み込む。



「そういうの得意だから! よっしーが」


「大船に乗ったつもりでいてくれ。頼んだよっしー」


「俺かよ!」


 定番の会話を挟み、三人でゴネゴネしながらも木に登って交信君を下ろしてくれる。


「……ごめん」


 木から下ろされた交信君は顔を俯かせたまま謝ってきた。


「出世払い、忘れるなよ?」


 俺は交信君の頭をガシガシ撫でると、全員で街へ帰った。


 街に着くと後の事はよっしー達に任せて、俺は傷の手当てに治療院へ向かうことにした。


 …………


 その後、足に傷を負ったために時間は掛かったが無事治療院へ到着する。


「今日はどうされましたぁ?」


 診察室へと通されると女性僧侶が桃色のボリューミーな髪をなびかせながら相変わらずのゆっくりした口調で聞いてくる。


「傷の治療をお願いします」


 俺は疲れ切った顔で背中と足と肩の傷を指す。


「また手ひどくやられましたねぇ。えぇ〜とこの傷ですと……」


「はい、それでお願いします」


 傷を診断して治療費を明示されたのでそれに同意する。



「はぁーい。ヒールぅ〜」


 女性僧侶の間の抜けた声と共に白い光が俺の傷を包み込み、癒していく。


 いつ見ても不思議な光景だが傷は治り、全て元通りになった。


 俺が診療台から立ち上がると女性僧侶が声をかけてきた。



「あ、その後股間の痛みはどうですかぁ?」


 どうやら俺のことを覚えていてくれたようだ。問題ないことを伝えておく。


「お陰さまで。息子の安否を確認しますか?」


 無事を喜んで元気な息子と抱擁してくれても構わない。



「いいえ、便りがないのは元気な証拠ですぅ」


「ええ、元気でやってます。それではありがとうございました」


 本当にあのときは助かったので心から礼を言っておく。


「はぁーい、あんまり無茶しないで下さいねぇ」


 女性僧侶に見送られて俺は宿に帰った。


 …………


 翌朝目を覚ました俺は、その後どうなったか気になったのでギルドへ向かってみる。


「あ、ケンタさん!」


 ギルドに入ると同時に俺を見つけた受付担当の男性職員が声をかけてきた。


「おはようございます。昨日のこと聞いてますか?」


 受付担当さんに近づきながら昨日の事を尋ねる。


「はい、大変だったようですね。報酬を預かっておりますのでこちらへ」


「わかりました」


 俺は受付担当さんと面談室のような場所へ移動して事の顛末を聞いた。


 あの後、交信君はこっぴどく叱られ、報酬はよっしー達と等分となったそうだ。


 結局あいつらが来てくれなければ俺は帰れなかったし、報酬はなくてもよかったのだが分配済みということなので貰っておいた。


 どうやらよっしー達はもう一度俺を打ち上げに誘おうと戻ってきたところに子供たちと交信君のお母さんに出くわしたらしい。そこで事情を聞いて森まで来てくれたそうだ。


 あいつらには相当お礼を言って奢らねばなるまい。


 そんなことを考えながら面談室から出ると、丁度よっしー達がギルドに入ってくるところだった。


「おーーい!」


 俺は手を大きく振って合図する。


「お、ケンちゃん!」


「傷はどう?」


「あんま無茶すんなよ?」


 三人は口々にねぎらいの言葉をかけてくれる。



「すまん、昨日はありがとう! みんなが来てくれなかったら俺は多分死んでいた」


 本当にギリギリだった。


 ビッグモンキーを倒せたとしても、街まで辿り着けたか怪しいものだ。


「貸し一個だな!」


「これは一生かかって返してもらわないとな!」


「もっすん、重!」


「いや、確かにそれくらいの重みはあるよ」



「ほら、ケンちゃんヘコんじゃったよ」


「もっすん、酷!」


「あ、いや、違うんだって!」


「とりあえず、お礼もかねて飯奢るから飲みに行こうぜ」


 俺はそう提案する。


「「「ウェーーーーイ!」」」


 これは多分、OKという意味なんだろう。


 ウェーイ検定があったら一段くらいは取れそうになってきた。



 その日はそのまま三人と飲みにいった。


 三人はあの時のビッグモンキー五匹をちゃっかり持ち帰って報酬にしていたそうだ。大した苦労もなく中級モンスター五匹分の報酬も貰えたし気にするなと三人は笑って言ってくれた。


 そんな出来事がきっかけとなってしばらくの間はよっしー達とパーティーを組んでモンスター狩りを行った。あのテンションには一歩引いてしまうときもあるが、いい奴らなので憎めない。


 そんな日がしばらく続いたが三人が待っている姉さんがいつになっても来ないので一旦街を出て探しに行くという話になった。


 その姉さん捜しがいつまでかかるか分からないため、パーティーは一旦解散ということになる。俺も手伝いたいところだが無報酬で長期間同行するわけにもいかない。


 事件や事故に巻き込まれた可能性があるなら行っただろうが話を聞く限り、その可能性はゼロらしい。それなら合流した後に俺がいると逆に邪魔になってしまうだろうし、ここが別れ時だろう。


 …………


 出発の当日、俺は街の出口まで見送りに行くことにした。


 あいつらにはお世話になったし無事を祈っておきたい。


「まじ、ありえないわー」


「ちょっと、あの歳で迷子とか最悪だわー」


「そう言ってましたって俺が姉さんに言っといてやるよ」



「「まじ勘弁!」」


 ゴマダレの言葉にリアクションする二人。


「「「ウェーーーーーイ!」」」


 一連のやりとりを終え、ハイタッチする三人。



 これも見納めかと思うとなんとか我慢できる。


 そんな風にやんややんやと騒ぐ三人とのんびり街の出口へ向かった。


「姉さん見つかるといいな」


 早く無事に見つかるといいなと思い、口に出す。


「あのゴリラ、まじ首輪がいるわ」


「ほんと姉さんまじゴリラ」


「な〜、探すとかヘコむわー」


「「そこは“そう言ってました”だろ!」」


 ゴマダレが乗らずに二人からツッコミが入る。


「いやーないわー」


 素のゴマダレ。


 三人の言葉を聞く限り無事なのは確信していて、行方だけが気になっているような口ぶりだった。相当強いのだろうか……。


 そんな事を考えている内に街の出入り口まで到着してしまう。 


「ま、まあ元気でな。また会えたら飲みに行こうぜ」


 俺はいつまでも元気に振る舞う三人に手を挙げ、ニカッと笑って見せた。


「ケンももう一人で危ないことすんなよ?」


「ケンタッキーももう俺らいないんだから気をつけろよ」


「じゃあな、毛」


 三人も順に手を挙げて返してくれる。


「毛はまじでやめて」


 そんな締まらない会話をしながら三人は街を出て行った。


 俺はそんな背中を見送りながらゴリラの姉さんが早く見つかることを祈った。


 …………


 なんか騒々しいのが一気に三人も減ると静かになりすぎて一気に寂しくなった気分だ。


「……飲むか」


 今日は依頼をこなす空気でもないし、あいつらの無事を祈りながら昼間から酒場で酒を飲むことにする。


 俺はいそいそと酒場へ向かった。


 店へ入ると一直線にカウンターへ向かい、適当なツマミと酒を頼んでチビチビ飲みはじめる。


 店内はさすがに昼間だけあって閑散としていた。



 ビッグモンキーの一件の後、そのままよっしー達と狩りに行くことになったのであまり考えていなかったが、今思い返してもあの時はかなり危険な状況だった。


 あの後、背後からの攻撃が怖くなり、黒いベストを購入したりもした。


 ベストは首元もある程度防ぐタイプで重宝している。



 スーラムにいたときも考えたことだったが不測の事態はやはり起きてしまう。


 そんな時というのは人によってケースは違えど、落ち着くことができず、冷静な思考が出来ない状況であり、瞬間での判断が求められる。どんなに準備を万端にしようとも、起きてしまう時は起きてしまうものなのだ。


 結局そういう丸裸にされた時に頼りになるのは地力の強さだ。


 今の俺で手っ取り早く上げれる地力といえばレベルとスキルレベルになる。



 だがこの街についてからレベルは上がっていない。レベルが12にもなってくるとモンスターも強い固体を倒さなければレベルアップできないのだろう。


 そうなってくるとレベルアップで強くなるのは難易度が高い。


 ここからはスキルレベルを上げてできることを増やして対応できるようにしていった方がいいのだろう。


 今までの経験からいってスキルレベルなら強い固体でなくても上げれそうな気がする。弱い固体を大量に倒しても上げられるなら強い固体と戦ってレベルを上げるより安全だ。


「……しばらくはスキル上げをやってみるか」


 俺が酒をちびちびやりながら今後の計画を立て終わった頃、店の入り口から大声がした。



「お前! 探したぞ!」


 振り向くとそこには見覚えのある顔と頭があった。


「えっ……と、ハゲさんでしたっけ?」


 以前はうろ覚えだったが今回はスムーズに名前が出た。間違いない。


「ハーゲンだ!」


 違った。


 ハーゲンは俺の隣に大仰に座ると睨みつけながら話しかけてきた。


「お前どういうつもりだ! 俺はすごい待ったんだぞ!」


「あ、悪い。あの後一匹も獲れなかったから帰ったわ。あんたの勝ちだ。何か奢ろうか?」


「ふざけんなぁぁぁっ!」


 ハーゲンの怒声が店内に木霊する。


 すごいご立腹だ。


 だが、あのときちゃんと勝負しても怒りまくっていただろうことは想像がつく。


 わざとまけても怒るだろうし、勝っても怒る。結局怒る。



「まぁまぁ、何飲む? 奢るよ」


「なら勝負だ!」


 この感じ、いやな予感がビンビンする。


 なんていうか“はい”を選択するまで同じことを繰り返し言われそうな予感だ。


「えー、いいよ」


「怖いんだろ?」


 ハーゲンは口元を歪ませて挑発してくる。この流れ、二度目な気がする。


「いいだろう、やってやる! だがやるからには本気だ! 今更なかったことにしてくれって言ってもダメだからな! 分かってるんだろうな!」


 この返事、二度目な感じがする。


「へっ! いい面できるじゃねぇか! 上等だやってやらぁ!」


「で、何するんだ?」


「酒場つったら飲み比べに決まってるだろうが!」


「あ? もういっぺん言ってみろ!」


 ハゲが聞き捨てならないことを言い出した。



「飲み比べだ!」


「……ふざけてんのか?」


 こいつは何を言っているんだ? つい声に殺気が混じってしまう。


「あ?」


 ハーゲンもこちらの言葉に威嚇してくるが俺は怒りが収まらない。


「酒ってのはな、ガバガバ飲むもんじゃねぇんだよ! 味わって飲んでその時間を楽しむもんなんだ! そんなアホ丸出しの飲み方俺はできん!」


「何だとてめぇ! 勝負から逃げるのか!?」


「酒を勝負に使うんじゃねぇ! 酒はそういう飲み物じゃねぇんだよ!」


 なぜ俺が歓迎会と偽ったパワハラ一気強要飲み会みたいなことをしなければならない。しかもムキムキハゲと。



 酒っていうのはそういうんじゃないんだ。


 強いとか弱いとか沢山飲めるとかそういうんじゃないんだ。


 ほんともったいないんだよ。


 誰も得しない飲み方なんだよ。




 みたいなことを元の世界でこんこんと若手に語ったら、すっごいウザがられたのを思い出す。

 ちょっと酔ってたんだ。メンゴ。


「何黙ってんだてめぇ!」


「……酒はダメだ。他のにしろ」


「チッ、なら腕相撲だ!」


「それなら受けて立つ」


「よし! こっちだ!」


 ハーゲンに言われてカウンターからテーブルへ移動する。


 移動するので一旦今までの料金を店主に払っておく。店主は面倒ごとは止めて下さいと顔に書かれたような表情をしながら金を受け取ってくれた。


 俺がハーゲンの目の前にいくと奴は中腰になり、腕をテーブルに乗せて構えてくる。


「一本勝負だ!」


「合図は?」


「俺がコイントスする。テーブルに落ちたらスタートだ!」


「わかった」


 俺は構えてハーゲンと腕を組む。


 ハーゲンは腕を組むと空いている手で器用にコイントスをした。



 コインはゆっくりと表と裏を俺に見せながら空中を舞う。



 まるでスローモーションのようにコインの動きは遅く、中々落下してくれない。



 中々テーブルに落ちないのでコインを見るかハーゲンを見たまま音で判断するかと、そんな迷いまで生じてくる。


 逡巡しているとハーゲンの視線を感じ、睨み返す。


 もうこれで顔は動かせない。コインの落ちた音で判断するしかないだろう。






 コン!





「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 コインが机に当たると同時に二人の怒声が交差する。



 俺は音と同時に視線をテーブルに向け、上半身全体を使ってハーゲンの腕を引き倒そうとする。


「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」


 はじめこそ拮抗していたがどんどん倒されていくのがわかる。


(つえええ! なんだこの腕力!)


 ハーゲンにじわりじわりと自分の腕が傾けられているのが筋肉の震えとして伝わってくる。全力を出しているが、それでも俺の腕が反対方向に少しずつ少しずつ押されていく。それでも俺は限界まで全力を出して抵抗する。



「うおおおおおおお!」


 だが、腕はもうテーブルに着く寸前だ。残り三センチもない。



 何か、何か手はないか……。


 俺は腕の力を緩めることなく、思考を巡らせる。


 そしてテーブルにあったある物に目がいった。


(これだ!)


 俺は躊躇なくテーブルの上にあった塩の入った容器を掴み取り、ハーゲンに投げつけた。


「グアッ!」


 ハーゲンは溜まらず目を閉じる。


(今だ!)


 ハーゲンが塩に悶絶したため腕の力が一瞬緩んだのを俺は見逃さなかった。



「ッラアアアアアアアアアァッッッ!!!」



 残っていた全ての力をその瞬間に解放し、一気にハーゲンの腕を押し込む。


 俺はハーゲンの腕をテーブルが割れんばかりの勢いで叩きつけた。


「シャアアアアッ!」


 ガッツポーズを取る。完全勝利だ。


「てめぇ! 反則だ!」


 目をこすりながらハーゲンが反論してくる。


「うるせぇ! ルールなんて決まってなかっただろうが! 油断したお前の負けだ!」


「負けじゃねぇ! こんな勝負認めないからな!」


 俺はハーゲンの言葉を無視し、言いたいことを言うと酒場から【疾駆】を使って全力で逃げ出した。


 こっちは嫌だと言っているのに執拗に絡んでくるし、特に命のやりとりをしているわけでもない。ちょっとやり過ぎたかもしれないがこれでいいだろう。



 奴と勝負をしてもいいことなんてこれっぽっちもない。



 逃げるに限る。




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間違いなく濃厚なハイファンタジー

   

   

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